欧州のEV化は日本車つぶしの陰謀なのか?

今、世界中でガソリン車やディーゼル車を電気自動車(EV)に切り替える動きが始まっている。このEV化をリードしているのが欧州諸国である。

EUでは新たに販売される車のCO2の平均排出量を2030年までに(2021年に対して)乗用車では37.5%、小型商用車(バン)は31%削減するよう求めていたが、さらに「Fit for 55」と呼ばれる改正案では、乗用車についてはこれを55%、小型商用車については50%まで引き上げる。さらに2035年までに乗用車、小型商用車ともにCO2排出量をゼロにすることが提案されている。

このような欧州の動きに引っ張られる形で、日本でも乗用車の新規販売については、2030年までに電動車100%を目指すことが第6次エネルギー基本計画に盛り込まれている。

このような欧州のEV化の動きについて、ガソリンエンジン車を得意とする日本車を追い落とすための陰謀だという人もいる。確かに陰謀めいた意図があることも否定できないところがある。

自動車排ガス規制

日本もそうだが、欧州もアメリカも大気汚染の観点から自動車の排ガスを規制しており、その規制は次第に強化されてきた。この排ガス規制は欧州ではユーロ規制と言われるもので、1992年のユーロ1から始まり、その後適宜強化されて行って、現在はユーロ6と呼ばれる規制となっている。

ユーロ規制は排ガス中の有害物質(CO、THC、VOC、NOx、HC、PM)が対象なのだが、これとは別に温室効果ガスであるCO2の排出量についても、近年規制が加えられるようになってきている。

2009年にCO2の排出量規制が初めて取り入れられたが、このときは130g/㎞以下と設定された。そして、2014年には、乗用車の平均CO2排出量を2021年までに95 g/㎞以下に、小型商用車については2020年までに174 g/㎞以下まで下げるという目標が設定されていた。

このようなCO2排出量の規制に対して、欧州の自動車業界は得意のディーゼル車によって乗り切ろうとしていた。乗用車についてみると、日米ではガソリン車が主流であるのに対して、欧州ではディーゼル車が中心となっている。ディーゼル車はガソリン車よりも燃費が良い。つまり、燃料消費が少なく、そのためCO2排出量も少ないという特長がある。このため、CO2規制は欧州のカーメーカーにとっては、日米よりも有利だったのである。

しかし、一方でディーゼル車は排ガス、特にNOxやPMの排出量がガソリン車よりも多いという問題がある。ディーゼル車でCO2排出量が少ないというメリットを生かすためには、NOxやPMのような有害排ガスの排出量も基準内に抑えることが大前提なのであった。

このため、欧州ではディーゼル排ガスを削減するための技術開発が盛んに行われた。このような排ガスの少ないディーゼル車はクリーンディーゼルと言われるもので、日本でも一時期盛んに喧伝された。

つまり、欧州のカーメーカーはグリーンディーゼルでガソリン車並みの排ガスを達成すれば、もともとCO2排出量の少ないディーゼル車が断然有利になるとみていた。そして、それに合わせた厳しいユーロ規制を行うことによって、日米の車を排除しようとしたと想像することができる。

しかし、ここで大きな問題が起こった

それは2015年に発覚したフォルクスワーゲン(VW)の排ガス不正問題である。自動車から排出される排ガス中の有害物質の量を計測するには、もちろん排気口から排出される排ガスをサンプリングして分析する。

ただし、排ガス組成はエンジン始動時や高速走行時、ゴー・ストップを繰り返す市街地走行時など、その走り方によって大きく違ってくる。ではどうするか。排ガス測定は、ある決められた一定の走り方のパターン(試験走行モード)を厳密に行って、そのとき排出された排ガスの総量を測定することになっている。

ところが、この排ガス測定で事件が起こった。最近の自動車エンジンにはその動きを制御するためにコンピューターが取り付けられているのだが、VWのコンピューターには車が試験走行モードに入ったことを検知すると、その試験中だけ排ガスを最大限クリーンにするようプログラムされていたのだ。そして試験が終われば、そのクリーンモードが解除されて、燃費やパワーを重視した走りになる。

つまり、先生のいるときだけ「私はいい子です」という態度を示し、先生がいなくなるとうやんちゃをして暴れまくる。VWのエンジンにはそんな性格がプログラムされていたのである。そんな車の所有者はとても元気で走りがいいのに、ちゃんと排ガス規格をクリアしていると錯覚するだろう。実際には有害排ガスを出しまくっていたのだ。

ところがこのことが、米国で行われた試験でバレてしまい、大騒ぎとなった。このような不正なエンジン制御プログラムはデフィートデバイスと呼ばれるが、実はVWだけでなく、アウディやポルシェ、BMW等の自動車にも組み込まれていたことが、その後発覚している。

つまり、ディーゼル車の燃費の良さを生かすためには、NOxやPMなどの排ガス問題を解決しなければならなかったのに、欧州のカーメーカーはこれに失敗。それを、デフィートデバイスを使ってごまかしていたというわけである。

ディーゼルをあきらめてEVへ

これによって、欧州のディーゼル車の排ガス規制対応が大きく遅れていたことが明らかとなった。このまま決められたCO2規制が実施されると、トヨタやホンダが得意とするハイブリッド車が断然有利となる。日本を追い落とすどことか、逆に欧州市場が日本車だらけになってしまうかもしれない。これはまずい。

と言って、今さら欧州のカーメーカーがガソリン車にシフトしたり、バイブリッドを開発したりしていては、とても日本車には追い付けない。そこで欧州メーカーが考えたのがEVである。まだ、日本はEVにそれほど力を入れていない。EVという新しい土俵でなら、欧州メーカーも十分戦えると考えただろう。つまり、欧州がディーゼルから急にEVに傾いたのは、このような事情による。

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なお、EVを走らせるのはもちろん電気であるが、この電気を火力発電に頼っていたのでは、発電段階で大量のCO2が発生する。その点、欧州は原子力や風力発電などCO2が出ない発電方式で先行している。これも欧州にとって都合がいい。

一方、日本は福島第一原発事故の後遺症で原子力が使えず、風力にも適地が少ない。このため、日本の電力は火力発電、特にCO2排出量の大きい石炭火力に頼っている。欧州各国が日本の石炭火力をエコでないと非難すれば、ますます日本は窮地に立たされることになる。

さらに、ユーロ6の次として検討されているユーロ7規制で、日本車でもクリアできないような厳しい規制を作り、EV以外は欧州では販売できないようにしてしまおうと言うことになるかもしれない。

つまり、これらの欧州の一連の動きは日本車追い落としのための陰謀だというのである。確かにそういわれればそうかもしれない。上に述べたように、思いつく節はいろいろある。

といってもいずれはEV

しかしながら、欧州では温室効果ガスの削減は様々な分野で推し進められている政策であり、自動車だけに限られたものではない。自動車から排出されるCO2の削減についても、他の部門とバランスする形で決められていく。

このCO2規制に対して欧州メーカーは得意のディーゼルで対応しようとしたわけであるが、しかしながら、ディーゼルで排ガスもCO2削減もどちらも推し進めるのは技術的に難しい。このままCO2規制が強化されて行けば、やがて限界に来ることが目に見えていた。それでディーゼル車の次の対策として当然、各メーカーはEVの開発研究を始めていただろう。

そこに、ディーゼル排ガス不正問題が起こった。そのため、欧州メーカーはディーゼルをあきらめ、一気に次のEVに進んでいった。それは、日本車追い落としの陰謀というより、EV化は当然の流れであり、ディーゼル排ガス不正はそれを加速したというところだろう。

もちろん、欧州各国政府も自国内の産業に有利なように政策を少しずつ調整していったということは当然あるだろうが、EV化への流れは、いずれは進んでいく道だったのである。

EV化は本当に日本の自動車産業にとって不利なのか

では、自動車のEV化は日本車にとって本当に不利なのだろうか。日本メーカーのEVとしては日産リーフや三菱ミーブが挙げられる。しかし、実はトヨタやホンダもEVを作ってきたのだ。なぜならハイブリッド車や燃料電池車(FCV)も、電動モーターが車輪を回しているのだから、これも一種の電気自動車EVと考えられる。

ただし、今まではハイブリッド車ならガソリンエンジンが、FCVなら燃料電池が電力を供給していた。EVはそれをバッテリーに変えるということである。技術的には今までの車からエンジンや燃料電池を外し、バッテリーを搭載すればEVになる。日本メーカーはEVに出遅れたため、不利かと言えば、必ずしもそうではないである。

ハイブリッド車やFCVのような非常に複雑な機構を持った車両に比べれば、EVの問題はむしろ逆に簡単すぎると言うことかもしれない。EVは簡単に作れるから新興メーカーも容易にこの分野に進出することが可能となり、既存メーカーの脅威となるかもしれない。

実際、テスラも振興メーカーだし、中国でも数多くのEVメーカーが生まれている。最近、ソニーもEVに進出することを表明している。

また、簡単に作れるということは部品点数が減るということでもある。そうなると日本が得意とする、部品メーカーのケイレツが生かせなくなるかもしれない。

しかし、自動車はエンジンやバッテリーやモーターだけからできているわけではない。安全性、居住性、操作性、はしりの良さ、スタイリングそして価格など、車が売れるためには様々な要因がある。

単に、モーターとバッテリーを組み合わせた車ではなく、消費者が本当に望む車を作れるかどうかが、今後、生き残りの分かれ目になるだろう。

2022年2月3日

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