2024年11月、資源エネルギー庁は2030年度までにE10ガソリンを導入する方針を固めた。あわせて2040年度からE20ガソリンの供給開始する。※
E10、E20とはバイオエタノールを10%および20%含むガソリンのことだ。つまり、われわれが普段何気なく使っているガソリンが2030年頃までにE10あるいはE20というガソリンに代わってしまうということだ。この記事ではE10ガソリン導入の目的や効果、そしてどうして日本ではE10の導入が遅れたのかについて解説したい。
※総合資源エネルギー調査会資源・燃料分科会脱炭素燃料政策小委員会(第1 7回)
なお、バイオエタノールというガソリンとは違った成分をガソリンに添加しても自動車側には何か問題は発生しないのだろうか。その心配ももっともなのだが、その件については、次回の記事で解説したいと思う。
E10導入の目的
バイオエタノールを混合したガソリンは「E+混合率」で示される。例えばバイオエタノールを10%含むものはE10、20%ならE20、100%ならE100といった具合だ。
日本ではあまりなじみのないE10ガソリンだが、世界的にはガソリンにバイオエタノールを添加することは当たり前に行われている。多くの国々ではE10だが、ブラジルではE27、インドは2025年からE20の導入が始まる予定である。さらに、米国ではE85、ブラジルではE100も販売されている。もう、海外ではガソリンにバイオエタノールを添加して使うことは普通に行われていることなのだ。
世界のバイオエタノール利用状況(経済産業省資料)
バイオエタノールを自動車用燃料として使う目的はいろいろある。最も早くバイオエタノールガソリンを採用したブラジルは、1970年代に発生した石油ショック時の原油価格上昇対策としてバイオエタノールを導入した。当時まだ貧しい国であったブラジルは、原油を購入する外貨を節約するために国内産のエネルギー源であるバイオエタノールを導入した。
また、バイオエタノールはトウモロコシや小麦のような農作物から生産されるため、欧米では余剰農作物対策という農業振興の目的もあった。さらに、米国は大気汚染対策としてバイオエタノールのような含酸素化合物の使用を義務付けたこともあるし、オクタン価向上剤としての役割も期待されている。
そして、近年注目されているのが気候変動対策だ。バイオエタノールはカーボンニュートラルであるため、燃やしても地球温暖化の原因となる空気中のCO2濃度を増加させない。日本がE10を導入する主な目的がこれだ。
なぜ、日本はE10導入が遅れたのか
このように世界ではガソリンにバイオエタノールを添加することは普通に行われているのに、日本はなぜ世界に比べてE10の導入が遅れたのだろうか。一番大きな理由は、日本には農業振興という目的がなかったことだろう。
欧米では余剰農作物対策としてバイオエタノールの製造が奨励されたという経緯がある。日本でも、戦後の食料不足のあと、1970年代に入って今度は米が余り始めた。その対策として減反政策、つまり米を栽培しないことが奨励されたのである。このような事情は欧米でも同じであり、農作物が余剰となり始めた。
その対策として日本と同じように減反も行われたが、それに並行してバイオ燃料が導入されていったのである。意外かもしれないが、日本でも欧米でも食料が余剰であり、だからバイオエタノールが導入されたという側面があるのだ。
日本でも一時期、国内農作物を使ってバイオエタノールを製造しようとするプロジェクトが進められたことがある。例えば、北海道のテンサイ、新潟のコメ、沖縄のサトウキビなどを使ってバイオエタノールを製造し、これをガソリンに混合して販売しようとしたのであるが、しかし、そのすべてのプロジェクトが失敗に終わっている。
その理由は経済性。つまり採算が取れなかったということが大きい。米国やブラジルのように大規模で機械化された農業に比べると日本ではやはり割高になる。例えば米国のバイオエタノールの場合、その製造原価の80%が原料費、つまりトウモロコシ代である。このことからわかるように、原料価格がバイオエタノール製造コストを大きく左右する。
このように、我が国には農業振興という目的がなかったことが、E10導入が遅れた大きな原因であろう。バイオエタノールが国内で生産できなければ、バイオエタノールを輸入してまでE10を導入する意味があるのかと考えられたわけである。
しかし、ここにきて日本でもE10を導入しようとされているわけであるが、その理由は何なのだろうか。それはバイオエタノールが気候変動対策なるということである。
E10は本当に気候変動対策になるのか
地球温暖化を原因とする気候変動が深刻になっている。それは近年の夏の猛暑をみてもわかるように、いよいよ温暖化が実感として認識されるようになってきたということである。そして温暖化の原因が人工的に排出されるCO2であることは、もう疑う余地がないのだ(IPCC第6次報告書)。
日本は2050年までに人工的に発生するCO2と吸収されるCO2を同じにする、いわゆるカーボンニュートラルを目指すと宣言している。これは日本に限らず世界の多くの国々が同様の宣言をしている。
2050年にカーボンニュートラルを実現するためには、計画的に化石燃料の使用を減らしていき、2050年にはほぼゼロにしなければならない。その一環としてバイオエタールを導入して、その分石油を減らしていこうというのが経済産業省の道筋である。
バイオエタノールも燃やせばCO2が排出されるが、それはもともとバイオエタノールの原料となるトウモロコシやサトウキビが成長過程で取り込んだCO2から来たものであり、それ以外は考えられない。そのため、バイオエタノールを燃料として使用しても空気中のCO2濃度を増やさないというということになる。つまりカーボンニュートラルというわけである。
ただし、この関係はバイオエタノールを燃やしたときに排出されるCO2についてのみ成り立つ。バイオエタノールの原料となるトウモロコシやサトウキビの栽培時に軽油を燃料とするトラクターを使い、製造工程で天然ガスを使い、また製造されたバイオエタノールを輸送するときにタンカー動力として重油が使われる。
これらの動力源として化石燃料を使えは、そこで排出されるCO2はカーボンニュートラルではない。また、栽培時に窒素肥料を使えば肥料の原料となるアンモニアを製造するときに化石燃料が使われるから、これも大量のCO2を排出することが知られている。
製造から消費に至るまでの、いわゆるライフサイクル全体でのCO2排出量の中にはこのようなカーボンニュートラルでないものも含まれるから、これをバイオエタノール自身のCO2削減効果から差し引かなければならない。
この二つの表は、バイオエタノールのライフサイクル全体でのCO2排出量を資源エネルギー庁がまとめたものである。確かに、バイオエタノールはカーボンニュートラルではないCO2を排出するが、それを差し引いてもガソリンをそのまま燃料として燃やした場合と比較して、バイオエタノールは米国産で約6割、ブラジル産で約7割、CO2排出量が少ない。つまり、バイオエタノールを自動車燃料として使えば、ガソリンを使ったときより6~7割のCO2排出量を減らせることになる。
ちなみに、自動車のCO2削減対策として導入が進められているのが電気自動車(EV)である。EVは走行時にはCO2を排出しないが、その電力を作るために火力発電所でCO2を排出している。現在の日本の電力構成では火力発電の割合が70%に及ぶから、EVによるCO2排出削減効果は単純に考えてガソリン車の3割程度しかないことになる。
そう考えると、バイオエタノールはEVよりむしろCO2削減効果が大きいということになる。 (ただし、将来再生可能エネルギーの割合が増えてくればEVのCO2削減効果はもっと大きくなるわけであるが)
エネルギー安全保障
さらに、バイオエタノールにはエネルギー安全保障の観点からも利点がある。バイオエタノールの輸出国は米国やブラジルのような日本の友好国である。日本は国産エネルギー源が乏しいので、いずれは輸入せざるを得ないが、政情が不安定な中東の石油に頼るより、安定した友好国から一部でも輸入した方が安全保障上は有利である。E10導入はエネルギー源の多様化にも一役買うことになるのだ。
2024年12月28日*5