温室効果ガス(GHG)の排出量はどうやって測定しているのか 実測ではなく計算で

2015年の「国連気候変動枠組条約締約国会議(通称COP)」で合意された、いわゆるパリ協定では、21世紀後半までに温室効果ガス(Green House Gas=GHG)排出量と(森林などによる)吸収量をバランスさせるという目標を掲げています。

これを受けて、主要各国はそれぞれ、温室効果ガス排出量削減の目標を設定することになりました。我が国では2030年までに2013年と比較して46.0%削減することとしています。

そこで気になるのが、温室効果ガス排出量はどのようにして測定されているかということです。その測定方法が国によって違ったら不公平ですし、あやふやな測定ですと、せっかく排出削減しても、それが数字として現れなかったり、意外なところで大きな排出があるのに気づかなかったりすれば努力の意味がありません。

温室効果ガスがどの部門でどれだけ排出しているかを正確に測定できれば、排出量削減について努力する方向性を明確にして、効率的に削減に取り組むこともできます。

温室効果ガス排出量や吸収量については、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が、その測定方法のガイドラインを決めていて、各国はこのガイドラインに従って測定することになっています。

そして各国が国全体の温室効果ガスの排出量や吸収量を取りまとめたものを温室効果ガスインベントリーといいます。日本では、国立環境研究所地球環境研究センターが「日本国温室効果ガスインベントリ報告書」を作成し、気候変動枠組条約事務局に提出することになっています。

では、この温室効果ガスインベントリー、どうやって測定しているのでしょう。

実測は困難

実際に排出されているガスを採取してきて、これを何らかの化学的な分析方法を使って、温室効果ガスの排出量を測定することはできないことではありません。しかし、実際にこれをやろうとすると非常に難しいことになります。

まず、発生源が非常に多いことです。例えば代表的な温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)に限っていっても一般に物が燃えればCO2が出てくるわけですから、物が燃えるところは日本中に数限りなくあります。

大きいところでは火力発電所や工場などが挙げられますが、自動車からもCO2は排出されていますし、家庭で使われるファンヒーターや厨房用のガスコンロなどからもCO2は排出されます。これらの1台1台はそれほどではありませんが、とにかく数が多いので合計すれば非常に大きな数字となります。これをいちいち実測するわけにはいきません。

さらに、温室効果ガスはCO2だけではありません。CO2以外にもメタン(CH₄)、一酸化二窒素(N₂O)、ハイドロフルオロカーボン類(HFCs)、パーフルオロカーボン類(PFCs)、六フッ化硫黄(SF₆)、三フッ化窒素(NF₃)の7種が規定されていますが、それぞれの測定方法も発生源も異なっています。

例えば、自動車の排気ノズルに簡易なCO2計と排ガス流量計を取り付ければ、実測することは可能かもしれません。しかし、実測するとかなりの測定誤差が出てきます。日本全体で8000万台以上もの車が走っているのですから、全体の誤算はものすごく大きなものとなりますし、測定器の費用も莫大なものになるでしょう。

実際には統計値から計算で算出する

実際には、排出源から直接分析等によって温室効果ガス排出量を測定しているのではなく、排出量に関係した、統計などの数値から計算で割り出しています。

というと、計算で出しているのか。そんないいかげんな。と思われるかもしれませんが、計算といっても非常に精密な方法で行われており、かえって実測するより誤差は少ないでしょう。

その計算方法ですが、基本的には以下の式が使われます。

温室効果ガス排出量=活動量×排出係数×温暖化係数

つまり、温室効果ガスの排出量は活動量、排出係数および温暖化係数をかけ合わせて計算します。活動量というのは、その発生源から温室効果ガスを排出する量に比例する何らかの数値。排出係数とはその活動量と温室効果ガスを関連付ける比例係数。温暖化係数というのは、対象とする温室効果ガスがどのくらい温室効果を持つかという数字です。

というと分かりにくいかもしれませんので、実際の例を挙げてみましょう。

自動車から排出されるCO2の量

例のひとつとして自動車の排気ガスから出てくるCO2の量について説明します。

活動量
活動量は自動車燃料を燃やした時に得られるエネルギー量(熱量)が使われます。このエネルギー量がCO2発生量と比例するからです。

日本全体の自動車が燃料として1年間に使ったガソリンや軽油などをすべて燃やした時に発生する熱量が、この場合の活動量です。そして、日本全体で使われた自動車燃料の量や、その燃焼エネルギー量は資源エネルギー庁が取りまとめている総合エネルギー統計から得られます。

例えば2020年の統計では輸送部門で使われた燃料のエネルギーについては、ガソリンの場合は1,451,844TJ、軽油については917,550 TJなどとなっています。ちなみにTJとはテラジュールと読み、エネルギーの基本単位J(ジュール)の1012倍です。

換算係数
つぎに換算係数ですが、これは使った自動車燃料のエネルギーと、このときCO2として発生する炭素の間の比例係数です。つまり、1TJ分のエネルギーをガソリンや軽油を燃やして得るときに何トンの炭素が排出されるかという係数です。

これはガソリンの場合は18.7 t-C/TJ、軽油の場合は18.8t-C/TJという数値が用いられます。これは燃料に含まれる炭素の重さを高位発熱量で割って求められる数値です。

例えばガソリンの高位発熱量は45.90MJ/kg(33.36MJ/ℓ)。ガソリンの平均的な分子式をC8H16と考えると、1㎏のガソリンに含まれる炭素の重さは0.857㎏。これを高位発熱量で割ると、0.0187㎏/MJ=18.7t/TJとなります。(実際に使われる換算係数は、日本の自動車燃料の使用実態に即して検討された数値です)

温暖化係数
最後に温暖化係数ですが、これはCO2の温室効果を1としたとき、その何倍の温室効果があるかという数字ですが、この例ではCO2そのものを対象としているので、温暖化係数は1です。

これをまとめると

活動量=日本中で使われた自動車燃料のエネルギー(総合エネルギー統計の数値)
排出係数=ガソリンの場合は18.7 t-C/TJ、軽油の場合は18.8t-C/TJ
温暖化係数=1

この3つの数値をすべて掛け算することになります。
ただし、この計算で算出される数値は排出されたCO2に含まれる炭素Cの部分の重さなので、これをCO2量に換算するためには44/12を掛けてやる必要があります。(44はCO2の分子量、12はCの原子量)

結局のところ、日本国内を走行している自動車から1年間に排出されるCO2はいちいち測定しているわけではなく、日本中で使われた自動車燃料の量から計算で割り出しているということになります。

化石燃料を使用した場合のCO2発生量
以上の例では自動車で使用されるガソリンや軽油から排出されるCO2の量の求め方について解説しましたが、石炭や天然ガスなどを含めた化石燃料の燃焼によって発生するCO2については一般に以下の計算式が使われます。

E=((A-N)×GCV×10-3×EF×OF)×44/12

E : 化石燃料の燃焼に伴うCO2排出量[t-CO2] A : エネルギー消費量(固有単位[t, kL,103×m3]) N : 非エネルギー利用量(固有単位) GCV : 高位発熱量[MJ/固有単位] EF : 炭素排出係数[t-C/TJ] OF : 酸化係数

化石燃料を燃やしてときに排出されるCO2については、使用された化石燃料の量から、燃焼エネルギーを求め、それからその化石燃料特有の換算係数をかけて求められます。ただし、エネルギーとして利用されなかった分(例えばプラスチックの合成に使われたものなど)Nを差し引き、さらに保存中に空気によって酸化されてCO2となった分OFを加えるという細かな調整が行われます。

牛のゲップとして排出されるメタンの量

次の例として、牛のゲップとして排出されるメタン(CH4)の排出量の測り方を解説しましょう。牛のゲップはときどき話題になりますが、CH4の温暖化係数は25。つまりCO2の25倍の温室効果があるので馬鹿にはできません。しかし、牛のゲップなんてものをどうやって測るのでしょうか。

牛、水牛、めん羊、山羊などの反すう動物は胃袋がいくつもあり、第一胃でセルロース等の嫌気的発酵が起こっており、その際にCH4 が発生します。このCH4がゲップとして排出されるわけですが、その量については以下の式で示されます。

E=EF×A=Y/L×Mol×Day×A

E : 牛の消化管内発酵によるCH4 排出量[kg-CH4/年]、EF : 牛の消化管内発酵に関するCH4 排出係数[kg-CH4/頭/年]、A : 牛の頭数[頭]、Y : 1 頭あたり1 日あたりのCH4発生量[l/頭/日]、L : CH4 1mol 体積[l/mol]、Mol : CH4 分子量[kg/mol]、Day : 年間日数[日]

つまり、牛1頭あたり1日のCH4排出量Yを年間に換算して、これに日本全国の牛の頭数をかけるということです。ではYはどのように計算するのか。これについては以下の式を使います。これは実際に牛の呼吸を測定して得られた結果に基づいて作られた式です。

Y = -17.766 + 42.793 × DMI-0.849 × (DMI )2
DMI : 乾物摂取量[kg/日]

つまり、牛のゲップに含まれるCH4の量は牛が食べた乾物摂取量(つまり牛が食べた飼料の量)と牛の頭数から割り出していることになります。つまり、牛のゲップは牛が食べた餌の量に関係するということです。

ただし、乾物摂取量は牛の種類や年齢(乳用牛、食用牛、それぞれの年齢など)によって違ってきます。乾物摂取量は農業・食品産業技術総合研究機構が作成している「日本飼養標準」に記載された牛の種類ごとの算定式に、体重及び増体日量を代入することで算定されます。

こうやって算定された牛のゲップによるCH4排出量に地球温暖化係数である25をかけて、温室効果ガス排出量が求められることになります。

以上、自動車から排出されるCO2と牛のゲップから排出されるCH4というふたつの温室効果ガス排出量の計算例を挙げましたが、実際にはこれ以外にも非常に多数の温室効果ガス発生源があります。

例えば、セメントや石灰、アンモニア、その他化学物質の製造、鉄鋼業やその他の金属精錬、電気設備や食品などについて。あるいは、農業分野でも牛のゲップのほか、家畜の排せつ物や稲作、肥料の使用など。それぞれの活動量と排出係数によって温室効果ガスの排出量が算定されます。これは正に気が遠くなるような作業です。

温室効果ガスの吸収

以上は温室効果ガスの排出量についてみてきましたが、逆にCO2は植物の光合成によって吸収されます。この吸収量についても考慮する必要があるでしょう。温室効果ガスの吸収については、森林、農地、草地、湿地、開発地及びその他の土地に分けて考えられています。

そして、吸収されたCO2は地上バイオマス、地下バイオマス、枯死木、リター(地上に落下した葉や枝など)、土壌及び森林から伐採され搬出された木材製品として貯蔵されることになります。

このうち、例として森林に蓄えられる炭素の量について説明します。森林にストックされる炭素の量については、次の式で示されます。

C=V×D×BEF×(1+R)×CF

C: 森林全体の生体バイオマスの炭素ストック量[t-C]、V : 材積[m3](幹の容積)、D : 容積密度[t/m3]、BEF : バイオマス拡大係数(地上部バイオマス/幹バイオマス)、R : 地上部に対する地下部の比率、CF : 乾物重当たりの炭素含有率[t-C/t]

つまり、森林に蓄えられる炭素の量は、樹木の幹の容積V、その密度D、幹に対する枝や葉の割合BEF、地下部の割合Rおよび樹木の炭素含有率CFをすべてかけたもので表されます。

また、幹の容積Vは次の式で得られます。

V=A×ν

V : 材積[m3]、A : 面積[ha]、ν: 単位面積当たり材積[m3/ha]

これらの計算に使う数字(パラメーター)は、当然、樹木の種類によって違うことになります。これらのパラメーターについては、森林総合研究所が現地調査やその他のデータをとりまとめて一覧表としているので、このデータを使用して計算されています。

また、活動量は森林の面積となりますが、これは林野庁「国家森林資源データベース」のデータが用いられます。こういう計算によって、森林に蓄えられている炭素量が算出され、これが前年より増えていれば、その分CO2が吸収された、減っていればCO2が排出されたと報告されることになります。

まとめ

日本全体の温室効果ガスの排出量は実際に測定されているわけではなく、さまざまな統計量から計算によって求められています。その計算は基本的には活動量と排出係数と温暖化係数をかけ合わせることで行いますが、活動量を何とするか、それに伴う排出係数をどうするかは、排出源と対象とする温室効果ガスの種類によって異なっています。

排出源は非常にたくさんあり、同じ排出源でも排出される温室効果ガスの種類がいくつもある場合があり、その組み合わせの数だけ活動量と排出係数を特定する必要があります。これは大変な作業です。しかし、気候変動対策を実施するうえでは非常に大切な作業といえるでしょう。

2022年10月17日

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