HV+バイオ燃料という選択肢でエンジン車は生き残る 

トヨタがブラジルでバイブリッドフレックス車を開発

2023年4月、トヨタはブラジルのサンパウロ州内のソロカバ工場におよそ450億円を投資して、ハイブリッドシステムを搭載したフレックス車小型車の生産を始めると発表した。今年(2024年)にも販売を始め、 22か国に輸出するという。 

トヨタがブラジルで開発したフレックスHV車

フレックス車というのは、ガソリンでもバイオ燃料の一種であるバイオエタノールでも、どちらの燃料でも走行可能な車のことだ。ブラジルはバイオエタノールでは世界第二位の生産国であるからその使用量も多い。そのためフレックス車も普及しており、ブラジルで新規に販売される車の実に80%近くがフレックス車なのだ。トヨタはHVのフレックス車をブラジルで製造して、国内販売だけでなく輸出もしようという話だ。

エンジン車は生き残れないかもしれない

昨年、欧米では電気自動車(EV)の販売が頭打ちとなり、替わってハイブリッド車(HV)の販売が大幅に伸びていると報道されている。これを受けて、EVはもう終わりとか、トヨタの選択は正しかったとか、エンジン派の人たちは勝ち誇ったように喧伝している。しかし、HVを含めてエンジン車は将来生き残れないかもしれないと筆者は心配している。

というのは、将来はガソリンにしろ軽油にしろ、石油を使う自動車はいつかは使用が禁止されることになるからだ。日本を含め欧米の先進国の多くは2050年までにカーボンニュートラル(以下CN)を達成することを宣言している。これを達成するためには、どう考えても石油の使用を劇的に減らさなければならない。HVも純ガソリン車ほどではないとしても、石油から作られたガソリンを使うエンジンを持っている限り、この制約を受けることになるだろう。

米国のCAFE規制

具体的な話をしよう。米国は1970年代からCAFE規制といわれる自動車の燃費を規制している。CAFE規制とは自動車メーカー別の平均値に規制をかける方式である。ある年に販売した全ての車両の燃費を加重平均し、その値を規制する。下の表は米国省が示した燃費の基準だ。ガソリン1ガロンで何マイル走るかを示しているが、これから年々厳しくなっていくことを示している。

表l 乗用車、小型トラックの燃費基準値案(1ガロン当たりの走行マイル数)
(出所) NHTSA

もしこの規制値をクリアできなければどうなるのか。そのときはカーメーカーは罰金を払うか、規制をクリアしたメーカーからクレジットを買ってこなければならない。

当然、ガソリンを使わないEVを持っているメーカーは有利だ。実際、米国のEVトップメーカーであるテスラ社は昨年(2023年)、クレジットを売却することによって17億9000万ドル(約2700億円)もの利益を得ている。 EVの販売が鈍化したとはいえ、テスラはクレジットの売却でおおいに潤っているのだ。

ということで米国のカーメーカーは燃費の良い車の販売にやっきになっている。といってもEVの販売を一気に増やすのは障壁が大きいから、いまのところEVよりも価格の安いHVの販売を増やしているというのが現状というわけだ。

もともと米国は燃費の悪い純ガソリン車の販売シェアが大きいから、まずやることは純ガソリン車からHVに変えること。これでずいぶんと平均燃費はよくなる。昨年、HVが売れたのはEVがダメなのではなくて、純ガソリン車からHVへの買い替えが進んだということだ。

当面は、この状況は続いてHVが売れ続けるだろうが、今後CAFE規制がもっと厳しくなればHVでもこの規制値に適合することはできなくなる。

CAFE規制を統括しているNHTSA(国家幹線道路交通安全局)によると2032年には1マイル当たりの燃料消費量は66.4ガロン以下となる。これは28.2Km/ℓに相当する。このあたりでHVは限界となるだろう。

欧州の規制

では欧州はどうか。昨年、EUが2035年からCO2を排出する乗用車の販売を禁止するという決定を発表して話題になった。2050年にCNを達成するためには、乗用車の寿命が15年として、その15年前、つまり2035年ころには石油を使う車の販売をやめなければならないという計算だ。

これが、わが国のメディアではEUがエンジン車を禁止するとか、 EVしか認めないとか間違って報道されているが、正確にはCO2を排出する車の販売を禁止するのであり、エンジン車禁止でもEV以外認めないということでもない。

EUは一気にCO2ゼロを進めるわけではなく、中間目標を設定している。それは2030年までにCO2排出量を2021年比で55%削減することだ。このあたりからHVでは苦しくなってくる。そしてこのままいけば、純ガソリン車はもちろん、HVでも2035年以降は販売ができなくなる。

HV+ e-fuelという選択肢

ではエンジン車はこれから生き残れないのだろうか。そうではない。EUは日本で間違って報道されているようにエンジン車がだめだと言っているわけではなく、CO2を排出する車がだめといっているわけで、ここに抜け道がある。その例が空気中のCO2を回収して、それと水素とを反応させて作られたガソリン、つまりe-fuelだ。

e-fuelを使ってもエグゾーストノズルからは確かにCO2が排出されるが、これはもともと空気から回収したCO2だから、CO2を排出したことにならない。というのがe-fuel開発会社の理屈である。

この理屈が認められてe-fuel専用車ならば2035年以降も販売が認められることになった。だからエンジン車でe-fuelを燃料として使うのなら2035年以降も欧州では存続が許される。

ただし、e-fuelは大量の電力を使うのでコストが高い。そんなに電力を使うのなら、その電力でEVを走らせた方が効率がいいという考えもある。ということで、e-fuelの本格的な普及はむつかしいと筆者は予想する。ではやはりエンジン車はだめなのか。

HV+バイオ燃料という選択肢

そこで考えられるのが、冒頭述べたトヨタがブラジルで生産を計画しているハイブリッドフレックス車だ。これはHVとバイオ燃料(バイオエタノール)の組み合わせということになる。

e-fuelは人工的に空気中のCO2を回収してガソリンをつくるが、バイオエタノールの原料となるサトウキビもCO2を吸収して砂糖を作る。その砂糖から作ったバイオエタノールができるわけだから、これを使って排出されるCO2はe-fuelと同様に排出していないのと同じことだ。というe-fuelの理屈がバイオエタノールでも成り立つ。

しかも、バイオエタノールは大量の電力を消費するわけでもないから、e-fuelよりもコストが安く、ガソリン並みの価格で実際にブラジルでは売られている。製造工場もあるし、製造技術も確立している。つまりHV+バイオ燃料の組み合わせで2035年以降もHVのようなエンジン車は生き残る可能性がでてくるのだ。

バイオ燃料は認められるのか

ただし、 EUは今のところCN燃料としてバイオ燃料の使用は認めていない。バイオ燃料は完全なCNではないし、食料との競合の問題があるからといわれるが、一番の理由はe-fuelを推したポルシェやアウディといった有力な圧力団体がなかったからだろう。

ただし、今後EUは電動化がむつかしいといわれているバスやトラックなどの重車両についてもCO2規制を強化していくだろう。そのときHVOと呼ばれるバイオ燃料を使うことになるかもしれない。 HVOを認めるのならバイオエタノールは認めないというわけにはいかないだろう。

では米国ではどうか。米国は世界でもっとも多くのバイオエタノールを生産し、かつ自動車燃料として消費している国である。実際、この国で売られているガソリンのほとんどには10%のバイオエタノールが添加されている。この国が今後、バイオエタノールの使用をやめるとなるとその影響は大きい。

今年2月、トウモロコシ生産者の団体がバイデン政権に対して、バイオ燃料の利点を見直すべきだとの意見書を提出している。それによると消費者はEVに対して充電ステーションへのアクセスなどさまざまな問題に懸念を抱いており、まだ積極的にEVを採用する段階にない。その点、バイオエタノールなどのバイオ燃料なら気候変動対策として即座に対応できると主張している。

バイオエタノールの問題点

ただ、バイオエタノールについては、いくつかの問題点が指摘されている。そもそも、バイオエタノールはほんとうにCNになるのか、今後、増産が可能なのか、食料不足をおこさないか。といった点である。

バイオエタノールは原料作物の栽培時に使われる農業機械の運転や肥料の製造時、製品の輸送時に石油が使われれば、そのとき排出されるCO2はカーボンニュートラルではない。ただ、それを考慮してもブラジルやアルゼンチンで製造されたバイオエタノールのCO2発生量はガソリンに比べて70%程度少ない。

これは、ブラジルやアルゼンチンではバイオエタノール工場の動力源としてサトウキビの搾りかす(バガス)を使っているからである。今後、農業機械や輸送機械にもバイオ燃料を使うようになれば、もっとCO2削減効果が増えるだろう。

次に増産の可能性であるが、日本のような狭い国土に住んでいるとスケール感が違うのだがブラジルや米国に行くと国土の広さに驚かされる。まっ平な土地に地平線までトウモロコシやサトウキビが植えられている。この広大なサトウキビ耕作地でも実はブラジル国土の僅かに0.6%に過ぎないのだ。それで世界第二位のバイオエタノールを生産している。

また、ブラジルやウルグアイ、アルゼンチンにはパンパと呼ばれる大草原地帯が広がっている。このパンパのうちのなんと1%程度をサトウキビ栽培地に転用すれば現在のバイオエタノール生産量を2倍にすることができるという。おそらく、そのような土地は世界中探せばまだまだ多くあるだろう。

南米諸国の土地利用状況

あとよく非難されることに食料との競合がある。この食料難のときに食料をもやすとはケシカランという話である。しかしながら、国連の報告によると世界の人口増加率は下がりつつあり、今世紀後半から人口増加は止まると考えられている。

それどころか日本をはじめとする先進国はむしろ人口減少が始まっているのはご存じのとおりである。世界で生産される穀物は人が食べるだけではない。牛や豚、鶏などの飼料となって裕福な先進国の人々の胃袋に収まっている。

その先進国で人口が減ってくるということは飼料用の穀物需要が減るということであり、むしろ食料が余る。農業にとっては非常に苦しい状況になりかねない。であれば余剰穀物を使ってバイオ燃料を作ればいい。つまり、農業で食料を作るのでなくエネルギー源を作るという新しい農業の形ができるのだ。

今後の動向を注視

2050年のCN目標を達成するためには、石油を原料としたガソリンや軽油を使うことは禁止されることになるだろう。一方、電力については再生可能エネルギーや原子力を使えばCNを達成することができる。

ならばその電力で走るEVならCN目標を達成することができるというのが、EUや米国の発想だが、バイオ燃料でもCN目標を達成することは可能だ。今後、トヨタがブラジルでやり始めたように、HV+バイオ燃料という選択肢もあるのではないだろうか。

世界には必ずしもEVが使える環境の国ばかりではないし、大型車や航空機など電化が難しい分野もある。あるいは災害時や戦争によって送電線が破壊されればEVは使えなくなる恐れもある。EV一辺倒ではなく、バイオ燃料の使用、とりわけ燃料消費量の少ないHVとの組み合わせも選択肢としてあるのではないだろうか。

2024年3月31日

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