第二世代バイオエタノール ビッグ3のプロジェクトはなぜ失敗したのか

2000年代、米国政府は草や木や農業廃棄物のようなセルロース原料から自動車燃料を作り出すという夢のような技術の開発に多大の資金をつぎ込んで実用化を図った。いくつものプロジェクトが立ち上がり、最終的にはビッグといわれる3つのプロジェクト、すなわちポエト-DSM、アベンゴア、デュポンが商業プラント段階まで進んだ。しかし、結果的には失敗している。

この経緯については、失敗した米国の第二世代バイオエタノールプロジェクト 木や草から自動車燃料を作るはずだったが… をご覧いただきたい。

なぜうまく行かなかったのか。それを是非知りたいところだが、実は失敗の原因については余り情報がない。成功したことは大々的に情報公開されるが、失敗したことについて、関係者はあまり話したがらないものだ。

第二世代バイオエタノールに限らず、期待されたプロジェクトがいつの間にか消え去って、話題にも上らなくなったという事例が数多くあることは、読者の皆さんもお気づきだろう。それは、だいたいこういう事情による。

この記事では、ビッグ3の技術面と米国政府の政策面について問題を整理した。その上でこの3つのプロジェクトがうまく行かなかった理由について考察してみたい。

ただし、草や木から自動車燃料を作るプロジェクトは、ここで取り上げたビッグ3以外にもあり、これには例えばランザテックのように有望なプロジェクトが含まれる。これについては、また別途取り上げることにしたい。

そもそもかなり難しい技術だった

まず、木や草から自動車燃料を作るというのは、そもそもかなり難しい技術だったことが、原因のひとつだろう。

デンプンにアミラーゼという酵素を作用させて糖を作り、これを発酵させてバイオエタノールを作ることは酒造りとして昔からやられてきたことだ。日本酒の場合はデンプンには米を使い、アミラーゼ酵素として麹、発酵には酵母を使う。日本酒以外の世界中の酒類もほぼ同じ作り方をする。

植物の茎や葉、幹などに含まれるセルロースは、アミラーゼ酵素で分解することができないが、近年セルロースを分解できるセルラーゼという酵素が手に入るようになった。

であれば、アミラーゼの代わりにセルラーゼを使えば、デンプンの代わりにセルロースを原料として、従来と同じ方法でバイオエタノールが作れるぞ!というのが、基本的な考え方である。しかし、実際にはいろいろと技術的な問題があったのだ。

植物の体はデンプンと違って、セルロース、ヘミセルロースおよびリグニンという3つの成分が強固に絡みあった構造(リグノセルロース構造)をしている。セルラーゼを作用させるためには、まず、この複雑な構造を解きほぐすことが必要となる。この工程を前処理という。

リグノセルロース構造

ポエト-DSMのプロジェクトはアンドリッツ社の水熱爆砕法、デュポン社は希釈アンモニア法を採用しているが、この前処理工程が意外と難しかったようだ。

次に考えられるのが阻害物質の発生だ。前処理によって酢酸やフルフラールなどの有害な物質が発生することがあり、これが、酵素反応や発酵反応を阻害してしまう。

また、セルロースを分解するとブドウ糖になり、これは従来の酵母菌やザイモモナスといった微生物によってバイオエタノールにすることができる。しかし、ヘミセルロースからはキシロースなどのちょっと違った種類の糖(C5糖)ができてくる。これは従来の発酵菌ではバイオエタノールに転換することができない。

そのため、C5糖をバイオエタノールに転換できる微生物が遺伝子操作などによって作出されている。しかし、これらの菌類は従来の発酵菌とは取り扱い方法がかなり異なっているだろう。

第二世代バイオエタノールの実用化については、以上挙げたような問題以外にもいろいろな課題がある。セルロース原料からバイオエタノールを作るには、単純に酵素をアミラーゼからセルラーゼに変えればいいというものではなく、未経験の問題が山積していた。つまりあちこちに技術的な落とし穴があったのだ。

限られた情報であるが、ポエト-DSMのプロジェクトでは前処理技術を巡ってアンドリッツ社に訴訟を起こしたという話や、セルラーゼ酵素をプラント内で作る予定だったものが、実際にはできていないという話も聞かれる。

このように、第二世代バイオエタノールの技術にはハードルがいくつもあり、ひとつのハードルを越えると、また次のハードルが待ち構えているという状況で、結局時間切れになったということではないだろうか。

米国政府の第二世代バイオエタノール開発計画が先進すぎた

米国政府は第二世代バイオエタノールに多大の補助金を与えて支援してきたが、その主な理由は実は気候変動対策ではない。食料問題でもない。米国政府が最も期待したのはエネルギー安全保障だった。

2001年9月11日に発生した同時多発テロ事件を契機として、米国は中東の石油から脱却する政策を進め始めた。中東に支払われる石油代金がテロリストたちの資金源となっていたからだ。

2007年1月ブッシュ大統領は、今後10年間でガソリン消費量を20%削減すると宣言。それを実行に移すため、同年12月、エネルギー独立安全保障法(EISA)という法律が制定された。

この法律では、中東の石油依存量を軽減するために、燃料販売業者に対して第二世代バイオエタノールを含むバイオ燃料の使用を義務付けるというものである。これを再生可能燃料基準という。

このとき、米国環境保護局(EPA)が作った再生可能燃料基準の将来計画がこれである。

再生可能燃料基準の将来計画

従来のトウモロコシから作られたバイオ燃料の導入量は2015年ころから頭打ちとなり、それ以降はセルロース系、すなわち第二世代バイオ燃料が増加。2022年には、従来型バイオ燃料とほぼ同量の第二世代バイオエタノールが供給される。という計画であった。

しかし、この計画は遅れに遅れることになった。EPAは毎年、再生可能燃料の使用義務量を発表するが、それに見合うだけの第二世代バイオエタノールが生産されてこないのだ。燃料販売業者は使用義務量のバイオエタノールを確保しなければ、罰則を受けることになるが、ない物はどうしようもない。このためEPAが燃料販売業者から告訴される事態まで起こっている。

このような遅れを取り戻すため、米国政府はビッグ3と言われた第二世代バイオエタノールのプラント建設に大きな期待をかけた。そして2014年から2015年にかけて、つぎつぎに商業プラントが建設されていったのだが、その結果は既述のとおりである。

第二世代バイオエタノールの製造は技術的に未熟だったにもかかわらず、米国政府は再生可能燃料基準という大きな目標を達成するために、多大な補助金を投入して実用化を急いだ。その結果、かなり無理なスケジュールで計画が進められたのではないだろうか。

シェールガス革命がとどめを刺した?

一方、そのころ、米国ではシェールガスの採掘が本格化する。シェールガスというのは、地下深くに存在するシェール層に含まれる天然ガスのことだ。シェールガスが存在することは従来から知られていたのだが、ただそれを採掘する方法がなかったのである。

しかし、2000年代後半に新しい採掘技術が開発され、2010年代からシェールガスの生産が本格化する。このシェールガスの埋蔵量は非常に多く、無尽蔵とも言われるほどである。また、シェールガスに伴って、タイトオイルと言われる原油も採掘されてくる。

それまで原油の輸入国であった米国が一躍、原油輸出国となり、この豊富なエネルギー源を使ってエネルギー産業や化学産業が米国内で活性化し、また多くの雇用を生み出していった。このような変化は、シェールガス革命とまで言われている。

既に述べたように、米国政府が第二世代バイオエタノールの開発に期待したのは、それが国内エネルギー資源だからである。しかしながら、シェールガス、タイトオイルという新たな国内資源が確保できるようになってしまった。

当然ながら、米国政府の第二世代バイオエタノールへのコミットはトーンダウンしていった。ビッグ3の失敗もあり、米国政府のバイオ燃料に対する熱意はすっかり失われてしまったのだ。

第二世代バイオエタノールはまだ終わってない

このように米国における第二世代バイオエタノールの開発は大きく後退しているようだ。EISAの計画は実現性がなく、不可能となった。多少の先進型バイオ燃料は供給されているが、それでも当初の目標には程遠い。

実は第二世代バイオエタノールの開発アプローチは当初からふたつの方法があった。生化学法と熱化学法である。生化学法は既に述べたように原料を酵素で分解し、生成した糖を微生物で発酵させる。ここで取り上げたビッグ3のプロセスは全て生化学法であった。

一方、熱化学法は原料を加熱して一旦ガスにしたあとで、そのガスを合成してエタノールにする方法である。この方法も米国政府の手厚い支援を受けて技術開発が進められたが、ほとんどのプロジェクトは商業プラント段階に達する前に消滅している。

これで第二世代バイオエタノールは夢と消えたかというと実はそうでもない。ブラジルのライゼン社はサトウキビの搾りかすであるバガスを原料として生化学法でバイオエタノールを製造している。これは世界唯一の第二世代バイオエタノール製造プラントである。

また、ニュージーランドを発祥とするランザテック(現在の本社は米国)のように熱化学法を使ってちょっと違った形で商業プラント段階に達している企業もある。これについては、また別の記事で紹介したい。

2022年9月23日

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