タイタン事故 乗員は潰れる、燃え尽きる、ばらばらになる?そんなことは起こらない

(注意)この記事には人の死や身体の損傷についての記述が含まれます。

潜水艇タイタンの事故について、いくつか気になる記述がネット上で散見される。深海で潜水艇が破壊されたときに、潜水艇と乗員がどのような状態になるかについてである。

・潜水艇と乗員は380気圧の圧力を四方八方から受けて、ぐしゃりとつぶされた
・内部で発生した高温によって人体は燃え尽きた
・潜水艇内部で大爆発が起こり、乗員もろとも粉々になった

この状態をCGで精密に再現した映像というものも流れている。このCGによると、深度が増していくと、ある時点でタイタンがまるで巨人にでも踏みつぶされるように押しつぶされ、さらに内部で大爆発が起こって、破片が木っ端みじんに飛び散るというものである。

CGで見せられると、いかにも本当に起こったことのような説得力がある。しかし、実際にはこのようなことは起こらない。以下に解説していきたい。

タイタンの沈没事故

この事故は2023年6月18日、米国の観光会社オーシャンゲート社が運航する潜水艇タイタン号が、ニューファンドランド島の南東740キロメートル沖合の北大西洋上で潜水中に起こった沈没事故である。

このときのタイタンの潜水は1912年に沈没したタイタニック号の残骸を観覧するために行われたものであるが、乗客に富豪や探検家が含まれていたこと、発見されるまで乗員がまだ生きているのではないかとの観測があったこと、などから世界中で大きく報道された。

その後、米国海上保安庁の捜索によって、水深3,800mの深海に沈んでいるタイタニック号の近傍で、タイタンの破片が見つかったことから、タイタンは深海で分解し、乗員5名は全員が死亡したと考えられている。

人体は深海の巨大な圧力受けてぐしゃりと潰される

この根拠は3800mの深海では、380気圧。つまり1㎝2当たり380㎏もの圧力がかかる。だからタイタンも乗員もこの巨大な圧力によって潰れるとということである。実際に、空のペットボトルを水の中に入れ、この水に高い圧力をかけると、ペットボトルはぐしゃりと潰れる。こんな実験をyou tubeでも見ることができる。だから人間も深海ではぐしゃりとつぶれるのだという。中には人間は巨大な圧力を受けてボールのような塊になってしまうという人もいる。

しかし、実際にはそうはならない。ペットボトルが潰れるのは中が空洞だからだ。ペットボトルの中の空気は気体だから、圧力を受けると体積小さくなる。その体積の収縮に合わせてペットボトルも潰れる。これはペットボトルの中の圧力と外の圧力に差があるからだ。

だから、ペットボトルの蓋を開けた状態で同じ実験をやっても潰れない。なぜなら、外の圧力が、ペットボトルの中まで入ってきて、外と内側が同じ圧力になって圧力差が生じないからだ。

それと同じで、潜水艇の中の圧力が大きくなっても、中にいる人間の内部も同じ圧力になるため、人間が潰れるわけではない。

例えば、知床沖で観光船カズワンが沈没したとき、海底までダイバーが潜って作業をした。このときの水深は180m。タイタンの事故に比べればかなり浅いが、それでも1cm2当たりの圧力は18㎏。人体の表面積は18,000㎝2程度あるから、人間が受ける圧力は320トンにもなる。

それでもダイバーが潰れないのは、人体がペットボトルのような密閉された空洞ではないからだ。ただし、人体には血液に含まれる酸素の量が変化するというような、様々な変化が起こるから、何日もかけて高圧に慣らしてから作業を行わなければならない。しかしながら、繰り返すが人体が潰れてしまうことはない。

内部で発生した熱によって人体は燃え尽きる

これは潜水艇内部の空気が高圧によって圧縮され、このとき断熱圧縮という現象によって高温になるためと説明される。例えばディーゼルエンジンでは空気をシリンダー内に取り組んだ後、20気圧くらい圧縮する。すると空気が高圧になって数百℃の高温になるので、ここに燃料を吹き込むことによって燃料を自然発火させている。

これと同じで、深海で潰れた潜水艇の内部は超高圧になり、断熱圧縮によって数千℃の高温になる。そのため人体は焼けて燃え尽きるという理屈である。しかし、実際にそのようになるとは思えない。

まず、先に上げたペットボトルの実験では、ペットボトル全体が縮んでぺしゃんこになっていたが、実際には、タイタンがそのような潰れ方をしたとは思えない。なぜならタイタンは同然ながら、この深海の圧力に耐えられるように設計されていたからである。

タイタンはすでに十数回も深海に潜水しており、無事に帰還していることから分かるように圧力に耐えるだけの外壁を持っている。それに対して、ペットボトルの実験では、ペットボトル自体に圧力に耐えられるだけの強度がない。だから、タイタンは深海の圧力をうけても、ペットボトルのように船体自体がぺしゃんこに潰されるということはない。

では、なぜ、今回は事故が起こったのか。それは今後調査されていくと思うが、原因を予想してみる。おそらく、タイタンが何度も潜水するうちに船体に小さな割れ目(クラック)がいくつかできていたのだろう。このクラックは目では見えない小さなものである。そのクラックが何度も潜水するうちに少しずつ大きくなっていった。そして今回の潜水でクラックとクラックがつながり、大きな割れ目となって圧力に耐えられなくなった。

この場合は、船体が全体的に縮むのではなく、クラックができたところから、壁面が内側にめくれるように破断していき、船体が2つか3つ程度の部分に割れることになる。

もうひとつの推定原因は、タイタンの構造にある。タイタンは中央部が炭素繊維の円筒で作られており、前後がチタン製の半球でふさがれている。炭素繊維は、水素自動車の燃料である高圧の水素を貯めるタンクでも使われるくらい強度があるから、3800mの深海でも設計上は耐えられるだろう。チタンも同様である。

しかしながら、何度も潜水すれば、潜水艇には高い圧がかかったり、緩和されたりする。チタンと炭素繊維では圧に対する膨張、収縮率が違うから、次第に継ぎ目部分が劣化していき、今回の潜水でつなぎ目部分から分離してしまった。というのが二つ目の予想である。

この場合も、船体が水圧によって全体に縮むのではなく、胴体と半球部分のつなぎ目が割れる形になる。米国海上保安庁の調査によって、本体と離れた半球部分が、ほぼ原形をとどめた状態で回収されているので、つなぎ目が分離したという可能性は十分考えられる。

クラックが船体の下部から起こった場合、海水が艇の下部から猛烈な勢いで流れ込んでくる。そして艇内の空気は一瞬のうちに400分の1に圧縮されて、艇内の上部に溜まることになる。そこでは、断熱圧縮によって数千℃まで温度が上昇するかもしれないが、乗員は水の中につかるから、燃え尽きるということはない。

クラックが艇の上部にできた場合、あるいは半球部分が外れた場合は、空気は細かい泡になって艇外に出ていく。この泡も断熱圧縮によって高温になるかもしれないが、海水によってすぐに冷やされてしまうだろう。この場合も人体が燃え尽きるということはない。

潜水艇内部で大爆発が起こり、乗員もろとも粉々になった

これは、ディーゼルエンジンで空気を圧縮することによって燃料が自然発火して、爆発することから類推しているのだろう。

確かに、圧縮された空気の部分に燃える物があれば自然着火するかもしれないが、一気に燃え上がって爆発することはない。ディーゼル機関では燃料を霧状にして吹き込むことによって、空気と燃料の接触面積を増やして爆発的に燃焼させている。

艇内にプラスチックのような固体の可燃物があれば、断熱圧縮の高温によって自然発火する可能性はあるが、爆発することはない。たとえ、爆発的に燃焼したとしても、それはタイタンの上部400分の1の範囲で起こることであり、タイタン全体が爆発するわけではない。

今回の米国海上保安庁の調査でも、チタン製の半球などがそのままの形で見つかっており、CGで示されたように船体内部で大きな爆発が起こって粉々になったとは考えられない。

以上のように、今回のタイタンの事故において、乗員がぺしゃんこに潰れるとか、燃え尽きるとか、あるいは爆発によって粉々になるということはないだろう。

乗員はどうなったのか

あまり推測したくないことであるが、では事故が起こったとき乗員はどうなったのだろうか。

船体が割れた、あるいは半球部分が外れた場合、その隙間から高圧の海水が一気に流れ込むことになる。その結果、人体は流れ込む海水によって大きな衝撃と圧力を受けることになる。

これによって、乗員の身体はペットボトルのように潰されてしまうわけではないが、身体が損傷を受けるとともに、呼吸不能となって一瞬で意識がなくなってしまうだろう。そして、そのまま死に至る。

恐らく、乗員は恐怖を感じる暇もなく、痛みもほとんど感じることもなかっただろう。それは救いである。

2023年7月15日

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