ガソリンスタンドによってハイオクガソリンのオクタン価が違うというネット記事への反論

最近、ガソリンスタンド(以下GS)によって販売されているハイオクガソリンのオクタン価が違っているという記事をネット上で見かけるようになった。

Clicccarというサイトに載せられた記事では、いくつかのガソリンスタンドからハイオクガソリンのサンプルを取り、簡易オクタン価測定器で測定したら、GSによってオクタン価が大幅に違っており、なかにはJISで規定するオクタン価96.0に満たないものもあったという。

これが本当なら、ガソリンスタンドによってガソリンの品質が違うことになる。また、ハイオクの規準に満たない物を売っているのなら、一種の詐欺行為でもある。
また、消費者はどこのガソリンの品質がよくて、どこが悪いという選択を迫られることになる。

このように、GSによってオクタン価が違うといことがあるのだろうか。結論から言えば、そもそも簡易オクタン価測定器という公的に認められていない機器を使ってもオクタン価は正確には測定できない。ハイオクの品質がこんなに違っているとはありえないというのがこの記事の内容である。

石油会社のオクタン価

まず、日本の製油所ではガソリンは社内規格に則って製造されている。この社内規格は基本的にJIS規格であり、JIS規格に上乗せすることはあってもJISを下回ることはない。

ハイオクのオクタン価はJIS規格が96.0以上とされているが、一般に日本のハイオクは98以上か100前後(99.5以上100.5以下)と、JISに上乗せする形で製造されている。 (メーカーによって社内規格は若干違っている)

最近、石油会社はオクタン価を公表しなくなったが、おそらく従来通りの規格で製造しているだろう。急にオクタン価を大きく変えたら、カーメーカーやハイオク仕様車の所有者からクレームがつく恐れがあるからだ。少なくともJIS規格の96.0より低いハイオクを意図的に製造しているということは考えられない。

また、以前のブログにも書いたが、各石油会社の問では互いに製品を融通しあうバーターということをやっている。これによって輸送コストを大幅に削減することができる。これはどの石油会社でも全国規模でやっていることだ。

実際、ある石油会社の製油所や油槽所に別の石油会社のマークを付けたタンクローリーが引取りに来ているという光景は日常的に見かける光景である。

だから、ある地域ではGSのサインポールは違っても、製品はみんな同じ製油所から出荷されている同じ製品だということも珍しくはないのだ。これは業界では常識といっていい。そして、この仕組みが成り立つためには、各石油会社の品質は同じでなければならない。だから、 GSによってこれだけオクタン価が違っているというのは考えられない。

なぜGSによってオクタン価が違うというのか

ではなぜ、簡易オクタン価測定器で測定したら、GSによってまちまちの数値が出るのだろうか。まず考えられることは「簡易オクタン価測定器」の信頼性の問題である。

この測定法はJISに規定された方法ではない。 JISではこのような簡易測定器具でオクタン価を測ってよいとはひとことも書いてない。つまり、このような簡易測定器具で測定したデータは公式の測定結果とは認められないということである。

例えばオリンピックの100m競技で、ある選手が9.50秒の世界記録を出したとする。それに対して、だれかが、市販のストップウォッチで測ったら、10.00秒だったから世界記録ではないとクレームをつけているようなものである。市販のストップウォッチが世界記録を判定するほどの信頼性があるとはとても思えない。

オクタン価の測り方

では、公式のオクタン価はどうやって測定しているのだろうか。オクタン価というのはノッキングの起こりにくさの指標であるから、一番確実な方法は実際にエンジンでガソリンを燃焼させてノッキングが起こるかどうかを調べることだ。

オクタン価を測定するときは、圧縮比を変えることのできる特殊なエンジンを使って、実際にエンジンを動かしてみる。そして圧縮比を上げていき、どの程度の圧縮比でノッキングが起こるか測定するのだ。このときの圧縮比をオクタン価の分かっている基準燃料と比較してオクタン価を決める。

基準燃料はノッキングを起こしにくいとされるイソオクタンとノッキングを起こしやすいノルマルヘプタンを混合して作られる。イソオクタン100%の基準燃料をオクタン価100、ノルマルヘプタン100%の基準燃料をオクタン価 0 とし、あとはイソオクタンの割合で基準燃料のオクタン価を決めている。

ただ、オクタン価を測定するエンジンはどんなエンジンでもいいというのではない。世界中で統一されたエンジンを使って測定することがJISでもISOでもASTMでも決められている。

そのエンジンをCFRエンジンといい、この統一されたエンジンを使ってオクタン価を測ることによって、同じガソリンなら世界中どこで測っても同じオクタン価を得ることができるのだ。

簡易オクタン価測定器の信頼性は?

では、簡易オクタン価測定器はどのような方法でオクタン価を測定しているのだろうか。Clicccarで使用した簡易オクタン価測定器はSHATOX SX-150というもの。この測定装置はJISで規定されたようにエンジンでガソリンを燃焼させてノッキングを測っているわけではなく、サンプルの誘電率を測っているとのことだ。

誘電率というのは、ある物質が蓄えることのできる電気の量で、その物質固有の数値を持っている。では誘電率を測っただけでオクタン価がわかるのだろうか。そんなことは到底考えられない。

これについては、Cocoa SystemsというサイトでSX-150ではないが、同じく誘電率でオクタン価を測定するというOCTIS-2という簡易オクタン価測定器を使って、オクタン価を正確に測定できるかどうか詳細な実験を行った結果を公表している。
https://www.cocoa.ne.jp/archives/13403

それによると、OCTIS-2を使っても、その測定オクタン価は、GSによってばらつきがあるという結果がでた。がそれだけではない、Cocoa Systemsではイソオクタン100%のオクタン価も測定してみたところ、78.2という結果が出たという。

おや。おかしいと思われただろう。イソオクタンのオクタン価は100のはず。というよりイソオクタンのオクタン価を100と定義したものがオクタン価なのである。このオクタン価100のはずの基準燃料を測ったら78.2という、レギュラーガソリンにも適さない数字が出てくるというのはおかしな話である。

そもそも誘電率を測定して、それによってオクタン価が分かるという根拠は何なのだろうか。それは以下の図で示されている。

Zaitsev, Kuznetsova ”Gasoline Sensor Based on Piezoelectric Lateral Electric Field Resonator”, SENSORDEVICES 2016

横軸がオクタン価、縦軸が比誘電率(空気の誘電率を1としたときの誘電率)である。この図では、オクタン価の高いガソリンほど誘電率も高くなる。だから誘電率を測定すれば、オクタン価が分かるという主張なのだが、このたった3点のデータだけで「誘電率を測定すればオクタン価が分かる」と主張しているわけである。

実は、このOCTIS-2という装置はロシア製で、ロシアで市販されている3種のガソリン、つまりオクタン価80、92,96の3種類のガソリンの誘電率を測定したらこのような結果が出たというに過ぎない。

実際にこれらのガソリンのオクタン価をCFRエンジンで測定したわけでもない。また、オクタン価がいくつだと、誘電率がいくつになるという定量的な検討が行われているわけでもない。

たまたま、ロシアのあるメーカーのGSで買ってきたガソリンの誘電率を測ってグラフにしたというだけに過ぎない。違うメーカーのガソリンを試したわけでもなく、ましてや外国のガソリンでも同じ結果が出ると保障されたわけでもない。すこぶるいい加減なデータと言わざるを得ない。

OCTIS-2はロシアのGSでガソリンを買うときに、きちんと指定したガソリンが販売されているかどうかを確認する場合に使われているという。そういう使い方をするならば、そして、それをロシア国内に限定して行うなら有効であろう。しかし、それでオクタン価がいくつかという正確な数字を得ることができるとは到底思えない。

このようにオクタン価と関連のある性状は他にもある。例えば比重(密度)はレギュラーよりハイオクの方が高くなることが多い。だから比重を測ればレギュラーかハイオクかの区別はだいたいつけられる。しかし、比重だけで、そのガソリンのオクタン価まで正確にわかるわけではない。それほどの精度があるわけではないからだ。

SX-150がOCTIS-2と同様に誘電率を根拠としているのなら、ハイオクとレギュラーの区別くらいは付けられるだろうが、表示されたオクタン価がCFRエンジンを使って測定したときと同じ数値を示すという証明はどこにもない。

少なくとも、イソオクタンを測定してオクタン価100、ノルマルヘキサンを測定してオクタン価0という数値がちゃんと出ることはもちろん、市販のハイオクについてさまざまなメーカーのハイオクガソリンをサンプリングし、簡易測定器とCFRエンジンの測定値とを突き合わせて、ほぼ同じ数値が出てくると実証されない限り、その測定値が正しいとは言えない。

ましてや、このような怪しげな測定装置を使った結果を証拠として、GS側が不正を働いているかのような記事を書くべきではないだろう。

同じオクタン価でも誘電率は違う

実はガソリンの成分は、製油所によって、季節によって、あるいは製油所の装置の稼働状況によって少しずつ違っている。原油から蒸留されて出てきたガソリンのオクタン価は70くらいしかないのだが、それをいろいろな方法でオクタン価を高めている。ガソリンの成分が違うのは、そのオクタン価の高めかたが製油所によって違うからである。

一般に行われるのは改質という操作で、これによってガソリン中の芳香族と言われる成分が多くなってオクタン価が高くなる。しかし、分解という操作を行ってもオクタン価は高くなる。このときはガソリン中のオレフィンと言われる成分が多くなる。また、アルキレーションという方法では、イソパラフィン成分が多くなることによってオクタン価が高くなる。

ガソリンの作り方の例(単に原油を蒸留しただけではない)


そして製油所は最終的にこれらのガソリン基材をブレンドして、レギュラーは90以上、ハイオクは100前後となるようにオクタン価を調製して出荷しているのである。だから、同じオクタン価のガソリンでも、そのガソリンを構成する成分の割合は違っている。

一般に芳香族は誘電率が高いので、芳香族によってオクタン価を高めている製油所のガソリンは、誘電率が高いほどオクタン価が高くなる傾向があるだろう。特にロシアの場合は、分解装置のような高度な技術を持っているわけではないので、ほぼ改質によってオクタン価を高めている。だから誘電率を測定すればオクタン価がだいたいわかる可能性があるかもしれない。

しかし、わが国や欧米の場合は分解装置やアルキレーション装置によってオクタン価を高める場合が多い。この場合はオレフィンやイソパラフィンによってオクタン価が高くなっているわけであるが、これらの成分は芳香族ほど誘電率が高くないから誘電率が低くてもオクタン価は高いということになる。

ガソリンという複雑な組成を持ち、製油所によってその組成が違っているガソリンを誘電率というひとつの指標だけで評価するのはそもそも無理な話なのだ。

結局のところ、オクタン価はCFRエンジンを使って実際にエンジンで燃やしてみなければ正確には分からない。簡易測定器では誘電率から計算されたオクタン価と称する数値がもっともらしくデジタル表示されるので、それがあたかも正確な値であるかのように誤解されるが、実際に測定しているのは誘電率であってオクタン価ではない。

結論を言えば、このような簡易オクタン価測定値は、そもそも公式には認められていない測定法であり、理論的にも正確なオクタン価を測定できるという保証もないから、そこに表示されたデータをそのまま信用すべきではない。

ちなみに、さきほど紹介したCocoa Systemsの記事では、簡易オクタン価測定器はおもちゃに過ぎないとまで断言しているが、そういわれても仕方ないだろう。

近年、GSで販売されているガソリンは揮発油等の品質確保に関する法律によって、プロの第三者による定期的な品質確認が義務付けられているから、従来のような不良品が売られることはほとんどなくなっている。消費者はいかがわしいデータに惑わされないようにしていただきたいと思う。

2024年7月28日

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