[石油の疑問] EVが普及したら余ったガソリンはどうするのか

地球温暖化の原因はCO2。これはもう疑う余地がないとIPCCの最新報告書で述べられている。これを受けて、いま世界中でCO2の排出を抑制する政策が進められている。そして、日本をはじめ世界の主要国は2050年までにCO2発生量を事実上ゼロにする。つまりカーボンニュートラルを達成するという目標を掲げている。

では、どうやればカーボンニュートラルを達成できるのか。実は、理屈はそれほど難しい話ではない。CO2は石油や石炭、天然ガスといった化石燃料を燃やすことにより発生するのだから、化石燃料の使用を止めればいいと、実に簡単な話なのだが、もちろんそれが難しい。

発電については、化石燃料を使う火力発電を太陽光、風力、水力といった再生可能エネルギーや原子力に更新すればCO2は発生しない。2024年時点で、すでに日本の総発電量に占める再生可能電源の割合は25%、つまり4分の1に達しているのだ。やがて、発電部門では近い将来、カーボンニュートラルかそれに近い状態を達成できるだろう。

しかし、問題は乗用車やトラック、バスなどの輸送部門である。相変わらずガソリンや軽油を燃料としていたのでは、いくら発電部門が頑張っても日本全体としてカーボンニュートラルは達成できない。

そこで、導入が進められているのが電気自動車(EV)である。発電部門でカーボンニュートラルが達成できれば、その電力を使って走る車もCO2排出量ゼロとみなせるからだ。

もちろん、EVが普及するかどうかについては、様々な疑問を持っている人も多い。そのひとつが、今回のテーマ。EVが普及したら、ガソリンは使われなくなる。では余ったガソリンはどうするのかという疑問である。

1.EVが普及したらガソリンは余るのか

ガソリンはもちろん原油から作られる。日本は原油のほとんどを海外からの輸入に頼っているわけであるが、輸入された原油は国内の製油所でまず、沸点の差によって、いくつかの部分に分けられる。

沸点の低い方からLPG、ナフサ、ガソリン、灯油、軽油、重油、アスファルトという具合である。これらの、沸点によって分けられた部分を「留分」という。

自動車や家電製品のようなアセンブリー型の工場では、さまざまな部品を工場に運び込み、それらの部品を組み立てて製品を作っているが、石油精製は逆に、原油という一種類の原料を蒸留によってさまざまな部品、つまり留分に分けている。

このように、ひとつの原料から一緒にできてくる製品を連産品というが、石油製品は典型的な連産品だ。
連産品の問題は、ある特定の製品だけを製造することができないということだ。石油精製の場合は、ガソリンだけ、灯油だけ、あるいは軽油だけを作る、あるいは作らないということはできない。みんな一緒にできてしまう。

ということなら、EVの導入が本格化して、ガソリンが売れなくなったら、ほかの石油製品と同時に出てくるガソリンはどうするのだろうか。売れ残って余ってしまうのではないか。

逆にガソリンが余るといって石油精製量を減らしたら、灯油や軽油ができなくなる。あるいは石油から作られるプラスチックなどの石油化学製品も作れなくなるという事態にならないか。

結論から言うと、EVが短時間で急激に普及するような事態は別として、少しずつ時間をかけてガソリン車と置き換わっていくのなら、対応は可能である。決して余ったガソリンを海に捨てるとか、プラスチックやその他の石油製品が作れなくなるということはない。
その理由を説明しよう。

2.ガソリンだけ生産量を減らすことは可能

原油を蒸留すると、様々な留分が一定の割合でできてくるのは事実であるが、それは最初に行う蒸留工程の話である。そのあと、非常に複雑な工程を経て各種の石油製品が作られるが、その過程で製品の製造割合は調整されるのである。

この図は、石油製品の得率と実際の需要割合を示したものである。

図 石油製品の得率と実際の需要割合

この図から分かるように、石油留分の得率と実際の需要割合とはかなりのギャップがある。石油を蒸留して得られる留分のうち、ナフサとガソリンは大幅に足りない。逆に重油は蒸留工程では大量に出てくるにも拘らず、実際に売れる量は非常に少ない。

これはどうやって調整しているのかというと、製油所では重油からガソリンを作って調整している。つまり余った重油から不足するガソリンを作れば、重油の余剰とガソリンの不足が一挙に解決する。

石油製品は連産品なので、量の調整はできないと言われることが多いが、それは非常に古い知識であり、現在ではかなり自由に生産量の調整はできる。実際に日本で売られているガソリンの半分くらいが重油から作られたガソリンなのだ。

高度成長期、日本では全国総合開発計画(いまや懐かしい言葉だ)に基づいて、日本各地に石油化学コンビナートがつぎつぎと作られていった。そのころ、コンビナートの中核となる製油所の主な石油製品は今とはだいぶ違って重油とナフサだった。

重油は発電に使われ、ナフサはプラスチックや合成繊維その他の様々な化学製品の原料として使われた。ガソリンはどちらかというと余り気味だったのである。

ところが、日本でもモータリゼーションの波が押し寄せて、マイカーを持つ人が増えていき、その結果、ガソリン消費量が増えて行った。またトラック輸送も増えたので軽油の需要も増えて行った。

一方、二度の石油ショックを契機として、石油火力発電の新設が禁止されることになった。その結果、重油が余り、ガソリンや軽油が足りないというギャップが起こり始めた。

そこで導入されたのが、重油からガソリンや軽油を作る流動接触分解装置や水素化分解装置といった装置群である。このような装置は、重油のような黒い油からガソリンのような白い(透明な)油を作ることから白油化装置ともいわれている。

このような当時新鋭だった高度な分解装置が導入されたおかげで、原油から作られる石油製品の割合は、かなり自由に調整できるようになっていき、従来いわれたような原油を精製してできる石油製品の割合は決まっていて、変更ができないという話は今では遠い過去の話となっている。

話をもどそう。EVが普及してガソリンが余ったらどうするのかという話である。現在のところガソリンは大幅に不足しているので、重油を分解することによって生産量を増やしている。だから、ガソリンが余るのなら、とりあえずは重油を分解しなければいいということになる。つまり、ガソリンの消費量が減っても、ある程度の調整は可能なのだ。

3.ガソリンはプラスチックなど石油化学の原料として使える

さらにガソリンが余ってきたらどうするか。そのときは、プラスチックなどの石油化学製品に原料として使うことになるだろう。

プラスチックや合成繊維、合成ゴムなど様々な化学製品が石油から作られていることは多くの人が知っている。その原料は現在は主に石油を蒸留して得られるナフサから作られている。

わが国の石油製品のうち、最も需要が多いのがガソリンであるが、その次がナフサだ。そのため、わが国ではナフサが足りなくて、大量に輸入している。それくらいわが国はプラスチックや合成繊維の生産量が多いということである。

ナフサをナフサクラッカーという装置で処理するとエチレンやプロピレン、ブタジエンといった化合物ができてきて、これらが石油化学の基本的な原料となる。

そのナフサクラッカーでナフサではなくガソリンを処理しても、実は同じようにエチレンやプロピレンができるのである。だからEVが普及してガソリンが余るのなら、ナフサの輸入をやめて、ガソリンを使ってプラスチックなどを作ればいいということである。

ガソリン需要が減ってくれば、当面は重油を分解してガソリンを作るのをやめ、それでもガソリンが余るのならプラスチックの原料にすればいいということだ。

4.脱炭素が進めば石油の需要そのものがなくなる

2050年を目標としたカーボンニュートラルがさらに進めば、石油を取り巻く環境は単にガソリンが余剰になるだけでない。もっと劇的な変化が起こることになる。

カーボンニュートラルを達成するには、EVだけ導入してもだめだ。ディーゼル車も今までどおり軽油を燃料としていたのではCO2を排出する。石油ストーブも灯油を使ってはいけない。航空機もジェット燃料で飛んではいけない。船舶も重油や軽油を使ってはいけないということになる。

それから、これはちょっと微妙なのだが、プラスチックも廃棄されれば日本の場合は大半が焼却されてCO2になるから、これも石油を原料として作ってはダメということになるかもしれない。

そんなことでは生活ができないとお嘆きであろうか。しかし、石油抜きの生活もそれほど不可能な話ではない。ストーブはエアコンになるだろうし、ディーゼル車もEVかバイオ燃料車になるだろう。航空機もSAFといわれるバイオ燃料の導入が既に始まっている。

このように、将来はEVの普及によってガソリンが余るというのはカーボンニュートラル化の一面に過ぎず、将来はガソリンだけではなく、灯油もジェット燃料も軽油も重油も需要がなくなっていくことになる。

そうなれば、石油製品は連産品だから、ガソリンだけ余ったらどうなるのかという疑問自体が自然に解消する。ガソリンだけが余るわけではなく、石油製品は全て余剰になるからだ。将来は原油から燃料を作るという石油精製業自体が消滅することになる。それがカーボンニュートラルということだ。

話をまとめると、つぎの様になる

EVが普及すると余剰となったガソリンはどうするのか。

  • まず、重油の分解を止めてガソリンの生産量を減らすことによって対応する
  • さらに余剰となったガソリンはプラスチックなど石油化学製品の原料とする
  • 将来的にはガソリンだけではなくすべての石油燃料需要がなくなるので、ガソリンだけが余るということはなくなる

2024年8月24日

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。