悪夢の一人旅のはじまり @ハノイ、ワシントンDC

怖い夢

まだ小学校低学年のころ、私は迷子になる夢をよく見た。ひとりで歩いているうちに見知らぬ街に来てしまうのだ。ただどういうわけか、そこが京都だということが私には分かっていた。私の夢になぜ京都という町が出てくるのか、理由もないのだが、とにかく京都という小学生の私にはとんでもない遠くまできてしまったことだけが分かる。

どうやったら家に帰れるのだろうかと途方に暮れていると、やがて日が沈み、だんだん暗くなってくる。心細くなってきて、泣きそうになったところで目が覚める。それから何日も、何日も、また同じ夢を見るのではないかと思うと、床に入るのが恐ろしかった。

私は博士と別れてひとり旅をすることになった。行先はミャンマーである。ハノイでの仕事を終えたあと、ホテルのロビーで博士に別れを告げて、ひとりでホテルからタクシーで空港へ向かう。ベトナムでは今までずっと博士と二人旅だったから、一人になると急に心細くなってきて、小学生の時に見た迷子の夢の恐怖が蘇ってくるような気がしてくる。ときどき振り回されるけど、博士はベトナムでは心強い相棒だったのだ。

空港までのタクシーの運転手は、珍しく英語の分かる人で、タクシーの中でいろいろ教えてくれた。街路の道端に屋台のような出店が出ているが、これは月餅売り。ベトナムでは9月の中秋の名月に月餅を食べて祝う習慣があるから、この季節だけ月餅売りの屋台が出るのだという。

また、この建物は日本大使館だと教えてくれる。ベトナムで最も大きな大使館だそうだ。紅河を渡るとき、遠くに見える建設中の橋は日本の援助で作られている。紅河の川岸には瀟洒な高層マンション群があるけど、ほとんど外国人が住んでいて、ベトナム人には高くて買えない。などなど。

この人はタクシーの運転手をしながら英語の勉強をしていて、英語がうまくなったら外資系の企業に就職したいのだそうだ。ところどころ日本語も混ざるが、日本語の勉強もしているのだろう。ベトナムではときどき、こんな勉強熱心な人に会うことがある。

やがてベトナム人も豊かになって、あんな高級マンションに住めるようになるよ。というと、運転手は苦笑して「いやあ、まだまだだ」という。でも本当にそう思うのだ。ベトナムはすぐに豊かになる。本当にそう思う。

海外に出張するときは、できるだけ一人旅にならないようにしている。国内旅行なら一人の方が気楽でいいのだが、海外では何が起こるかわからないから、二人以上で旅をした方が安心だし、安全である。でもいつも二人以上で出張に行けるとは限らない。

アメリカ一人旅のはじまり

ここから少し話が飛ぶが、ご承知願いたい。
数年前、北米に出張旅行をしたときのことだった。その出張は、ワシントンでカンファレンスに出席した後、カナダのカルガリーへ行き、またアメリカに戻ってテキサス州のヒューストンで人に会った後、ロサンゼルス経由で日本に帰るというものだった。

一緒に行ってくれる人を探したけれどみんな忙しくてどうしても見つからない。しようがない、アメリカなら英語も通じるし、先進国でもあるのだから、一人旅でもまあいいかと考えた。一人旅の方が気楽でもあるしと。

最初の訪問地であるワシントンまでは順調だった。3日間のカンファレンスに出席した後、少し時間ができたので、スミソニアン博物館へ行って、古い飛行機やアポロ宇宙船を見て素直に感動したあと、夕食は中華料理を食べることにした。

日本国内でもそうなのだが、おひとり様でレストランに入るのは気が引ける。ましてや外国では、これがなかなかの冒険である。どんな料理が出るのか分からないし、料金がどうなっているのか、食べ方はどうか、ウエイトレスやウェイターは親切なのか。海外では「注文の多い料理店」のように逆にこちらが食べられてしまう危険性だってあるじゃないか。

以前ひとりでレストランに入ったときのこと。メニューを見たが、やたらとごちゃごちゃ書かれていて何の事だかわからない。その中に豆のスープというのがあって、これなら食べられるだろうと注文したら、金時豆の茹でたのがドンブリ鉢一杯出て来て閉口したことがある。

スプーンですくって一口食べたが、味がない。我慢してドンブリ鉢半分ほどを平らげたが、もういけない。これ以上食べられない。ホテルに帰ったら夜中に急にお腹が膨れてきて眠れなかった。

フォーチュンクッキー

その点、中華なら世界中おなじみの味である。しかもワシントンにはチャイナタウンがあって、本格的な中華料理が食べられる。ちょっと味気ないがひとりで中華料理の店に入って、チンジャオロースーと八宝菜という定番メニューを注文すると、これがうまい。

さらに良いことがひとつ。食事の最後に出るフォーチュンクッキーで大吉が出たのである。フォーチュンクッキーというのは「恋するフォーチュンクッキー」という歌があるくらいだからだいぶ知名度は高いと思うけれど、アメリカの中華料理店で最後のデザートとして出されるせんべいのことである。せんべいの中におみくじが入っているのでフォーチュンクッキー(「おみくじせんべい」とでも訳そうか)という。

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フォーチュンクッキー

そのフォーチュンクッキーで大吉が出た。そんなことで、私は単純にすっかりいい気持になってしまった。明日からきっといいことがあるぞと思うと、ホテルに戻っても何かうきうきしてしまう。ところが、それが実は大間違い。悪夢のような一人旅の始まりだったのである。

2020年4月4日

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