3.気候変動対策
(1)地球温暖化は明らかだ
今年(2023年)の夏は暑かった。今年の世界の年間気温は観測史上最高になることが確実とされている。気温には変動があるので、今年の夏の暑さがすべて地球温暖化によるものとは言い切れないが、この暑さを経験すれば、やはり異常だということは誰もが感じ取っているだろう。今年だけでなく、近年は10年、20年前に比べても明らかに暑くなっていると感じている人は多いだろうし、データもそれを裏付けている。
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は最新の第6次評価報告書の中で「人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない」と言い切っている。つまり、この地球温暖化は人間のせいだということだ。
地球温暖化はたいしたことはないとか、ただの自然な変動に過ぎないと相変わらず言い続ける人がいるが、現実はどんどん悪い方向に向かっていることに、だれもが気づいているはずだ。放っておいてはいけないということで世界のほとんどの行政機関の意見は一致している。
しかし、物は考えようで、人間が温暖化を引き起こしているのなら、人間が解決できるはずだ。我ながらいい言葉だから、もう一度言っておこう、「人間が起こしたことなら人間が解決できる」これが自然の現象であるなら、もう人知の及ぶところではない。神に祈るしかない。
地球温暖化を引き起こしている主な原因は大気中のCO2濃度が増えていることで、なぜ増えたかと言えば、人間がガソリンのような化石燃料を燃やしているからである。それ以外の要因もあるが、CO2の影響が一番大きい。
だったら、話は簡単だ。CO2を排出しなければいいのだ。大気中のCO2が増えているのは、化石燃料を燃やしたことが主な原因。だったら対策は化石燃料の使用をやめること。
いろいろごちゃごちゃと細かな話はあるが、基本はこれ。地球温暖化を防ぐにはガソリンのような化石燃料を使わないというだけの話だ。IPCCが地球温暖化はCO2が原因と言ってくれたおかげで、対策も立てやすくなったというわけである。
(2)カーボンニュートラル宣言は競争開始の号砲
わが国は2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする。いわゆるカーボンニュートラル(CN)を目指すことを宣言した。分かりやすく言えば、2050年までに日本は化石燃料の使用を止めると宣言したわけである。
CN宣言をした国は、日本だけではない。目標達成の時期は違うが、一部の国を除いて世界の多くの国々が同様の宣言をしているし、宣言国は現在も増え続けている。現在CN宣言をしている国々のGDPを合計すると世界全体のGDPの約9割に達するという。
つまり世界は化石燃料の使用をやめることを宣言した。そして、CNを目標に世界は動き始めている。CN宣言は脱炭素レースの開始を告げる号砲というわけである。
(3)脱炭素で豊かになる国、貧しくなる国
ただ、脱炭素をやれば、われわれの生活は厳しくなる。経済がマヒするというイメージを持っている人が多いのではないだろうか。
最近の地球温暖化懐疑論はその方向に向かっている。地球温暖化が起こっていることは認める。その原因がCO2であることも認める。しかし、地球温暖化の影響はそれほど大きくない。それに比べて化石燃料の使用をやめることのデメリットの方が大きい。という論法である。
もちろん、むやみに化石燃料の使用を止めれば、経済社会が大きな打撃を受ける。そうではなく、脱炭素によって、むしろ経済が活性化して、国民が豊かになる。そんな脱炭素政策を目指すべきだし、それが可能なのだ。
ある国は脱炭素をいい加減にやりました。しかし、やったおかげで経済が疲弊してしまいました。ある国は脱炭素をまじめにやりました。そのお陰で経済が活発になって国民が豊かになりました。日本は当然後者を目指すべきだし、実は世界はそれに向かって進んでいる。すでに競争は始まっているのだ。
例えば太陽光発電の発電単価はどんどん下がっていって、石炭火力よりも安くなっている。あるいはインバーターやヒートポンプなどを使って省エネがすすめば、脱炭素に貢献するだけでなく、光熱費負担も減ることになる。つまり脱炭素はやり方次第で却って国の経済が豊かになるということは十分可能なのだ。
日本は省エネや脱炭素では世界有数の技術国だ。例えば、LED照明の消費電力は白熱電球の6分の1、蛍光灯の4分の3。大きな省エネとなるが、このLED照明は日本で実用化された。
スマホやEVで使われるリチウムイオン電池も日本で発明された。冷暖房に使われるヒートポンプは投入したエネルギーの5倍から7倍もの冷暖房能力を持つが、これも日本の得意技だ。太陽光発電パネルの実用化にも日本が開発した技術が使われている。これから期待できるのはペロブスカイト太陽電池。これも日本で発明された。
これから世界中で脱炭素が進行すれば、日本はこれをうまく利用して世界で存在感を高める大きなチャンスがあるのだ。そして、もちろんEVがこれに含まれる。
(4)なぜEVなのか
CO2を排出しない自動車はEVだけではない。燃料電池車もあるし、e-fuelやバイオ燃料、水素エンジン車のように、燃料を石油からそれ以外のものに変えるという手もある。
しかし、燃料電池車や水素エンジン車は燃料として水素を使うが、水素は水を電気分解して製造するから、電気が必要となる。e-fuelは空気中のCO2と水素を使って製造する燃料であるが、ここでも水素を作るときに電気を使うことになる。そうであれば電力をそのまま使うEVの方が明らかに効率がよい。
燃料として水素やe-fuelが期待されているのは、主にEVよりも、燃料の充填時間が短く、かつ走行距離を長くすることができる点である。しかし一方、蓄電池も性能が向上しており、1章で述べたように全固体電池の技術が完成すれば、利便性ではガソリンや軽油とそん色なくなる。であれば水素やe-fuelを採用する利点は大きくない。
バイオ燃料は、すでに世界中で使われており、技術としては確立している。しかし、バイオ燃料を作るには原料作物を栽培する広大な農地が必要となる。農業国でない日本は不利であろう。
ということで、CO2を排出しない自動車といえば、消去法で日本ではEVが本命になるだろう。だったら、日本こそEV化して、その技術を磨き、世界に打って出るのが望ましい。
(5)EV化に対する懸念
もちろん、EV化に対しても、様々な懸念があるが、それは結論から言えば技術の開発でなんとかなるし、逆にその技術を世界に先駆けて開発することによって、それがビジネスチャンスになるのだ。
EVも使用する電気が石炭や天然ガスで作られているのなら、発電するときにCO2が排出されるので意味がないという問題がある。だから、まず発電を脱炭素化しなければならない。現在わが国の総発電量のうち、再生可能エネルギーは20%ほどしかないが、2030年にはこれを36~38%まで引き上げる計画であるし、2050年には当然ながら、火力発電はゼロになるだろう。
電力が脱炭素化されても自動車がガソリンや軽油で走っているのならCNは達成できないから、脱炭素化された電力を受けて、EVを走らせることになる。2035年ころからガソリンや軽油を使った自動車は販売を中止し、EVに切り替えていく。そうすれば、年8%程度ずつガソリンや軽油の需要が減って行き、2050年頃には道路上を走る車は全てEVになって脱炭素が完成というスケジュール感である。
再エネは不安定で、雨が続いたときとか、風がピタッと止んだ時はどうするのかと心配する向きもある。当面は、天然ガス火力発電をある割合で残して置き、電力が不足した時にはこれで調整するのが現実的な選択だろう。将来は電力貯蔵システムが新しいビジネスになる。
最後に
世界は脱炭素に向けて進んでいる。脱炭素によって貧しくなる国と豊かになる国に分かれてくるだろう。日本はもちろん豊かな国にならなければならないし、それは可能だと思う。うまくやればという条件がつくが。
第1章で述べたように、全固体電池のような脱炭素を実現するためのイノベーションが進みつつあり、第2章で述べたように脱石油によって貿易収支の改善も見込める。そして第3章では積極的に脱炭素を進めることによって、それがビジネスチャンスにつながることを示した。
そのビジネスチャンスを生かす強力アイテムがEV化である。世界が脱炭素に向けて進むからには、日本は積極的にEV化を進めるべきだろう。
石油や石炭を使った技術は、よく言われるように非常に高度に成熟している。これを見捨てるのは抵抗があるだろう。しかし、逆に言えば、もう伸びしろは少ない。脱炭素という新天地はまだ不安材料がたくさんあるが、一方で伸びしろは大きい。
停滞している日本の経済力を復活させるためにも、脱炭素はむしろチャンスと捉えるべきだろう。
日本こそEV化を推進すべき3つの理由(1) 全固体電池
日本こそEV化を推進すべき3つの理由(2) エネルギーセキュリティ
2023年12月10日
世界的に脱炭素が順調に進むかは少し疑問です。先進国は利権絡みで精力的に進めるでしょうが、途上国にとっては発展の足かせになりかねないからです(そもそも電気が通ってない家庭が多いです)。欧米の環境マフィアや中国マネーが巨額の金を投じて太陽光パネルをひたすら並べてくれるなら事情は変わるでしょうけど。
ただし脱炭素に成功した暁には意外にも再生可能エネルギー、特に大地に並べられた太陽光パネルが問題となるかもしれません。大量の発電量を確保するためにオーソドックスな自然破壊をもたらすからです。森を切るのは言うに及ばず、砂漠に敷き詰めても砂漠が反射していた日光を吸収して熱にしてしまうので、規模が大きければヒートアイランドのごとき気温上昇を招きます。劣化したパネルの大量廃棄も無視できません。またEVに関しては電池の原料であるリチウム産出時の環境汚染も忘れてはなりません。
結局、人如きが地球環境を守るなどおこがましいのであり、できる限り負荷を軽くしつつ、謙虚に慎ましく生きることが大事なのだと思います。
HY様 いろいろ貴重なご意見をいただき、ありがとうございます。前回に引き続き、私の意見を紹介させてください。
・脱炭素が順調に進むかは少し疑問です。
脱炭素は順調どころか意外に計画より早く進む可能性があるのではないと最近思っています。なぜなら最近の技術的な進捗を考えると脱炭素が儲かる商売になりそうだからです。それを利権がらみとおっしゃるのならそのとおりですが、これはうまくすれば日本にとってチャンスです。
途上国(中国とインドを除く)で脱炭素が進むかどうかはあまり関心がありません。そういう国はもともとCO2排出量が少ないのであまり影響はありません。
・かえって自然破壊をもたらす
日本でも心無い事業者が森林を削って太陽光発電を行って問題となっていますが、必ず森林に作らなければ、太陽光発電ができないというものではありません。法律で規制すればいいと思います。建物の屋根や壁、休耕地、耕作放棄地などが使えますし、洋上太陽光発電も可能です。
人間が世界中で使っているすべてのエネルギーは地球が受けている太陽光エネルギーのわずかに1万分の1に過ぎませんから、太陽エネルギーを石油の代わりに使ってもほとんど影響はありません。廃棄物は将来の問題ですが、核廃棄物のようなどうしようもないものではありませんから、現在の技術で対応可能です。廃棄物処理業者にとっては新たなビジネスチャンスになるでしょう。
・ひとごときが地球環境を守るなどとはおこがましい
おっしゃるとおり、できる限り負荷を軽くしつつ、謙虚につつましく生きていくということには同意します。しかし、温暖化の原因を作ったのは人間です。地球環境をこれだけ変える能力が人間にあったということですから、元にもどす能力もあるはずです。
こんにちは。
長編御記事、こんかいも興味深く読ませていただきました。
自分は、環境変動説(同CO2諸悪説)には懐疑的で、また経済論的にも財部様のご見識とはちょっと違うかなぁ・・・っとも感じるのですが、最大のネックであった燃料(電池)のエネルギー密度の解決策が見えてきた今後は、やはりEVが主流になって行くんだろうなと思います。
っても、じつは電動車の方がガソリンなどの燃料車より先に発明されているわけですし、先祖帰り?なのかな。
鍛冶屋。さん 前回に引き続き、コメントありがとうございます。励みになります。
私も最初はアンチEV派だったのですが、最近のバッテリーの進歩をみるとやはりEVの時代が来るなと思います。エンジン車は高度に完成された技術ですから、もう改良の余地はあまりないでしょう。それに対してBEVはこれからどんどん改良が進んでいくと思います。
CO2諸悪説という言葉は初めて聞きました(笑)。ただCO2だけが温暖化の原因ではなく、太陽活動や地軸の傾きによる氷期・間氷期、火山活動、エアロゾル、水蒸気、メタン、エルニーニョなど、様々な要因があります。それを無視してCO2だけが犯人と断定するのはおかしいというのが懐疑派の意見ですが、科学者たちはCO2だけを狙い撃ちしているわけではなく、その他の要因についても綿密に評価した上で、やはりCO2の影響が最も大きいと結論付けています。例えば、CO2は0.8℃、メタンは0.5℃温暖化に寄与し、二硫化炭素は0.5℃寒冷化に寄与している・・・等々、温暖化への影響がきちんと調べられて、その上でCO2の影響が最も大きいと結論付けているわけです。