石油を精製して、各種の燃料や潤滑油などを製造する製油所には100基以上のタンクがある。原料である原油を貯めるのが原油タンク。一次処理装置や二次処理装置で原油を精製してできる中間製品を貯める中間タンク。中間製品をブレンドして製造される石油製品を貯めて置くのが製品タンク。
これらのタンクの液面の高さ(レベル)は常に動いている。タンカーから原油を受け入れれば原油タンクのレベルは上がる。精製装置で原油を処理すれば原油タンクは減り、中間製品タンクのレベルが上がる。中間製品をブレンドして製品を作れば中間製品タンクのレベルは下がり、製品タンクのレベルは上がる。もちろん製品を出荷すれば、製品タンクのレベルは下がる。
あるタンクに製品や半製品が溜まっていけば、やがてはレベルがタンクの天井に達して、溢れ出てしまう。出荷が多くて製品タンクが空になれば、計画通りの出荷ができずに需要家に迷惑がかかる。
だから、製油所にある100基以上のタンクは常に、そのレベルを測定し、溢れないように、空にならないように、うまく運営していかなければならない。では、どうやってタンクのレベルを測っているのだろうか。
製油所のタンクは低いもので5m、高いもので20m以上もあるから、いちいち人が昇って行って、メジャーで測るというわけにはいかない。
タンクレベルの測定とは少し話がずれるが、ちょっと面白い逸話があるので、紹介したい。
量子力学の産みの親といわれるデンマークの物理学者、ニールス・ボーアの学生時代の話である。
大学の教授は学生たちに問題を出した。
「ここに気圧計がある。この気圧計を使って超高層ビルの高さを知るにはどうすればいいのか」
理科系の人間なら、多分、地上と高層ビルの屋上でそれぞれ気圧を測って、その差からビルの高さを求めると答えるだろう。しかし、ボーアの答えは違っていた。
「気圧計に紐をつけ、それをビルの屋上から地上まで垂らして、その紐の長さからビルの高さを求める」と
教授は怒って、ボーアの回答に0点を与えた。
しかし、ボーアはなぜ自分の答えが間違っているのかわからないと抗議した。そこで、教授は有名な物理学者、アーネスト・ラザフォード(原子模型を最初に提案した人)に相談した。ラザフォードはボーアに弁明の機会を与えると、ボーアは気圧計を使ってビルの高さを測る方法はいくつもある。その一つを答えただけだと答えた。
ではどんな方法があるのかとラザフォードが聞くと。ボーアは次のように答えた。
- 気圧計に紐をつけ、屋上から垂らして紐の長さからビルの高さを測る
- 気圧計を屋上から落として、地上に着くまでの時間を測ってビルの高さを求める
- 地上と屋上の気圧をそれぞれ測って、その気圧差からビルの高さを計算で求める
- ビルの管理人に気圧計をプレゼントして、その代わりにビルの高さを教えてもらう
そのどの方法でもビルの高さを知ることができるだろう。ラザフォードは感心して、ボーアの0点を取り消して、満点を与えるように教授に指示したという。
なぜ、この逸話を紹介したかというと、タンクレベルの測り方もいろいろな方法があるからだ。
もっともよく使われるのが、レベルゲージを使う方法だ。タンクの上端から、紐付きの浮き(フロート)を降ろして、液面に浮かばせる。上端からのフロートまでの紐の長さで石油の液面の高さを知ることができる。これがレベルゲージだが、これはボーアの提案した①の方法だ。

図 レベルゲージによる液面レベルの測定方法
紐には軽く巻き上げる力が加えてあるから、液面が上昇すれば紐は自動的に巻き上げられ、液面が下降すれば紐は伸びていくから、液面の高さは常時、正確に測定することができる。
タンクレベルを測るには超音波を使う方法もある。タンクの上端に超音波発信器を取り付け、超音波を液面に向けて発射する。超音波が液面に当たって反射し、もとの発信器まで戻ってくる時間を測定すれば、液面の高さを知ることができる。これはボーアが提案した②の方法である。
ではボーアの提案する③の方法、つまり教授が答えてほしかった方法であるが、この方法もタンクレベルを測定する方法のひとつである。タンクの一番下にタンク内の石油の圧力を測定する圧力計を取り付け、その圧力から液面の高さを測定する方法である。
液面が高くなると圧力が上昇し、低くなれば圧力は小さくなるから、原理的にはこれで液面の高さを知ることができる。ただし、この方法は筆者の知る限り精度がよくないので一般にはあまり使われないようだ。液面が1㎝、2㎝増減したとしても、圧力の差はあまり大きくないし、中の液体の比重が違えば圧力も変わってくるから、常に補正していなければならない。
さて、④の方法であるが、タンクのレベルを測定するのに、この方法が使われることはない。当たり前のことであるが。
ちなみに、筆者が石油会社に入社し、製油現場に配属された頃、同じ職場にいた古参の係長は、タンクを手でなぞればタンクレベルを知ることができると言っていた。タンク内の石油の温度は外気温とちょっと違うから、タンクの外壁を手で触って行き、温度が変わったところが液面だという。これは実際に係長がやって見せてくれた。
あるいはタンクの側面を下の方から上に向けてコンコンと叩いていって、音の変わったところが液面だという人もいたが、これは実際にやっているのを見たことはない。単に新人をからかう冗談だったのかもしれない。
通常、タンクレベルはレベルゲージで測定され、測定値は常時自動的に管理用コンピューターに送られる。だから、現場に行かなくてもコントロール室で常に監視することができる。
レベルが上がってタンクの上端から溢れそうなときにはコンピューターが警報を出してくれる。また、急激にレベルが減り出したときは、これは大きな問題が起こっている可能性がある。なぜならタンクや配管が壊れて中の液体が漏れ出しているかもしれないからだ。この場合もコンピューターが警報を出してくれるので、係員が現場に駆け付けて対策をとることになる。
タンクレベルの測定値は本社のセントラルコンピューターにも送られるから、本社の生産部門や販売部門では、このレベルをもとに生産計画や出荷計画を立てることができる。
さらに会計部門では会社の資産であるタンク内の石油の量を常に把握しておくことができる。つまり在庫管理が自動的に行われるのだ。タンクレベルの測定は実はとても重要なことなのだ。
ちなみに、上に挙げたボーアの話は、実は本当にあった話ではなさそうだ。のちにノーベル賞を受賞するボーアと、同じくノーベル賞受賞者のラザフォードが登場するところが如何にも話ができ過ぎている。
この話は、ひとつの現象を把握する方法はひとつではない。ひとつの方法に固執せず、いろいろな方法を試してみるべきだという教訓であろう。
2025年5月1日