最近ガソリンを撒いて火をつける放火事件が相次いで発生しています。
2019 年7月には、京都アニメーションの建物で、40代の男がガソリンを撒いて火をつけ、35人の命が奪われるという事件が起こりました。
2021年10月には京王線の電車内で男がナイフを振り回して乗客にけがを負わせたうえ、電車内にライター用のオイル(ガソリンと同等)を撒いて火を着け、16人が負傷。ひとりが意識不明の重体となりました。(京王線の刺傷放火事件 ライターオイルはガソリンと同じ 参照)
2021年12月には大阪市北新地の雑居ビルで、やはり男がガソリンのようなものを撒いて火をつける事件が起こり、26名が死亡(被疑者1名を含む)、2名が負傷しています。
これ以外にも、過去には名古屋立てこもり放火事件(2003年9月)や青森県弘前市の「武富士弘前支店」の強盗放火殺人事件(2001年5月)、大阪市此花区のパチンコ店放火事件(2009年7月)、東海道新幹線車内の焼身自殺で乗客が巻き添えで窒息死した事件(2015年6月)などがあります。
このような事件のあと、エネオスや出光などのガソリンスタンドでは、容器でガソリンを購入する場合は、本人確認と使用目的の確認が行われるようになりましたが、これでガソリンを使った放火事件を完全に防ぐことは困難でしょう。
もし、自分がこのようなガソリンを使った放火事件に遭遇したらと思うと身がすくむ思いです。このような場合にどのようにして身を守ればいいのか、前もって考えて、準備しておくことが必要だと思います。今回は、ガソリン火災が起こった場合、どのようにして身を守ったらよいのかについて検討してみました。
ガソリンに火がついたらどうなるか
まず、ガソリンに火がついたらどうなるかについて考えてみたいと思います。
石油類は液体のまま燃えるのではなく、一旦蒸発して蒸気となり、空気と混ざった状態で燃焼します。(ガソリンにマッチの火を近づけても火はつかない?ウソ 参照)
ガソリンの場合、その蒸気の空気中濃度が1~7容量%になったとき、着火源があれば燃焼する爆発混合気という状態になります。ガソリンは非常に蒸発しやすいので、ガソリンが漏洩したり、ガソリンを故意にまき散らしたりすると、簡単に蒸発して爆発混合気を作ります。
この爆発混合気は空気より重いので、床に溜まってしまって、簡単には薄まりません。そして、これに火がつくと、爆発混合気全体が一気に燃え上がる。というか爆発に近い燃え方をして大変危険です。一種のガス爆発をイメージすれば分かりやすいと思います。
ガソリンは燃えると当然ながら、高温の炎が発生し、これに巻き込まれると重度の火傷を負って死につながります。ですから、ガソリンが撒かれたら、爆発混合気の中に入らないこと。すぐに避難することが重要です。
しかし、ガソリン火災の恐ろしさは、燃焼炎による火傷だけではありません。
ガソリンは燃えたあとも怖い
ガソリンは炭素と水素からできていますので、完全燃焼すれば、炭素は二酸化炭素に、水素は水(水蒸気)になりますが、二酸化炭素や水の毒性は小さいので心配する必要はありません。
しかし、それは完全燃焼すればという話で、実際にはそうなりません。ガソリンが空気中で燃えると、理論上ガソリン1分子に対して10~15分子の酸素が消費されます。計算上、爆発混合気中のガソリン濃度が大体2%以上になると空気中の酸素が足りなくなって、不完全燃焼することになります。
ガソリンが不完全燃焼すると、ガソリン中の炭素は一酸化炭素や黒煙の正体である微小な炭素の粒になります。また、燃焼によって空気中の酸素が消費されるため酸素濃度が低い酸欠空気となります。さらに、ガソリンが燃えたあと室内の壁や家具が燃えて有毒ガスが発生することもあります。しかも、このガソリン燃焼によって発生する燃焼ガスは1000℃ほどの高温になります。
爆発混合気中のガソリンは極短時間で燃え尽きてしまいます。液体のガソリンが残っていれば、それも熱で蒸発して燃え続けるので、しばらくは燃え続けますが、これも比較的短時間で燃え尽き、あとは室内の壁や天井、家具などに炎が燃え移ることになります。
しかし、ガソリンが燃え尽きても、あとには一酸化炭素や炭素の粒(黒煙)や酸欠空気を含む高温の燃焼ガスが残ります。このような高温ガスに人体が曝されれば、当然重度の火傷を負うことになりますし、吸い込めば熱によって気管や肺が火傷を負って呼吸困難となります。
また、黒煙を吸い込むと肺にこびりつき、やはり呼吸困難を起こします。しかし、もっと怖いのは酸欠空気や一酸化炭素でしょう。
酸欠空気に最も影響を受けるのは脳です。通常の空気には21%の酸素が含まれていますが、酸素が10%以下の空気を吸い込むと大脳皮質が障害を受けて身体が動かなくなります。6%以下になると失神、ほとんど酸素のない空気を吸入すると、わずか1回の呼吸で死に至ると言われています。
一酸化炭素は血液の中で酸素を運ぶ役割をするヘモグロビンに結合してしまうめ、血液中の酸素が不足し、酸欠空気を吸った場合と同様の症状を呈します。高い濃度の一酸化炭素を吸入すると、意識はあるが体が動かないという非常に恐ろしい状態になります。0.5%~1%の濃度の一酸化炭素を吸入すると、1~2分で死に至ると言われています。
ガソリン火災の特徴
ガソリン火災の特徴をまとめると、つぎのようになります
- ガソリンが漏洩すると蒸発して爆発混合気を作り、これに火がつくと爆発的に燃焼する
- ガソリン火災が起こると高温の火炎により重度の火傷を負う
- ガソリンが燃えたあと、黒煙、一酸化炭素、酸欠空気、有毒ガスを含む高温の燃焼ガスが残り、これを吸引すると死に至ることがある
どうやって難を逃れるか
では、このようなガソリン火災に対して、どう対応すればいいのでしょうか。
あらかじめ避難経路を確認しておく
初めて行く場所、建物内などでは、あらかじめ避難経路を確認しておきましょう。北新地のビル火災では、外部へ出られる経路は一か所しかありませんでした。このような場所はできれば立ち入らないこと。立ち入る必要がある場合は、できるだけ早く退避できるように準備しておくことが必要でしょう。
ホテルなどでは、私は必ず非常階段の位置を確かめ、また窓から脱出可能かどうかの確認をしています。
ガソリンが撒かれたら、即座に安全な場所に移動する
ガソリンが漏洩したり、故意に撒かれたりした場合、床にガソリンの爆発混合気が形成されます。まず、これに火がつかないようにすること。窓やドアを開けて爆発混合気を薄めることが対策として考えられますが、とりあえず即座に安全な場所に逃げましょう。
爆発混合気の中にいる状態で、着火したら重度の火傷を負うことになります。
名古屋立てこもり放火事件では、犯人が事務所内に人質をとって立て籠り、ガソリンを撒いて金を要求しました。このときは、事務所内にガソリン蒸気が充満して爆発混合気を形成しており、その状態で着火したため事務所全体が爆発して犯人と人質の2名が火傷でなくなりました。また、部屋の外にいた機動隊員1名が一酸化炭素中毒で死亡しています。
もし、着衣に着火した場合は、まず火の勢いを大きくしないためその場に止まり、地面や床に倒れ込み、左右に転がって消火します。
黒煙を避ける方向へ逃げる
ガソリン燃焼の火炎から逃れられたとしても、ガソリンが燃えた後には有毒な一酸化炭素や黒煙、酸欠空気を含む燃焼ガスが残り、非常に危険です。一酸化炭素や酸欠空気のような有毒ガスは目に見えませんが、黒煙は見ることができます。
有毒ガスは黒煙と一緒に移動しますから、とにかく黒煙があれば、そこには有毒な一酸化炭素や酸欠空気のような危険も一緒にあると考えるべきで、とにかく目に見える黒煙を避けることが肝要です。
黒煙は高温であるため、上に昇るという性質があります。京都アニメーション放火事件のときは、真黒な黒煙がらせん階段を伝ってあっという間に2、3階に昇ったと言われます。(京アニ放火事件 被害拡大のなぞ 参照)
黒煙は上に上がるのは早いですが、横や下に進むのはそれほど早くありません。従って、避難するときは、黒煙を避ける方向に避難します。できれば階段を使って階下へ逃げる(階段に煙がない場合)、横に逃げる、窓から逃げる。あるいはベランダに避難するようにします。
窓があれば窓を開けて黒煙を逃がすという方法もあります。京王線の放火事件のような電車内でのガソリン火災の場合は、窓を開けて煙を外に逃がすこともできるでしょう。
逃げ遅れたら、最後の手段として煙の入っていない部屋にとじこもり、黒煙が入ってこないように隙間を塞いで救助を待つという方法もあるようです。
逃げるときは口を布で覆い、体を低くして
黒煙は一旦天井まで昇ってから、次第に下の方まで広がってきます。
このような状態で避難するときは、ハンカチやタオル、マスクなどの布で口を覆います。これはできるだけ黒煙を吸い込まないようにするためですが、燃焼ガスに含まれる一酸化炭素や酸欠空気は防げません。
ハンカチやタオルなどがなければ着衣で口を覆ってもいいでしょう。口を覆う布は水で濡らすという話もありますが、それほど効果はないようです。水を探したり濡らしたりする手間をかけるより、できるだけ早く避難した方がよいでしょう。
布で口を覆ったら、できるだけ体を低くして床を這うようにして移動します。息は止めないで浅く連続的に浅めの呼吸をします。(息を止めて苦しくなって大きな呼吸をすると黒煙を吸ってしまう)息を吸うときはできるだけ下の方、床に残っている空気を吸うようにします。黒煙は絶対に吸ってはいけません。一息か二息で意識を失うことがあります。
透明な樹脂袋(いわゆるビニール袋)を頭からかぶって避難する方法もあるようです。樹脂袋の中の空気で1~2分間は息をすることができるといいます。
まとめ
いろいろ書いてきましたが、最後にガソリン火災から身を守るための要領をまとめます。
- 初めて行くところでは、必ず避難経路を確認しておく(ビルの中やホテルでは、非常階段や出口の位置、窓の位置などを確認しておく)
- ガソリンが漏洩したり、あるいは故意にガソリンが撒かれるのを見たら、できるだけ早くその場を離れる。爆発混合気の中で着火すると重度の火傷を負う可能性が高い。
- ガソリンに火がついたら、できるだけ早く火元から逃げる。逃げる方向は、可能ならは階下方向へ、あるいは横へ逃げる。
- 避難するときはハンカチやタオル、マスクで口を覆い、身体を低くして黒煙を吸わないようにして逃げる
なお、本記事を書くにあたって、京都市消防局のパンフレット「火災から命を守る避難」を参照させていただきました。とても分かりやすく、詳細な説明がされていますので、是非一読をお勧めします。
また、Quoraにビル火災から避難した貴重な体験が投稿されていますので、これも参照ください。
2022年1月10日