EVの代わりにポルシェが薦めるe-fuel 実はとんでもないところで作られていた

2023年2月EU委員会はEU域内で販売される乗用車は2035年以降、CO2を排出しないものに限ると発表した。これは事実上、電気自動車(EV)以外は販売禁止、つまりエンジンを使う車は販売できないと受け取られて大きな話題となった。

しかし、このEUの方針に反発したポルシェを始めとするドイツの自動車業会は、e-fuelを燃料として使うのなら大気中のCO2を増やさないので、エンジン車も認めるべきだと主張。EUもその方向で検討していると報道されている。

エンジン車の救世主となった格好のe-fuelであるが、ではe-fuelはだれが、どこで、どんな方法で生産しているのだろうか。ポルシェはカーメーカーであり、燃料メーカーではないから彼らが自分でe-fuelを製造販売するわけではない。実はe-fuelはとんでもないところで生産されているのだ。

ちなみにドイツにe-fuelアライアンスという組織がある。e-fuelの業界団体のようなものであろう。この組織のホームページを見ると、世界で18か所のe-fuel開発生産プロジェクトが掲載されている。

これらのプロジェクトのうち、最も進んでるのがハルオニ(Haru Oni)とよばれるプロジェクトで、比較的大規模な生産が始まっている。そして、ポルシェが参画しているのも、このハルオニだ。ではハルオニとはどこにあって、どのような方法でe-fuelを生産しているのであろうか。

ハルオニ(Haru Oni)は辺境の地

ハルオニプロジェクトが位置するのは、ヨーロッパでもアメリカでもない。南米はチリ共和国だ。チリはご存じのとおり、南北に細長い国であるが、ハルオニが建設されているのは、そのチリの中でも最も南にあるマガジャネス州。いわゆるパタゴニア地方の南のはずれである。日本からみればほとんど地球の裏側にあたる。

この州は13万㎞2という北海道と九州を合わせたくらいの広大な面積を持つが、にも拘らず人口はわずかに15万人、日本で言えば一地方市レベルの人口しかない。しかもその15万人のうち13万人弱が州都のプンタアレナスに住んでいるのだから、州都以外の地域は、これはもうほとんど無人とっていいだろう。

さらに、ここは南極に近く、冷涼な気候であるためほとんど樹木が育たない。このため一面の草原が地平線まで続いている。さらに、ハルオニ付近は山地もないから、まったいらな土地が延々と広がり、まさに地の果てともいえる景観である。
このほとんど無人に近い大平原の中に、ぽつんとハルオニプラントが建設されているのである。

どうやってe-fuelを作っているのか

e-fuelの原料は水と空気そして電力である。正確に言うと、水を電気分解して得られた水素と空気から回収したCO2である。そして水を電気分解するために電力が使われる。このe-fuelが燃えるとCO2と水が発生するが、このCO2と水はもともとe-fuelの原料だから全体として増えも減りもせず、ただ消費されるのは電力だけということになる。つまり、e-fuelとは電気から作られた燃料という意味である。ちなみにe-fuelのeとはelectricつまり電気のeである。

電気分解で得られた水素と回収されたCO2は一旦メタノールに転換されたあと、ガソリンが製造される。この技術はメタノール・トウ・ガソリン(MtG)と呼ばれている。なお、メタノールは、昔よく理科の実験で使われたアルコールランプの燃料としておなじみのものである。

では水の電気分解で使う電気はどうするのか。ハルオニでは風力発電を使う。ハルオニプラントには1本の風車が設置されており、この風車で発電する。つまり、ハルオニでは空気と水と風で自動車用のガソリンが作られているわけである。

なぜハルオニはそこに建設されたのか

空気に含まれるCO2の濃度は世界中どこでもほぼ同じであるし、水は砂漠でない限り入手することはそれほど難しくない。だからほとんど世界中のどこでもe-fuelプラントは設置することが可能である。ただ問題は電力だ。

ここで使う電力はもちろん風力や太陽光のような再生可能電力でなければならない。ハルオニはその点、風況が良い。東と西は海なので、風の通り道となっているし、周りは平原であるから遮るものがなく、常に風が吹き抜ける。また、無人の荒野であるから、風車の音がうるさいなどという苦情とも無縁であろう。

その結果、地平線まで続く、まったいらな無人の荒野に突然、銀色に輝く化学プラントと1本の風車がそびえ立つ、まるでSF映画の一場面のような光景が現れることになったのである。例えば ここ 参照。

誰が作っているのか

ハルオニプラントはチリの大手エネルギー事業者アンデス・マイニング・アンド・エナジー(AME)社によって2016年に設立されたHighly Innovative Fuel Global社、略してHIFグローバル社が運営している。

そしてこのプロジェクトにはポルシェほか、シーメンスやニクソン・モービル、ジョンソン・マッセイといった世界の名だたる大企業が参加している。
これらの企業の役割は以下のとおりだ。

シーメンス・エナジー社 風力発電と水の電気分解による水素供給
グローバル・サーモスタッツ社 空気からの直接CO2回収
ジョンソン・マッセイ社 CO2と水素からメタノールの合成
エクソン・モービル社 メタノールをガソリンに転換
ポルシェ社 研究プロバイダーであり、e-fuelの購入者

ハルオニプラントは2021年に建設を開始し、2022年12月に完成した。完成式には、お祝いに駆け付けたチリのエネルギー大臣ディゴ・パルドゥ氏が見守るなか、ハルオニプラントが生み出した最初の1リットルがポルシェ911の燃料タンクに充填されたという。このプラントは今後、年間130キロリットルのe-fuelを生産していく予定である。

最後に

既に述べてきたように、e-fuelはプラントの周囲にある空気と水と再生可能電力で生産でき、外部から原料を受け入れる必要はない。そのため、再生可能電力さえあれば、どこでも自立型で燃料を生産できる。

e-fuelはとんでもないところで生産されていると書いたが、それは人がほとんど住んでない未開の荒野という意味である。しかし、考えてみればe-fuelは空気と水とそれに風(あるいは太陽光などの自然エネルギー)があれば作れるわけで、それは荒野であろうがなかろうが関係ない。ハルオニには豊富な風という資源があったのだ。

風力や太陽光など再生可能エネルギー資源を持っている地域は地球上にいくらでもあるだろう。ただそのエネルギーを消費地に持っていくことが難しい。だから、そのエネルギーをe-fuelのような液体にして貯蔵や輸送を行うというのは理にかなっている。

将来はこの未開の地に何本もの風車が立ち万並び、空気と水から液体燃料を作り出し、巨大なタンカーで世界に送り出す日が来ないとは言い切れないだろう。

なお、HIF社はハルオニプラントの経験をもとに、世界中にe-fuelを生産するプラントを建設する計画を持っており、すでにチリのカボネグロ(年産6万6,000キロリットル)、米国テキサス州のマタゴルダ(年産70万キロリットル)、オーストラリアのタスマニア州(年産10万キロリットル)のプロジェクトが俎上に上がっているし、わが国においても、今年(2023年)4月に出光興産がHIFグローバル社と戦略的協力契約を締結している。

2023年7月1日

EVの代わりにポルシェが薦めるe-fuel 実はとんでもないところで作られていた」への2件のフィードバック

  1. dilettantist

    e_fuelで常に疑問に思うのが、高炉などからの高濃度二酸化炭素を使わずエネルギーを使って大気中から濃縮する点と、内燃機関の燃料として実績のあるメタノールをさらに改質する点だ。何らかの思想的縛りがあるのではないかとすら思える。

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    1. takarabe 投稿作成者

      dilettantist様 記事を読んでいただきありがとうございます。
      高炉や火力発電所の排ガスを使う研究も進められています。特に日本のe-fuel研究は排ガスを使うことが主になっています。しかし、排ガスは化石燃料から出た物ですから、結局、大気中のCO2を増やしてしまうため、これでe-fuelを作ってもカーボンニュートラルとは認められない可能性があります。
      メタノールを自動車燃料として使うのも一つの手かもしれません。しかし、実際に世界中で走っている車はほとんどガソリンか軽油ですから、メタノール燃料車が実際に売れて、ある程度の数がガソリン車に置き換わってしまうまでメタノールは売れないということになります。今のところメタノールはガソリンに転換して売るというのが現実的だと思います。

      返信

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