ドリーム燃料は疑問だらけ 改めてまじめに批判してみた

ドリーム燃料とは元京都大学教授(現在、同大学名誉教授)のI博士が発明したとされる燃料製造技術である。空気中のCO2と水を原料としてわずかな電力で石油が製造されるとしている。I博士はこの合成された石油をドリーム燃料と名付けている。

2023年1月、この発明を使ったドリーム燃料の製造試験が大阪市等の公的機関の支援のものとサステナブルエネルギー開発(株)によって大阪市内の公園で行われたため一躍有名となった。

これについては「素晴らしい発明」、「日本が産油国になる」、「燃料高の救世主」等々ともて囃される反面、「あり得ない」、「胡散臭い」、「本当かどうか疑問だ」とする意見も少なからず見られれる。実際、大阪の実証実験からほぼ1年経つが、この燃料技術が実用化に向けて進みだしたというようなニュースは聞かない。

博士はこのドリーム燃料についての学術論文を提出しており、論文誌に掲載されている※1。大阪の実証実験から1年の機会に、このドリーム燃料の何が問題なのか、この論文を中心にまじめに議論してみたい。

※1 Imanaka T, et al. Edelweiss Chemical Science Journal, 2019 PDF: 111, 2:1

CO2と水から合成石油を作ること自体は可能

結論から先に言うと、筆者はこの論文を読んでみて納得できないことばかりである。要は科学の常識に全く反しているのだ。もちろん科学の常識の方が間違っているという可能性があることも否定しないが、この論文を読む限り、その常識を覆すほどの決定的な証拠が出ているとはとても思えない。

ドリーム燃料に期待する人は、CO2と水から石油を作るなんてまるで夢のような燃料だ。これができれば画期的だと思われているかもしれないが、CO2と水から石油を作ること自体は十分可能であり、決して科学の常識に反しているわけではない。

実際に実用化されている例もある。スポーツカーで有名なポルシェや石油メジャーのエクソン・モービルなどが支援するHIFグローバルという企業は2022年11月に実証プラントを完成させ、既に製品の出荷が始まっている。日本の出光興産もHIF社と戦略的協力契約を結んでいるから、やがてこの技術が日本で実現する可能性もある。

他にもENEOSなど、さまざまな企業がCO2と水から石油を作る技術の開発に取り組んでいるのだが、いずれも、石油の製造にはいくつかのステップを踏み、電気分解や高温・高圧での特殊な触媒反応を組み合わせる等、高度な技術で製造される。

もし、ドリーム燃料のような簡単なやり方で石油が合成されるならば、それは確かに画期的な発明である。ドリーム燃料が事実なら、ネットで見られるような「また日本がやりました」とか「すごいぞニッポン」的な絶賛も間違いではないであろう。

しかしながら、I博士が提出した論文を読む限りにおいては、このドリーム燃料についてはさまざまな疑問があり、残念ながらそのまますんなりと大発明だとは思えないのだ。

実験方法

この論文に書かれたドリーム燃料の製造実験は次のとおりである。

水道水を逆浸透膜を通して純水にしたあと、ナノバブル発生器により、CO2ガスを水中に30分間供給した。このナノバブルを含む水を酸素ガスと酸化チタン光触媒の存在下で、UVライト(40W)とブラックライト(40W)で30分間照射した。

こうやって調製した水(I博士はラジカル水と名付けている)10リットルに種油と称する灯油または軽油を10リットル、および二酸化炭素(周囲の空気から)と特殊なミキサーを使って激しく混合するとエマルジョン状態となる。

その後、エマルジョンが油と水の2層に分離するまで静置したところ、油分の体積が元の体積より5~10%増加し、水の部分は5~10%減少した。すべての反応は室温および常圧で行った。

このような簡単な方法でCO2と水から石油が合成できるなら非常に画期的なのだが、いろいろ疑問点がある。以下に3つ挙げてみたい。

1.エネルギー収支が合わない

化学反応にはヘスの法則が成り立つ。これは高校の化学で習うので、まじめに化学の勉強をした人にはお馴染みだろう。化学反応には熱エネルギーの出入りが伴うが、化学反応がある方向に進むときのエネルギーと逆方向に進むときのエネルギーはプラスとマイナスで完全に逆になるという法則である。

例えばAとBが反応してCとDができる場合、Xという熱エネルギーが発生するなら、逆にCとDを反応させてAとBができる反応は、同じXだけのエネルギーが今度は吸収されてしまうのだ。そして、その発生、吸収されるエネルギーは出発物質と生成物質とだけで決まり、途中でどのような反応経路をとっても、例えば触媒のようなものを使っても変わらない。

この法則は、のちに熱力学第一法則に含まれることになり、あるいはエネルギー保存則ともいわれる。そしてこの法則は永久機関が不可能だという論拠となっている。永久機関が不可能だということは現代科学の大前提だ。

熱が出る反応として代表的なのが燃焼反応だ。石油を燃やすということは石油と酸素が反応してCO2と水ができるということであり、このとき大量の熱が出る。

では石油を燃やして出てきたCO2と水を使って石油を作るとどうなるか。それはヘスの法則に従って、燃えた時と同じ量のエネルギーを与えてやらなければ反応は進まないことになる。

ドリーム燃料はCO2と水を使って石油を作ると言っているから、当然、石油を燃やした時と同じ量のエネルギーが必要となる。

ところがこのドリーム燃料の製造に投入したエネルギーは非常に少ない。I博士の論文によると、ドリーム燃料の製造に導入されたエネルギー源は紫外線ランプ(40W)とブラックライト(40W)の2本だけだ。このランプを30分間照射しただけでCO2と水から石油ができるとしている。

これから計算すると、ドリーム燃料に与えられたエネルギーは40Wh。換算すると0.144MJに過ぎない。これで、10リットルの種油と10リットルの水から1リットルの石油ができたという。1リットルの石油を燃やせば発熱量は46.5MJであるから、エネルギーの収支が全然合わないのだ。

このような僅かなエネルギーで石油ができるのなら、その石油を燃やして得られるエネルギーの一部を使って、その石油が燃えて出てくるCO2と水を再び石油に変えることができるはずである。これを繰り返せば、人類は使っても使ってもなくならない石油を得ることができる。これはまさに、科学的にあり得ないとされている永久機関である。

ところがこの論文には、生成したドリーム燃料の一部を使って無尽蔵に石油を作ることができると堂々と記述されている。これは永久機関を作ったと言ってるのと同じことだろう。

実際、I博士はあるビデオインタビューで、ドリーム燃料は永久機関だと言いき切っている。これは科学の常識に全く外れる話であり、常識ある科学者ならこれだけでドリーム燃料はアウトだと判断するだろう。

I博士はドリーム燃料がエネルギー保存則という科学の常識に反することを認めた上で、自分の方が正しい、常識の方が間違っていると言っているわけである。しかし、この論文を読む限り、科学の常識を覆すほどの実験事実を示しているとは到底思えないのだ。

2.物質収支が合わない

エネルギー保存則と同じく、重要な科学の常識として質量保存則がある。これは化学反応前後で、合計の質量、つまり重さは変わらないという法則である。つまり、無から有は生じないという基本的な法則である。

I博士は論文の中で物質収支として次の化学式を提出している。

CO2+H2O ⇒ CO+H2+O2                          反応式1
nCO+(2n+1)H2 ⇒ CnH2n+2+nH2O                反応式2

つまりCO2と水H2Oから一酸化炭素COと水素H2および酸素O2ができ、その一酸化炭素と水素がさらに反応して石油(CnHn+2)と水ができるという式である。これはフィッシャー・トロプシュ反応(FT反応)と言われる反応であり、論文にもそのように記述されている。

疑問はその原料となるCO2がどこから来たのかという点である。論文では、CO2は周囲の空気から取り込まれたと書かれている。しかし、空気中のCO2濃度は0.04%しかない。計算すると空気1m3に含まれる炭素Cの重さは4.77gである。

一方、軽油1リットルに含まれる炭素は720gであるから、軽油1リットルを空気に含まれるCO2で合成しようとするなら150m3もの空気が必要となる。それほどの大量の空気をこの装置の中に導入している様子はない。

また、この反応式では空気から取り込んだCO2 と同じモル数の酸素(O2)が発生することになっているが、それはどこに行ったのだろうか。反応中に大量の酸素がブクブク出ているという記述もない。もし酸素ブクブクが観察されたなら、ドリーム燃料の信頼性は一気に高まるのだが。

このような物質収支は実際に製造装置を作るときには非常に重要なデータである。大量の空気を取り入れる必要があるのなら、その量に応じたコンプレッサーが必要となるし、酸素が発生するのなら、それを安全に排出する仕組みが必要となる。

しかし、この論文では、取り込んだCO2の量も発生した酸素の量も測定されていない。にも拘らず反応式(1)や(2)でドリーム燃料の生成が進んだと断言しているが、これは断言すべきではなく、単なるI博士の想像と考えるべきである。

3.種油と水の分離が不完全

種油にラジカル水をまぜ、攪拌すると種油と水が混ざった状態、つまりエマルジョン状態となる。このエマルジョンをしばらく静置すると、水と油が分離してくる。その分離した油の量が実験前より増えている(ように見える)ので、石油ができた。と、この論文では判断しているわけである。

しかし、この論文に添付された写真(下図)を見ると水の層がまだ白く濁っていることが分かる。つまり、水の層はエマルジョン状態が残っており、明らかに分離が不完全である。一方、油の方は透明であるが、水の粒子が十分小さければエマルジョン状態でも透明になることがある。


エマルジョンになった水と油を分離するには、本来は遠心分離や溶剤抽出を行う必要があるのだが、しばらく静置しただけで、まだ濁りがあるにも拘らず、分離が完了したと判断して油の量を目視で測っている。これでは本当に油が増えたかどうかわからない。

考察

そのほかにもこの論文にはいろいろな記述がある。実験後に量が増えた軽油を燃料としてトラックを走らせたら燃費が良くなったとか、排ガスの色が薄くなったとか、水と油を分離したあとに錆のようなものが沈殿していたとか。あとはクロマトグラフ分析や工業分析の結果である。

しかしながら、この論文の中で人工的に石油ができたという根拠は、単に実験前と実験後の油と水の層の高さを目で見て油の層が増えているという、それだけである。

しかも、油の層の容量が増えたといいながら、油の層が何センチ増えたとか、容積が何cc増えたというような実測値も記載されていない。油の層が5%から10%増え、水の層が5%から10%減ったという目視の結果だけである。う~ん、これが学術論文の書き方だろうか。

たったこれだけの観測結果で、ラジカル水ができたとか、空気中のCO2と水がCOと水素に分離し(水から水素を作るには非常に大きなエネルギーが必要なはずなのだが)FT反応によって石油ができたに違いないとI博士は説明しているわけである。

ちょっと待ってくださいよ。そんな証拠はこの論文を読む限りどこにもない。単なるI博士の憶測にすぎない。

常温・常圧で水が分解し、FT反応が進行したとすれば、それは画期的な発見であるが、そんな画期的なことが起こっているということが、この実験で確認されているわけではない。そもそもFT反応で石油ができるのならなぜ種油が必要なのか。さらになぜ種油と同じものが合成されるのか。説明のつかない話ばかりである。

一番可能性が高いのは、水と種油の分離が悪く、種油に水が混入して増えたように見えたということではないだろうか。これならエネルギー収支や物質収支に反することもないし、種油が必要なことも説明できる。あるいは、油の熱膨張率は水の熱膨張率よりはるかに大きいから温度が上がって熱膨張で油が増えたという可能性もある。

つまり、種油が増えた(ように見えた)という実験結果については、いろいろな可能性が考えられるにも拘わらず、CO2と水から種油と同じ油ができた。これしかないとI博士は断定しているのである。

もし、本当に種油が増えたと主張したいのなら、水と油を完全に分離した上で、実験前と実験後の種油の量を容量でなく「重さ」で測定すべきであるが、それもやらずに、ただ見かけだけで石油が合成されたと主張しているのである。

まとめると、まず、わずかなエネルギー投入でCO2と水から石油ができることはエネルギー収支の上であり得ない。また、この論文でCO2と水から石油ができたとする論拠は、単に実験前と実験後の種油と水の比率が変わって見えたという不正確な観測結果だけであり、取り入れたCO2の量や生成した合成油の量さえも測定されていない。

にも拘わらずI博士は、たったこれだけの実験結果から、CO2と水から石油ができたと断定しているわけで、これはよく言えば仮説、悪く言えば単なる思い込みなのだろう。

2024年1月20日

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