日本を取り巻く広大な海から貴重な資源リチウムを取り出す方法

近年、地球温暖化が原因とみられる気候変動が世界各地で問題となっており、その対策として一層の脱炭素化が望まれている。地球温暖化を阻止するためには化石燃料の使用をやめて、太陽光や風力などの再生可能エネルギーに切り替えていく必要があるわけだが、そこで課題となっているのが、電力の貯蔵手段である。

なぜなら、太陽光は昼間だけ、風力は風があるときだけしか発電できない不安定な電力であるから、発電量の多いときに電力を貯蔵しておき、需要に応じて供給することが必要となるからである。

また、今後増えていくであろう電気自動車についても、車両内に電力を何らかの手段で蓄えておくことが必要となる。

この電気を貯めておく手段として最右翼なのがリチウムイオン蓄電池であり、今後、その需要は大きく増えていくことになるだろう。

リチウムイオン電池には、もちろんリチウムという金属が使われる。しかし、リチウムの産地は限られており、世界中で取り合いになって価格も急上昇しているが、残念ながら日本では、リチウムをほとんど産出しない。


そこで目が付けられたのが海だ。実は海には結構な量のリチウムが含まれている。言うまでもないが日本は海に囲まれており、排他的経済水域(EEZ)の面積で日本は世界第6位に位置する海洋大国である。リチウムが海から効率的に取り出せるのなら、これは日本にとってこんなに好都合なことはない。

リチウムとはなにか

リチウムとは元素のひとつだ。いまさらだけど、この宇宙(地球も含めて)にある、あらゆる物質は90種類ほどの元素の組み合わせでできている。リチウムはその元素を軽い方から並べると3番目。つまり、宇宙で3番目に軽い元素だ。学校で習った「すいへーりーべ」でいうところのりーべのなかの「り」の元素だ。

原子番号は3、原子量は7、電子の数は3個。この3個という数がくせもので、この数字がリチウムという元素の特徴を産み出している。ご存知のとおり、原子は原子核が真ん中にあって、その周りを電子が取り巻いた構造をしている。電子は層状になっていて、最も内側の層をK殻、その外側がL殻、そのさらに外側がM殻・・・というふうに順番に名前が付けられている。そして、それぞれの層に入る電子の数は決まっていて、K殻は2個、L殻は8個、M殻は16個である。つまり、各層には電子の定員があるのだ。

で、リチウムの電子は3個だから、最も内側のK殻には定員どおりの2個が入り、3個目の1個だけがL殻に入ることになる。L殻の定員は8個なのに、リチウムの場合はここに1個だけしか入らない。大幅に定員割れの状態になっているのだ。

リチウムの原子構造

だから、このL殻の1個の電子はどうも落ち着きがない。例えば他の原子Aが近づいてくると、この落ち着きのない電子が、その原子Aの電子の層に入り込もうとする。そうなると、この電子が仲立ちとなってリチウムと原子Aがくっついてしまう。これが化学結合というものだ。つまり、リチウムは非常に化学反応をおこしやすい元素なのだ。

もうひとつ大事な性質は、リチウムがイオンになりやすいということだ。L殻にいる1個の電子は居心地が悪いのか、飛び出してどっかに行ってしまうという性質がある。電子はマイナスの電気を持っているから、これが1個いなくなってしまうと、リチウムはマイナスの電気が足りなくなって、その結果、プラスの電気を持つことになる。このようなプラスやマイナスの電気を持った原子がイオンだ。つまりリチウムはプラスイオンになりやすいという性質を持つ。

イオンになりやすさはイオン化傾向という数値で示されるのだが、リチウムのイオン化傾向は3.045V。実はこの数字、元素の中で最も大きい。イオン化傾向が大きいということは、それを電池にした時に、電圧が高くなるという大きな利点がある。

よく乾電池として使われているマンガン乾電池は1.5V、鉛蓄電池は2.0V。これに対して、リチウムイオン電池は3.7Vという電池としては非常に高い電圧が得られる。

もちろん、電子を放り出してプラスイオンになる元素はリチウムだけでなく、いろいろあるのだが、リチウムは元素の中で3番目に軽いということを思い出してほしい。ということは同じ1個の電子を放出するにしても、他の元素より軽くて済むということだ。だから、リチウムを使って電池を作れば、電圧が高くて、しかも軽いという非常に好都合な性質を持つことになる。

では、どうやってリチウムを手に入れるか

リチウムは、リチウムイオン乾電池が出てくるまで、あまりなじみのない元素だった。しかし、実はリチウムは地球上には比較的豊富に存在しており、全元素の中で25 番目に多い元素なのだ。

リチウムは、鉱物、固体堆積物、温泉水、塩湖水(かん水)、および海水に含まれており、世界中に分布しているのだが、現在のところ経済的に採取可能なのは、高品位なリチウム鉱物とかん水だけなのだ。

かん水から精製されるリチウムはアルゼンチン、チリ、ボリビアの塩湖から採れるものが有名で、特にチリのアタカマ塩湖のかん水からされるものが多い。リチウム鉱物としてはペグマタイトやヘクトライトと呼ばれる鉱石で、これは米国、ロシア、中国に巨大な鉱床がある。

この図は、採取されるリチウム資源の割合を示しており、大陸塩湖のかん水が現在のところ最大のリチウム資源 (59%) であり、続いてペグマタイトやヘクトライトと呼ばれる鉱物 (32%) がそれに続く。


次の図は、各国のリチウム原料の生産量を示している。リチウム原料の主な生産国はオーストラリア(40%)とチリ(35%)で、この2か国で75%、それにアルゼンチン、中国が続くが、リチウムの産出については、これらの国々で寡占状態にある。

海水からリチウムを回収する方法

一方、このような陸上で採取されるリチウム資源に対して、海水からリチウムを回収する方法が各国で研究されている。リチウムの海水溶存量は、1リットルあたりわずか0.17㎎しうかないのだが、海は広大だから世界の海水全体で考えれば、2兆6,000億トンの資源量となる。これは陸上に存在するリチウム鉱石の埋蔵量の実に約15,000倍に相当するのだ。

ただ、問題は海水1リットルあたりわずか0.17㎎しか含まれないリチウムを、どうやって経済的に回収する方法かということである。その方法について特に研究熱心なのは日本や中国で、すでにいくつかの方法が提案されている。

(1)イオン交換法
イオン交換とは、電解質内のあるイオン(この場合はリチウムイオン)を取り込み、その代わりに他のイオンを放出するという性質のある物質を使って、イオンを吸着、回収する方法である。例えば、吸着剤 k-MnO2 を用いたクロマトグラフィー操作によって、海水から33%の回収率でリチウムが濃縮されることが見出されている。

(2)共沈法
共沈とは、ある成分が沈殿する際に,本来その条件では沈殿しない成分を巻き込んで共に沈殿してくる現象のことで、この現象を使って、微量成分の分離濃縮に応用することができる。海水からリチウムを抽出するために、カリウム、硫酸鉄、水酸化アルミニウムなどのさまざまな試薬を使用して、リチウムを共沈させる試みが行われている。

例えば、海水に大量に含まれるマグネシウムやカルシウムは、水酸化ナトリウムを用いて、海水のpHを調整すると 水酸化マグネシウムや水酸化カルシウムとなって沈殿することは知られているが、このときリチウムも共に沈殿してくる。この沈殿物に塩酸を用いて中和し、炭酸ナトリウムを用いて炭酸化すると、リチウムが炭酸リチウムとして回収されることになる。

(3)吸着法
海水中のリチウムを吸着剤に吸着させることによって抽出する方法である。例えば、マンガン酸化物イオンふるいを使用した例では、1 時間あたり3 m3の海水容量を持つパイロットプラントが作られ、海水からリチウムを炭酸リチウムの形で回収するスキームが開発されている。

この場合、吸着剤として以下のような特性が必要になると言われている。(吉塚和治,近藤正聡, J. Plasma Fusion Res. Vol.87, No.12 (2011)795-800)

① 吸着容量が大きいこと
② 吸着・脱着速度が大きいこと
③ 目的元素(リチウム)に対して高い選択性があること
④ 繰り返し使用した場合の耐久性が大きいこ
⑤ 大量製造が容易であること
⑥ 安価であること
⑦ 原材料が豊富で、安定供給が可能であること

(4)液―液抽出法
液体の抽出剤に海水からリチウムを抽出する方法もある。例えば、最初にシクロヘキサンとトリオクチルオキシホスフィンでリチウムを抽出し、次にリチウムを塩酸とリン酸カリウムと反応させて、リチウムを沈殿させる。得られる製品の純度は95%以上と報告されている。

実施上の問題点

以上、様々なリチウム回収方法が提案されているが、実際に海水からリチウムを回収しようとする場合、いろいろな問題点が出てくる。最も期待されている吸着法を実際に行う上での問題点について述べてみたい。

まず、海水に溶存しているリチウムは他の元素に比べれば比較的多いとはいえ、海水1リットルあたり、0.17㎎しかない。このため、実際に海水からリチウムを回収しようとする、大量の海水を汲み上げ、吸着剤の層を通過させる必要があり、多大なエネルギーを消費してしまうことになる。これを軽減するには、吸着剤と海水が効率よく接触できるようにすることや、吸着剤の層によって大きな海水の抵抗ができないようにすることなどが必要となる。

また、吸着剤が破損しやすいと、頻繁に取り換えることが必要となる。これを防ぐためには強度の強い吸着剤を作ることや、吸着剤自体が安価であることが必要となる。また、海水による腐食の対策も必要となる。

クラゲなどの海洋生物が海水取り入れ口を塞いでしまうという、意外な問題も起こるし、台風や高波などによる破損や操業安定性も考慮する必要があるだろう。

面白い方法として、火力発電所や大規模な工場の既存の海水汲み上げシステムを利用するという方法もある。発電所や工場などでは冷却水として海水を利用している場合がある。冷却水として汲み上げられた海水は、役割を終えるとそのまま海に戻されるので、この海水を利用してリチウムを回収しようというものである。これなら、ポンプ設備を新設する必要がなく、かつ、稼動コストの低減が可能となる。あるいは、潮の満ち引きや波、海流をポンプ代わりに利用する方法も提案されている。

四方を海に囲まれ、広大な排他的経済水域を持つ我が国は、今後、海を活用していくことが重要となるだろう。海産物の獲得だけでなく、洋上風力発電のようなエネルギー資源や、今回紹介したリチウムなど様々な未利用資源の開発を期待したいところである。

2023年1月15日

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