カーボンニュートラルな未来は石油使用禁止? 私たちの暮らしはどうなる

2020年10月、政府は2050年までに温室効果ガス排出量を正味ゼロとする、いわゆるカーボンニュートラル宣言を発表した。カーボンニュートラルを実現するためには、石油、石炭、天然ガスのような化石燃料の使用をほぼゼロにしなければならない。

それは可能なのだろうか。そしてそれが実現した社会では、私たちの暮らしはどうなっているのだろうか。2050年まで30年足らず。特に私たちの生活になじみの深い石油を取り上げ、石油が使えない生活とはどのようなものになるのか。その時の暮らしを想像してみた。

20世紀は石油の世紀

近代的な石油産業が始まったのは、1859年、鉄道員だったエドウィン・ドレークが初めて機械掘りで石油を採掘してからである。といっても最初は、ランプで使う灯油が主な石油の用途だった。

19世紀後半には、灯油の副産物に過ぎなかったガソリンを燃料として使った自動車が開発されたが、その時はまだ高級品。しかし、20世紀初頭にT型フォードが販売されると自動車は庶民にも手が届くものとなり、ガソリンの消費も一気に増え始めた。

さらに灯油やガソリンと共に併産される軽油はディーゼルエンジンで使われ、同じく併産される重油は工場のボイラーや船舶で燃料として使われるようになる。エジソンやテスラは第二次産業革命とも言われる電気の世界を切り開いたが、その結果増大した電力需要を石油火力発電が支えた。

また、石油は戦艦や戦車、戦闘機の燃料などとして使われるから、重要な戦略物資ともなっていった。日本が欧米との無謀な戦争に乗り出したのも、石油の獲得が大きな原因のひとつ。そして、現在でも石油が要因となって国際紛争が発生することも珍しくない。

戦後は石油からプラスチックや合成繊維、合成ゴムなどの石油化学製品が作られるようになっていった。私たちの周りには清潔で軽く、安価で、さまざまな形に加工できるプラスチック製品があふれ、私たちは合成繊維の衣服をまとい、洗濯や食器洗いには合成洗剤、といった具合に生活のいたるところで石油製品が使われ、便利で快適な生活が実現していった。

20世紀はまさに石油の世紀だったのだ。そして、その状況は21世紀になった現在でも大きくは変わっていない。現代に生きる人たちの多くは、生まれた時から石油の世紀であり、石油は生活の中に浸透し、それが当たり前の中で育ってきた。

しかし、石油を燃やせばCO2が発生するし、このまま石油を使い続ければ、大きな気候変動が起こるとIPCCは警告している。国連は化石燃料の消費削減を呼びかけ、なかなか足並みがそろわないながらも、各国は化石燃料の消費削減に取り組み始めた。今、ようやく石油の世紀が終わろうとしているのだ。

なぜ石油がこれほどまでに使われているのか

そもそも石油がなぜこれほどまでに使われているのか。簡単に言えば便利だからである。石油は液体だから、配管とポンプを使って容易に運ぶことができ、貯蔵することも簡単。石炭のようにスコップですくい取る必要はないし、天然ガスのように密閉されたボンベも必要ない。電気は貯蔵することができないから、常に使うだけ発電しなければならないが、石油なら簡単に貯めておくことができる。

このように石油は便利だから使われてきたのである。しかし、カーボンニュートラルを達成するためには、石油は使ってはいけないといわれると、私たちの暮らしは不便になるのか。いやいや暮らしそのものが成り立たないのじゃないか。そんな意見も耳にする。石油のない未来は一体どうなるのだろうか。

石油が使われなくなった未来

現在、日本では原油の大半は中東から輸入され、国内で精製されて、ガソリンや灯油、軽油、重油などの各種の石油製品となって消費される。ちなみに、現在、使用されている石油製品の割合は以下の図のとおりである。

我が国の石油製品別消費割合


では、これらの石油製品が使われなくなったらどんな影響があるのだろうか。そして、その代替手段はあるのだろうか。石油が使われなくなったら多分こうなるだろうという未来を予想してみたい。

ガソリン

現在、最も多く使われている石油製品はガソリンだ。石油製品全体の3割を占める。そしてその用途はほとんど自動車用燃料。ガソリンの使用が禁止されたら、その代わりに使われるのは電気だ。政府は2035年からガソリン乗用車の新車販売を禁止するとしているから、それから先の乗用車は電動自動車となる。

では私たちの暮らしはどうなるか。電気自動車になれば、ガソリンスタンドに行ってガソリンを購入する必要はなくなるだろう。しかし、1回の充電あたりの走行距離が短いので、常に充電していなければならなくなる。自宅、職場、ショッピングセンターのような駐車スペースには充電器が設置され、駐車中は常に充電されている状態になるはずだ。自宅の屋根にソーラーパネルを設置し、自宅で発電し、電気自動車に充電する。そんな家庭も増えてくるだろう。

電気の代わりに水素や合成燃料の利用も考えられるが、水素は水素スタンドの建設に多額の費用がかかるため普及しないだろうと筆者は考えている。CO2を原料として製造される合成燃料が研究されているが、可能性は未知数。確実に普及するのは電気自動車だろう。

灯油

灯油は石油ファンヒーターや石油ストーブの燃料として主に家庭の暖房用として使われてきた。これはエアコンに代わって行くだろう。現在でも暖房はエアコンという家庭も多い。灯油ストーブを使ったことがない人もいるくらいだ。

ただ、地震のような大規模災害が起こると長期間に渡って停電が発生する場合がある。このようなときのために、暖房だけでなく煮炊きにも使える石油ストーブと灯油を備蓄しておいた方がいいかもしれない。

ジェット燃料

現在、商業航空機の多くはジェット機であり、プロペラ機は小型、短距離の運用に限られている。ジェット機には現在、石油から作られるジェット燃料が使われるが、これを乗用車のように電気に替えることは無理だろう。なぜなら蓄電池は重いし、エネルギー密度が低く、長距離を飛ぶことができないからだ。そしてなによりも電気を使うとジェット機ではなくてプロペラ機になってしまうので速度が抑えられてしまう。

現在、石油に代わる航空機燃料としてSAF(持続可能航空燃料)の開発が世界中で進められている。これは石油ではなく、植物油やバイオエタノールのような植物を起源としたもの。つまりバイオ燃料である。

SAFはドロップイン燃料とも言われる。そのまま燃料タンクに投げ入れれば使えるという意味だろう。そのとおりSAFはそのままジェット燃料の代替として使えるから航空機自体の改造や改修はほとんど必要なく、現在使っている機体がそのまま使える。だからSAFを使って運航されていても、乗客は全く違いを感じないだろう。

ただ、原料の植物油やバイオエタノールをどうするかという問題がある。これは輸入するか、あるいは国内の休耕田などを使ってSAFの原料となる植物が栽培されるかもしれない。食料ではなくエネルギーを作る農業があってもおかしくないだろう。新しい農業として期待したい。

軽油

現在、軽油は主にディーゼルエンジン用燃料としてトラックやバスあるいは鉄道用の燃料として使われている。これらも電気自動車になる可能性があるが、充電時間を長く取ることができない長距離トラックやバスなどは電動化が難しい。長距離用に蓄電池を多量に積むと車体が重くなってしまうという問題もある。

これは提案だが、ジェット燃料の代替として開発がすすめられているSAFをディーゼル燃料としてはどうだろうか。もともとジェット燃料と灯油、軽油はとても似たものなので、いずれもディーゼル燃料としても使うことが可能だ。例えば米軍では、ジェット燃料を戦車や兵員輸送用トラックの燃料として使っているくらいなのだ。つまり、ジェット燃料の代替であるSAFはディーゼルエンジンでも使えるということである。

将来、SAFの生産が軌道に乗れば、トラックやバスも今までと同じようにディーゼルエンジンを使って運行することができる。SAFの供給は現在のガソリンスタンドをそのまま使うことができるから、利用する方は今までとほとんど違いを感じないだろう。

鉄道や路線バスのようなルートが決まっている場合は、高価な水素スタンドを各地に作る必要がないので、水素を燃料として使うことができる。既に東京都内では水素を使った燃料電池バスが走っている。合成燃料も研究されているが、普及するかどうかは未知数である。

A重油

A重油は昔は、風呂の燃料として家庭でも使われていたが、現在は中小工場のボイラーやビル暖房、小型船舶、ビニールハウスなどで使われている。A重油の代替としては、ボイラー用には電気加熱、あるいはメタネーションで得られた合成メタンが使われるだろう。

ビルの暖房なら電気式のヒートポンプエアコンだろう。エアコンは近年省エネ化が著しく進んでおり、従来の石油ボイラー式のスチーム暖房より経済的になってきている。

小型船舶やビニールハウスはガスや電気は使えないだろう。配管や送電線が引けないからだ。やはり、SAFのようなバイオ燃料が使われることになるだろう。

C重油

過去にはC重油は発電所で大量に使われていた。1980年頃、日本の全発電量の45%までが石油火力であったが、2020年には6.4%まで低下、2030年には2%まで低下すると予想されている。つまり、石油は発電用としては既に役割を終えたと考えていい。

我が国の電源別発電割合

あとC重油は比較的大きな工場のボイラー用燃料として使われているが、これは電気加熱、あるいは合成メタンが使われることになるだろう。

ナフサ

ナフサの用途は、主に石油化学製品原料(プラスチック、合成繊維、合成ゴム、塗料、合成洗剤、その他)である。以前は都市ガスの製造にも使われたが、現在の都市ガス原料はほとんど天然ガスに置き換わっている。

意外かもしれないが、現在、ガソリンに次いで2番目に使用量の多い石油製品が、このナフサである。ナフサについては国内で生産されるだけではぜんぜん足りないので、大量に輸入されている。いかに私たちの生活がプラスチックのような石油化学製品で成り立っているかという証左でもある。

ナフサの用途は広いので、プラスチックに限定して話をする。プラスチックはガソリンや軽油のように燃やすことが目的ではないから、使用段階ではCO2の発生源ではない。近年プラスチックはできるだけ使うな、脱プラスチックという風潮になっているが、それは海洋汚染の原因となるからである。きちんと回収して処理すればいいのだ。

ただし、回収したプラスチックは日本の場合、ほとんどが焼却処分されているので、このときにCO2が出てくる。だから、やはりプラスチックの製造には石油は使われなくなるだろう。

ではどうするか。対策としては以下のことが考えられる。

① 石油以外の原料でプラスチックを作る 例えばサトウキビから作られたバイオエタノールからプラスチックを作る。この方法は既に一部で行われている方法である。サトウキビは成長段階でCO2を吸収しているから燃やしても大気中のCO2を増やさない。

② 燃やさないで処分する 埋め立てということであるが、埋め立て地が限られていることや土壌・地下水などが汚染される懸念がある。

③ 焼却時に発生したCO2を回収する 回収されたCO2を原料として再びプラスチックにする技術の開発が進められている。

特に③が理想的であろう。プラスチックの原料として石油(ナフサ)を使うのではなく、プラスチックを燃やして出てくるCO2を使う、つまりプラスチックからプラスチックを作るのである。夢みたいな話だが、かなり開発が進んでいる技術である。

潤滑油、アスファルト

潤滑油やアスファルトは量的に少ないし、燃やすことが目的の製品ではないので使用時にCO2は発生しない。ただし、潤滑油は廃油として回収されると一部は再生されるが、最後には燃やされてCO2になる。これもプラスチックと同様にCO2を回収、プラスチック原料にするのがよいだろう。

アスファルトについては、リサイクルがかなりの割合(98%)で行われているので、アスファルト道路の補修時には新たなアスファルトはほとんど不要である。新しい道路を作る分だけ、バージンアスファルトが使われるが、量的には非常に少なくなってきているし、燃やされてCO2を排出するわけでもないから、アスファルトは石油を原料としてもかまわないだろう。

将来、カーボンニュートラル社会になっても、アスファルトは今までどおり石油から作られるから、アスファルトがなくて道路がめちゃくちゃに荒れたり、すべてセメントコンクリートになってしまったりということはないだろう。

まとめると

カーボンニュートラルな社会では、燃料としての石油は使われなくなり、今まで石油が使われていた用途については電気やバイオ燃料、合成燃料、水素、合成メタンなどで代替されることになるだろう。

結局のところ、石油を使わないで現在の便利な暮らしを維持することは不可能ではないが、そのためには、さまざまな技術開発が必要となる。今回の予想には、まだ完成していない技術の導入も想定しているからだ。

特に、大容量で効率的な蓄電池やその他の電気を蓄える技術、バイオマス等から作られるSAFの製造技術、CO2を回収してそれをプラスチックに転換する技術などが期待される技術である。

このような技術開発は、資源を持たず、外国の資源に頼っている我が国こそ、率先して取り組むべきものであり、石油を使った場合よりむしろコストが下がり、利便性も向上する。そんな技術を開発すべきである。そして、それによって我が国が再び技術で世界をリードする日が来ると期待している。

2022年11月17日

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