なぜ石油会社はハイオクガソリンのオクタン価を公表しなくなったのか

石油会社はハイオクガソリンのオクタン価を公表しなくなった

以前、ハイオクガソリンは石油会社にとって花形商品だった。エンジンをきれいにしますとか、オクタン価は100ですとか、盛んに宣伝していた。しかし、最近では石油各社ともハイオクガソリンのオクタン価を公表しなくなっている。どうしてだろうか。

ガソリンにはレギュラーとハイオクがあることはご存知の通りである。ハイオクとはオクタン価がハイ(高い)ということ。オクタン価については別の記事に詳しく書いているのでご覧いただきたいが、要するにガソリンの性能の一つであり、これが高い方が高性能とされている。

JIS規格ではレギュラーのオクタン価は89以上、ハイオクは96以上と決められている。このハイオクについては、一部の石油会社を除いて各社ともこぞって、JIS規格の96を上回る100であることを誇示していた。

また、ハイオクガソリンには、清浄剤という添加剤を加えてエンジン吸気系バルブをきれいに保つ性能を付け加えたり、成分を調整して走行性能を改善する工夫をしたりしていた。このようにハイオクガソリンは単にオクタン価が高いだけではないので、プレミアムガソリンと称したりしていた。

ところが、どの石油会社をみてもハイオクガソリンのオクタン価を公表していない。これはどうしてなのだろうか。

その一つの契機となったのは、毎日新聞の2020年6月27日付の記事である。

石油会社はハイオクガソリンを各社独自の商品と位置づけ、差別化のため独自の流通ルートで他社のハイオクとは混合しないようにしていると宣伝してきた。しかし、毎日新聞が調査したところ、実際は流通過程で各社のハイオクが混ざっていたというのである。

7月17日、この記事を受けて石油連盟の杉森会長は記者会見を開き、ハイオクは流通過程の油槽所で混合されていたことを認め、さらにハイオクは各社ともほぼ同じ品質で、違いはないと答えた。
また、7月30日には石油連盟はホームページで、従来ハイオクは独自の流通ルートで配送されているとしていたが、これが間違いだったとして、訂正とお詫びを掲載した。

何が問題なのか

では、他社のハイオクと混ざって何が問題なのだろうか。
実はこれ、オクタン価の問題ではない。どこの石油会社でもオクタン価が100のガソリン同士なら流通過程で混ざったとしても問題はない。なぜならオクタン価100のガソリンと、同じくオクタン価100のガソリンが混ざっても、オクタン価は100のままで変わりはないからである。

しかし、ここで問題になるのはエンジンバルブを浄化するという添加剤の問題である。各社は独自の添加剤によって浄化作用があるとしていたのに、他社のハイオクガソリンが混ざってしまえば、独自性がなくなる。ハイオクが流通過程で混ざって問題になるのはオクタン価ではなく、添加剤の方である。

しかしながら、この新聞記事が契機となって、各社ともハイオクガソリンのオクタン価の公表を行わなくなっていった。

筆者が元売り各社のホームページで確認したが、どの元売り会社もエンジンバルブの清浄効果や燃費の向上をうたっているものの、過去盛んに宣伝されていたオクタン価についての言及はほとんどなくなっているのである。

オクタン価競争

日本の石油会社がオクタン価100のガソリンを売り出したのは1967年に遡る。出光興産が「出光100ガソリン」と称してオクタン価100のハイオクガソリンを売り出したことに始まる。これに他の石油各社が追従して一斉にオクタン価100のハイオクガソリンを売り出し、オクタン価競争の様相を呈してきた。

丸善石油が小川ローザを使ったオクタン価100ガソリンのCM「おーモーレツ」が話題になったことを覚えていらっしゃる方もいるだろう。

ただし、このころハイオクガソリンのオクタン価100は毒性の強い鉛化合物を添加することによって実現したものであった。

その後、自動車排ガス規制が強化されるにしたがって、自動車には排ガス浄化触媒が取り付けられるようになっていった。そして、その浄化触媒の機能を鉛化合物が害することから、その添加が禁止されたのである。

その結果、ハイオクガソリンはオクタン価100を維持することが困難となった。筆者はこのころのハイオクガソリンのオクタン価は98程度だったと記憶している。

ところが、1987年に再び出光興産が無鉛でオクタン価100のガソリンの販売を開始した。このため、やはり石油各社がこれに追従。再びオクタン価競争が始まったのである。

今回はさらに、各社がハイオクガソリンに清浄剤を加えて、エンジンバルブの清浄効果を訴求したり、MTBEやアルキレートと呼ばれる成分を添加したりして、これを売りにし始めた。

このようなハイオクガソリン競争が起こった背景には、石油会社間の熾烈な競争があった。日本には当時15社もの石油会社がひしめき合い、生き残りをかけて必死で収益の向上を目指していたのである。こういう状況の中でレギュラーガソリンより数円高く売れるハイオクガソリンは大きな収益源となっていたのである。

オクタン価競争の終焉とバーター取引の開始

一般に石油製品は元売り各社の間でバーター取引が行われる。これは石油各社で互いに石油製品を交換する行為である。例えば、北海道に製油所を持っているA社と九州の製油所を持っているB社があるとする。A社が九州で製品を売るときに、わざわざ北海道から製品を持ってくるより、B社の製油所から製品を持ってきた方が、輸送コストは大幅に低減できる。

逆にB社が北海道で製品を売るときにはA社の製油所から融通してもらう。そうすればA社もB社も輸送コストを低減することができる。このような取引をバーター取引と呼んでいるのだが、石油各社は販売サイドでは互いに競争しながら、一方では至る所でバーターをやって協力し合っているのである。

バーター取引自体は不正なことではない。無駄な輸送を減らせば流通コストが下がり、輸送に伴うCO2の排出量も下がることになる。これは販売価格が下がることにつながり、消費者にとって良いことであるとともに、環境にとっても良いことである。

ただし、このようなバーター取引が成り立つのは、互いに製品の品質が同じという前提がある。ハイオクガソリンについては、各社が他社とは違った独自の特性をうたっている以上、バーター取引の対象外であり、実際にハイオクのバーターは行われていなかったようである。

しかし、その後、業界の状況は大きく違っていった。

1980年代、石油元売り会社は15社もあった。その後、度重なる統合・合併によって集約されて行き、現在は5グループまで減って生きている。このうち、太陽石油とキグナス石油は規模が小さいので、実質的にENEOS、出光、コスモの3グループに集約されている。

集約の結果、それまで独自の商品としていたハイオクガソリンも統合されることになった。A社が独自のハイオク、B社も独自のハイオクを販売していたとしても、A社とB社が合併し、ブランドも同じになれば、それそれ独自のハイオクを販売する意味がない。

また、合併による効果を上げるためには、それぞれ別々の流通システムを持つのではなく、統合した方が当然コストは下がる。

また、統合によって、以前のような石油会社間の熾烈な競争が少なくなってくると、ハイオクで収益を上げるという考えが弱くなってくる。それよりも石油各社は流通コストを下げたい。その結果、それまでやってこなかったハイオクのバーター取引もいつの間にか行われるようになっていった。というところではないだろうか。

オクタン価の持つ意味は

そもそも、ガソリンのオクタン価100がそれほど大きな意味を持つのだろうか。
1987年にオクタン価100の無鉛ハイオクガソリンが発売されたとき、筆者の経験では確かに性能が良くなったと感じた。

当時の車はほとんどがマニュアル車で、ローギアに入れて発信し、ノッキングすれすれまで加速してからセカンドギアに入れる。さらに加速してサードに入れるという具合だったのでノッキングが非常に身近に感じられたのだ。

だからオクタン価の高いガソリンを使うと、効果てきめんだった。例えば、セカンドギアまで落とさなければ登れなかった坂道をサードギアで登れた。これは筆者だけでなく、多くの人々から同じような話を聞いたことがある。ギアが1段増えたような気がするというのだ。

しかしながら、オートマ車や電子制御が主流になってくると、このようなオクタン価の違いを体感することができなくなっていく。

特に高性能車でなければ、エンジンはレギュラーガソリンのオクタン価90を想定されて設計されている。つまりオクタン価90以上であればノッキングは起こらない。これにアンチノック性の高いオクタン価100のガソリンを使っても、オートマ車ならあまり意味がないのである。

欧州から輸入された車の場合は、欧州で売られているガソリンのオクタン価が95であることからエンジンもオクタン価95で設計されている。だからオクタン価90の日本のレギュラーガソリンを入れるとノッキングが起こる可能性がある。

欧州車は日本ではオクタン価100のハイオクガソリンを入れるよう推奨されているのはこのためである。ただし、オクタン価100が必要なわけではなく、95でも構わないのだが、そのようなガソリンが日本では売られていないだけのことである。

日本車でも高性能車はハイオクを入れるよう推奨されている場合がある。これについては古い資料で恐縮であるが、オクタン価要求値を測定した結果が報告されている。これによると高性能車では50%充足率でオクタン価95.3、90%充足率でオクタン価99.9であった。(石油学会誌 Vol.35, No.1, 1992)このような車にはハイオクを入れるべきだろう。

結局、ハイオクガソリンを使うことを想定されて車向けにはハイオクガソリンを、レギュラー仕様の車にはレギュラーガソリンを供給すればいいのであり、レギュラー仕様の車がハイオクを使っても意味がない。高性能車および欧州車のオーナーはハイオクを使うだろうし、そうでない車はレギュラーを使うわけだから、オクタン価が100ですよと強調しても販売量が増えるわけでもない。

このような理由でオクタン価が公表されなくなったと推察される。つまり、オクタン価は売りではなくなり、それより流通コストの削減を選んだということだ。杉森石油連盟会長がハイオクはレギュラーガソリンと同様に今は汎用品の一つだと述べたのはこのことだろう。

清浄剤の問題

ハイオクガソリンもレギュラーと同じように汎用品であれば、各社がバーターを行っても支障はない。清浄剤についても各社で同じようなものが添加してあれば、これも特に気にする必要はないだろう。

ただし、清浄剤については、独自の技術を標ぼうしている石油会社がある。旧昭和シェルである。そのハイオク製品(商品名 Shell V-power)はシェル本社が開発した特殊な清浄剤を使っていることを売りにしている。そのため、同社だけが現在でも他社とのバーターを行っていない。

なお、昭和シェルは従来からハイオクガソリンのオクタン価を公表してこなかったが、シェル石油本国のホームページにはShell V-powerのオクタン価は98であることを明示している。日本でも同じ規格を採用しているとすれば、他の石油会社と違ってハイオクのオクタン価は98だったかもしれない。

といっても、昭和シェルは従来から他社とのバーターを行っていないし、オクタン価だって明言していなかったのだから、オクタン価が他社と違っていても問題はないだろう。要はこの商品を使ったユーザーがそれで満足していればいいだけのことだ。

いずれにしても、オクタン価が90だろうと98だろうと100だろうと、使用する車のエンジンがどのオクタン価で設計されているかで使用するガソリンのオクタン価が決まる。むやみにオクタン価100のガソリンを入れても性能が上がるわけでもない。

レギュラーを指定している車にはレギュラーを、ハイオクを指定している車にはハイオクを入れればいいだけの話だ。石油各社がハイオクのオクタン価を公表しなくなったのは、オクタン価100を強調して売り上げを伸ばそうとした過去のオクタン価競争のなごりがようやく清算されたということだろう。

2021年9月18日

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