最近あまり聞かなくなったが、かつてバイオガソリンというものが話題になったことがある。ガソリンスタンドでガソリンを入れるとレシートにバイオガソリンですと書かれていることがあった。このバイオガソリン。いまはどうなっているのだろうか。
実は、今でもバイオガソリンは販売されていて、ガソリンスタンドで給油すると、それがバイオガソリンであるということも珍しくない。ただ、特に宣伝もしていないので、そうとは知らずに使っている人も多いのではないだろうか。
バイオガソリンはどうして始まったのか、今はどうなっているのか、将来はどうなるのかについて解説したい。
バイオガソリンの目的
バイオガソリンはバイオエタノールを混合したガソリンのことである。バイオエタノールの原料はトウモロコシやサトウキビなどの農作物である。これらの作物は生育時にCO2を吸収して、それをでんぷんや糖に変えて保存しているわけだが、そのでんぷんや糖を原料として作られた燃料がバイオエタノールだ。
だから、バイオエタノールを燃やせばCO2が発生するが、それはもともと植物が吸収したCO2を空気に戻しているだけなので空気中のCO2を増やすことはない。原料として石油や石炭など化石燃料を一切使っていないので、当然そういうことになる。だから、ガソリンの代わりにバイオエタノールを使えば、空気中のCO2濃度を増やさないので気候変動対策になるというわけである。
バイオエタノールはそのほかにもいろいろ効用があるのだが、わが国では主に気候変動対策としてガソリンの代わりに使っていこうという政策が取られている。
バイオガソリンには2種類ある
バイオガソリンには、ガソリンにバイオエタノールを直接混ぜる直接混合方式と、バイオエタノールを一旦ETBEというものに転換してからガソリンに加えるETBE方式がある。
実は、バイオガソリンという名称は、正式にはETBE方式によるものを指す。これはENEOSなど日本の石油会社が連名でETBE方式を使ってガソリンバイオエタノールを添加したものをバイオガソリンという名称で商標登録しているからである。ただ、バイオガソリンというのは語呂がいいので、直接混合方式を使ったものについてもバイオガソリンという名称が使われることがある。
バイオガソリンが話題に上ったのは2007年頃からであるが、それに先立つ2005年、環境省が「エコ燃料利用推進会議」という委員会を設置してバイオエタノールをガソリンに混合するスタディを開始した。
環境省は民間機関にバイオエタノールの利用についての調査を委託。それによると米国やブラジルではすでにバイオエタノールをガソリンに混合して販売されており、日本も見習うべきだと結論付けられた。
ガイアックス問題
しかし、このころガソリンについてちょっとした問題が起こっていた。それはガイアックスという高濃度アルコール燃料が発売されたことである。ガイアックスはガソリンに50%以上のアルコールやエーテルといった有機溶剤を混ぜたもので、1995年頃から販売が開始された。
販売元のガイアエナジー社は、ガイアックスは半分以上がガソリンではないので、ガソリン税を支払う必要がないと主張し、その分安売りをしたのである。揮発油税は1リットルあたり53.8円もかけられているから、これを支払うのと支払わないのとでは小売価格に大きな差が出ることになる。
しかし、当時、市中を走っている自動車はこのような高濃度のアルコール類を含む燃料を使うことは想定されていない。その結果、ガイアックスを入れた自動車では、すべてではないが一部の車種で不具合が頻発することになった。特に走行中に車両から燃料が漏れて火災に至る事件まで発生したことから、運転者の人命にもかかわると問題にされた。
このため、経済産業省は品確法(揮発油等の品質確保に関する法律)という法律を改正してガイアックスのような高濃度のアルコール類を含むガソリンの販売を禁止しようとした。ここで問題になったのが、環境省が推すエコ燃料だ。エコ燃料はガソリンに10%のバイオエタノールを混合することを想定しているが、これだと改正品種法に抵触する恐れがある。
バイオエタノール混合率3%で決着
では市中を走っている車両の燃料として、バイオエタノールをどの程度入れたら障害が出るのだろうか。自動車工業会はガソリンに濃度を変えてバイオエタノールを混合したいくつかのサンプルを作り、このサンプルを実車に使って問題が出るかどうかの詳細な実験を行っている。それによると、3%までならバイオエタノールをガソリンに混ぜても問題ないという結論であった。
これを受けて、品確法ではエタノール混合率を3%以下に規制するとすることで決着して、2003年に改正された。これによって、ガイアックスのような高濃度アルコール燃料は市販が禁止され、エタノールは3%までなら販売が認められることになったというのが経緯である。
直接混合方式とETBE方式が両立
一方、このころ自動車業界は石油業界に対してETBEの採用を要望してきた。ETBEはバイオエタノールと石油から採れるイソブテンという化合物を合成した物質で、バイオと石油のハイブリッド燃料ということができるだろう。なぜ自動車業界がETBEを推してきたかというと、それは化学構造をみればわかる。
ガソリンは様々な炭化水素が混ざったものであるが、この図ではその代表的なものであるイソオクタンとETBEを比較している。ちなみにイソオクタンはオクタン価の指標となる物質で、イソオクタンのオクタン価を100と定義して、オクタン価が決められている。
この図でわかるように、ETBE とガソリンの化学構造は非常によく似ている。もちろんETBEの性状もガソリンとよく似ているから、ガソリンに混ぜても大きな問題は生じない。
これに対してバイオエタノールの分子構造はこちら。ガソリンとは全然違っていることが分かるだろう。
このため、バイオエタノールをガソリンに直接混合する方式では、急に蒸発量が多くなって、光化学スモッグの原因になるとか、自動車部品を損傷するとか様々な弊害が発生する。それに対して、 ETBEはそのような問題はほとんどおこらない。つまりETBEはバイオエタノールに比べて自動車に優しい燃料なのだ。
米国やブラジルのように従来からバイオエタノールを採用してきた国々では、車両側でバイオエクノールへの対応が済んでいるから直接混合方式でいいが、欧州のようにバイオエタノールの採用が少し遅れた国々ではETBEを使っている国が多かった。
例えて言えば、直接混合はストレートウイスキー、 ETBEはカクテルという位置づけだろう。お酒の通はストレート、初心者は口当たりのよいカクテルという具合である。
そういうこともあって、日本ではバイオエタノールの利用法として直接混合方式とETBE方式の両方が認められることになった。
バイオエタノールの国内生産と輸入
このようにして、わが国でもバイオエタノールをガソリンに混ぜて使っていこうという機運が高まっていったわけであるが、では肝心のバイオエタノールをどう入手するのだろうか。
「エコ燃料利用推進会議」を立ち上げた環境省は国内生産にこだわった。バイオエタノール導入実証事業を立ち上げ、北海道から沖縄まで全国数か所でバイオエタノールを製造するプロジェクトを開始した。また、農水省は新潟県でコメを原料としたバイオエタノール生産販売プロジェクトを立ち上げた。このプロジェクトの多くが、3%のバイオエタノールをガソリンに直接混合して販売する方式であった。
しかし、残念ながらこれらのプロジェクトはすべて失敗して、現在燃料用のバイオエタノールを生産しているプラントは日本にはない。なぜ失敗したのか。主な原因は採算の問題である。米国やブラジルは広大な面積の農地を使って機械化された農法で栽培するのに対して、わが国のような小規模な農業では経済的に太刀打ちできない。少なくともバイオエタノールはガソリン価格と同等の値段で製造しなければならないのだが、わが国の場合は原料栽培段階で既にガソリン価格を上回ってしまう例もあった。
一方、これとは別に経済産業省は石油業界に対して原油の熱量換算で年間21万キロリットル相当のバイオエタノールをガソリンに混ぜて販売するよう要請した。これは直接混合方式でもETBE方式でも構わない。
これを受けて石油業界はETBE方式を採用して、2007年から試験販売を開始した。これがバイオガソリンの始まりである。そして2010年度には目標の年間21万キロリットルの目標を達成している。
この石油業界が販売しているバイオガソリンの原料となるバイオエタノールについては、現在は全て輸入である。 ETBEを直接輸入あるいは、バイオエタノールを輸入して国内のプラントでETBEに加工してガソリンに添加ししている。
(石油業界は一時期、環境省が推進したバイオエタノール実証プロジェクトのうち北海道で行われたテンサイを用いたプラントから国産バイオエタノールを購入して、ETBEに転換した上でガソリンに混合していた。ただし、これも採算が悪く結局は撤退しており、現在はすべて輸入となっている)
現在と将来、そしてE10ガソリンへの移行
このような経緯を経て、現在もバイオガソリンはガソリンスタンドで売られている。最近は特にバイオガソリンと断ってはいないだけで、ふつうのガソリンと同じように販売されているのだ。といっても一般消費者はバイオガソリンとそれ以外のガソリンの違いは分からないだろう。
現在、バイオエタノールの当初の導入目標であった21万キロリットルは、50万キロリットルに引き上げられ、2027年まで、このレベルが続けられる予定である。ただ、この50万キロリットルという目標は日本のガソリン全販売量4,450万キロリットルのうちわずか1.1%に過ぎない。
これでは、気候変動対策としては物足りない。そこで今後、もっとバイオエタノール混合量を増やしていこうという動きがある。とりあえずの目標は米国と同じように10パーセントまで引き上げるということになるだろう。
しかし、ここまでバイオエタノール混合量を増やすと国内のETBE生産能力もETBEの原料となるイソブテンも足りなくなる。そうなれば、日本のガソリンもバイオエタノールの直接混合に切り替えていかなければならなくなるだろう。10%のバイオエタノールを直接混合したガソリンをE10と呼んでいる。
実は、自動車業界もこのことを見込んで、2007年頃からE10対応車の製造を始めている。だから、すでに市中を走る車のうちかなりの割合がE10対応車になっていると考えられる。つまり、車両側ではE10対応の準備ができてきた。あとは燃料側でE10をどう供給するかという話だろう。つまり、ETBEという口当たりのよいカクテルを卒業して、今後はちょっと強めのストレートでという話である。
ただ、E10への切り替えはETBEのように簡単にはいかない。どこでバイオエタノールをガソリンに混ぜるのか、E10対応車でない車はどうするのか、ガソリンスタンドによって普通のガソリンとE10を売り分けるのか、価格はどうするのか。いずれにしても、ガイアックスの時のように車両側にダメージを与えることだけはやってはいけない。そんなことをすれば消費者の信頼を一気に失ってしまうことになるだろう。
2024年11月7日*2
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