脱炭素社会に向けて注目されている発電方法の一つに核融合がある。核融合の開発の歴史は長いが、最近では特に核融合に関連するスタートアップベンチャーがつぎつぎに現れている。
例えばカナダのGeneral Fusion社にはアマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏が、アメリカのCommonwealth Fusion Systems社には、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏が投資したという話が伝わってくる。また日本にも京都フュージョニアリングのようなスタートアップ企業がある。(Fusion又はフュージョンは核融合という意味)
核融合発電の燃料は無尽蔵にあり、クリーンで、しかも安全だと言われる。しかも実現に向けて様々な成果が出ており、実用化も近いと言われることがある。しかし、本当だろうか。
核融合発電はこんなに有望?
核融合については様々な利点が挙げられているが、主なものを列挙すると以下の様になる。
① 水という無尽蔵の資源から莫大なエネルギーを得られる
② 放射性廃棄物やCO2の発生がなく、クリーンである
③ 暴走の危険がなく安全である
④ 研究は進んでおり、もうすぐ実用化されようとしている
これが事実なら人類は、近々理想的なエネルギーを手に入れることになる。資源枯渇の問題も、地球温暖化の問題もすべて解決し、我々は有り余るエネルギーを手にすることができる。マスコミの記事には、様々な美しい未来を描いたものもある。
しかしながら、上に挙げた利点は核融合発電の特徴の中の、ある一面を言っているに過ぎない。実際の核融合はそれとはだいぶ違うし、ウソを言っているわけではないが、ウソに近い。いろいろと不都合な真実が隠されているのだ。
核融合発電とは何か
現在の原子力発電は核分裂という現象が使われている。ウランやプルトニウムのような重い原子の原子核に中性子をぶつけて分裂させ、このときに発生する膨大なエネルギーを発電に利用する。
燃料のウランやプルトニウムは、もちろんどこにでもあるというわけではない。ウランは鉱山で採掘され、精製、濃縮が必要となる。プルトニウムはさらに原子炉によってウランから作られる。ウランもプルトニウムも無尽蔵な資源というわけではない。
また、核分裂によって生成する物質は強い放射能を持つからこれの処分方法が問題となる。さらに燃料となるウランやプルトニウムはそれ自体で核分裂を起こして発熱するから、常に冷却しておく必要がある。もし冷却が止まれば勝手に核分裂をおこして原子炉を溶かしてしまう。福島第一原発で起こったメルトダウンはこうして発生した。
核分裂とは反対に核融合は水素のような軽い原子が融合してヘリウムのような少し重い原子になる反応である。核融合発電はこの時に発生する膨大なエネルギーを利用して行う。この反応は太陽内部で起こっている反応であるから、核融合は地上の太陽とも言われる。
燃料は水素で、水素は水を電気分解して得ることができる。水はもちろん無尽蔵にあり、電気分解に多少のエネルギーを使うが、核融合によって発生するエネルギーに比べれば無視できるほどの量である。つまり、核融合の燃料は無尽蔵に得られるといわれるのはこのためである。
核融合によって発生するのはヘリウムであり、これは人体にはほとんど無害であるし、放射能を持っていない。CO2も出さない。さらに、核融合を起こすには高温と高密度が必要であるから、もし事故が起こると、この高温・高密度が破られるため、核融合反応は自然に停止する。このため核分裂のように勝手に暴走して手が付けられなくなるということがない。
では、なぜ、このいいことずくめの核融合発電が今まで実現しなかったのか。その理由は、核融合を起こすには非常に過酷な条件を必要とするからである。まず、温度が約1億度以上で、原子核の数が1立方センチメートルあたり100兆個以上必要であり、この状態が1秒以上継続できることが最低条件である。これをローソン条件という。
核融合を目指した開発は各国で進められているが、現在はこのローソン条件をクリアする設備が現れている。しかしながら、これで核融合発電が可能になったかというとそうではない。
これを発電に持っていくまでにはまだ様々な問題があるから、これを実証するために各国が資金を出しあってITER(イーター)という実験炉がフランスに作られることになり、現在工事中である。
以上が核融合発電の現状である。着々と準備が進められているように見える。しかし、そもそも核融合発電は無尽蔵の資源を使い、クリーンで、安全なのだろうか。そして事業として実現可能なのだろうか。現実の核融合は以上のような表向きの世界とはだいぶ違っているのである。
本当に燃料は無尽蔵にあるのか
上に述べたように水素が燃料なら、燃料は無尽蔵にある。しかし、今実現しようとしている核融合の燃料は実は太陽と同じ水素ではない。ここに一番の問題がある。
現在計画中の核融合炉は水素ではなく、重水素とトリチウムを使うのである。普通の水素は軽水素といわれ、原子核は陽子1個だけでできている。しかし、重水素は陽子1個と中性子1個、トリチウムは陽子1個と中性子が2個で構成されている。
なぜ、軽水素を使わないかというと、核融合を起こすためのローソン条件がさらの過酷になってしまうのだ。だから核融合を起こしやすい重水素とトリチウムを使うことになる。
重水素は通常の水素の中に0.015%しか含まれていないので濃縮が必要となるが、一応資源量に不足はない。問題はトリチウムである、トリチウム?気づかれた方もおられるであろう。あの福島第一原発から海に放出するかしないかでも論争になっているあのトリチウムである。
トリチウムは自然界にはほとんど存在しない。原子炉中で発生するのである。しかも放射能を持っている。ではどうするか。先に挙げたITER計画ではリチウムに中性子を照射してトリチウムを製造することになっている。(トリチウムとリチウムは名前は似ているが別物)
しかし、今度はトリチウムの原料となるリチウムの資源量が問題になる。これは希少資源であり、現在のところ産地が限られている。海水にわずかに含まれるので、海水から抽出しようというアイデアもあるが、まだ実際に行われているわけではない。いまのところリチウムをどう入手するかという問題がある。
核融合の燃料は水素であり、これは海水から作れば無尽蔵にあるという触れ込みだっだのだが、実際は水素ではなく重水素とトリチウムが使われる。トリチウムはリチウムから作ることができるが、そのリチウムは希少資源である。つまり、核融合は水から無尽蔵にエネルギーが取り出せるわけではなく、リチウムという希少資源を用いなければならないのである。
放射性廃棄物が出ないのでクリーンである?
核分裂ではウランが分裂して様々な元素になり、それが次第に崩壊しながら安定な元素となる。その過程で放射線を放出する。これが放射能である。さらに燃料のウラン自体も放射能を持っている。
一方、核融合であれば、反応の結果できるのは放射能を持たないヘリウムである。これが、核融合では放射性廃棄物が出ないという根拠となっている。しかしながら、実は無害なヘリウムの他に高速中性子という厄介なものが出てくるのである。
この高速中性子は人体にはすこぶる有害である。一時期、原爆、水爆の次の核兵器として、大量の中性子をまき散らす中性子爆弾というものが研究されたことがある。中性子は鉄やコンクリートを透過するので、中性子爆弾が爆発すると戦車や艦船、建築物などには損害を与えないで、中にいる人間だけを殺害するという恐ろしい兵器になる。
そのため、核融合炉ではリチウムによって高速中性子を遮蔽するとともに、コンクリートの分厚い壁によって中性子の漏洩を防ぐことになる。核融合炉は放射性廃棄物が出ないと言いながら、核分裂炉と同じように、放射線の遮蔽が必要となるのである。
また、高速中性子は様々な材料を劣化させ、さらにその材料に放射能を生じさせるという性質もある。炉体は中性子の攻撃を受けてやがて破壊されることになるので、定期的(半年から2年ごと)に交換する必要があるという。
さらに交換した高い放射能を持つ部品はどうするのか。100年もすれば放射能は十分低下すると、事も無げにいう科学者もいるが、100年というのは一般常識からすれば短い期間ではない。さらに非常に高い放射能を持ち、人間が近寄れない炉体をどうやって交換するのか。
そもそも、このような大量の高速中性子はいままで人類が経験したことがないので、どのような影響がでるのか正確には分かっていないのである。
このように確かに核融合反応によって放射能を持つ核種は出てこないが、危険な高速中性子が出てくるし、放射能を持つ廃棄部品が出てくる。さらに燃料となるトリチウム自体が放射能を持つ。核融合は放射性廃棄物が出ず、クリーンであるとはとても言えないものなのである。
暴走の危険がないので安全である?
核融合は反応を維持するのに非常な高温と密度が必要となる。もし、事故が起こって、少しでもこの条件から外れれば核融合自体が自然に止まってしまうことになる。一方、核分裂炉の場合は核燃料自体が放っておいても勝手に分裂反応を起こすため、常に反応を抑えていないと暴走することになる。そういう意味では融合炉は核分裂炉よりも安全と言える。
しかし、そもそも常に人間が抑えていなければ事故が起こる現在の原子炉の方が異常なのである。例えば、火力発電所では火災が起ったとしても、燃える物が無くなれば自然に鎮火する。自動車でもアクセルから足を離せば速度は落ちて、やがて止まる。アクセルを踏み続けなければ暴走してしまうというような設計にはなっていない。
核融合炉が安全だというのではなく、それが普通であり、現在の原子炉の方がおかしいのだ。それより、核融合炉で事故が起これば放射性物質や放射線が外部に排出される分、火力発電所よりも危険である。
また、核融合炉では、燃料のトリチウムを製造するために炉の周りをリチウムで覆うことが計画されているし、発電を行うときにはこのリチウムを熱媒体として使うことが想定されている。
つまり、リチウムは中性子の遮蔽、トリチウムの製造、熱媒体の3つの役割を持つことになる。しかし、リチウムは水と接触しただけで水素を発生して発火する。量が大きければ爆発する物質である。また人体に有害な物質でもある。
しかも、リチウムを熱媒体として使用するときには、接触しただけで爆発する恐れのあるその水と熱交換を行う必要があり、常に爆発と隣り合わせの操業とならざるを得ない。高速増殖炉「もんじゅ」は熱媒体としてリチウムと同じ性質を持つナトリウムを使っていたが、そのためよく事故を起こして操業を停止し、結局1ワットアワーも発電しないまま廃炉となってしまった。
核融合炉は暴走しないというが、それは現在の原子炉との比較であり、暴走しない方が当たり前なのである。むしろ、放射性物質や放射線を放出する危険があるほか、リチウムという取り扱いの難しい媒体を使う分、事故の危険性が高い。
核融合発電は開発が進んでおり、もうすぐ実用化される?
いろいろなマスコミや科学者の発言などで、核融合はここまで進んだ、実用化間近だというような華々しい話を聞くことがある。
しかし、実際にはようやく核融合に必要な温度を秒単位で確保した程度の話である。またその多くは、模擬燃料を使ったもので、実際の核融合には至っていないことが多い。ましてや核融合発電のめどなど全然立っていない。
現在、最も重要な核融合炉はITER炉と言われるもので、日本を含む数か国が資金を出し合ってフランスに建設中の設備である。しかし、このITER炉も実験炉であって、発電は行わない。
ITER計画の主な目標は、実際の燃料を使って核融合を行い、出力が入力の10倍程度となる反応を400秒程度継続するというものである。
これがうまく行って、所定の成果が得られれば、次は原型炉を建設して実際に発電を行って、経済的に成り立つのかの検証を行い、可能となれば実証炉が設計・建設される。実際に実用化されるのは、この実証炉がうまくいった後である。つまり、実用化はずっと先の話になる。
ITERでは、まず模擬燃料を使ってプラズマを作る。これをファーストプラズマというが、当初の予定では、これが2018年だった。そのあと実際に燃料を入れて核融合が起こることを実証する。これが2026年の予定であった。
初期の予定であれば、既にファーストプラズマの段階に達しているはずであるが、まだそうなっていない。現在の見通しでは、ファーストプラズマが2025年、核融合実証が2035年である。また、スケジュールの遅れだけでなく予算も増大しており、ITERの開発、建設、運用にかかる費用は現在、1.6兆円とも2.5兆円とも言われる。
いろいろなところで核融合発電はすぐにでも実用化できそうなことを言う人がいるが、いまだに実用化時期ははっきりしない。ITERの進捗状況を見る限り、早くても今世紀後半か、今世紀中は無理という人もいる。あるいは、経済的に困難と判断されれば永久に実用化されない可能性も十分ある。
まとめ
結局、核融合発電について、まとめると以下のようになる。
① 水という無尽蔵の資源から莫大なエネルギーを得られる
実際には地球上にほとんど存在しないトリチウムが使われる。トリチウムはリチウムから作られるがリチウムも希少資源である
② 放射性廃棄物やCO2の発生がなくクリーンである
核反応による放射性物質やCO2は発生しないが、強力な中性子線が放出される。また、炉体が放射能を持つようになり、交換後、長期間の隔離が必要となる
③ 暴走の危険がなく安全である
暴走は起こらないのは火力発電所などと同じ。むしろ、リチウムが水と反応して爆発する危険があることや、炉体が中性子線によって劣化して破壊される危険がある
④ 研究は進んでおり、もうすぐ実用化されようとしている
ようやく、核融合に必要な温度と密度と時間に達したレベル。ITER計画は当初予定より遅れている。このあと原型炉、実証炉に至るが、実用化の時期は未定である
以上のように、核融合発電は巷間言われているような、安全でクリーンで無尽蔵のエネルギー源ではないし、すぐにも実用化されるものでもない。
以上述べたことのほかに、核融合発電を実現するには様々な非常に難しい技術的難題があり、これにたいしていちいち対策を取って行った結果、システムはどんどん複雑なものとなってきている。核融合発電が実現したとしても、これだけ複雑なシステムが果たして経済性を持つことができるのだろうか。
また、中性子の影響で炉心部が消耗するので、頻繁に交換することになっている。交換部品は300億円ともいう。そんなに頻繁に交換していて経済的に成り立つのだろうか。
実は炉体を半年から2年で定期的に交換しなければならないと聞いた時、筆者は、実用化は無理と即座に判断した※。これは車でいえば車検毎にエンジンをそっくり交換しなければならないというようなものである。ITERを設計している科学者や技術者はいったい何を考えているのだろうかと(多分経済性のことなど考えていない)。読者の皆さんはどう思われるだろうか。
ちなみにノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊先生はITER炉を日本に誘致するかどうか議論になったとき、中性子線の危険性と炉体交換の問題から「ITERは危険で無駄」と明確に断じられている。
※ ITER以外の核融合プロジェクトについては、一々調べたわけではないので、この考えには当てはまらないものもあるかもしれないが、やはり実用化に関してはいろいろな問題を抱えているようである。
2021年9月25日
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その通りなんですよね!夢をみるのは悪くないけど、、、現実はあまくない!
tetsuoさん コメントありがとうございます。
私も核融合については夢を持っていました。でも実際は違った方向に進んでいるようです。
核融合発電については、いわゆる「強いAI」と同様、今世紀中に私達が想像するレベルの実用性を身につけることはないでしょうね…
AIが問題を一瞬にして解決し、核融合によりエネルギーが半無限に手に入る時代に到達できないことが、果たして幸せなのか不幸せなのか。でも、もし再生医療の発達でそこまで生き永らえることができるようになったなら、是非とも見てみたいです。
OUDONさん コメントありがとうございます。
AIに限らず、これから普及していくであろうDXは社会に大きなインパクトを与えることになると思います。どんなことになるのか想像もつきません。遅れないようにしなくちゃ。
一方、核融合の方は単純で、実験室では核融合で半無限のエネルギーを手に入れることが可能になるかもしれないが、発電所にしようとするとものすごいコストがかかる。なら、太陽光や風力でいいじゃないか。ということになると思います。太陽光も風力も元はといえば太陽の核融合エネルギー。地上に太陽を持ってこようなんて欲張らなくても、太陽からのエネルギーをもらえばいいということになると思います。
核融合発電の新たな方式としてのプラズマ加熱装置が考案されていますがこの方式でも核融合発電は困難でしょうか。http://www.yasukagawa.jp/index.html
おしえてください。
安力川誠様 記事を読んでいただいてありがとうございます。
URL拝見しましたが、図面だけでは判断ができません。私の記事でも書いているように、燃料を加熱して核融合を起こすことは可能になりはじめていますが、その方法が必ずしも安全ではないし、それを発電に生かすのが難しいと思われます。加熱装置の問題ではないと思います。
https://www.navida.ne.jp/snavi/101134_1.htmlに記載されている新たな方式でも核融合発電は困難でしょうか。どなたか教えてください。
安力川誠さま コメントありがとうございます。
すみません、URLにアクセスできませんでした。
https://www.navida.ne.jp/snavi/101134_1.html
通りすがりの者ですが、上記のURL、こちらでいかがでしょう?
修羅鳥さん コメントありがとうございます。
URL見ましたが共同研究者募集ということでしょうか。いろいろ特許を取られているようですね。
このような簡単な装置でローソン条件が達成できるのなら、核融合に成功しなくても画期的ですね。成功を祈りたいと思います。ちなみに「作動原理が誤りであることを論証いただいた方には感謝の意を込めて金百万円を進呈します」というのはユニークですね。