ワシントンには空港がふたつある
「え~。キャンセル~?」
つい大きな声をだしたので、周りの人たちがみんな振り返って私を見た。ロナルド・レーガン空港のチェックインカウンターでのことである。ワシントンには空港が二つある。ダレス国際空港とロナルド・レーガン国際空港である。ダレスは主に国際線。レーガンの方は主に国内便が発着する。日本で言えば、成田と羽田の関係。関空と伊丹の関係に似ている。
私がワシントンに来た時は国際線だから、ダレスに降り立った。次に行くところはシカゴ、国内便だからレーガンの方に来たわけであるが、航空会社のチェックインカウンターで予約した便がキャンセルになったことを知らされたのである。キャンセルしたのは、もちろん私ではなく、航空会社の方である。飛行機がキャンセルになって飛ばなくなったとカウンターで言われて初めて知った訳である。
「どうしてキャンセルになったの。」と私は周りをはばかって、少し声を落として聞くと、受付の係員はにこにこ笑いながら、到着地の気候が悪いとか、メカニカルトラブルだとか言ったようだが、別にキャンセルになった原因を聞いても仕方のないことである。とにかく飛行機は飛ばないのだ。無駄な質問だったと聞いてから思った。
しかし、私は今日中にシカゴ経由でカナダのカルガリーに行かなければならない。明日、カルガリーで人にあう予定があるのだ。その旨を話すと、係員はやはり、にこにこ笑いながらあと2時間後にデンバー行きの便があるから、そこからカルガリーに乗り継げばいいと言う。
しかし、腹が立つ。そもそも飛行機をキャンセルしたのは航空会社の方だ。それをさも当然のように、本日の便はキャンセルになりました、とそれだけ。それじゃあ困るというと、それなら、別の便があると恩着せがましく言う。だったら、最初から、「本日の便はキャンセルになりました、申し訳ありません。つきましては別の便を用意してございますので、これにお乗り換えください。お手数をおかけしてすみません 云々。」というのが筋だろう。
まあいい。とにかくデンバー経由なら、少し遅れるが、今日中にカルガリーに到着することができる。なんとかなるものだ。じゃあそれで、というとデンバー行きのボーディングパスを発行してくれた。やれやれ。
それで、カウンターに荷物をあずけようとすると、いや荷物はここではない、デンバー行きの便はダレス空港から出るので、ダレスへ行けという。お客さん、ボーディングパスを良く見てくださいよ。ここにダレスと書いてあるでしょう。と小馬鹿にしたように言う。
そのとき、よほど係員を殴ってやろうかと思った。係員は若い黒人男性だが、米国人によく見られる肥満タイプではなく、筋肉質でもない。背は高いが痩せている。これなら殴り合いのケンカになっても勝てそうだ。
「ダレスに行くにはどうすればいいんだ。」と私が聞くと、ダレス行きのシャトルバスがあるからそれに乗れという。あと10分ほどで、出発するから急がないと間に合わないよと。私はシャトルバスの停留所の場所を聞き、あわてて重い旅行カバンを引いてカウンターをあとにした。残念ながら係員を殴っている暇はない。
ダレス空港行きのシャトルバス
停留所まで行き、ダレス空港行きであることを運転手に確認してからシャトルバスの席についた。シャトルバスはバスといっても席の数が15席くらいのミニバンである。お客さんは10人くらい乗っている。私が席につくとシャトルバスはすぐに出発した。なんとか間に合ったようだ。
しかし、確かにそのバスはダレス行きはダレス行きなのであるが、なんとかホテルに行って、何人かの乗客を降ろし、なんとか駅に行ってまた何人かの乗客を降ろし、さらには住宅街に入っていくかと思えば、個人の家の前に止まって乗客を降ろしていくという具合。寄り合いタクシーのような感じなのである。
あと2時間ほどでデンバー行きの飛行機が出発するのに間に合うだろうか。いらいらしていると、乗客の一人が見かねたように話しかけてくる。君はどこにいくのかと。ダレス空港。間に合うだろうかと聞くと、そんなに余裕はないが、多分間に合うだろうといってくれる。
それから、しばらくはその乗客と会話しながらダレス空港へ行くことになった。その乗客は人のよさそうな、そう、ロビン・ウィリアムスに似た人で、どこに行くのかと聞いたら、サンフランシスコのサウサリートの自宅に帰るのだという。サウサリートは私も知っている。超のつく高級住宅地だ。
きっとお金持ちなんですね。と聞いたらそうでもないよという。でも弁護士をしているというのだから、お金持ちなんだろう。その人と話をしていると、飛行機に遅れたらどうしようという心配が薄れてくる。遅れたら遅れたで何とかなるだろうという気になってきた。
結局、シャトルバスは1時間くらいでダレス国際空港に到着した。これならデンバー行きの飛行機に間に合う。私はロビン・ウイリアムスに別れを告げて、重い旅行カバンを引いて、空港ビルに入った。
そして驚いた。保安検査場に100人ほども人がいて、順番待ちをしているのだ。これじゃ検査にどれだけ時間がかかるか分からない。デンバー行きに間に合うだろうかという不安が、また頭をもたげくる。
でも飛行機に乗り遅れるという心配は無用だった。というか事態はもっと悪くなったのだ。
2020年4月26日