「船舶の脱炭素化」、短中期的には「バイオ燃料」が最有力: IRENAが提案する4つの方法から

現在、世界の多くの主要国が2050年までにカーボンニュートラル達成するという目標を掲げており、この目標を達成するために様々な対策が取られている。最も進んでいるのが発電部門であろう。太陽光や風力、バイオマス、水力、地熱などCO2を排出しない発電方法が着実に増えてきている。(オルタナ客員論説委員・財部明郎)

また、固定されたCO2発生源、例えば家庭や事務所の暖房、あるいは工場の加熱炉やボイラーなどについては、それまで使われていた天然ガスや石炭などを電力に切り替えることによって発電部門の脱炭素化が生かせることになる。

■船舶は「脱化石」が難しい部門の一つ

しかしながら電化や脱化石燃料が難しい部門もある。その代表的な例が移動体だ。自動車や航空機、船舶などの移動体は、もちろん発電所から電線でつないで電力を得るわけにはいかないからだ。

といっても、小型の乗用車や商用車については、電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車を導入することによって、発電部門での脱炭素化の恩恵を受けることができる。

航空機の燃料についてはこれまでの石油を原料としたジェット燃料にかえて、「SAF」と呼ばれるバイオマスを原料とした燃料に切り替える動きが活発化している。では、船舶はどうするのか。船舶は脱炭素化が最も難しい部門の一つである。

2024年6月にイタリアのプーリアで開催されたG7では、脱炭素化にG7がどのように貢献できるかが議題となった。G7はIRENA(国際再生可能エネルギー機関)に助言を求め、IRENAはCO2削減が困難(Hard-to-Abate)な5つの部門(大型トラック、船舶、航空機、製鉄、化学)を取り上げて、これらの脱炭素対策についての提言を行っている。”Decarbonising Hard⁻to⁻Abate Sectors with Renewables”, IRENA(2024)

ここでは、その中から、これから本格的に議論されるであろう、船舶の脱炭素化の方法について紹介したい。

■船舶は総CO2排出の2~3%を占める

船舶は航空機や鉄道、自動車などに比べて、トンキロメートル(tkm)当たりのCO2排出量が最も少ない輸送モードである。しかしながら、その絶対量が大きいことが問題で、現在、船舶輸送は世界貿易の80%以上を占めている。

そして、ここで消費されるエネルギーは世界の総エネルギー消費量の3%、世界の輸送関連エネルギー消費量の10%を占めている。さらに国際海事機関(IMO)によると、この海上輸送量は2050年までに40~100%増加すると見込まれている。

当然、CO2排出量も多く、船舶のCO2排出量は2022年のデータで0.8Gt。これは世界の総CO2排出量の2~3%、輸送機関からの排出量の約10%に相当する。

現在の船舶用燃料は、主に石油から作られる重油であり、一般にバンカー重油とよばれている。製油所ではまず、原油を蒸留してガソリンや灯油、ジェット燃料、軽油などを取り出す。

そして、蒸発しにくい残りの成分から潤滑油や舗装用のアスファルトを取り出し、最後に残った成分が船舶用燃料として使われている。このようなバンカー重油は比重が大きく、粘度が高く、硫黄分が多い。

ただし、粘度が高くても、大型船舶は燃料タンクを加熱して粘度を下げることができるから障害にならない。また、硫黄分については燃えると硫黄酸化物(亜硫酸ガス)が発生して大気汚染の原因となるが、人の住まない大洋上であれば問題はないであろうという考え方であった。

ただし、IMOは2020年に硫黄酸化物の排出を大幅に抑制する規制を導入した。これにより海運業界で低硫黄の燃料油〔LS重油〕を採用したり、亜硫酸ガスの排出を抑える船上スクラバーを設置したりして対策を行っている。

むしろ、重質なバンカー重油は容積あたりの発熱量が大きいし、かつ着火しにくく火災になりにくい安全な燃料という利点もある。そしてなんといっても安価である。

■IRENAが示した、船舶の「脱炭素」策とは

船舶の脱炭素を進めるためには、このようなバンカー重油ではなく石油以外の動力源を活用しなければならないことになるが、では、船舶の脱炭素化はどのように進めるのか。IRENAは次の4つの方法を示している。

① エネルギー効率の改善(つまり省エネ)
② 電動化
③ バイオ燃料の使用
④ 合成燃料の使用

その一つひとつについて考えていきたい。

  • エネルギー効率の改善

まず、エネルギー効率の改善、つまり省エネであるが、これには高効率プロペラや風力補助推進、廃熱回収システム、速度最適化が挙げられている。このような省エネはすぐに効果を発揮し、2050年までに業界が必要とする「CO2削減量の20%に貢献する」という。ただし、もちろん省エネだけではカーボンニュートラルが実現できるわけではない。

  • 電動化

電力を用いて船舶を運行すれば、発電部門で脱炭素が進んだ分だけ船舶の脱炭素化も進むことになる。問題はその電力を貯めておくバッテリーである。長距離を航行するためには大量のバッテリーを搭載しなければならず、船が重くなって喫水線が上がり、水の抵抗を受けて効率が悪くなる。

といっても、バッテリーの改善は目覚ましいものがあり、フェリーや沿岸・河川輸送などの短距離および内陸ルートについては「電気船」も現れている。

バッテリー性能の改善状況(IRENA)

また、船舶はCO2排出量のかなりの部分(20%以上)を停泊中に排出しているといわれる。これについては、コールドアイロニング設備(高圧陸上電源接続システム)を港に設置することによって、陸側から電力の供給を受ければ脱炭素に貢献することになる。

電動化は今後のバッテリーの改良に待つところがあるが、船舶のような大量の貨物を積んで長距離を移動する場合はまだ適用は難しいと思われる。

  • バイオ燃料の使用

バイオ燃料は植物(バイオマス)から作られた燃料で、これを燃やしても排出されるCO2はもともと大気中にあったものであるから大気中のCO2を増やさない。船舶で使用される可能性のあるバイオ燃料は、バイオディーゼル(FAME)、再生可能ディーゼル(HVO)、バイオメタン、バイオエタノールなどがある。

バイオ燃料の利点のひとつはすでに製造技術が整っており、世界中で生産が行われている燃料であることだ。最初は従来のバンカー重油にブレンドして使われることになるだろうが、そのまま船舶の燃料タンクに充填して使用できるものもある(ドロップイン燃料)。また、バンカー重油用に整備されている供給インフラもほとんど変更する必要がなく、そのまま使うことができる。バイオ燃料は最も安価な化石燃料の代替品である。

ただし、今後バイオ燃料の供給量を増やしていくためには、バイオマス原料製造のための土地利用変化やライフサイクルでの温室効果ガス排出などを慎重に考慮する必要があるだろう。

世界で生産可能な持続可能な先進バイオ燃料の総エネルギーは114EJ(エクサジュール、10の18乗ジュール)と見積もられている。これは、海運で消費されているエネルギーの11倍もある。現在の世界のバイオ燃料生産量はわずか約4.5 EJしかないため、将来はもっと生産量を増やせるはずである。

現在のバイオ燃料はバイオエタノールがガソリンの代替品、バイオディーゼル(FAME、HVO)が軽油の代替品として、それぞれ道路輸送用に使われているが、陸上輸送部門がEV化していけば、自動車用として生産されているバイオ燃料が船舶や航空などに向けられる可能性がある。船舶の脱炭素化については、バイオ燃料が短期から中期にかけての最も有力な選択肢になるだろう。

  • 合成燃料の使用

再生可能電力を使って水を電気分解して製造された水素はグリーン水素とよばれ、CO2を排出しない燃料であるが、水素そのものを船舶用燃料とするのは困難である。そのため、グリーン水素を使って作られる合成燃料を船舶用燃料として使うことが期待されている。

合成燃料には水素を炭素と結合させてメタノールやメタンにしたもの(e-メタノールやe-メタン)や、水素を窒素と結合させてアンモニア(e-アンモニア)としたものがある。

e-メタンやe-アンモニアは気体であるが、水素と違って加圧や冷却によって容易に液体となるため、船舶用燃料として使用可能と考えられているわけである。ただし、現在の供給インフラや船舶内の設備がそのまま使えるわけではない。

e-メタノールとe-メタンの課題の1つは、合成に炭素が必要であることである。持続可能な炭素の調達は、導入のボトルネックとなり、製造コスト高の要因ともなっている。

化石燃料から得られた炭素は、「ネットゼロ目標」と両立しないため、炭素は大気から直接捕捉するか(DACとよばれる)、樹木などバイオマスから得る(BECCSとよばれる)必要がある。バイオマス起源の炭素は比較的安価であるが、大気からの炭素回収はかなりコストアップになる。

一方、e-アンモニアは炭素源を必要とせず、空気中に大量に含まれる窒素を使用できるため、再生可能電力の供給があればどこでも生産できるというメリットがある。ただし、アンモニアには毒性があり、また強烈な刺激臭があるため、船舶のような限られた空間で使用する場合には漏洩など安全上の問題がある。また、e-アンモニアを使ったエンジン技術もまだ開発中である。

合成燃料全般にいえることであるが、合成燃料のエネルギーはもともと再生可能電力からもたらされたものである。合成燃料は水の電気分解から始まって合成、分離、加圧・冷却などのステップが必要となり、その過程でエネルギーを消費してしまう。

このため、単に電力をバッテリーに蓄えて使用する電動化に比べて全体としてエネルギーロスが非常に大きくなってしまう。また、現在のところ、合成燃料を製造しているプラントは非常に少なく、コスト面でもバイオ燃料と比較して不利である。

合成燃料の製造コストの比較(IRENA)

まとめ:短中期的にはバイオ燃料が最有力

電動化については重量の大きなバッテリーを搭載しなければならないという問題から、内航船やフェリーなど近距離輸送用の船舶には利用できる可能性があるが、大量の貨物を積み、長距離を移動しなければならない外航船への採用は当面は難しいだろう。ただし、バッテリーの能力が大幅に改善されれば、将来は主要動力源として採用される可能性がある。

バイオ燃料については、すでに製造技術が確立していることや、今までの流通インフラおよび現在の舶用エンジンなどがそのまま使えるという利点がある。また、自動車がEV化して自動車用バイオ燃料の使用が減少すれば、このバイオ燃料が船舶に転用される可能性がある。

合成燃料については、まだ製造プラント自体がほとんどないことや、コストの問題からいまのところ船舶用燃料としての利用は難しいと考えられる。アンモニアやメタノールについては燃料よりも肥料やプラスチックなど化学製品に使用される方が優先されるのではないだろうか。

船舶の脱炭素化については、短中期的にはバイオ燃料が使用される可能性が最も高いと考えられるが、バイオ燃料の原料となる植物油やエタノールの持続可能な増産が課題となるだろう。

2024年10月3日

【関連記事】
海外では アンモニアではなく、e-メタノールの研究開発が先行
電気自動車(EV)界のゲームチェンジャー全固体電池とは何か 5分で解説
カーボンニュートラル燃料(CN燃料)とはなにか
EVの代わりにポルシェが薦めるe-fuel 実はとんでもないところで作られていた

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。