日本こそEV化を推進すべき3つの理由(1) 全固体電池

これから電気自動車(EV)が普及していくのか、それともガソリン車の時代が続くのか。様々な意見があるが、ネット上ではEVなんか普及しないというアンチEV派が多いように思われる。

EVには、充電に時間がかかる。1充電当たりの走行距離が短い。充電スタンドが少ない。冬季には性能が落ちる。などという性能面の問題がある。また、充電に使う電力は火力発電で供給されるからCO2削減にならない。あるいは製造時に大量のCO2が排出されるから環境対策にならないとい指摘されることも多い。とにかくエンジン車が好きという好みの問題もあるだろう。

確かにEVには、現在以上に掲げたような問題がある。しかしながら、将来も同じではない。EVに関する技術的な問題はどんどん改良されている。現在抱えている問題が、今後10年も20年もそのままということも、またあり得ない。

日本は海外に比べればEVの普及が遅れいるといわれる。しかし、アンチEV派からは欧米や中国の真似をしなくてもいいという声も聞こえる。これももっともだ。しかし、筆者は日本もこれからEVを普及させなければならないと思う。その理由を、イノベーション、エネルギーセキュリティおよび気候変動の側面から説明したい。

1.イノベーション(全固体電池)

20年ほど前、筆者が新エネルギーに関する講演会の講師を務めた時、聴取者から「電気自動車は普及すると思いますか」という質問を受けたことがある。筆者はこの質問に対して不覚にも「電気自動車は普及しません」と答えてしまった。このとき、実は筆者もアンチEV派だったのだ。バッテリーが進化すれば別ですよと付け加えたものの、そのときは、これほどまでにバッテリーが進化するとは思わなかった。

そのころ中国が安いEVを作り始めていて話題になっていたので、このような質問が出たのだと思う。しかし、当時のEV用のバッテリーは鉛蓄電池で、重量当たりのエネルギー密度がとても小さく、ガソリンの100分の1程度しかなかったのだ。そのころの中国のEVはせいぜいゴルフカートに毛の生えたようなものだった。

しかし、近年のバッテリーの進化はすさまじい。鉛蓄電池からニッケルカドミウム電池、リチウムイオン電池とバッテリーが変わるにしたがって、バッテリーの性能はどんどん向上し、もちろんEVの性能も向上していった。そして、次の技術と目される全固体電池もすでに実用化が視野に入っている。

バッテリーは陽極、陰極そして電解質という、たった3つの要素からできている。この3つの要素としてどのような材料を使うかというのかが、開発のキモだ。

現在主流のリチウムイオン蓄電池は、陽極がリチウムとコバルトの酸化物、陰極がグラファイト、電解質には有機電解質という組み合わせである。この電解質の中をリチウムイオンが行き来することによって蓄電と放電を繰り返して行うことができる。

そもそもリチウムはあらゆる元素の中でもっともイオン化しやすい物質だ。これを使えば大きな電圧が得られることが分かっていたのだが、電圧が上がると電解質に含まれる水が電気分解されてしまって使い物にならなかった。

これを日本の吉野博士(2019年ノーベル化学賞受賞)が有機電解質を使うことによって解決したのだ。この電解質は水を含まないから電気分解が起こらない。これによってバッテリーの電圧も上がり、また蓄えられる電力量も格段に増加した。

そして今、実用化一歩手前まで迫っているのが全固体蓄電池だ。これは基本的に作動原理はリチウムイオンバッテリーと同じなのだが、電解質を液体の有機電解質から固体の電解質に変えたものである。

今使われている有機電解質は石油と同じようなものでよく燃える。だから液漏れが起こると火災になりやすい。しかも電圧が高いので、電気火花が着火源になる恐れがある。

電解質を固体にすれば、そもそも液漏れが起こらないから火災の恐れがないし、電解質中のリチウムイオンも増えるから、蓄電量が増え、イオンの移動が速くなるから充電にかかる時間も短縮できる。温度が下がっても液体電解質のように粘度が上がらないから冬季に性能が落ちるということもない。

全固体電池の内部構造(経済産業省資料より)

では全固体電池が完成してEVに使われるようになったら、どのような性能を発揮するのだろうか。今予想されているスペックでは、充電時間は10分間。1回の充電で1000㎞以上の走行が可能になるという。

ここまでくれば、EVはガソリン車に比べて充電時間が長いとか、走行距離が短いとかいう欠点はなくなってくる。冬季にもちゃんと性能を発揮するから、バッテリーの加温設備も必要なくなって構造もシンプルになる。

そんな良い物をなぜ今まで使わなかったのか。なんか問題があるんじゃないのと思う人もいるかもしれない。そのとおりだ。電解質を固体にするといっても簡単ではない。まずイオンを良く通す固体電解質を見つけ出すことが一苦労だったし、固体だから使っているうちに割れたり、ヒビが入ったりする。火災になると有毒ガスが発生するものもあるから、その対策も必要だ。固体電解質の大量生産方法も確立しなければならならない。

全固体電池の研究が世界で最も進んでいるのが実はトヨタだ。前社長の豊田章夫氏はEV化に対していろいろと苦言を呈してきたことで知られ、アンチEV派とみる人もいたのだが、その豊田氏が社長だったころからトヨタは全固体電池の開発を着々と進めてきていたというわけだ。

最近、トヨタは出光興産と全固体電池を共同で開発すると発表した。出光興産は固体電解質の開発研究では世界トップレベルにある。その出光興産が固体電解質の改良と大量生産技術を磨いてトヨタに提供し、トヨタがそれをバッテリーに仕上げてEVに搭載する。そして実用上の問題点をひとつひとつ潰していく。現在そんな地道な研究がすすめられているから、おそらく数年のうちに実用化されることになるだろう。

充電スタンドが少ないのでEVは普及しないという人もいるが、EVは基本、自宅で充電する。乗用車に限っていえば、動いている時間より止まっている時間の方がはるかに長いから、その間に充電を行ってバッテリーを満タンにしておけば全固体電池なら1000㎞走れることになる。

ガソリン車のように月1回ガソリンスタンドに行って満タンにするというスタイルが変わるのだ。充電スタンドは長距離走行で貯電量が不安になったときだけ使うということになるだろう。それも充電にかかる時間は10分程度ということになる。

ただし、全固体電池は日本だけが開発しているわけではない。例によってこの分野でも中国がひたひたと後ろから迫っていることは要注意だ。現在主流のリチウムイオン電池は日本で開発されたにも拘わらず、この電池のトップ生産国は中国と韓国。日本はその後塵を拝している。下手すれば、全固体電池もこの二の舞になるかもしれない。

リチウムイオン電池の世界シェア(経済産業省資料より)

少し話がずれるが、日本で発明されながら海外、特に中国や韓国、台湾にシェアを取られたものは数多い。例えば、太陽光発電パネルは日本のNECやシャープが開発の先駆けで、今世紀初頭までは世界シェアの50%近くを占めていた。しかし、現在は中国がトップで世界シェアは70%を超える。

照明用LEDも日本で青色ダイオードが発明(2014年ノーベル賞受賞)されたおかげで実用化したものであるが、現在その世界シェアの70%が中国。日本は2%しかない。

日本のGDPがこの30年間ほとんど伸びてないというのはこういうところに問題があるのだろう。つまり、技術を開発してGDPを伸ばすチャンスをつかみながら、結局他の国が生産して、日本はそれを輸入するという形になっている。

全固体電池については、わが国で生産して世界シェアを広げてほしい。そのためには、わが国でもEVを普及させることが是非とも必要なのだ。全固体電池の大きな需要が国内にあるのとないのとでは全然違うのだから。

つづき
日本こそEV化を推進すべき3つの理由(2) エネルギーセキュリティ
日本こそEV化を推進すべき3つの理由(3) 気候変動

2023年11月25日

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日本こそEV化を推進すべき3つの理由(1) 全固体電池」への5件のフィードバック

  1. 鍛冶屋。

    >技術を開発して・・・他の国が生産して、日本はそれを輸入するという・・・
    2001年の経済企画庁止等が如実に物語っているがように、皆で豊かになろう!な護送船団方式より一転、競争こそ正義なグローバル経済(豊かと貧の分断)政策に舵を切った末路がいまの有り様ですね。
    残念ですが、もう再び日本の世界の兆児たる>技術を開発して・・・他の国が生産して、日本はそれを輸入するという・・・
    2001年の経済企画庁止等が如実に物語っているがように、皆で豊かになろう!な護送船団方式より一転、競争こそ正義なグローバル経済(豊かと貧の分断)政策に舵を切った末路がいまの有り様ですね。
    残念ですが、もう再び日本経済が世界の表舞台び昇る可能性は殆どないでしょう。30年で、失ったものがあまりに多すぎます。

    むかしむかし(20世紀の終わり頃)、海外在住の当時 ”日本から来た”っと言うと、現地人に「日本は中国の何県だ?(何処にある?)」っと何度か聞かれました^^;)。当時は笑い話でしたが、いまや現実的なすぐソコの未来…かも(ほぼ確定?)。

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    1. takarabe 投稿作成者

      鍛冶屋。様 早速記事を読んでいただいてありがとうございます。
      どのように返事を書こうか迷っておりました。私は失った30年は失ったのではなくて、中国、韓国に取られた30年だと思っています。このまま取られ続けるのか、取り返すのか。おっしゃるとおり、中国の影に隠れてしまうのかもしれません。全固体電池は挽回のチャンスだと思いますが、ネット民の話を聞いていると、どうも「現状でいいんだ」「日本はまけない」という根拠のない「日本すごい」的な考えの人が多いように思えてなりません。このまま失われた40年に突入していくのでしょうか。

      返信
  2. 鍛冶屋

    takarabe様 ありがとうございます。
    ↑文は、コピペミスで変になってしまい申し訳ございませんでした。

    >取られた30年・・・
    仰せのとおりだと思います。まぁでも、高度成長期~バブル期は日本が奪う側でしたわけですし...。開発力は希望を(少しは?)持てるのでしょが、こと生産力に関しては、今後も米・中・南朝の後塵を拝し続けるんでしょう。

    >根拠のない「日本すごい」的な考えの人が多いように思えてなりません。
    まさに、先のドリーム燃料の噺なんかもそうですね(物理法則・理論的に破綻しているのに、いったい皆さん何を論拠にこの噺を信じてらっしゃるんでしょうかねぇ?)。

    いまだに、日本を技術大国だの経済大国(←笑っちゃいますね)だのと思っている”日本人”は多いのでしょうが、そろそろ現実をみないと中華の属国に成り下がる日もすぐそこに...(もう遅い?)。
    なんにつけ政治力! 昭和の快物のよな政治家が出ないことにはもう...(出たら出たで、演説中に銃撃されて殺さちゃうか)。

    後編の記事も、楽しみにさせて頂いております!。

    返信
  3. HY

     財部様、こんにちは。面白い記事をありがとうございます。今となってはありふれたEV推進論ですが、財部様の並々ならぬ熱意が伺えます。その上で僭越ながら意見を申し上げると、拙速なEV推進は日本を潰す可能性が高いということです。
     まず豊田章夫氏がEV化に苦言を呈していたとありますが、厳密には「EV一辺倒への警鐘」であり、その心は自動車産業への影響、電力需要の増大懸念です。EVはガソリン自動車に比べ部品数が一万点ほど少ないため、それに携わっていた工場の雇用が失われます。一方、電力需要は夏のピーク時に10~15%増強する必要があると予想されており、これは火力発電20基分に相当します。ただでさえ電力ひっ迫で燃料代高騰のご時勢で発電所増設は容易ではありませんし、拙速な産業構造変革は日本経済に混乱をもたらすでしょう。再エネで電気を作るにしても太陽光パネルや風車は中国製であり、日本経済に寄与しません。
     至る所で期待されている全固体電池ですが、ゲームチェンジャーになるとは限りません。充電時間10分への短縮は確かに大きな飛躍ですが、そのためには高電圧を一般消費者が扱うことへの安全性や法的認可が必要ですし、それでもセルフ給油4分よりかかります。充電時間を有効活用すればと言い始めたら10分も30分も関係なくなりますし、それなら既存のリチウムイオン電池で事足りてしまいます。
     仮にガソリン車より優れたEVができたとしても価格競争やマーケティングで日本に勝ち目はありません。日本で発明されたものが他国の製品でシェアを奪われるのは、人件費の違いに加え、単純に性能の良さばかりを追求する日本人特有の気質によるものが大きいです。唯一自動車特にHVはその複雑さから日本の優位が保たれていましたがEVはそうはいきません。EVは中国が圧倒的優位です。最悪日本国内が中国製EVで溢れる時代が来てしまうでしょう。
     決してEVアンチというわけではなく「環境に優しい車」として多様性は担保されるべきという考えです。推進の名のもとにEV以外を認めない流れになってはいけません。特に日本は「ソフトな全体主義」の気質があるので注意が必要です。

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    1. takarabe 投稿作成者

      HY様 早速記事を読んでいただいてありがとうございます。
      いろいろ貴重なご意見をいただき、ありがとうございます。ご指摘の多くはこれからの課題として解決しなければいけないものと思います。ただし、私が想定しているのはこれから10年後、20年後であり、それまでにはこれらの問題点は改善されていると考えています。この機会ですので少し長くなりますが、私の意見を紹介させてください。

      ・EVは部品点数が少ないため、工場の雇用が失われる
      この考えにつきましては、全然合意できません。部品が少ないことは労務費を削減でき、また一般に故障の頻度を低減することができます。安価にかつ優れたものがつくれるのに、労働者の雇用を確保するためにわざわざ複雑な車を作り続けるというのは供給側の論理であり、消費者にとっては不要な経費を支払わされているだけで何のメリットもありません。これでは国際競争に勝つことはできません。

      ・電力が不足する
      昨年起こった夏場の電力危機は、最需要期のほんの数時間の話です。この年間数時間のために発電所を増強する必要はありません。その場だけ既存の火力発電所を稼働させればいいのです。昨年の電力危機は電力会社が火力発電を軽視してメンテナンスを怠ったからおこりました。今年は電力危機が起こらなかったのは、火力発電のメンテをきちんと行ったからです。これから日本は人口が減少し、産業がソフト化し、さらに省エネも進んでいくのでEVの普及を考えに入れなければ電力需要は漸減していきます。

      ・充電のための高圧電源を消費者が取り扱うのは安全性や法的にむつかしい
      これは確かに改善の余地があると思います。しかし、EVの充電は基本的に低圧で長時間かけて自宅で行います。高圧充電は数百kmの長距離走行時のみ行うものになるでしょう。そのために安全性を十分考慮した設備を作り、法律の改訂も必要になると思います。

      ・仮にガソリン車よりも優れたEVができたとして日本に勝ち目はない
      当初EVは地球温暖化を緩和するための手段として開発が進められてきましたが、昨今の情勢を見ると、むしろガソリン車よりも性能がよくなっているので選ばれるという可能性が出てきました。かつて日本車は環境性能で米国を上回り、そのあと性能の良さで全米を埋め尽くしました。その結果、米国から激しいバッシングを受けたことを思い出します。おっしゃるとおり、日本が中国製EVで埋め尽くされる可能性もあります。だからと言って日本のメーカーがHVにしがみついていて、中国EVを防ぐことができるでしょうか。むしろだからこそ、日本はEVの開発を進めるべきだということではないでしょうか。

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