バイオ燃料は弱者の食料を奪っているはウソ 「食料か燃料か」ではなく「食料も燃料も」

バイオ燃料は食料から作る?

自動車用バイオ燃料は植物から(一部は動物から)作られ、ガソリンや軽油の代替となる燃料である。原料となる植物は生育過程で空気中のCO2を吸収しているので、バイオ燃料を使っても発生したCO2は差し引きゼロとなって、空気中のCO2を増やさない。このことから温室効果ガス削減対策として、期待されている。

ただし、自動車用バイオ燃料の原料は、そのほとんどが食料である。正確にいうと、食料としても使えるものが原料となる。

例えば、ガソリンの代替となるバイオエタノールは糖類やでんぷんから作られる。原料の糖類はサトウキビやテンサイ(ビーツ)から抽出する砂糖である。もちろん砂糖は食品である。でんぷんもトウモロコシや小麦、キャッサバなどから抽出される。ちなみにお馴染みのタピオカはキャッサバのでんぷんを抽出したものである。

軽油の代替となるバイオディーゼルは大豆油やナタネ油、パーム油などから作られる。もちろん、これも十分食用として使うことができる。

このように、食料として使うことができるものをバイオ燃料の原料として使うのは、飢えた人たちの食料を奪っているという批判がある。
また、これから人口爆発が起こり、食料難の時代が来るのに、食料を燃料として使っていいのか。あるいは単純に、食べ物を燃料にするのはケシカランという人もいる。

例えば、この図は2012年10月22日付け日本経済新聞に掲げられたものである。  

米国のトウモロコシ価格(USDA)

トウモロコシ価格が2005年頃から急激に上昇していることが分かる。
この図と次の図を比較してみてほしい。この図は米国のバイオエタノールの生産量を示している。

米国のバイオエタノール生産量(USDA)

確かに、バイオエタノールの生産増とトウモロコシ価格の上昇はほぼ一致しているように見える。

同じころ、日本の商社マンが米国にトウモロコシの買い付けに行っても、売ってくれないという話がNHKで特集された。売ってくれない理由は、トウモロコシがバイオエタノール原料として大量に使用されるからである。

また、この急激なトウモロコシの値上がりによって、メキシコでは国民食ともいえるトルティーヤが値上がりし、これに抗議するデモや集会があちこちで開かれたりもした。

このようなことから、バイオ燃料については、食料を優先するのか、燃料が優先かという「食料か燃料か」(あるいは「食料かエネルギーか」)論争が巻き起こった。

バイオ燃料はなぜ生まれたか

この「食料か燃料か」論争では、バイオ燃料は貧しい人たちから食料を奪って燃料にしているという観点から議論されることが多く、当然ながらバイオ燃料にとって分が悪い。

ではバイオ燃料を作る人たちは、どんな気持ちで食料(としても使えるもの)を燃料としているのだろうか。
ジェフ・ブロインという人物の話を聞いてほしい。

「私がエタノールの製造を始めたのは、まだ若い頃、ミネソタ州ケニオン近くの家族経営の農場においてでした。そのころ米国政府は、私たちが農地で耕作をしないことを条件に補助金を支払っていました。しかし、私たちの家族はこれが良い政策とは思っていませんでした。私の父は、私たちの豊かで生産性の高い農地を遊ばせておくことが許せなかったのです。

それで父は行動を起こしました。父は私たちの所有地内に小さな農場規模のエタノールプラントを立ち上げ、そこで自分たちが使う燃料を、自分たちの農場で生産された原料を使って、製造し始めたのです。それは独立型エネルギー源として極小規模のものにすぎませんでしたが、それは次に私たちが行うべきものの種となりました。

1987年、私たちはサウスダコタ州スコットランドのエタノールプラントに投資をしました。私たちは家族の農場を担保に入れてローンを組み、年間100万ガロンのエタノール製造能力(当時としては大型)を持つプラントを購入したのです。

私たちは、このプラントで仕事をしながら、エタノールプラントの運転方法からマーケティング、設計と建設に至るまで、エタノール製造のあらゆることを学んでいきました。」
“Testimony to the Senate Committee on Agriculture, Nutrition, and Forestry” Mr. Jeff Broin CEO of POET, LLC より (https://www.agriculture.senate.gov/imo/media/doc/Broin_Testimony.pdf

ここに掲げたジェフ・ブロインが設立したPOET,LLCという会社は、現在27カ所のバイオエタノール工場を傘下に置き、年間420万kLのバイオエタノールを製造する全米最大のバイオ燃料会社に成長している。

この話から分かるように、1980年代のアメリカ政府はトウモロコシ農家に対して、食料としてトウモロコシを栽培しないように奨励し、補助金まで出していたのである。つまり減反政策である。それはなぜか。単純に食料が余っていたからである。

当時、トウモロコシが売れず、価格が低下して米国の農家は農業経営が困難になるという状態に陥っていた(農業危機)。そのため、ブロイン家やその他のトウモロコシ農家は余剰トウモロコシを使って、食料ではない燃料用のバイオエタノールを作り始めたというのが、実情なのである。

かれらには、貧しい人たちの食料を奪って燃料にしているという認識はなかったであろう。なぜなら食料を作っても売れないからである。逆にこのままでは自分たちの農業経営が破綻するという危機感が強かったのである。

ガソリンスタンド, ガスポンプ, 燃料補給, ディーゼル, 燃料を補給, 燃料ポンプ, ガス, タンク
E10には10%のバイオエタノールが、B7には7%のバイオディーゼルが含まれている

欧州の状況

では欧州ではどうなのか。欧州は、第二次大戦後、日本と同じように深刻な食糧危機に見舞われた。このため、欧州各国では農業の奨励政策が取られた。
1957年にローマ条約によってEEC(欧州経済共同体)が設立されると、EECはCAP(共通農業政策)とよばれる農業政策を実行していった。

このCAP政策によって、欧州の農業生産量は飛躍的に増加し、最初の10年間で30%も増加したといわれる。しかしながら、食料生産が30%増加しても、その間に人口が30%も増加したわけではないし、人々が30%も多く食料を食べるようになったわけでもない。

結局、1980年代には米国と同じように食料の供給過剰状態に陥ってしまったのである。

欧州の食料自給率の推移(羽村康弘 農林水産政策研プロ研資料 2019)

上の図に示すように、1960年代には、欧州の食料自給率は100%以下であった。しかし、1975年ころには肉類や小麦、バターなどの自給率が100%を超え、1980年代になると、図で掲げたすべての品目で自給率が100%を突破している。というより、逆にバターや小麦などは大幅な生産超過になっていることが分かる。

このため農作物の価格が下落し、農業経営が苦しく、危機的な状況となっていった。このため、欧州でも農家に補助金を与えて減反を奨励する状況となっていた。これは米国とまったく同じ状況である。
ちなみに、CAP予算(その多くが農業補助金と思われる)は1980年代においてEU予算全体のなんと70%を占めていたのである。

このころ欧州で盛んに作られ始めたのがバイオディーゼルと呼ばれる軽油代替燃料である。これは、大豆油やナタネ油をディーゼル車の燃料とする方法であり、食糧余剰問題を少しでも緩和するために都合のよい方法だったのである。

バイオ燃料の本当の目的

つまり、米国においても欧州においても1980年代には食料が余剰となったため、農作物の価格が下落。そのため農業経営が苦しくなった。この対策として余剰農作物を使ってバイオ燃料を作ったというのがバイオ燃料生産の始まりである。

これに1970年代に起こった石油危機によってエネルギー価格が上昇していたこともバイオ燃料にとって追い風になった。さらに米国においては大気汚染対策としてエタノールのような含酸素燃料をガソリンに添加して使用することが義務化された。これも、バイオ燃料の使用に拍車をかけたという状況である。

このように、バイオ燃料の導入目的は、第一に農家が余剰農作物を使って食料以外の収入を得ること。つぎに、輸入石油に頼らない国産エネルギー源としてエネルギー安全保障に資すること。さらには、大気汚染防止を狙った公害対策も目的の一つであった。

ちなみに、今言われているような地球温暖化対策としては、当時はほとんど考慮されていなかったのである。

その後どうなったか

2005年付近から2012年にかけてトウモロコシ価格が急上昇し始めたことはすでに述べた。これはそれからどうなったのであろうか。この図は、トウモロコシ価格とバイオエタノールの生産量を2019年まで延長したものである。

米国のトウモロコシ価格とバイオエタノール生産量推移(USDA)

これによると、トウモロコシ価格はその後、低下している。ではバイオエタノールの生産も低下したかというと、そうではなく逆に増えているのである。確かに、2005年から2012年にかけてトウモロコシ価格はバイオエタノールの増産に伴って上昇してきたように見えるが、その後、その関係は崩れてしまっている。

つまり、2005年から2012年にかけてのトウモロコシ価格の高騰の原因はバイオエタノールではなく、他の要因だった可能性が高いということである。
このように2012年以降トウモロコシ価格が下がり始めると「食料か燃料か」論争は急速にしぼんでいくことになった。

食料は本当に足りないのか

World Food Program (https://ja.wfp.org/news/sofi_report_2019)によると、2018年における世界の飢餓人口は8億2160万人である。なんと人類の9人に1人が飢餓状態にあることになる。

しかし、同じ資料に記載された数字であるが、世界の肥満人口は大人で6億7200万人。過体重の学齢期の子どもと若者の数は3億3800万人。過体重の5歳未満児は4000万人という。これらの数字を足し合わせると10憶人を超える。

単純に比較できないが、世界では飢餓人口も多いが、肥満人口の方もそれと匹敵するくらい多いのだ。しかも飢餓人口は横ばいなのに対して肥満人口は近年、急増している。(世界の肥満人口は1975年から2020年までに3倍近くになっている)

つまり飢餓の人たちが8億人以上もいることだけをもって、単純に食料が不足していると言うことはできないだろう。食料を必要以上に食べている人もそれに匹敵するくらい多いのだから。

以前、ベルギーで開催されたバイオ燃料のセミナーに出席したときのこと。自由討論の中で欧州のある人から「食料が不足しているのに、バイオディーゼルのような食用油を燃料に使うのは問題だ」と発言があった。
それに対して、ある出席者からこんな反論があった。

「食料が不足しているというのはどの国か、教えてください。本当に足りないのなら私たちがいくらでも作ってあげますよ」
その発言をした人はアルゼンチンの人で、かれはこうも言った。
「食料が不足しているとしたら、それはあなたたちがアルゼンチンから輸入しないようにしているだけではないですか」

食料増産の余地があるのはアルゼンチンだけではない。先ほど掲げた日本経済新聞の記事を一部引用させていただくと、「ブラジルの乾燥地セラードはまだ大半が未利用地で灌漑(かんがい)設備を備えることで10億人分以上の食料を生産できるという試算がある。ウクライナやロシア、カナダ、東アフリカなども食料増産の余地がある」そうだ。

ではなぜ飢餓が発生するのか

世界中で肥満になる人たちがいる。さらに食料の増産は可能である。ではなぜ飢餓が発生するのだろうか。問題はその食料を買うお金のない人たちがいるということである。

つまり、飢餓は多くの場合、食料不足で起こるのではなく、貧困で起こるのである。

だから飢餓問題は食料をむやみに増産しても解決しないだろう。貧しい地域にお金が廻るようにしなければ解決しない。

例えば、発展途上国でパーム油を作って、先進国に輸出し、そこでバイオ燃料として使っている場合がある。「発展途上国のような飢餓で苦しむ人がいるのに、食料であるパーム油から燃料を作るのはケシカラン」と言って先進国がパーム油の輸入をやめたらどうなるだろうか。

余剰となったパーム油が途上国の飢えた人たちの食料になるだろうか。残念ながらそうはならない。実際はパーム油の輸出ができなければ、パーム油製造業者は操業を止めてしまうだろう。その結果、職を失う人が出て、飢えに苦しむ人が逆に増えることになる。屁理屈のように聞こえるかもしれないが、実際にはそうなる。

一方で、それまで食料として商品価値の少なかった農作物が、燃料としては価値を持つ場合もある。例えばジャトロファという作物から採れる油は毒性があるため食料とはならないが、バイオ燃料の原料としては十分使用可能である。しかもパームよりも広い範囲で栽培することができる。

貧しい地域でジャトロファやその他のバイオ燃料の原料を栽培し、取れた油を先進国が輸入してバイオ燃料として活用すれば、現地に住む人たちの収入源となり、飢えた人たちを減らすことができるだろう。もちろん先進国がフェアなトレードをすることが前提であるが。

食料か燃料か」ではなく「食料も燃料も」

今まで述べてきたように、バイオ燃料が食料として使えるものを原料としているからと言って、バイオ燃料を作った分だけ貧しい人たちが食料にアクセスできなくなるという関係ではない。

100トンのトウモロコシをバイオ燃料にしたら、食料用トウモロコシが100トン減る、つまり「食料か燃料か」どちらか選べという話ではない。極端な話、需要があるのなら食料用のトウモロコシと燃料用のトウモロコシをそれぞれ100トンずつ作ればいい。世界的にみれば(日本を含めて)農地は余っているのだから。つまり「食料も燃料も」である。そうすれば、農家は食料と燃料の二つの収入を得ることができる。

そうならないのは、飢餓に苦しむ人たちに、食料を買う金がないからである。食料が不足しているからではない。「食料も燃料も」を実現するためには、食料を買えない貧しい人たちにお金が廻るようにしなければならない。

「食料か燃料か」という論争ではバイオ燃料がさんざん非難される傾向にあったが、逆にバイオ燃料が貧しい人たちに食料をもたらす、つまり「食料も燃料も」を実現する可能性があるし、そういう方向を目指さなければならない。

2021年4月25日

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バイオ燃料は弱者の食料を奪っているはウソ 「食料か燃料か」ではなく「食料も燃料も」」への2件のフィードバック

  1. noby

    「暖房か食料か」 生活費高騰に苦しむ英国人 写真12枚 国際ニュース:AFPBB News
    https://www.afpbb.com/articles/-/3387228?cx_part=top_latest

    この記事から貧困とバイオガソリンを調べてたどり着きました。
    「自動車用バイオ燃料はもう終わった? そういえば、バイオエタノールはどうなった」
    と合わせて素晴らしい記事でした。「食料も燃料も」「暖房も食料も」なのですよね。
    脱炭素にはその知恵がない。

    返信
    1. takarabe 投稿作成者

      nobyさん 記事を読んでいただいてありがとうございます。
      食料も燃料もどちらも商品です。お金で取引されます。その結果、貧乏人は飢えで苦しみ、金持ちは肥満で苦しんでいるというのが現状です。飢えた人がいるのは食料が不足しているからと思っている人が多いようですが、そうではなくお金の問題なのです。それは燃料も同じです。ただし食料を買えない人は命にかかわります。それが普通の商品と違うところです。
      飢えを防ぐには、貧乏な人にお金が回ってくるような仕組みを作ることが大切だと思います。世界はあまりにも富が偏在している。

      返信

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