アネックス4 非石油原料から得られる軽質芳香族のアルキレーションによって作られた芳香族を含む合成灯油
アネックス4の英文を直訳すると上記のようになるのだが、なんのこっちゃというのが正直な感想である。
アネックス4のベースはアネックス1である。つまり、一酸化炭素と水素を原料としてFT合成によって得られるパラフィン系灯油。アネックス4はそれに芳香族化合物を添加したものだ。ただし、その芳香族化合物は石油ではないものから作り、さらにアルキレーションを行ったものという条件がつく。
アネックス1で述べたように炭化水素にはいくつかの種類がある。アネックス1の成分はほとんどパラフィンであるが、石油から作られた灯油にはパラフィンだけでなく芳香族という炭化水素も含まれる。そこで、アネックス4はアネックス1に芳香族を添加することによって、より石油系のジェット燃料に近づけた物という位置づけである。
なぜ、そんなことをするのかというと、現在のジェットエンジンは石油系のジェット燃料を使うことを前提に設計されているからである。特に燃料漏れを防ぐために各所にパッキンが使われているが、パッキンは芳香族成分が浸み込むことによって膨潤し、これによって漏れを防いでいる。
だから、アネックス1ではひょっとすると燃料漏れが起きるかもしれないが、アネックス4なら大丈夫というわけだ。将来、SAF100%での運航を目指す場合には、このような技術が必要となるかもしれない。
アネックス4は2015年に南アフリカのSasol社から申請されて、認可されたもの。Sasol社は従来から石炭や天然ガスを原料にしてFT合成法で合成石油を作ってきたという実績がある。しかし、SAFと呼ばれるためには原料をバイオマスに転換すればいいわけであるが、現時点ではアネックス4に向けた動きはない。
アネックス5 アルコール・トウ・ジェット合成パラフィン系灯油
「アルコール・トウ・ジェット」とは英語でAlcohol to Jetと書く。アルコールからジェット燃料を作る技術という意味である。略称はATJだ。最後の「合成パラフィン系灯油」の意味はアネックス1と同じである。
アルコールというのは一般に-OHという部分を持つ有機化合物をいうが、現時点でアネックス5が対象としているのは炭素二つに-OH が付いたエタノールと、炭素4つに-OHが付いたブタノールの二つだ。エタノールを例にATJを説明すると、まず最初にエタノールに含まれる酸素(O)を取り除く。このとき水素2個が巻き込まれて水(H2O)として取り除かれることになるので、これを脱水反応という。
これによってエタノールはエチレンというものになる。あとはこのエチレンをいくつか繋ぎ合わせるオリゴメリゼーションといわれる反応を起こさせると、炭素が10個から15個つながったパラフィン系灯油ができるというわけである。
ブタノールを原料として使うときも、最初に脱水反応をおこさせる。これによってできるのはエチレンではなくブテンというものであるが、同じようにオリゴメリゼーションをすればパラフィン系灯油ができる。
世界で生産されるエタノールは一部石油等から合成されたものもあるが、ほとんどはトウモロコシやサトウキビなどの作物から製造されたバイオエタノールである。作物は成長過程で空気中のCO2を吸収しているので、バイオエタノールを使って製造したSAFは、これを燃やしても発生したCO2と差し引きゼロとなって、空気中のCO2を増やさない。
ちなみに、エチレンは石油からも作られ、プラスチックや合成繊維、その他の化学製品の原料となっている。バイオエタノールから作られるエチレンもそのままプラスチックや合成繊維などの原料として使うことができる。将来はバイオエタノールが化学製品の原料として石油にとって代わる可能性かもしれない。この場合はアルコール・トウ・ケミカルスというべきだろう。
アネックス6 接触水素化水熱分解ジェット燃料
アネックス6の合成ジェット燃料はApplied Research Associates, Inc(ARA)社とChevron Lummus Global LLC(CLG)社が、2020年にASTMに申請して承認されたものである。
この方法では、植物油を原料として、前処理を行って変性トリグリセリドというものにしたあと、高温(450~475℃)高圧(21MPa)および触媒を使うことによって、加水分解されて、炭化水素とグリセリンになる。この炭化水素をさらに水素化処理して脱水、芳香族化、異性化したあといくつかのグレードに分けてジェット燃料を取り出したものである。
この転換技術はイソコンバージョン(Isoconversion)法とよばれ、製品はレディジェット(ReadiJet)と名付けられている。レディジェットはノルマルパラフィンだけでなく、シクロパラフィンやイソパラフィン、芳香族など、石油ジェット燃料の組成に近い組成を持っている。
なお、水熱分解は水を含んだ燃料にも適用が可能である。とくに微細藻類が産出する油分を原料にするときには、この方法が有利だと期待されている。なぜなら、微細藻類は水中で生育するため、その油分を取り出すときに乾燥しなければならない。乾燥には非常に大きなエネルギーが必要となるが、水熱分解は油分を乾燥せずにそのまま使えるのである。ちなみに、日本のユーグレナ社が製造するサステオはアネックス6に準拠している。
アネックス7 炭化水素-水素化処理されたエステルおよび脂肪酸から作られた合成パラフィン系灯油
アネックス7はアネックス2に「炭化水素-」という言葉が入っただけである。これは日本のIHI社がASTMに申請して2020年に認可されたもの。製造方法はアネックス2と同じだが、アネックス2は原料がエステルおよび脂肪酸に限られているのに対して、IHI社が開発している微細藻類ボトリオコッカスから産出される油分は炭化水素であってエステルや脂肪酸ではないため、アネックス2に当てはまらない。このため、アネックス2に「炭化水素-」という言葉を追加して申請したものである。
では、どれが本命なのか
これまで、ASTM D7566のアネックスとして掲載された7種の合成ジェット燃料について述べてきた。このうち、どれが今後の本命になるのだろうか。それぞれに利点と問題点があるので、どれが本命とはいまのところ言えないが、本命候補としてアネックス1、2そして5を挙げたい。ただし、アネックス4はアネックス1の、アネックス6と7はアネックス2に近い技術、あるいは派生型という関係にある。
アネックス1はバイオマスを一旦ガス化して気体にしたあと、FT合成によって固体の高分子化合物(パラフィンワックス)にし、さらにこれを分解して液体のジェット燃料とする。工程が複雑で、製造設備の建設費も大きくなるが、原料の幅が広いという利点がある。
実際に、世界数か国でFT合成法を使って合成石油が作られ、一部ではジェット燃料も作られて実際に使用されている。ただし、これらの事例は原料として石炭や天然ガスを使っているため、持続可能燃料ではない。SAFを作る場合は、原料をバイオマスに代える必要がある。どんなバイオマスを使うか、どうやってガス化するかが課題である。
FT合成を用いて合成燃料や合成ジェット燃料を作る研究は我が国の石油会社の中ではENEOSで行われている。
アネックス2の場合、原料が動植物油に限られるが、石油精製と似た手法で水素化、異性化を行ってSAFが作られる。今のところ、最も航空機に使用された実績が多いのが、このアネックス2である。もともと欧州やシンガポールに大規模な再生可能軽油を作る工場があり、その副産物としてSAFが作られている。従って、アネックス2によるSAFの製造技術はすでに完成している。
わが国においては石油需要の減少に伴って、今後製油所が順次閉鎖されていくと予想されるが、その閉鎖製油所を改造してアネックス2タイプのSAFを製造することは可能であろう。
課題は原料の動植物油をどう確保するかということである。廃食用油がよく話題に上るが、SAFの消費が増えてくれば量的に全然足りなくなる。将来はSAF原料を専門に栽培する農場ができ、計画的に植物油の生産が行われるようになるのかもしれない。
アネックス5はエタノールやブタノールといったアルコール類を脱水してエチレンやブチレンを作り、これをつなぎ合わせて灯油と同じ炭化水素を作る方法である。バイオエタノールからエチレンを作る方法については、すでにブラジルで実用化されており、ポリエチレンなどのプラスチックが作られているから、この技術をジェット燃料の製造に転用することは技術的に難しい話ではない。
わが国おいては出光がATJの開発を進めており、年産10万KLの生産を目指している。
原料のバイオエタノールは米国ではトウモロコシ、ブラジルではサトウキビ、東南アジアではキャッサバなどを使って大量に生産されていて、すでに自動車燃料として使われている。今後、SAFの需要が増えていくのなら、新たにこれらの作物の耕地面積を増やす必要があるだろう。また、木材や農業廃棄物、都市ごみなどのセルロース系といわれる原料からバイオエタノールを作る技術も開発されている。
ASTM D7566には今のところ、7つの技術が承認されているが、将来のSAFの製造法については、恐らくこの中の1つから3つ程度の技術に絞られていくだろう。また、ジェット燃料は基本的に灯油と同じであり、また軽油にも近い。だから将来は軽油の代替として自動車燃料としての活用も考えられる。さらに、プラスチックや合成繊維などの従来石油を原料として作られていた化学製品も、この技術を通じて作ることが可能となるだろう。
将来的には、その原料となるバイオマスについては計画的な栽培・収穫が必要となるだろう。それは、新しい形の農業に発展するかもしれない。と考えるとSAFは単なるジェット燃料の代替ではなく、もっと大きな基幹産業のひとつとして育っていく可能性もある。
2023年6月17日
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SAFの7種類の詳しい解説、参考になりました
航空機の燃料だけでなく、脱化石燃料からの
自動車燃料や、さらにはプラスチックに期待します
参考 NEDOが本気だしてる?
ネットで見つけたのですが7月21日(金)
「SAFのサプライチェーンモデルと事業化」
というセミナーが東京であるようで
NEDOのバイオマスグループの矢野貴久さん他
SAF導入の背景・意義/国内外の動向/燃料規格と
CORSIA制度/SAF製造技術と課題/SAFサプライ
チェーンモデルの構築へのNEDOの取組など
記事を読んでいただいてありがとうございます。
NEDOにとって合成燃料やバイオ燃料は以前から最重要テーマのひとつですから、その流れでSAFももちろん本気でしょう。
ちなみに、不肖わたくしにも講演のお声がかかっていまして、7月13日にバイオ燃料、8月24日にカーボンニュートラルについてWebで講演の予定です。
この分野、世の中ざわついてきましたね。