電気代が100万円?
19日間の電気代が100万円?
びっくりするような記事が先日、CNNから配信されました。米国テキサス州に住む、あるご婦人が19日間の電気代として電気会社から約100万円を請求されたというのです。
原因はこうです。2月、温暖なテキサス州には珍しく大寒波が襲いました。そのため、暖房用の電力需要が急増したところに、火力発電の燃料となる天然ガスパイプラインが寒さで閉塞。さらにやはり寒さで風力発電機が凍り付いて発電が止まったこと などが追い打ちをかけ、電力不足となった。このため電力の需要と供給の関係で、電気代が高騰したということだそうです。
このような高額な電気料金が請求されたのは、この女性だけでなく、他にも数十万円から200万円近くもの電気料金が請求された人もいたといいます。
しかし、私がこの記事で注目したのは、もちろん高額な電気代もそうですが、それよりも、電力の需給バランスがそのまま電気料金に反映される価格設定になっていたということ(電力会社との契約によります)と、あのメキシコ湾岸大油田や大規模なシェールガス田という豊富な化石燃料資源を持つテキサス州で、風力発電の割合が20%もあったということでした。
ビジネスチャンスかも?
一方、2020年10月、我が国も2050年までに温室効果ガス排出量を実質ゼロとすることを政府の方針として宣言しました(カーボンニュートラル宣言)。ということは、今後は風力や太陽光など再生可能エネルギーの割合が相当高くなってくる。そうすると、電気料金が電気の需給に合わせて大きく変動する※。なんてことが起こる可能性もありです。
※今年、日本でも天然ガスの輸入トラブルなどが原因となって、日本卸電力取引所の電力料金が高騰。この取引所から電力を調達している新電力と契約している家庭では、電気料金が通常の約10倍に跳ね上がったという例があるようです。
ご存知のとおり、電気はそのままでは貯めておくことができません。ですから電力会社は、電気の需要に合わせて分刻みで発電量を調整しています。つまり、電気がたくさん使われるときは発電量を多くし、電気の需要がないときは発電量を極力下げる、そんな操作を分刻みでやっているわけです。
しかしながら、風力や太陽光発電は発電量を調整することが難しい。風力は風が吹いているときだけ、太陽光は日が照っているときだけしか発電することができません。まさに風まかせ、お天気まかせなのです。
一方、原子力はいわゆるベース電源として一定の量の発電をずっと行っており、発電量の細かな調整が難しい。ということで、細かな電力の調整ができるのは火力発電ですが、でも温室効果ガスの排出量をゼロとするなら、火力発電は今後、先細りになり、やがてゼロへ。では一体どうやって電気の需給を調整するのでしょうか?
経済の原則として、商品の価格は需要と供給によって決まります。電気料金もこれと同じ。電気が余った時は安く、電気が足りないときは高い。という料金設定が行われるようになるかもしれません。(今でも、需要の少ない夜間は電気料金が安いという料金プランもあります)
これって、我々の生活は不便を強いられることになるのでしょうか。
いえいえ、禍転じて福となす。これは大きなビジネスチャンスになるかもしれません。電力料金がいわば時価で決まるのなら、電力の安いときに電気を買っておいて貯めておき、高くなったら売ればいいのです。
もちろん、このビジネスを成功させるためには、電気を貯めておく(つまり蓄電)ということが必要となります。では、電気を貯めるにはどんな方法があるのでしょうか。
電気を蓄えると聞いて真っ先に思い浮かぶのが蓄電池(二次電池)ですが、でも電力を貯める手段は蓄電池だけじゃありません。
この記事では、電気を蓄える蓄電池以外の方法※をいろいろと考えてみました。
※目安として、1MWhの電力貯蔵を考えます。風力発電機1基の定格を1.7MWとして、設備利用率を20%とすると発電量は340kW。3時間分の電力を蓄えるとすれば、大体1,000kWh=1MWhとなります。
重力で貯蔵する
地球上どこにでもある資源。それが重力です。まず、その重力を使って蓄電する方法を考えてみます。
実はこの方法は揚水発電として実用化されています。これは、高さの違う二つの池を持ち、電気が余った時には下の池の水をポンプでくみ上げて上の池に貯めておき、電気が足らなくなったら、その水を下の池に流してその水の流れで水力発電を行う。
この方法は既存の水力発電所を使うことができるという利点があるほか、蓄電、放電時ロスが結構少ない方法です。しかし、設備が電力の需要地から離れていることが多いため、送電ロスが生じやすくなります。
ここで紹介するのは水ではなく鉄やコンクリートのような重りを使う方法です。
電気が余った時には電動モーターで重りを引き上げておき、足りないときにその重りを下すことによって発電機を回して発電します。とっても簡単ですね。
これには、高い建築物を使って重りを上げ下げする方法と、地下に垂直の穴を掘って重りを上げ下げする方法が考えられます。
この方法で貯蔵できる電力エネルギーEは重りの重さmとそれを上げ下げする高さhによって決まり、それは
E=mgh
という式で計算することができます。ここでgは重力加速度です。
例えば10トンの重りを30m引き上げる設備とすると、このときのエネルギーは、重力加速度を9.8m/s2として、
10,000×9.8×30=2,940,000J=0.82kWh
となります。1MWhの電力を蓄えるとすると、この設備が1,200基必要となる計算になります。う~ん。ちょっと実用的ではないかもしれません。
ただし、重りの上げ下げに使うモーターや発電機は効率がよいので、ロスが少ない蓄電手段ですし、電力需要地や発電所に近いところに設置できるので送電ロスが少ない。特に新規な技術の開発を必要としないという利点があります。
日本のように地震や台風が多い国では、高い塔を作って重りを上げ下げする方式より、地下に深い穴を掘って重りを上げ下げする方がいいでしょう。この場合は、地上部分を他の用途に使用することができます。例えば、太陽光発電所や風力発電所の地下この重力蓄電設備を備えておくという方法はどうでしょうか。
あるいは浮体式洋上風力発電所の場合は、海中で重りを上げ下げすれば、特に穴を掘る工事は不要になるうえ、浮体自体がその重りによって安定化するという利点もあります。(ただし、浮体の浮力を重りの分だけ大きくする必要がある)
いずれもしても、重力は蓄電密度が低いので、蓄電量を大きくしようとすると設備自体が非常に大きなものになりそうです。
圧力で貯蔵する
この方法は、電力が余剰の時に密閉された容器に何らかの気体をコンプレッサーで送り込んで加圧しておき、電力が必要になったら加圧された気体が外に噴き出るときに発生する気流によって発電タービンを駆動して発電する方法です。
蓄電できる電力量Eは容器の大きさVと圧力Pに比例し、次の簡単な式で表されます。
E=PV
例えば10m立方(1,000m3)の圧力容器に何らかの気体(ふつうは空気)を10MPa(大気圧の約100倍)で送り込んだ時に蓄えられるエネルギーは
E=1,000×10=10,000J=0.00278kWh
となります。
1MWhの電力を蓄えるには、この約360倍の圧力容器が必要となります。つまり36万m3。
ただ、この方式だと、圧力を上げると熱が発生し、圧力を下げると熱を吸収するため温度が下がります。発生した熱を捨ててしまうと、エネルギーのロスになりますし、温度が下がった時に加温のためにエネルギーを使うとまたエネルギーのロスになります。つまり熱ロスを減らすための熱管理が重要となります。
このように、圧力を使う方法も重力を使う方法と同じように、蓄電密度が低いため、設備が巨大になってしまいます。なるべく大きな圧力容器を使い、なるべく高圧にする方が貯蔵できる電力は大きくなりますが、高圧にするほど耐圧容器が必要となって容器の製造コストが増加します。
実際の例としては圧力容器として廃坑や洞窟を使う方法が提案されています。これなら新たに高圧容器を作る必要がありませんが、この方法が使えるかどうかは、廃坑や洞窟があるかどうかがまず問題となります。また、廃坑や洞窟が発電場所より遠くにある場合は送電ロスが生じることになります。
化学エネルギーで貯蔵する
化学反応を使って化学の力で電力を貯蔵する方法も考えられます。
実は蓄電池も化学反応を使う方法です。蓄電池に電気を流し込むと、電池の中である化学反応が起こって電気が蓄えられ、電気を取り出すとその逆の反応が起こって元に戻ります。
ここでは水と水素の化学反応によって電気を貯蔵する方法を取り上げることにします。今はやりの水素社会というやつですね。
この方法では、電気が余った時には、水(H2O)を電気分解して水素(H2)を作ります。この反応は以下の化学反応式で示されます。(同時にできる酸素(O2)は大気中に放出します)
2H2O→2H2+O2
この水素を貯蔵しておいて、電気が不足した時に燃料電池で発電して電気に変えます。(このときに必要となる酸素は大気中から取り入れます)
2H2+O2→2H2O
水を電気分解したときには電気が消費されて水素ができ、燃料電池では逆に水素が消費されて電気が出てくるわけです。
水を電気分解するときのエネルギーは237kJ/mol、水の分子量は18ですから、水1㎏を電気分解するのに必要な電力量は
1,000÷18×237=13,200kJ=3.66kWh
になります。
で、1MWhの電力を使えば、約273㎏(15.2kmol)の水素が出てくることになります。これは1気圧では約340m3。1MPaの圧力で貯蔵するなら、その10分の1の略々34m3の大きさの圧力容器があればいい。
34m3というのは一辺が3.3mの四角い箱がそのくらいの大きさです。これならそんなに大きなものではありません。実現可能な大きさです。
ただ、水素による電力貯蔵には効率の問題があります。水を電気分解するときの効率は70%くらい、水素を電力に転換する燃料電池の効率は普及しているPEFCの場合で40%、取り扱いの難しいSOFCで70%くらいです。
つまり、水素によって電力を貯蔵すると、全体として30%から50%くらいしか回収することができず、残りは主に熱になって逃げて行ってしまうことになります。
より効率のよい電気分解方法や燃料電池の技術開発が望まれるところです。
水素を貯蔵するためには、さらに水素を化学反応させて他に物質にする方法も考えられています。例えば、アンモニアや有機ハイドライド。
電力余剰のときに作った水素を空気中の窒素と反応させてアンモニアにして貯蔵し、
3H2+N2→2NH3
電力が不足するときはアンモニアを分解して水素を取り出して、燃料電池で電気に変えるという方法です。
また、トルエンという物質に水素を付加してメチルシクロヘキサン(有機ハイドライド)という物にして貯蔵しておき、電力が足りないときには、メチルシクロヘキサンから水素を取り出して、これも燃料電池で電気に変えます。
特にメチルシクロヘキサンは液体なので、ガス状の水素やアンモニアよりも貯蔵が容易になるという利点があります。
ただし、このような化学反応を行わせると必ず熱の出入りが生じ、その熱をうまく使わないとエネルギーのロスになります。せっかくエネルギーを蓄えても使うときにほんのわずかしか電気を回収できないという可能性もあります。
化学反応を何段階も繰り返す蓄電方法については、私はあまりお勧めしません。
熱で貯蔵する
熱もエネルギーですから、余剰電力を一旦熱エネルギーに変え、熱として貯蔵する方法も考えられます。また電力が不足するときは、その熱を使って電気を発生させます。
例えば、太陽熱発電(太陽「光」発電ではない)では、太陽熱を使って溶融塩を一旦加熱して、その熱で水蒸気を作ってタービンを回して発電しています。
太陽光発電は太陽が沈むと発電できませんが、太陽熱発電の場合は太陽が沈んでも溶融塩が熱を持っている限り発電を継続することができます。これも一種の蓄電と考えることができるでしょう。
熱を貯める物としては、溶融塩のほかにコンクリートや石などが使われます。太陽熱発電の場合は、ソーラーソルトと呼ばれる硝酸塩系溶融塩がよく使われているといいます。文献によると、溶融塩の顕熱を使った方法では10~100kWh/m3、潜熱を使う方法だと50~150 kWh/m3の熱を蓄えられるそうです。
1MWh分の熱を蓄えるには、10m3ほどの溶融塩で済むことになり、これはかなり可能性が高いかもしれません。
溶融塩を加熱するときはジュール熱(要するに電熱器)を使うといいでしょう。この場合、電気エネルギーの転換率はほぼ100%です。
問題はその熱をどうやってまた電気に転換するかということです。蓄えられた熱を使ってスチームを発生させ、スチームタービンで発電した場合の効率は40%くらい、熱機関で最も効率がいいといわれるスターリングエンジンでも60%くらいです。
それでも水素を使った蓄電方法よりもロスが少ない方法です。
運動エネルギーで貯蔵する
余った電力を運動エネルギーとして貯蔵する方法もあります。一般にフライホイールあるいははずみ車と呼ばれる装置がこれです。電力の余剰時に金属製の重い円盤を回転させて運動エネルギーとして貯蔵しておき、電力が不足した時にこの運動エネルギーを使って発電機を回転させて電力を得る方法です。
この場合の貯電量はフライホイールの慣性モーメントI(Nms2)と角速度ω(rad/s)で表されます。
E=(1/2)Iω2
慣性モーメントIは、重さがmで、密度が均一な半径rの円盤の場合は、(1/2)mr2ですので
E=(1/4)mr2ω2
で表されます。
つまり、円盤の質量が大きく、半径が大きく、回転速度が大きいほど多くのエネルギーを蓄えることができるということです。
例えば直径が1mで重さが1tの鉄の回転盤を考えた場合、回転数をゼロから50,000rpmまで増加させるときに必要なエネルギーを考えてみます。
この場合、回転数に0.1047を掛けると角速度になるので、50,000rpmのときの角速度は約5,235 rad/s。そのエネルギーは
1/4×1000×0.52×5,2352=1,713,000,000J=476kWh
ということで、このフライホイール2基で、目標の1MWhの電力貯蔵をほぼほぼ達成することができます。もちろん、重さ1トン、直径1mの円盤を毎分5万回の速度でぶん回すことができたらの話ですが。
(実際には、回転数ゼロから回転させることはなく、既に回転している状態から回転数を上げたり下げたりして蓄電、放電を行うので、必要なフライホイール数はもっと多くなります)
フライホイールを回転させる電気モーターの効率は70%以上、フライホイールから電気を取り出す発電機の効率は95%以上あります。その結果、全体としてエネルギーのロスは30%以下に抑えることができるでしょう。
一方、フライホイールは、軸受けや空気との摩擦でエネルギーのロスが生じるので、長期の電力貯蔵には向いていないかもしれません。しかし、超電導軸受や真空容器を採用することで改善の可能性もあるでしょう。
まとめ
こうやっていろいろな蓄電方式を比較してみると、それぞれ一長一短があることが分かります。
重力や圧力を利用する方法は蓄電できるエネルギーの密度が低いので、大掛かりな装置が必要となりますが、一方エネルギーのロスが少ないという利点もあります。
今、話題の水素ですが、重力や圧力を使う方法よりも小型で済みますし、水素そのものを輸送して他の場所で使うという使い方もできます。しかし、やはり水素という気体を取り扱うために高圧密閉容器が必要となることや、蓄電放電に伴うエネルギーロスが多いことが気になります。
熱として電力を貯める方法は、比較的小規模で実行が可能な方法のように思えます。ただし、電気を熱に変えるのはいいですが、熱を電気に変えるときにエネルギーロスが生じます。
意外だったのはフライホイールのような運動エネルギーに変えて電力を保存する方法で、比較的小ぶりな装置で大量のエネルギーを貯蔵できそうですし、エネルギー転換時のロスも少ない方法ではないでしょうか。ただし、長期の電力保存には向いていないかもしれません。
一方、リチウムイオン電池の体積エネルギー密度は 520Wh/Lと言われているので、1MWhの電力を貯蔵するには1,900Lの容積が必要となります。これは風呂桶2杯分の大きさですから、特に大きな設備が必要となるわけではありません。
また、エネルギー効率も95%以上と言われているので、やはり優れた蓄電方式のひとつでしょう。ただし、充放電を繰り返すことによる電池自体の劣化(寿命)という問題があります。
2021年3月7日
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