1.EUはエンジン車を使用禁止にする?
2023年2月、EU議会は2035年以降、CO2を排出する乗用車と小型商用車の販売を禁止すると発表した。この話は日本でも大きく取り上げられ、「EUでは2035年からエンジン車を禁止し、電気自動車EVしか乗れなくなる」というように報じられた。
しかしながらEUが言っているのはCO2を排出しない車の販売を禁止すると言っているだけのことだ。それも乗用車と小型商用車に限っての話である。とはいえ、CO2を排出しない車といえば、実質的にEVしかないのだから、エンジン車禁止という報道も大きく外れてはいないのかもしれない。
ただし、大型のトラックやバス、飛行機や船舶は電気にすることは困難だ。とにかく蓄電池が重いし、貯められる電気の量も限られる。かといって、電線を引っ張って飛行機を飛ばしたり、トラックを走らせたりするわけにはいかないだろう。
そこでクローズアップされているのがカーボンニュートラル燃料、略してCN燃料だ。この記事ではCN燃料とはどんなもので、どのような種類があるか。それぞれの特徴と問題点をまとめてみた。
2.CN燃料とは
燃料というのは、ちょっと難しく言えば燃焼反応、つまり空気中の酸素と反応して、エネルギーを発生させる材料のことをいう。代表的なのがガソリンや軽油であるが、これには炭素分(C)が含まれるから、この炭素が酸素と反応すればCO2が発生することになる。だから、CO2を排出してはいけないとなれば、今までの燃料は使えないということだ。
しかし、CN燃料は燃料でありながらCO2を排出しない。あるいはCO2を排出しても空気中のCO2を増やさないという都合のよい燃料である。ドイツの自動車業界がEUの動きに反発してCN燃料の一種である合成燃料を使用する車であれば、2035年以降も販売を認めるようEUに要請。EUもこれを認めたという報道もある。
ではCN燃料とはどんなものなのだろうか。CN燃料には二つのタイプがある。ひとつは成分中に炭素を含んでいない燃料である。炭素を持っていないから、燃やしても当然CO2を発生しない。これには水素やアンモニアがある。
もうひとつは原料としてCO2を使った燃料だ。これは燃やすとCO2が発生するが、原料としてCO2を使っているので、差し引きゼロとなって空気中のCO2を増やさない。このような燃料としては合成燃料(e-fuel)やバイオ燃料がある。ここでは、そのひとつひとつの概要を述べてみたい。
3.水素
水素は燃料電池車に使われるが、最近はエンジン車の燃料としても研究されている。ガソリンエンジン(オットーエンジン)というのは、もともと可燃性のガス、つまり気体燃料を使ったエンジンであった。だからこのエンジンの燃料としてはガソリンだけでなくブタンガスや天然ガスも使われてきた。だから、気体である水素もガソリンエンジンの燃料として使うことはもちろん可能だ。
では水素どうやって作るのか。水素は水蒸気改質法という方法で作られるのが最も一般的だ。この方法はナフサや天然ガスのような化石燃料と水(水蒸気)を使って作られる。化石燃料には水素が含まれているし、水にはもちろん水素が含まれるから、化石燃料と水の両方から水素を取り出す方法が水蒸気改質法だ。
ただし、化石燃料には炭素が含まれているから、その炭素はCO2として排出されてしまう。化石燃料を使った水蒸気改質法で作られた水素は、確かに燃えた時にはCO2を発生しないが、製造するときにCO2を排出するのでCN燃料とは言えないだろう。
ただし、発生したCO2を地下に埋めてしまい、水素だけを使うという方法(CCSという)を使えば、空気中のCO2を増やさない。また、植物油から作られたバイオナフサや下水処理時に発生するバイオガスを原料に使えば、これも空気中のCO2を増やさない。
水素を作るもう一つの方法は電気分解法である。水に電圧をかけて水素と酸素に分離する方法で、電解法といわれるものだ。ただし、電気分解に使う電気をどうするかが問題で、石炭や天然ガスを燃料とする火力発電所で作ったものを使うと、結局発電所からCO2が出てくる。このような水素もCN燃料ではない。
だから電解法を使ってカーボンニュートラルな水素を作るためには、太陽光や風力など再生可能な電力を使わなければならない。
結局、水素は燃焼時にCO2を出さないといっても、その製造過程でCO2を出す場合がある。つまり、水素はCN燃料だったり、そうでなかったりからややこしい。
水素はその作り方によって、色に例えられている。再生可能電力を使って電解法で作られた水素はグリーン水素。これはCN燃料だ。化石燃料を使って水蒸気改質法で作られた水素はグレー水素。これはCN燃料ではない。発生したCO2を地中に埋めたものはブルー水素。これはCN燃料といっていいだろう。
ただし、水素そのものに色が着いているわけではない。ちなみに、ターコイズ水素とかイエロー水素というものもあるが、話が長くなってしまうので説明は省略する。
4.アンモニア
アンモニアは窒素と水素の化合物で、炭素分を含まないから、燃やしてもCO2は排出しない。排出されるのは窒素と水(水蒸気)だ。このため、火力発電所で石炭に混ぜて使うことが計画されている。
アンモニアは化学肥料の原料として世界中で大量に製造されている物質だから、製造方法は確立している。窒素と水素を混ぜて、400から600℃、200から1,000気圧の高温、高圧にして、鉄系触媒に接触させるとアンモニアができる。この方法をハーバー・ボッシュ法と呼んでいる。ドイツで発明された技術だ。
原料の窒素は空気から取り出すことができる。なんといっても空気の中の約8割が窒素のだから、資源的には無尽蔵だ。問題は水素の方。この水素としてグリーン水素やブルー水素を使うのならいいが、グレー水素で作られたアンモニアはCN燃料にはならない。
ところが、現在、世界中で作られているアンモニアはほぼ全量がグレー水素なのだ。だから、肥料用に作られているアンモニアを生産工場から買ってきて火力発電所で使ってもカーボンニュートラルにはならない。確かに燃やした時にはCO2は発生しないが、製造工場でCO2が発生するからだ。
これからアンモニアをCN燃料として使うのならば、グリーン水素かブルー水素を使ってアンモニアを製造しなければならないが、今のところそんなアンモニア工場は世界を見渡しても存在しない。
5.合成燃料(e-fuel)
合成燃料はCO2と水素を使って化学的に合成された燃料だ。これには、ガソリン、軽油、天然ガスの代替となるものが開発されている。合成燃料はそのまま、現在使われている自動車の燃料タンクあるいは都市ガス配管にそのまま充填することによって使用することができる。
実は合成燃料はそれほど新しい技術ではなく、第二次大戦中にドイツで開発されている。ドイツでは、この技術を使って石炭から戦闘機の燃料となるガソリンを作っていたのだ。
戦後、その技術は南アフリカ共和国に移転され、ここでこの技術はブラッシュアップされて、石炭だけでなく天然ガスからも合成燃料が作られるようになった。今では、南アフリカだけでなく、いくつかの国々で天然ガスを使った合成燃料が実際に製造されている。
この方法では、まず原料の石炭や天然ガスを使って一酸化炭素(CO)と水素からなる合成ガスというものが作られる。この合成ガスであるが、従来は都市ガスとして使われていたので、その製造方法は既に完成された技術である。
この一酸化炭素と水素のガスを200℃から350℃、10から45気圧の高温、高圧にして鉄系あるいはコバルト系触媒を使うことによって、合成ガスはメタンやパラフィンという物質に転換される。この反応は発明者の名前をとってフィッシャー・トロプシュ法といわれる。
生成したメタンはそのままで都市ガスに使われるし、パラフィンは分解してガソリンや軽油、ジェット燃料として使われる。
ただ、原料として石炭や天然ガスを使っているので、合成燃料として燃やした時に出てくるCO2はもともと石炭や天然ガスに含まれていた炭素が元となっているので、空気中のCO2の量を増やしてしまう。だからこの場合、合成燃料はCN燃料ではない。
CN燃料として考えられている合成燃料は、原料としてCO2を使う方法だ。CO2を逆シフト反応という操作によって一酸化炭素COにして、これにグリーン水素かブルー水素を反応させて合成ガスを作り、これを原料としてフィッシャートロプシュ反応で合成燃料にする。
あるいは、CO2とグリーン水素を直接反応させてメタノールを作り、このメタノールからMTG法という方法でガソリンを製造する。これがe-fuelと呼ばれる合成燃料だ。
このように、CO2を原料とした合成燃料は燃やしてCO2が発生しても、もともと原料として使われていたものなので、差し引きゼロとなって空気中のCO2を増やさないという理屈だ。
ところが、これも問題がある。原料とするCO2をどこから手に入れるかだ。もちろん空気に含まれるCO2を回収して使えばいいのだが、空気中のCO2の濃度は400ppm(0.04%)と極くわずかしか含まれないから、回収が難しい。
そこで、火力発電所から出てくる排ガスを使う方法が研究されている。火力発電所から出てくる排ガス中のCO2濃度は10から15%ほどあるから、回収が容易である。しかし、火力発電所から出てくるCO2は石炭や天然ガスを燃やしたものであり、これを原料として使った場合、合成燃料を燃やして出てくるCO2は石炭や天然ガスに含まれていた炭素だから、空気中のCO2を増やしてしまう。
やはり、空気中に含まれるCO2を回収して原料にしなければ、本当の意味でのCN燃料とは言えない。空気から直接CO2を回収することをDAC(Direct Air Capture)というが、今のところ経済的にかなり難しい技術なのである。
6.バイオ燃料
最近、カーボンニュートラルというと、合成燃料を指すことが多いが、筆者が最初にこの言葉を聞いたのはバイオ燃料に関してであった。バイオ燃料は燃やすとCO2を排出するが、これはもともとバイオ燃料の原料となる植物(場合によっては動物)が成長過程で空気中のCO2を取り入れているので、差し引きゼロとなって空気中のCO2を増やさない。これをカーボンニュートラルというとされた。
京都議定書の中でも、バイオ燃料を使って排出されるCO2は温室効果ガスとしてカウントしないと決められている。つまり、バイオ燃料はCN燃料の元祖というわけである。
バイオ燃料といえば、人間が原始時代から使っていた薪や炭なども含まれる。この時代、空気中のCO2濃度はほとんど一定であった。薪や炭はカーボンニュートラルだから当たり前なのだ。しかし、産業革命以降、石炭や石油、天然ガスのような化石燃料が使われるようになってから空気中のCO2が増え始めた。
バイオ燃料としては、いろいろな種類がある。発電所で使われる木質系燃料、家畜の糞尿や下水汚泥を発酵させて得られるメタンガスなどもあるが、自動車用燃料として使われるのはバイオエタノールとバイオディーゼルである。
バイオエタノールはサトウキビや穀物のでんぷんを発酵させて得られる。作り方はお酒の作り方と同じだから、すでにおなじみの技術である。バイオディーゼルは植物油を原料としてエステル交換や水素化という反応で作られる。エステル交換反応は石鹸の作り方と同じであり、水素化反応は石油精製ではよく使われる方法であるから、画期的な技術的の開発が必要というものではない。
バイオ燃料を燃やすとCO2が発生するが、このCO2は原料となる植物が成長過程で空気から取り入れたものと原理的に同じ量になるので、空気中のCO2を増やさない。つまり、バイオ燃料の場合は植物が空気中のCO2の回収、つまりDACを行っているのである。
バイオ燃料の場合は、原料としてグリーン水素を使った場合だけとか、空気中のCO2を使った場合だけとか、他のCN燃料のような制約はない。バイオ燃料を使って発生するCO2は必ずカーボンニュートラルになる。
ただし、カーボンニュートラルになるのはバイオ燃料を燃やして発生するCO2だけの話で、製造工程で加熱や動力源として、あるいは原料や製品の輸送に化石燃料を使った場合に発生するCO2も含めてカーボンニュートラルといっているわけではない。といっても、他のCN燃料でも加熱や輸送に化石燃料を使えば、その分はカーボンニュートラルではなくなるので、同じことなのだが。
バイオ燃料の一番の問題は、農作物を原料としているため、生産量が限られるということであろう。つまり畑の面積に生産量は関係してくるのである。ただ、まだ世界には畑として利用されていない土地は多く残されているから、バイオ燃料の需要が増えれば畑の面積も増やすことができるだろう。
ただし、森林や泥炭地のような炭素を多く含む土地を畑に転用するとかえって空気中のCO2を増やすことがあるから注意が必要である。なお、バイオエタノールについては農作物の糖やでんぷんだけでなく、草や葉のようなセルロースを原料にする技術の開発も進められている。これが完成すれば、原料の問題は大きく改善されるだろう。
7.CN燃料は本当にカーボンニュートラルなのか
以上のように、CN燃料について概略を説明してきたが、それぞれ可能性と問題点を含んでいる。特に、製造方法まで遡らないと、本当のCN燃料といえるかどうかが分からないものもある。
例えば、アンモニアは、それ自体を燃やしてもCO2は発生しないが、現在のアンモニアの製造方法では製造過程で大量のCO2が発生する。原料の天然ガスをそのまま燃やした方が却ってCO2の発生が少ないくらいなのだ。
ただし、これは電気でも同じことであろう。電気自動車EVは走行時にはCO2を排出しないが、火力発電所で作った電気を充電するのなら、発電所で発生するCO2が大気中の濃度を増やしてしまう。今後、CN燃料が普及していくとしても、その製造工程まで遡って、CO2が発生していないかの確認が必要になるだろう。
2023年5月20日
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