大手石油元売り会社ENEOSを知らない人はいないだろう。街を歩けばあちこちでENEOSのオレンジ色の看板を掲げたガソリンスタンドを見かける。ENEOSのマークを掲げたガソリンスタンドは現在、全国に約13,000軒ある。全国のガソリンスタンド数が30,000軒弱だから、その4割以上がENEOSということになる。
ENEOSは原油の開発から輸入、精製、石油製品の流通、販売までを手掛ける日本最大規模の石油会社である。また、ENEOSにはグループ内に銅などの非鉄金属を精錬する部門やその他の多くの事業部門を持つ。
これらを合わせた連結決算では、2020年の売上高は7兆6,580億円、経常利益は2,542億円を誇る。もちろん日本の石油業界のトップであり、世界第6位の石油会社でもある。
ENEOSは1888年(明治21年)に設立された有限責任日本石油会社をそのルーツとするが、そのころから石油製品の販売シェアは日本トップであり、それから130年以上にわたって、石油分野では日本のトップを走り続けた。
このようにENEOSが日本のトップの座に君臨し続けたのは、もちろん歴代の経営陣や従業員が優秀であったためであろう。しかし、それだけではない。実はENEOSは設立以来、石油業界の様々な会社と合併あるいは吸収を繰り返して、その規模を常に日本最大のものにしてきたという歴史がある。そのおかげもあってトップの座を維持し続けてきたのである。
もちろん、タイミングよく他社と合併あるいは吸収することによって規模を拡大することは非常に重要な経営上の選択肢の一つである。
この点では同じ石油業界のもうひとつの雄である出光興産とは好対照である。出光興産は、海賊と呼ばれた男として知られる出光佐三によって1911年(明治44年)に設立された会社であるが、他者の血を受け入れることを拒み、自らの力でその能力を拡張して業界第二位の地位を維持してきた。
つまり、ENEOSとは全く反対の道を選択してきたのである。ただし、その出光も時代の波には逆らえず、2019年には出光家の反対を押し切る形で昭和シェル石油との経営統合を果たしている。
ENEOSの合併の歴史
ENEOSの企業合併の歴史をまとめると以下の表のようになる。
このように、日本石油として始まった同社は合併や分離設立を繰り返し、さらには商号を目まぐるしく変えながら規模を拡大して、今日のENEOSという日本最大の石油会社という地位を維持してきたのである。
なぜ合併吸収を繰り返したか
では、なぜENEOSは合併、吸収を繰り返してきたのか。それは石油産業の特性によるものである。
まず、石油産業は製品の種類が少なく、品質が同じという特徴がある。
石油製品は基本的にガソリン、灯油、軽油、重油など、製品の種類が限られており、しかもその品質はメーカーによらず、ほとんど同じである。これはメーカーによって品質が違うと、その製品を使う方に不便が発生するということによる。
例えば、トヨタの車はA社のガソリンではうまく走るが、B社のガソリンでは動かない。といことになれば不便でしようがないだろう。どのメーカーのガソリンも品質が同じで、どの会社のどの車種でもそこそこうまく動くということでなければならない。
ガソリンの品質はガソリンスタンドによって違う? 参照
次に、石油業界は規模の経済が働く産業である。
石油産業は典型的な装置産業である。産油国から原油を買い付け、タンカーで国内の製油所に運び込み、精製し、それを日本各地の油槽所に運び、その油槽所からガソリンスタンドで顧客に販売する。タンカーからガソリンスタンドに至るまで大規模な設備や装置が必要となる。
このような装置産業では規模が大きいほどコストが低減できる。いわゆる規模の経済が働きやすい。例えば石油精製プラントは規模を2倍にしても建設コストが2倍になるわけではない。一般には0.6乗則と言われる法則が働き、規模を2倍にしてもコストは20.6=1.52倍にしかならない。それならできるだけ規模を大きくした方がいいわけである。
製品の品質が各社とも同じなら、結局、販売競争は値段の勝負になりやすい。販売価格を下げるには、製造コストを下げる。それには規模を大きくすることが必須となる。できるだけ大きな製油所を持ち、超大型タンカーで一度にたくさんの原油を輸入して、一気に製品にして、できるだけたくさん売りさばく。
これによって、石油製品の価格はどんどん下げていくことが可能となった。現在、ガソリンの小売価格は税金(揮発油税、消費税等)を除くとペットボトル入りの水より安い。つまり、石油業界は典型的な薄利多売産業でもある。
従来、ガソリンを大量に売り捌くために、各社は系列のガソリンスタンドをできるだけ多く抱えようとしたことがあった。しかし、各社が需要量を超えたガソリンスタンドを抱えると結局、共倒れすることになる。だから、政府によってガソリンスタンドの出店が規制されたり、製油所の建設枠やガソリンの製造枠が決められたりしたこともあった。石油業界は政府の規制の強い業界でもある。
このように石油業界は、できるだけ大型化し、大規模になって行く傾向がある。製品品質が同じで、規模が大きい方がコスト的に有利なら、多数の石油会社が存在する必要はない。極論を言えば日本の石油会社は1社あればよいことになる。ただし、独占禁止法の縛りがある(首位1社が50%超、または上位2社が75%超のシェアを持ってはならない)から、日本の石油会社は最低3社は必要となる。
1990年代、日本には十数社の石油会社がひしめき合っていた。それが2000年代には10社ほどに集約され、更に現在ではENEOS、出光、コスモの3グループに集約されている。あと規模の小さな太陽石油とキグナス石油(コスモ石油が資本参加)が残っているが、ほぼ石油業界の集約化は完了したと言えるだろう。
今後は電力、ガスも含めた集約化がおきるか
石油業界の集約化は完了した。では、今後、石油業界はどうなっていくだろうか。明らかなことは、日本の石油需要は確実に減少していくということである。
1970年代に起こった石油ショック以降、石油火力発電所の新設が禁止されたため、石油製品の内、発電用重油の需要が漸減していった。しかし、ちょうど都合よくガソリンや軽油の需要が伸びたため、これが重油の減少を補うことになった。
しかし、ここ10年ほどの内に低燃費車の普及、若者の自動車離れ、さらには人口そのものの減少という要因によって、ガソリンや軽油需要も低下してきている。さらには、政府のカーボンニュートラル宣言もあって、今後さらに石油需要が減少していくことは明らかである。
石油需要減少対策のひとつとして、石油業界はプラスチックや合成繊維などの石油化学に軸足を移していくだろう。世界的には途上国の成長に伴って、プラスチックや化学製品の需要が今後も伸びていくことが予想されるからである。しかし、石油産業全体から見れば、需要が大幅に減少することは避けられない。
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もう一つの道は石油から離れ、総合エネルギー企業を目指していくことだ。
現在、日本各地に太陽光、風力、バイオマス、地熱などの再生可能な発電設備が作られつつある。これらの再生可能電力は今後のコスト低下に伴って、日本の電力の主力になって行くであろう。
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また、これらの再生可能電力を蓄えたり、輸送したりするための水素や蓄電設備、あるいは、アンモニアやケミカルハイドライドなどの二次エネルギー関連設備も構築されていくことだろう。
ENEOSでんき、東京電力とくとくガスAP・・・
ENEOSも自らの製油所跡地などを活用してこれらの再生可能発電設備を構築しつつある。また小売りとしては「ENEOSでんき」や「ENEOS都市ガス」を通じて、石油以外に電力事業、都市ガス事業にも販売網を広げている。
一方、電力・ガス業界も販路を広げようとしている。例えば東京電力は「とくとくガスAPプラン」と称して都市ガス事業に、対する東京ガスは「ずっとも電気1s」で電力販売事業に乗り出している。
このように、石油、電気、ガスの境がなくなってきているが、電力事業や都市ガス事業は石油と同様に規模の経済が働く業界である。であれば、これらの業界もやがて、何らかの形で統合されていくことになるだろう。
ENEOSは創業以来、約130年に渡って合併のノウハウを蓄積してきたわけであるから、総合エネルギー企業をめざすにあたって、自力だけでなく合併や吸収によって拡張することも当然の選択肢としてあるだろう。
今後、ENEOSは総合エネルギー統合の台風の目になる可能性がある。従来の常識では考えられないような驚くような合併劇が、今後あるかもしれない。
2021年8月15日
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