GX(グリーントランスフォーメーション)とお金の密接な関係

最近、GXという言葉を聞くようになった。気候変動対策として化石燃料の使用を抑えたクリーンエネルギーを活用した社会を構築しようという取り組みとのことだ。それは大変結構なことなのだが、その取り組みのためにこれから10年間で150兆円もの投資を実現する計画という。一体どうやってこの大金を工面するのだろうか。

当方、理科系の人間のため、お金は好きなのだが、資金とか財政とかにはとんと馴染みが薄い。ということで、この150兆円、どうやってひねり出すのか。ひょっとしたら、その一部(例えば100万分の1)でもこちらの懐に入ってこないものだろうかとの期待をこめて、ちょっと調べてみた。

GXとはなにか

GXは正式には脱炭素成長型経済構造移行推進戦略というそうで、長ったらしい名前だが、GXといわれるよりこっちのほうが分かりやすいかもしれない。つまり、脱炭素成長型の経済構造に移行していくための戦略ということだ。

脱炭素とは、気候変動対策として石油や石炭などの化石燃料を使わないようにすることだ。しかし、現在の我々の社会は石油、石炭、天然ガスにどっぷり漬かった構造となっている。この化石燃料どっぷりの社会から化石燃料を使うのを止めましょうということになると大変なことになる。しかし、仕方がない。日本は2050年までにカーボンニュートラルを実現すると世界に公約したのだから。

カーボンニュートラルとはごちゃごちゃした細かいことを気にせずにざっくり言えば、化石燃料を一切使わないということだ。当然ながら、脱炭素を進めれば、日本の経済、社会は大きく変貌することになる。この変貌に乗り遅れた企業は没落するし、うまく波にのった企業は繁栄する。もちろん、我々の生活もいろいろ変わってくるだろう。そんな社会の大きな変化が起こるわけだが、全体としてこの変化を経済が成長する方向にもっていこうという戦略が、成長型経済移行というやつの意味であろう。

つまり、脱炭素は地球環境を守るための費用ではなく、これを逆手にとって成長していこうということなのだ。そんなことができるのだろうか。

脱炭素で禍転じて福となす

例えば、あるビルで暖房用に石油ボイラーを使っていたとしよう。しかし、脱炭素というのなら、石油を使えないということだ。仕方がないので電気ヒーターを導入したとしよう。すると電気代が跳ね上がって、そのビルは大変な出費となる。

しかし、電気ヒーターではなくヒートポンプを導入したらどうだろう。最新式のヒートポンプは同じ熱を産み出すのに、電気ヒーターの5分の1から7分の1の電力代で済むのだ。これは石油ボイラーの重油代よりも安い。しかもヒートポンプは暖房だけでなく冷房にも使える。

ということで、脱炭素を契機として最新のヒートポンプに取り換えれば、費用どころか、光熱費の削減を図ることができる。ヒートポンプのメーカーも儲かるという例である。これを国が補助金を出したりして支援してやることによって、脱炭素を進めながら経済も成長していこうということである。

さらに、化石燃料の価格はどんどん上がってきているし、ウクライナで戦争が始まったことから、資源大国のロシアから石油や天然ガスの供給が制限される事態となっている。また、日本が石油のほとんどを輸入している中東でも、きな臭いにおいが漂い出している。化石燃料は不安定なエネルギー源なのだ。

このように脱炭素は、うまくすれば経費を削減できて経済も活性化する可能性があるし、海外の不安的な情勢を気にする必要もなくなる。つまりGXは脱炭素を禍(わざわい)と考えるのではなく、それを逆手にとって福とすることを目指そうというのが趣旨なのだ。

具体的に何をやるのか

では、GXとして政府は具体的に何をやろうとしているのだろうか。これについては今年(2023年)7月に閣議決定されたGX推進戦略に書かれている。これを拾い書きしてみよう。(戦略に書かれたすべてを記載しているわけではない)

① 徹底した省エネの推進
わが国はエネルギー資源のほとんどを輸入に頼ってきた。その結果、幸か不幸か、世界第一級の省エネ技術を持った国となってしまった。この技術をもっと普及させようというのがこれだ。特に中小企業が最新の省エネ機器を導入するときには政府が補助金を出す。住宅を省エネ化しようとするときにも補助金をだす。こうやって省エネを推進していこうという話である。

② 再エネの主力電源化
電力に占める再エネ比率は現在20%ほどであるが、これを2030年度には36~38%まで引き上げる。これに伴い、過去10年間の8倍以上の規模で系統整備を加速する。特に再エネが豊富な北海道からの海底直流送電を整備する。さらに、これらの投資に必要な資金の調達環境を整備する。これがうまく行けばエネルギー自給率が高まって海外の割高な化石燃料の輸入量が減ってくることになる。

③ 原子力の活用
原子力発電所の運転期間については追加的な延長を認める。その他、核燃料サイクル推進、廃炉の着実かつ効率的な実現に向けた資金確保等の仕組みの整備などを実施。最終処分の実現に向けた国民理解の促進や自治体等への働き掛けを行う。

④ その他

  • 水素・アンモニアについては既存燃料との価格差に着目した支援制度を導入する
  • 電力市場における予備電源制度や長期脱炭素電源オークションを導入
  • 戦略的に余剰LNGを確保する仕組みを構築するとともに、メタンハイドレートの技術開発を支援する
  • カーボンリサイクル燃料(メタネーション、SAF、合成燃料等)、蓄電池、資源循環、次世代自動車、次世代航空機、ゼロエミッション船舶、等々の研究開発・設備投資・需要創出等の取組を推進する

これらが政府主導の取組みである。この中でお金に関係したところには太字にしておいた。このあたり、うまくすればこちらにもお金が回ってくるかもしれないアイテムである。

資金はどうするのか

このGX推進にかかる費用はどのくらいかかるのだろうか。2022年5月に岸田総理は、今後10年間に150兆円超のGX投資を行うと表明している。では、その資金はどうするのだろうか。

この150兆円にうちの20兆円つまり13%は債権つまり借金である。この借金はGX推進戦略ではGX経済移行債と言われていたが、クライメート・トラジッション・ボンドという名称で実施されるようである。GXという名称では日本はともかく、海外ではなんのこっちゃという話になるからだろう。

対象分野は温室効果ガスの排出削減と経済成長の両方を達成する分野への投資で、かつ民間では投資判断が困難な案件に適用されるとしている。つまり、儲かる分野なら民間で勝手にやれ。うまくいくかどうかちょっと自信がないというものについて、この債権を使ってくれということであろう。もちろんこれは借金だから、将来は返さなければならないお金である。
では残りの130兆円はどうするのか。

カーボンプライシング

残りの130億円の投資を呼び込む手段として考えられているのがカーボンプライシングだ。カーボンプライシングとは簡単に言えば現在まったく金銭的な価値がないものとされてきたCO2に値段を付けよう(プライシングしよう)という政策である。

化石燃料にはもちろん値段がついているが、それを燃やして排出されるCO2の価値はゼロとされてきた。そのためCO2は大気中に捨て放題となる。その結果、地球が温暖化して世界中の人たちが迷惑をこうむることになる。このような状況を外部不経済というらしい。

だからCO2に人為的に値段をつけて、CO2の排出量が自然に減って行くようにしようというのがカーボンプライシングである。ただし、CO2に付く価格はマイナスの値段である。CO2を排出した人がお金を払い、CO2を減らした人はお金を貰うことになる。

例えば、だれかがCO2を吸収する装置を開発して、大気中のCO2をどんどん削減したとする。そうすれば地球温暖化が緩和されて、世界の人々が恩恵を受けることになる。しかし、その装置を開発した人、あるいはCO2を削減した人には、現在何の経済的なメリットもない。単に世界中のひとびとから「ありがとう」と言われるだけのことだ。それなら、だれもCO2を吸収する事業なんてやらないだろう。

しかし、CO2に値段が付けば、その削減量を販売して利益を得ることができるのだ。うまくすれば懐に大金が転がり込むことも夢じゃない。カーボンプライシングにはいくつかの手法があるが、このうちGXでやろうとしていることを紹介したい。

排出量取引制度・カーボンクレジット

企業それぞれにCO2「排出枠」が割り当てられ、この枠より排出量が下回れば、その分を市場で販売し、枠を上回った企業がそれを購入する。GX推進戦略ではGXリーグとよばれる「場」が作られており、この場にすでに400社以上の企業が参加して排出量取引制度の制度設計について議論している段階だ。そして、2026年度から本格的な排出量取引が始まる予定となっている。

また、省エネ設備の導入によってCO2排出量を削減したり、森林管理などによってCO2を吸収したりしてCO2の排出量を減らした場合、その削減量をカーボンクレジットとして市場で販売することも、すでに行われ始めている。

有償オークション

事業者に対してCO2の排出枠を有料とし、それをオークション形式で割り当てるのが有料オークションだ。排出量取引の場合、排出枠は各社に無償で割り当てられ、排出枠を超える排出については、排出枠が余剰となった企業から買い取るという形となる。

有償オークションは、政府が割り当てる排出枠そのものをオークション形式で企業が購入する仕組みだ。CO2排出量を極力減らそうと努力している企業は排出枠が少なくて済み、努力しない企業は排出枠を多く買わなくてはならないということになる。

GX推進戦略では、この方式は発電部門に適用される。当初は排出枠を無償で割り当てるが、次第に有償オークションに移行していく形となっている。これは2033年度から開始の予定だ。

賦課金制度

CO2を排出することに対して、金を徴収する制度である。具体的には石油等の化石燃料を輸入する企業に対して賦課金を課す。輸入業者は販売価格に、この課徴金を転嫁することになるだろうから、結局、化石燃料を使用してCO2を排出する人の負担ということになる。

すでに、石油や石炭などに対しては様々な税金が課されている。代表的なのが揮発油税や軽油引取税であるが、これから脱炭素が進展していけば、これらの税収入が減ってくることになる。それを補完する意味もあるだろう。GX推進戦略では2028年度から実施の予定となっている。

新しいビジネスへの期待

GXにもいろいろな批判がある。例えば、原子力発電所の使用期間を伸ばしていいのかとか、出力が不安定な再エネにどれだけ頼れるのかとか、アンモニアは石炭火力発電の延命に過ぎないとか。排出枠や賦課金にしても日本だけが行えば、排出枠や賦課金のない国に産業が流れて行って、日本は空洞化する恐れもある。

もちろん、うまく行かない項目もあるだろうし、対策が必要な項目もあるだろうが、一方でGXは新たな製品やサービスを産み出す可能性もある。いままで金にならなかったことが、金になるようになり新たなビジネスになる。知恵のある人ならいろいろなアイデアを思いつくだろう。

金儲けをしたいという欲の皮のつっ張った人たちが、いろいろと新しい発明や仕組みを考え出して、お金儲けをして、それが地球の気候変動を緩和する。GXはそういうことを目指した制度ということだ。

2023年11月14日

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GX(グリーントランスフォーメーション)とお金の密接な関係」への2件のフィードバック

  1. 古着から水素?

    二酸化炭素の削減と絡めて、新しい技術開発には期待していますが
    大手ガス会社各社の、二酸化炭素の炭素に水素をくっつけるメタネーション、マスコミに発表されている数字を見たら…

    そんな中、イオン(化学用語ではなくスーパーなど物流のほう)グループが 、古着から水素を得る事業に参加するニュースが
    カナロコ、神奈川新聞によると横浜駅西口にある横浜ビブレなどに、古着の回収ボックスを置いて
    これを千葉にあるイオングループの会社が回収して
    さらに、新興企業のバイオテックワークスエイチツーという会社が水素に
    カナロコの記事はここまでで、実際にどうやって水素を作り、使用するのかなどの詳細は不明
    燃料電池も高価だからなのか、なかなか普及していないし、発生した水素を容器に詰めるのも簡単ではなさそうだし
    スタートアップ企業に投資して、やってる感をではないといいのですが

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    1. takarabe 投稿作成者

      古着から水素?さん 情報提供ありがとうございます。ちょっと調べてみました。イオングループが回収した古着をバイオテックワークスという会社で処理して水素を取り出し、発電などに利用するということのようです。
      バイオ社のHPを見ましたが、肝心の技術的な内容がほとんど記載されていません。科学オンチの人ばかり集まって会社を経営しているのなら、かなりあぶない。
      アメリカのプラントを利用すると書かれていますが、古着をアメリカまで送るのなら、運賃がかかってしまうし、法律的な問題もある。プラントを日本に作るほどの規模で古着が集まるとも思えません。
      このプロセスは水性ガス化反応という昔から石炭のガス化に使われていた技術で、新しいものではありません。水素はできますがCO2もできてくる。バイオ社ではCO2排出量が焼却に比べて80%削減できると言ってますが、8割もの炭素分がどこに消えてしまうのか根拠がまったく不明。このプロジェクトは突っ込みどころ満載です。

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