弁当は日本の文化である
最近、フランスやその他の西洋諸国では日本の弁当が流行りだと聞いた。日本製のカラフルな弁当箱がヨーロッパで売られていたり、フランスのレストランのメニューにBENTOと名付けられた箱に入った料理が載っていたりするらしい。
戸外で食事をするとき、日本では弁当箱にご飯やおかずを入れて持ち歩くのが当たり前だけれど、それは意外に日本だけの習慣で、諸外国ではそれが珍しいということなのかもしれない。
考えてみれば、欧米でもピクニックなど戸外で食事することもあるが、このとき彼らはサンドイッチやフライドチキンなどを持っていくから特に箱に詰めることもない。紙にでも包んで持っていけばいいのである。
一方、日本はご飯の文化圏である。おにぎりという手もあるが、そうでなければご飯は何かの容器に入れて持って行かざるを得ないし、その容器におかずを彩りよく盛り合わせると、コンパクトでカラフルな弁当ができあがるというわけだ。
「ベトナムはフランス文化の香り」の項でも述べたが、「文化とは人生を楽しくするための技術である」と私は思っている。食事は生きていくために必要なことであるが、単に栄養補給することだけが目的ではない。彩りよく、おいしく、時には珍しいもの、綺麗な器に盛ったりして、気の合った人と、一緒に会話を楽しみながら。食べる。
これによって、人生を楽しむことができる。そうであれば私の定義によれば(私の定義によらなくてもそうなのだが)、食事もまた文化である。われわれにとって食事は栄養補給のためだけではない。人生を楽しむためでもあるのだ。
だから、日本の弁当も、美しくコンパクトに盛り合わせて、それによって楽しく食べる。日本人にとって当たり前のことなのだが、実は外国ではそうではないらしい。ベトナムでもそんな経験をした。
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ベトナムで弁当箱を開けてみると
9月。博士と私は三たび、ダナンを訪れた。前回と同じようにダナンのホテル(今回もグリーンプラザホテル。クラウンプラザではない)に一泊してから、翌日、ホテルを発ってタクシーでクワンガイへ向かうスケジュールである。
早朝5時出発※。まだ外は暗い。朝食も取らないで、ホテルのチェックアウトを済ますと、私たちは予約していたタクシーに乗り込んだ。
※この日の午後からクワンガイで仕事があるので、早朝出発となった。気楽なことばかり書いているので、読者の皆さんには私たちが楽な仕事をしているように思えるかもしれないけれど、つらい時もあるのだ。
そのとき、博士が何やら大きなショッピングバッグを二つ、タクシーに持ち込んできたことに気が付いた。それは何ですかと尋ねると、博士は「朝ごはんだよ」という。
宿泊したホテルは朝食付きなのだが、朝が早いので食べる時間がない。それではホテル代がもったいないということで、博士が朝食をお弁当にしてもらってきたのだ。タクシーの中で食べればいい。クワンガイまで3時間もかかるのだからということらしい。
タクシーはダナン市内を抜け、前回と同じように一本道をクワンガイへ向けてひた走る。例によって道はあちこちが工事中なので、ガタガタ揺れるし、道が狭いので遅い車を追い越すときは対向車にぶつからないかとひやひやする。
やがて、日も昇って明るくなって、窓のそとの景色も見えるようになってきた。
さて、朝ごはんの弁当でも食べようかと、博士が持ち込んだ大きなショッピングバッグを開けてみた。中には発泡スチロールの箱が5個とミネラルウォーターのビンが1本入っている。発泡スチロールの箱はひとつひとつが、日本の普通の弁当箱と同じくらいの大きさである。
これって何人分なんですかね。と博士に尋ねると、いや君ひとり分だよという。そう、ショッピングバッグは2個あるのだから、このうちの1個は私の分だというのは分かる。しかし、弁当箱5個分というのはちょっと量が多すぎやしませんか。
取りあえず、発泡スチロールの箱の一つを開けてみた。むむ、これは…。
食パンが2切れとバターが入っているだけ。あとはスカスカ。また別の箱を開けてみると、ハム1枚とウインナーソーセージが4~5本。また別の箱を開けてみるとバナナが1本。という具合。
多分、ホテルの従業員が朝食用に調理された食材を適当に選んで、発泡スチロールの箱の中に詰め込んでいったのだろう。
日本で弁当といえば、主食とおかずが彩りよく、かつ栄養バランスも考えて、ぎっしりとコンパクトに詰め込まれている。日本では弁当といえばそういうものを期待する。
しかし、ベトナムにはそういう習慣がないのだろう。あるいはフランスでBENTOがエキゾチックなものと考えられているように、ベトナムに限らず世界中そうなのかもしれない。
タクシーの後部座席で、パンにバターを塗り、ハムを乗っけて頬張り、ミネラルウォーターで流し込んだが、何とも味気ない。
ダナンからクワンガイまでのこの殺人的な道路にも大分慣れてきて、外を見る余裕もできてきた。やがて明るくなった外の景色は一面の水田地帯である。遠くに青味がかった山脈が見える。その美しい景色は日本の北関東や東北の稲作地帯を思わせる。
違うのは、田んぼの中に点在する民家の周りがヤシの木で囲まれていることと、ところどころで水牛が草を食んでいることぐらいだろうか。日本もベトナムも米の文化圏であることは違いがないのだろう。
であれば日本の弁当のような習慣があってもよさそうに思えるが、そうではないようである。
いやいや、ベトナムは中国やフランスやアメリカの文化を貪欲に取り入れてきた国である。日本の刺身もベトナムのレストランで時々見かけるようになっている。
日本の弁当文化も何年かたったら、ベトナムに完全に根付いているのかもしれない。
2020年1月11日