一度是非行ってみたい場所があります。それはカンボジアにある世界遺産アンコールワット。写真を見るとジャングルに囲まれた古代の壮大な遺跡。素晴らしい石造りの建築物と彫像群。これは是非見てみなければと思います。

ガイドブックによると、アンコールワットは9世紀から15世紀にかけて繁栄したクメール王国のアンコール王朝時代にヒンズー教の寺院として建設されました。しかし、1431年にクメール王国が没落すると、この寺院は放棄され、人々の記憶からすっかり忘れ去られてしまったといいます。

忘れ去られたアンコール寺院は、次第に熱帯の樹木に浸食されていき、やがて鬱蒼としたジャングルのベールに包まれ、だれも訪れることなく長い眠りについてしまいました。眠りの森の美女みたいにね。

アンコールワット寺院, 12世紀, カンボジア, アジア, プリヤ・カーン, クメール語, クメール建築

しかし、そんなアンコール遺跡もひとりの王子様ならぬフランス人探検家によって眠りのベールがはがされる時がやってきました。アンコールワットが眠りについて約430年後の1860年、フランス人探検家アンリ・ムーオが密林の中から、この忘れられた大寺院を発見したのです。

この探検家はアンコールワットを発見するまで、どんな苦労をしたのでしょうか。ジャングルの中をわずかな手掛かりをもとに歩き続け、狂暴なヒョウや象に立ち向かい、川を渡るときにはワニに襲われ、マラリアの危険と闘いながら、ある日突然、ジャングルの中に忽然と現れた遺跡を発見する。(以上は私の想像です)なんと冒険とロマンにあふれた話でしょうか。

では、アンコールワットとはどんなところにあるのでしょう。便利な世の中になりましたね。今は世界中どこでもグーグルマップというもので探検することができます。私は早速アンコールワットの航空写真を検索してみました。

でもちょっと変です。私のイメージではアンコールワットは深いジャングルに囲まれた場所にあるべきでした。しかしながら、私はわが目を疑いました。あれ~。これはなんということでしょう。イメージとは全然違うじゃないか。

私のジャングルのイメージはこれ。

実際にアマゾンや中央アフリカや、ニューギニアのジャングルをグーグルマップで見ると、こんな感じになります。緑の部分は森林、青い部分は川です。

でもアンコールワットはこんな感じ。

ずいぶんイメージと違うね。緑の部分は森林、青いところは池など水のあるところ。薄茶色のところはなに?

アンコールワットは四角いお濠で囲まれています。そのお堀の中とその周りは確かにジャングルっぽいけれども、その堀の外はとてもジャングルに見えません。アンコールワットの北側は隣接するアンコールトムという遺跡があって、そこまでの間はジャングルだけど、南側や東側は薄茶色で、ジャングルには見えない。うん?これはジャングルじゃなくて畑?

ストリートビューで地上に降りてみる。道路は舗装されておらず、赤土がむき出しだけれど、車が通った跡がある。道端には木や灌木が生えているが、その向こうは広い空間が広がって空が見え、ずいぶんと先まで見通せる。これってジャングルじゃないじゃん。これはどうみても畑か水田じゃないか。

つまり、アンコールワットの周りはジャングルじゃなくて、広大な農業地帯が広がっているのです。ジャングルになっているのはアンコールワットの四角い堀の内側とそれにつづくアンコールトムの周りだけ。これはジャングルというより鎮守の森?



フランス人探検家ムーオが探検したというジャングルはいったいどこだ。それともムーオさんが探検したときはジャングルだったが、そのあと慌ててカンボジア人が切り開いて畑にしたのでしょうか。

にしても、広大な農業地帯です。ところどころ森林もありますが、全体的に農業地帯で、この農業地帯は隣国のタイまで広がっています。とてもとても100年や200年で開拓できるような規模ではありません。

アンコールワットとアンコールトムの付近にあるジャングルはグーグルマップで見る限り、一番深いところで5、6㎞しかないように見えます。これをムーオさんが何日もかかって踏破したというのなら、なんと足の遅い探検家でしょうか。南の方からアプローチすれば、ジャングルはわずかに数百mにすぎません。

アンコールワットが400年以上の長きにわたって忘れ去られていたとはとても思えません。付近の農民だって、そこに遺跡があることぐらいわかるでしょう。


 HCARD


ちょっと調べてみると意外なことが分かりました。
江戸時代初期(幕府によって日本人の海外渡航が禁止される前)には日本人がアンコールワットを頻繁に訪れたというのです。特に1632年(寛永9年)、日本人の森本右近太夫一房というサムライがこの寺院を参拝したときには、実測図まで作成していたといいます。(この実測図は水戸徳川家に所蔵され、現在でも水戸市の博物館に所蔵されているといいます)

このとき、森本さんがアンコールワットの遺跡に落書きをしたそうで(このふとどき者め!)、その日本語の落書きが今もアンコールワットに残っているそうですから、森本さんがアンコールワットを訪れたというのは間違いないでしょう。

あれ! アンコールワットが忘れ去られたのは1431年で、それから19世紀に発見されるまでジャングルの中に埋もれていたんじゃなかったの。ということは、アンコールワットを発見したのはフランス人探検家じゃなくて日本人?(笑)

実は森本さんのあとも、ムーオさんが「発見」するまでの間にポルトガル人やフランス人神父がアンコールワットを訪問したという記録があるそうです。だとすればタイ人やベトナム人、中国人なんかも結構頻繁に訪問していたとしてもおかしくはありません。

そうですよね。アンコールワットの周りは畑や田んぼだらけなのだから、そこに壮大な遺跡があることが分からないわけがありません。遠く日本まで知れ渡っていたのだから、忘れられていたどころか、昔から有名な観光地だったのではないでしょうか。

「いやいや。よく来たね。カンボジアに来たからには、アンコールワットにでも寄っていきなよ。象で送り迎えしてやるからさ」
「えっ。そんないいところがあるの。それでは是非」
てな具合で、アンリ・ムーオさんは象にでも揺られながら、物見遊山でアンコールワットを訪れたのではないでしょうか。(これは私の想像です)

そのあと、ムーオさんがフランスに帰ってから、アンコールワットの紹介をしたところ、その話に、ジャングルでの冒険談などたっぷり尾ひれがついて広まった。

あるいは、カンボジア人がアンコールワットについて知っていたとしても、それは未開人の話だから無視してもよいとか、アンコールワットをヨーロッパという文明社会に紹介したから発見といっていい。とかというヨーロッパ人の独善的な考え方もあったでしょう。

(ちなみにアメリカ大陸をコロンブスが「発見した」というのもヨーロッパ人の独善で、先にネイティブアメリカンがいたのですからアメリカ大陸を発見したのはコロンブスではなくて、ネイティブアメリカンですよね)

なお ムーオさんの名誉のために言っておきますが、ムーオさんは、アンコールワットを「発見」したといわれる年の翌年(1861年)10月にラオスで亡くなっています。ですから彼自身がアンコールワットを発見したと、ほらを吹いた訳ではないでしょう。

むしろ、「いやいや。私が発見したわけじゃないよ」とムーアさんが否定できなかったことを幸いに、勝手にアンコールワットの発見者として祭り上げられたというのが事実ではないでしょうか。

といってもアンコールワットはなんと魅力的な遺跡でしょうか。そびえたつ幾本もの塔、美しい彫像群、大木の根に絡まれた建築物。忘れられた遺跡が数百年の眠りから覚めて、ジャングルの中から突然発見されたという通説が妙に納得させられます。

破滅, 古い, ツリー, アンコールワット, カンボジア, 下落, 歴史

探検家によってジャングルの中から発見されたという通説がウソであっても、私の興味が薄れることはありません。ぜひ一度、この目で見たい遺跡ですね。

(2020年1月2日)


1時間で完売を繰り返している超貴重な当店最高峰のブレンド米「翁霞」を使用
「離れて暮らす家族を、日本人のこころである“お米”でつなぎたい。」
家族の絆を繋ぐ贈り物にお米はいかがですか。