ジェット機の燃料って、灯油って聞いたけど本当?あの灯油?
そう、ジェット機の燃料はジェット燃料、難しくいうと航空タービン燃料っていうけど、実質的に灯油です。あの灯油。
ジェット旅客機は何百人もの乗客を乗せて10,000m以上の高度を時速1,000㎞で成田からニューヨークまで無着陸で飛行できます。そのエンジンの強さと信頼性にも驚かされますが、その燃料はどんなにすごい物なんだろうと思いますよね。
しかし、その実態は灯油。エネオスや出光のガソリンスタンドなどで簡単に手に入る、あの灯油なんです。
ただ、ジェット燃料は、家庭用の灯油よりも厳しいチェック項目があって、その項目を満たさないものはジェット燃料としては使えません。さらに特殊な添加剤を加えているものもあります。でも、その基本的成分は灯油と同じものなんです。
例えば、冬場日本で灯油が足りないことがあります。そんなときは、輸入してきたジェット燃料を家庭用の灯油として使うことがあります。ただし、実は精製度という点では日本の家庭用灯油の方がジェット燃料より高いのです。(硫黄分含有量でみるとジェット燃料は0.3%以下なのに対し、家庭用灯油は0.008%以下となっています)そのため、輸入したジェット燃料は日本の製油所で精製しなおさなければなりません。
ジェット燃料にとって必要な条件
ジェット機は高空を、時には音速以上で飛びます。ですから燃料もそれに見合った厳しい条件に耐えなければなりません。ジェット燃料として必要な条件は次のとおりです。
① 液体であること
蒸気機関車じゃないんだから、固体燃料というわけにはいきません。といってガスだと嵩張る。やっぱり液体でなければ。
② 低温でも液体でいられること(析出点)
ジェット機は気温の低い高空を飛ぶので、温度が下がったら凍ってしまうというのでは困ります。ジェット燃料は析出点という数値を使います。析出点が低いほど低温になっても液体でいられる、つまり流れやすいということを示しています。
③ 可燃性であること
もちろん燃えないものは燃料になりません。これは当然ですね。
④ 発熱量が高いこと
ジェット燃料は燃えるだけではなく、燃えた時の発熱量が大きいことも重要です。発熱量が少ないと、エンジンの力が出ません。そのため燃料をたくさん積んでいかなければならず、その結果、重くなって飛行距離が伸びません。
⑤ 安全性が高いこと
ジェット燃料は可燃性であって、発熱量が大きいことも必要ですが、簡単に火が着くようだと火災が心配。簡単に火が着かないことも必要条件です。
⑥ 蒸発しにくいこと
高空は気圧が低いので、燃料は蒸発しやすくなります。燃料が蒸発すると燃料がロスして飛行距離が伸びません。また、燃料配管中で蒸気になって、燃料の流れを止めてしまう心配もあります。
⑦ 安定性がよいこと
貯蔵や輸送している間に変質して、沈殿物ができたり、粘度が上がったりしないことが重要です。あるいはエンジンの高温でも変質しないことも必要です。
⑧ 腐食性がないこと
燃料タンクから、燃料配管、エンジンに至るまで、様々な材質の部品が使われていますが、この部品にダメージを与えないことも重要な要素です。
⑨ 容易に入手できること
ある工場だけで作られているとか、大量に作れないとかいう燃料では困ります。できれば世界中で同じ品質のものが容易に手に入れることができるってことも必要です。
⑩ 安価であること
以上の条件を満たした上で、できるだけ安価なこと。特に民間航空機では重要です。
こんなむつかしい条件がいくつもあるのに、結局、ありふれた灯油がベストということになりました。青い鳥の話のように、世界中を探して回ったけど、結局幸福の青い鳥は自宅にいたという話と似ていますね。(特殊なジェット燃料として灯油以外の物質が使われることがありあます)
でも、今のようなジェット燃料になるには様々な変遷がありました。
最初のジェット機用燃料
世界で最初のジェット機はドイツのハインケル178で1939年8月27日に初飛行しました。これは、ドイツ軍がポーランドに進行して第二次世界大戦がはじまる4日前のことです。このこのときの燃料としてはプロペラ機用の航空ガソリンが使われました。
しかし、ジェットエンジンは基本的にはガソリンでなくても、灯油や軽油でも燃料とすることができるのです。ハイオクタンガソリンが不足していたドイツにとって、灯油や軽油が燃料になるというのは、とってもメリットがありました。
ということで、ドイツはジェット機の開発を精力的に進め、その結果、実用的なジェット戦闘機メッサーシュミットMe262が開発されて1942年に初飛行しました。このジェット機は終戦まで1400機も製造されました。
戦後は、各国でジェット機が作られるようになりましたが、最初は軍用機が中心でした。だって、戦闘機はスピードが命ですから。ジェット旅客機は大分遅れて1952年に初飛行しました。イギリスのデハビランド・コメットという機体ですが、それはジェット戦闘機の初飛行から10年が経っていました。
ということで、初期のジェット機は各国の空軍が開発し、もちろんその燃料も軍、特にアメリカ軍が中心となって開発されました。
最初の正式の軍事用ジェット燃料規格は1944年に制定され、のちにJP-1と名付けられました。これは引火点が通常の灯油と同じように43℃に設定されました。これは、マッチの火を近づけても火が着かない。つまり安全性の高い燃料であることを示しています。
一方、析出点は航空ガソリン並みの-60℃に設定されていましたが、こういう燃料は作るのがちょっと難しい。なぜなら石油製品は引火点を高くしようとすると析出点も高くなってしまうという性質があるからです。
このような条件にあうジェット燃料を原油から作ろうとすると、ほんの少ししか作れないのです。JP-1は、性能はいいけど入手性が悪いという燃料でした。
JP-2からJP-5まで
それで、原料を灯油に限定せずにガソリンをちょっと混ぜてやれば、たくさん作れるだろうということになり、新たなジェット燃料規格が作られました。これがJP-2とJP-3という燃料。ただし、ガソリンを混ぜた分だけ引火点が低くなるので、火が着きやすいという問題があるほか、高高度では蒸発しやすく、そのためエンジンが吹き消えるという問題もあったようです。
そのため、蒸発しやすさの規格である蒸気圧を7psi から3psi まで下げて、蒸発を抑えた燃料が1951年に採用され、JP-4と名付けられました。この規格のジェット燃料がずいぶんと長い間、アメリカとアメリカの同盟国で使われました。
一方、アメリカ海軍は、空軍とはちょっと違っていて、かれらは航空母艦という狭い場所で航空機を取り扱う必要があります。第二次大戦直後、艦載機は主にプロペラ機だったので、ジェット機も最初は航空ガソリンが使われたようです。
しかし、ガソリンは引火点が低いので火災を起こしやすい。狭い甲板で火事になったら大変。さらに航空用高オクタン価ガソリンには鉛化合物が添加されていたので、これがジェットエンジンを腐食させる。プロペラ機も引退し、ジェット機やターボプロップ機になってきた。
ということから、ジェットエンジン専用の燃料が規格化されて、1951年に制式化されました。JP-5という燃料でした。JP-5はJP-4のようにガソリンを含まず、基本的には灯油そのものです。それに様々な添加剤を加えて性能を改善していました。
JP-5は基本、灯油だから引火しにくい。狭い航空母艦の中でも安全ということで採用されましたが、ただ、析出点が高いので、高高度を飛ぶときは、気温が下がって燃料が流れにくくなるという問題があります。しかし、海軍機はあまり高いところを飛ばないし、海の上というのは陸上に比べて温度差が大きくならない。だから、析出点が高くても、ま、いいかというのではないでしょうか。
JP-6からJP-7まではちょっと特殊
そのあと、アメリカ軍ではJP-6、JPTS、JP-7というジェット燃料が正式化されましたが、これは、いずれも灯油がベースとなっていましたが、特殊な用途に使われる燃料でした。JP-6は超音速戦略爆撃機用B-70用の燃料として開発されたものですが、この爆撃機の開発自体がキャンセルとなったため、JP-6もお蔵入りとなってしまいました。
JPTSは偵察機として有名なU2用の燃料として開発されたもの、同じく偵察機のSR-71用に制式化されたのがJP-7です。どちらも灯油がベースですが、かなり特殊でした。灯油成分のうちパラフィンといわれる部分だけをいいとこ取りをした燃料で、さらにいろいろな添加剤を加えて品質を改良したものです。
その結果、入手性が悪く、価格もかなり高いと予想されますが、そもそもU2とSR-71なんて航空機は数十機しか制作されなかった機体ですから、燃料消費量も多くはなく、こんな特殊な燃料でも、値段が高くてもよかったのでしょう。
新しいジェット燃料JP-8
ベトナム戦争のとき、アメリカの海軍機に比べて空軍機の方が損害が大きかった。この原因のひとつは燃料だったといわれています。海軍は灯油ベースのJP-5、それに対して空軍はガソリンを加えたJP-4。当然、ガソリンを含むJP-4の方が燃えやすい。
そこで、空軍も灯油ベースの燃料を開発することになりました。これがJP-8という規格で、1976年に制式化されました。その後、アメリカ空軍は燃料を従来のJP-4から少しずつJP-8に転換していき、現在では空軍機はすべてJP-8を使うようになっています。
面白いのは、アメリカ陸軍もJP-8を使っていること。もちろん陸軍も航空機を持っているのでこの燃料として使いますが、戦車や輸送車のような車両や発電機などにもJP-8が使われているのです。
灯油ベースのジェット燃料は、基本的に軽油と同じなのでトラックなどでも使えるのです。ちなみにアメリカの主力戦車はジェット機と同じタービンエンジンを使っていますから、ジェット燃料が問題なく使えます。このように、戦場で使う燃料をすべてJP-8に一本化することによって燃料を何種類も持って移動する必要がなくなるわけです。
さらに、1987年からアメリカは軍はジェットエンジン性能を2 倍にする開発プログラムを実施しました。このような高性能ジェットエンジンでは、エンジン温度が従来のエンジンより高くなり、そのためその熱によってジェット燃料も影響を受け、変質する恐れがあります。そのため燃料のJP-8には熱変質を防止するための添加剤を入れることになりました。これはJP-8+100といわれる燃料です。
ミサイル用燃料は灯油じゃない
ジェット燃料は基本、灯油だと言いましたけど(ガソリンを混ぜたもののある)、JP-9とJP-10 は灯油じゃありません。
JP-9 はメチルシクロヘキサンとペルヒドロノルボルナジエンダイマー、それにエキソテトラヒドロジシクロペンタジエンという舌を噛みそうな名前の3つの純粋な化合物を混合したものです。また、JP-10はエキソテトラヒドロジシクロペンタジエンそのものです。
つまり、JP-9とJP-10 は原油から蒸留によって取り出した灯油じゃなくて、人工的に合成した化合物なのです。これらの化合物は、ほぼ灯油と同じ性質を持ちますが、いろいろと優れた点がある。引火点が高いので比較的安全に取り扱うことができ、しかし燃えだすと燃焼エネルギーが大きいのです。
ただし、たくさん作れないし、値段も高い。世界中どこでも手に入るという燃料じゃありません。ではこんなジェット燃料、どう使うのかというとミサイルの燃料です。
ミサイルというのは、実際にエンジンがかかって燃料が燃えている時間は短いから、大量に使う必要がないし、それより限られた燃料でできるだけ遠くまで飛ばしたい。使う量が少ないので、高価でもいい。ただし、取り扱い時の着火危険は避けたいということで、選ばれたのが、JP-9とJP-10というわけです。
民間航空機用ジェット燃料はもろ灯油
今まで、軍用ジェット機の燃料についてお話してきました。では、民間用ジェット燃料にはどんなものがあるのでしょうか。民間機用ジェット燃料は、特に安全性が高く、安価で、世界中で入手可能であることが求められます。
民間ジェット機の燃料は、主にジェットA、ジェットA-1、ジェットBの3種類です。このうち、ジェットAとジェットA-1は灯油、ジェットBは灯油にガソリンを含みます。(旧ソ連地域ではGOSTと呼ばれる規格を使っています)
ジェットAはアメリカだけ、ジェットBはカナダなど寒冷地のみで使われているので、世界的にみると、最も使われているジェット燃料はジェットA-1です。
このように、どうしてジェットA、ジェットA-1、ジェットBになったのか、経緯はよくわかりませんが、民間ジェット機の開発は当初、イギリス、そのあとアメリカが主導権を握りました。そのため、ジェット燃料の規格も当初はイギリス規格とアメリカ規格がありました。
そしてイギリス規格がジェットA-1となり、アメリカ規格がジェットAになった。実際、ジェットA-1とジェットAはどちらの規格もほとんど変わらず、基本成分は灯油です。ただ、析出点がやや違うということと、ジェットA-1には添加剤の添加が義務となっているのに対して、ジェットAはほとんど添加剤も入れない、モロ灯油という特徴があります。
2021年6月6日
【関連記事】
緊急着陸した米軍F16戦闘機が落とした外部タンクの危険性
グリーンイノベーション 再生可能な合成燃料(ディーゼル、ジェット)の開発戦略
石油が枯渇したらジェット機は飛べなくなるのか…温室効果ガスゼロ時代のジェット燃料
2050年に温室効果ガス排出実質ゼロ … でもディーゼル車(トラック、バス)は残すべき
バイオジェット(SAF)とは何か―ユーグレナ社のASTM規格取得
うんこでジェット機が空を飛ぶ-しかも地球に優しい