再生可能合成燃料/水と空気と光で作る燃料(バイオ燃料編)

【記事の内容】
バイオ燃料は水と空気中のCO2と太陽光で作られ、温室効果ガス排出量を実質ゼロにすることができる
バイオ資源からディーゼル燃料やジェット燃料を得る方法として、バイオエタノールから作る方法と植物油から作る方法について紹介する

政府は2050年までに温室効果ガスの排出量を実質的にゼロにするという目標を掲げています。その目標達成のため、ガソリン車の販売をやめ、電動化を推進していくと報道されています。

しかし、電動化だけが温室効果ガスゼロの手段でしょうか。特にトラック・バス、航空機の電動化はかなり困難ですし、災害時や有事の際に電気の供給が停止する可能性あることを考えれば、すべて電動にすると災害多発国である我が国は大きなリスクを抱えることになります。

ではどうするか。緊急車両や物資の輸送にも使われ、燃料を備蓄できることもできるディーゼル車は残すべきだと私は思います。
では温室効果ガス排出量ゼロという目標はどうするのか。

ここでは温室効果ガスゼロを達成するには、電動化だけではなく再生可能合成燃料という手段があることを紹介します。再生可能合成燃料は水と空気(実際は空気中に含まれるCO2)を材料にして、光エネルギーを利用して作ることができ、使用しても空気中の温室効果ガスを増やしません。

さらに、再生可能合成燃料は今までの軽油やジェット燃料と取り扱い方法が同じなので、現在市販されている自動車やジェット機もほとんど改良せずに、そのまま使えます。石油輸送や石油製品の貯蔵、販売施設(ガソリンスタンド)のような現在のインフラもそのまま使えるという優れものなのです。

では、実際に水と空気と光によって燃料を作る方法として、どんな方法があるのでしょうか。様々な方法が研究されていて、そのうちのいくつかは実用段階にありますが、その主なものとしては、光合成とフィッシャー・トロプシュ合成(FT合成)が挙げられると思います。

今回はそのうち光合成について紹介します。

バイオ燃料は再生可能合成燃料

大半の植物は空気中のCO2と根から吸収した水を使って自分の体を作って成長していきます。そのときに必要なのは太陽光です。

例えば、スギやヒノキの種はとても軽くて1000粒集めても3g程度の重さしかありません。しかし、この小さな種1粒が発芽し、成長すると数100kgからトン単位の重さになります。

この重量増加は、スギやヒノキが空気中のCO2と水を原料として、光合成によって幹や枝や葉を作っていった結果によるものです。

このような植物を切り倒し、乾燥させて薪として燃やせば燃料として使えます。つまり、植物は空気中のCO2と水から作られた天然の再生可能合成燃料というわけです。このように植物を燃料として使うのが、すなわちバイオ燃料です。

人間は原始時代から薪を燃料として利用してきました。最近増え始めたバイオマス発電所も植物をそのまま燃やすということでは、基本的に原始時代からやってたことをちょっと大規模にやっているということなのです。

植物をそのまま燃やすのではなく、乾留という操作をすると、木炭という薪よりもちょっと洗練された燃料になります。また、薪や木炭と比べると量は少ないですが、樹木から採られるワックスは蝋燭として、油糧植物から取られる油脂(つまり植物油)は行灯やランプ用のような照明用燃料として用いられてきました。(現在の蝋燭は石油から作られています)

植物から薪や蝋燭のようなものではなくて、ディーゼル車やジェット機のような内燃機関で使える燃料を作ることもできます。ただし、これはそう簡単ではなく、いろいろな工夫が必要となります。

バイオエタノールからディーゼル燃料へ

自動車で使えるバイオ燃料として代表的なのはバイオエタノールとバイオディーゼルです。

バイオエタノールは、植物の中のデンプンや糖の部分を取り出して、酵母菌によってアルコール発酵させて作ります。これはお酒の作り方と同じですが、蒸留することによってアルコール濃度を100%近くまで高めたものです。

アメリカではトウモロコシ、ヨーロッパでは麦、東南アジアではキャッサバなどのデンプンが原料となり、ブラジルではサトウキビから採られた糖を原料として作られます。

バイオエタノールはガソリンと同じように常温では液体で、揮発性があり、点火すると爆発的に燃焼します。そのため、ガソリン自動車の燃料として使用することが可能です。

アメリカでは既に市販されているほとんどのガソリンにはバイオエタノールが10%加えられています。ブラジルでは20から25%のバイオエタノールがガソリンに添加されていますが、さらに100%のバイオエタノールも自動車用燃料として市販されています。

日本ではあまりなじみがありませんが、ヨーロッパや中国、東南アジアなどでもガソリンに混ぜて普通に使われています。(ヨーロッパや日本ではバイオエタノールを一旦ETBEという物質に変えて添加されています)

このようにバイオエタノールはガソリンエンジンの燃料として広く使われているわけですが、これをディーゼル車やジェット機で使えるようにならないか、という研究が世界中で進められています。

バイオエタノールと軽油やジェット燃料との大きな違いは、炭素数と酸素です。炭素数は軽油で12個から20個、ジェット燃料では9個から15個あるのに対して、バイオエタノールは炭素数が2個しかありません。

<図>バイオエタノールの化学構造

またバイオエタノールは酸素原子を1個持っていますが、軽油やジェット燃料は酸素を持っていません。

従って、バイオエタノールをディーゼル燃料やジェット燃料に転換するには、まず酸素を水に変えて外す「脱水工程」、続いて分子と分子をつなげて炭素数を大きくする「オリゴメリゼーション工程」、以上の工程で副次的に発生する二重結合を水素で消してしまう、「水素化工程」の3段階からなります。

<図>バイオエタノールからディーゼル、ジェット燃料の製造工程

このようなバイオエタノールからディーゼル燃料やジェット燃料を作る技術を開発している企業としては、Terrabon社/MixAlco社、Lanza Tech社/Swedish Biofuels社、Coskata社などがあります。

また、バイオエタノールは炭素数が2のアルコールですが、炭素数が4のアルコールとしてブタノールがあります。これもバイオ燃料の一種ですが、炭素数が多い分、ディーゼル燃料やジェット燃料を作りやすいと考えられます。

<図>ブタノール(イソブタノール)の化学構造式

バイオブタノールからディーゼル燃料やジェット燃料を作る技術を開発している企業としては、Gevo社、Byogy社、Albemarle社/Cobalt社、Solazyme社などがあります。

バイオディーゼル

大豆油やナタネ油、パーム油、ひまわり油などの植物油は、一般にそのままでも液体です(パーム油は冬場には固まって固体になります)が、ただし、粘度が高いので、そのままではディーゼル燃料やジェット燃料には使えません。

植物油の粘度を下げるのにはエステル化といわれる化学反応が使われます。これは石鹸の作り方と同じです(手作り石鹸ではなく、工業的な石鹸の製法のひとつ)ので、この方法は石鹸工場の技術者か油脂化学者が考えついた方法ではないでしょうか。

エステル化された植物油はバイオディーゼルもしくはFAME※とよばれ、軽油とほぼ同じ粘度を持つので、ディーゼル燃料として使用することができます。

※FAMEはFatty Acid Methyl Esterの略で、メチルエステル化された脂肪酸という意味です。

<図>FAMEの化学構造式(脂肪酸とメチル基がエステル結合という酸素を含んだ結合をしているため、脂肪酸メチルエステル(Fatty Acid Methyl Ester)とよばれる。

FAMEは特にヨーロッパや大量に作られて軽油に混合してディーゼル燃料として使用されていますが、アメリカ、ブラジルなどでも製造され、普及しています。

ただし、FAMEにはいろいろ問題があります。

基本的には植物油、つまりてんぷら油と近いので、てんぷら油を何度も使っていると変質してしまうように、FAMEも品質が変化しやすいという特徴があります。貯蔵中に酸化されて沈殿物ができたり、ディーゼル車の燃料ラインを詰まらせたりすることがあります。

そのため、日本ではFAMEを使用するときは軽油に最大5%しか混合できないと法律で決められています。これでは、FAMEを使うときには必ず石油から作られた軽油に混ぜることが必要となり、CO2排出量の節約になっても、ゼロにすることはできません。

また、FAMEを作るときに用いられるエステル化反応にはメタノールが使われますが、そもそもメタノールは天然ガスという化石資源から作られるので、FAMEは本当の意味での再生可能燃料ではありません。

水素化バイオディーゼル

水素化バイオディーゼルは上述のバイオディーゼルと同じく植物油を原料にしますが、粘度を下げる方法としてエステル化ではなく水素化分解という方法が使われます。

水素化分解は、石油精製でよく使われる手法で、例えば重油のように粘度の高い油種から軽油や灯油のような粘度の低い油種を作る際に使われます。「植物油の粘度を下げたいけどどうしたらいい?」と石油技術者に聞けば、だいたい誰でも考え付く方法です。

実際、この方法を最初に実用化したのはネステオイル社(Neste Oil)というフィンランドの石油会社でした。他の石油会社が実用化しなかったのが不思議ですが、石油会社にとっては植物油というと資源量が限られるマイナーな存在だったのかもしれません。

しかし、ネステオイルの成功によって、今では様々な石油関連企業が水素化バイオディーゼルの技術開発に取り組んでいますし、同じ方法でジェット燃料も作ることができます。

現在、ネステオイルはフィンランドに2基の水素化バイオディーゼルのプラントを持つ他、シンガポールやオランダにも大型の製造プラントを所有して、製造された水素化バイオディーゼルは主にヨーロッパ市場で実際に使用されています。

<図>ネステオイル社水素化バイオディーゼルプラントの例

水素化バイオディーゼルは、現在使われている軽油と品質的にほとんど同じか、あるいはむしろ良いという特長があります。例えば、水素化バイオディーゼルに含まれる硫黄分はほとんどゼロで、セタン価も従来の軽油より高いくらいです。さらに、酸化されにくいため、長期の保存が可能です。

このため、従来のバイオディーゼルが軽油に数%しか混合できなかったのに対し、水素化バイオディーゼルは完全に軽油の代わりに使うことができます。

なお、水素化バイオディーゼルの製造にあたっては水素が必要となります。水素は石油や天然ガスから作られることが多いのですが、水素化バイオディーゼルの製造に当たっては、その製造時にプロパンが副生するので、このプロパンと水を原料として水素を作ることができます。そうすれば、まったく化石資源を使わずに製造することが可能となるわけです。

さらに最近注目されているのが、バイオジェット燃料の製造です。植物油から作られたジェット燃料をバイオジェット燃料と言います。

既に述べたように、ディーゼル燃料の炭素数は12個から20個であるのに対して、ジェット燃料は9個から15個と少し少ないので、水素化バイオディーゼルを軽く分解(クラッキングといいます)して炭素の数を減らしてやれば、ジェット燃料とすることができます。

この分野には、ネステオイルのほかにUOP社やAemetis社、Chevron社/Lummus Global社など多くの企業が参入して技術の開発にしのぎを削っています。日本のJALやANAでも試験的にこのジェット燃料を使用してきましたが、近い将来はバイオジェットによって定期運航を行うことを予定しています。

バイオ燃料は広い農地が必要

バイオ燃料が再生可能合成燃料として、水と空気と光から作られるとしても、もちろんいろいろな問題があります。

その一番大きなものは、原料作物を作るために広い土地が必要だということでしょう。

日本には残念ながら、海外のような広大な農地がありません。

私もバイオ燃料の調査のため、ブラジル、カナダ、マレーシアに行ったことがありますが、ここでは見渡す限りの広大な農地があり、それぞれサトウキビ、ナタネ、パームヤシが栽培され、砂糖、ナタネ油、パーム油が食料と同時にバイオ燃料の原料として栽培されていました。

アメリカのトウモロコシ栽培地帯(コーンベルト)には残念ながら行った事はありませんが、ここもやはり広大な農地が広がってます。

<図>ひまわり油採取用ひまわり畑の例(ミャンマー)(筆者撮影)

このような広大な農地がない日本では、従来の方法でバイオ燃料を作るのはかなり難しいと思われます。もちろん、現在も軽油やジェット燃料のもととなる原油のほとんどを日本は輸入に頼っているのですから、バイオ燃料を輸入するという方法もあると思われます。

ただ、国内資源でも再生可能合成燃料を作る方策がないわけではありません。次回はこのような方法について、紹介していきたいと思います。

2021年1月24日

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