2020年10月、菅総理大臣は首相就任演説において2050年に温室効果ガス排出量を実質ゼロにする目標を発表しました。既に欧州や中国も同じ方向にあり、アメリカでもバイデン政権が発足すれば同じような政策を打ち出すことになるでしょう。
しかし、その目標達成のための道筋については、まだ明らかではなく、今後経済産業省や環境省を中心としてロードマップのようなものが作られていくことになると思われます。
一方、経済産業省は2030年代半ばに国内の新車からガソリン車をなくし、すべてをいわゆる「電動車」とする方向で調整していることが報道されました。ただ、ガソリン車販売中止については2021年1月の時点で、まだ正式に発表されたわけではないようです。そのため、いろいろな点ではっきりしないところがあります。
その疑問のひとつが、ディーゼル車はどういう扱いになるのかということです。温室効果ガス排出ゼロを目指すなら、ガソリン車だけでなく軽油を使うディーゼル車も当然、使用をやめなければならないはずです。
また、政府はガソリン車の代替としては「電動車」に限定しているような報道内容ですが、では、現在軽油を燃料としているトラックやバス、重機のようなディーゼル車も電動車になるのでしょうか。
私は、現在のディーゼル車は電動化するのではなく、温室効果ガスが出ない燃料を選択することを条件に、ディーゼル車は残すべきだと考えます。
トラックやバスなどは電動化が困難
トラックやバスなど、現在ディーゼルエンジンを使用している車両は、乗用車と異なり、電動化が難しいと考えられる点がいくつかあると思われます。
経済性の問題
個人が通勤やレジャーとして使う乗用車とは違い、トラックやバスは業務用ですから使用者はコストについて、非常に敏感です。
まず、車体価格が高くなります。
いまのところ、我が国における電動トラックは、各社で試作されているものの正式に発売されていないため価格は明らかではありませんが、ディーゼル車に比べてかなり割高になると予想されます。
既に発売されている乗用車の場合で比較すると、電気自動車の日産リーフは1台450万円(補助金等で370万円まで下がる)程度です。これに対して例えばホンダシビックで300万円、トヨタカローラで230万円と、電気自動車はガソリン車に比べて約1.5倍から2倍の高くなっています。電動トラックもやはりこれくらいの価格差が出てくるのではないでしょうか。
そのほか、電気自動車の場合はバッテリーの寿命という問題があります。バッテリーの補償寿命は5年または10万kmといわれており、乗用車の場合は交換費用として65万円程度がかかります。電動トラックの場合はバッテリーも大型化し、搭載される数も多くなるため、もっと高額になると予想されます。
なお、電気代は軽油に比べて価格が安いので、これを考えれば数年で元が取れるという試算もあります。しかし、軽油の値段が高いのは軽油引取税という税金が掛けられていることも原因のひとつです。
今後、政府が自動車の電動化を進めるなら、年間約2兆6,000億円に及ぶ揮発油税と、同じく9,500億円におよぶ軽油引取税という税収が消滅してしまうことになります。
その対策として政府は電気自動車に対しても何らかの課税を行う必要がでてくるでしょう。課税方法によっては、必ずしも電動車の方が燃費が安いということにはならなくなるのです。
走行距離と充電時間の制約
電気自動車は一充電あたりの走行距離が短く、また充電に時間がかかることが問題点として挙げられています。これは例えば長距離を走るトラックや長距離バスについては大きな問題となります。
もちろんバッテリーをたくさん積めば走行距離を伸ばすことは可能ですが、ただしその分、充電時間が長くなるし、車体価格やバッテリー交換費用も大きくなります。車重も大きくなって走行効率も悪くなります。
燃料電池車の場合
電気自動車ではなく、燃料電池車の場合はどうでしょうか。燃料電池車であれば、充填時間や走行距離の問題はありません。しかしながら、まず車体価格が非常に高くなります。
これは、燃料電池自体に高価な貴金属触媒が使われているためです。ですから販売台数が増えても、量産効果によってもそれほど価格は下がらないと思われます。
もっと大きな問題は燃料の水素をどこで補給するかということです。例えば現在、現在の長距離トラックの場合は全国各地にある約3万軒のガソリンスタンドで軽油の供給を受けることができますが、水素を供給する水素ステーションの数は非常に数が少なく、現在のところ135か所(2020年10月現在)しかありません。
もし、トラックで遠隔地に荷物を運ぶ場合、その経路上に水素ステーションがなければその輸送は断念しなければならないことになりますが、これは運輸業界にとって非常に大きな制約となるでしょう。
災害時の対応に問題
ディーゼル車は電動化が難しいという点は以上述べたとおりでです。もちろんその問題点ついては、これからの技術開発によって少しずつ改善されていくかもしれません。しかし、どうしても電動車では解消できない問題があります。それは、災害時の対応ということです。
日本は言うまでもなく自然災害の多い国ですが、大きな災害が起こった時に問題となるのがライフラインの確保です。過去の大災害時にも被災地では電気、ガス、水道、通信そしてガソリンや軽油のような石油製品の遮断が起こって問題となりました。
特に電気とガスは復旧までに大きな時間がかかります。例えば東日本大震災の時には電気の復旧までに最大78日、ガスは54日かかっています。
(「東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会」資料より)
一方、以下のグラフは震災前後の東北道でのガソリンスタンドの営業状況を示しています。震災後一時期、軽油を供給するガソリンスタンドの数が43%まで落ち込んだものの、だいたい70%以上のガソリンスタンドが営業を継続し、20日程度でほぼ全面復旧しています。
また、高速道路ではなく、例えば宮城県全域でみると、震災直後に営業しているガソリンスタンド数は20%まで低下したものの、約1か月で80%まで回復したといいます。
また、阪神淡路大震災のときは大規模な火災が発生しました。しかし一帯が火災で焼け野原のようになった地域でも、ガソリンスタンドだけが燃え残ったという例が多数ありました。
火災によって最も大きな被害を受けそうに思われるガソリンスタンドですが、実際には周りを分厚い防火壁に囲まれているおかげで、周囲の住宅等が火災になっても焼け残ることができ、かつ早期に営業を再開することができたのです。
このように、災害が起こってもガソリンスタンドは一気に機能が全滅するわけではなく、一部は営業が続けられ、また復旧も電気やガスに比べると早いという特長があります。
つまり、石油は電気に比べて災害に対して非常に強いライフラインなのです。
将来、もし、あらゆる車両が電動となった場合はどうなるでしょうか。この場合、電気自動車は家庭用あるいは業務用の電源から充電されることになるでしょう。そして災害によってこの電気が止まれば、当然充電ができなくなります。そして、バッテリーの電気を使い果たせば電気自動車は動けなくなります。
大規模災害時には、場合によっては道路上に電欠となった車両が多数放置され、その結果あちこちで交通渋滞が発生し、緊急車両も通行できなくなるという事態も予想されます。
いやそもそも、消防車や救急車あるいは緊急物資を搬送するトラックなども電動化してしまうと、停電になったときにはこれらの緊急車両も電欠で動けなくなります。最も緊急車両が必要とされるときに動けなくなるという事態が発生する恐れがあります。
提案 大型車はディーゼル車を残すべき
そこで提案ですが、2050年に向けてガソリン車を廃止して電気自動車とすることは必要だとしても、ディーゼルエンジンを積んだ車両は残したらどうでしょうか。ただし、温室効果ガスを発生しない燃料を選択するという条件が必要です。
つまり、国の政策として乗用車は電動とし、トラック、バス、重機などの大型車両はディーゼルにするという具合に住み分けをするのです。
消防車、救急車のような緊急車両の多くはディーゼルであり、さらに自衛隊※も含めて緊急物資を運搬するトラックもそうですから、例え災害時に電気が止まっても、これらの緊急車両をディーゼルのまま残しておけば、活動することができます。
※自衛隊は災害派遣に限らず有事の際には独立して戦うことが求められます。戦車のような戦闘車両や兵員・物資の輸送に使うトラックなども電動化しておくと、送電線が破壊された場合に戦闘能力を失ってしまうことになります。電動化は困難でしょう。
また、特に燃料となる軽油はガソリンと違って安全性が高く、貯蔵が容易ですから、災害に備えて備蓄しておくことができます。
では緊急車両だけディーゼルとし、その他一般に使われる商用のトラックやバスなどは電気自動車とするというアイデアもあるかもしれません。しかしながら、それは実際的ではないと思われます。
なぜなら、緊急車両は全国的に考えても台数が限られますし、そこで使う燃料もわずかな量に過ぎません。そのわずかな数のディーゼル車を作るために自動車会社が製造ラインを維持することは困難でしょうし、燃料についても一定の量が継続的に出荷されなければ、製造設備を維持できません。
整備や製造のための人員確保や部品の調達、技術の伝承なども続かなくなる可能性があります。
前の章でも述べたように、大型車を電動化するのはかなり困難がありますし、災害対応を考えれば、バス・トラックのような大型車は、その大半をディーゼルのまま残しておくというのが実際的ではないでしょうか。
では、2050年の温室効果ガス排出量ゼロ目標はどうなる
しかし、それでは相変わらず燃料として石油から作られた軽油を使うことになるので、2050年の温室効果ガス排出量ゼロを達成できないのではないかという意見もあるでしょう。
しかしながら、ディーゼル車を残しながら、温室効果ガス排出量ゼロを達成する手段はあるのです。
次回にはその手段について紹介したいと思います。
2021年1月10日
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