再生可能燃料協会会長のメッセージ
今年11月3日行われたアメリカの大統領選挙は近年まれにみる大激戦であった。結果的にはバイデン氏が過半数の270を大きく超える306の選挙人を獲得して大勝したものの、一部の激戦州ではトランプ大統領が票の数え直しを要求したり、選挙の不正を訴えて裁判所に訴えたりしたため、なかなか決着がつかない状況となっていた。
このような混とんとした中、まだ開票作業が完全には終わっていない11月7日、バイデン当選を早々と祝福した団体がある。再生可能燃料協会(RFA)である。
メッセージを送ったのはRFAの会長兼CEOのGeoff Cooper氏。以下にそのメッセージを引用する。
「私たちは、エタノールのような低炭素再生可能燃料の強力で成長している市場を確保するために、今後数年間にわたってバイデン政権と協力することを楽しみにしています。選挙期間中、ジョー・バイデンはエタノールと、15年間にわたってドライバーの燃料費を削減し、外国の石油への依存を減らし、農村経済を後押しし、有害な排出物を削減するのに役立った再生可能燃料基準への支持を繰り返し強調しました。バイデン次期大統領は、再生可能燃料が輸送用燃料の脱炭素化に向けた我が国の取り組みに役立つことを理解しており、強力なエタノール産業が我が国の農民、農村コミュニティ、消費者にとってどれほど重要であるかも知っています。私たちは、再生可能燃料の先にある多くの機会について、バイデン政権と協力することを約束します。」
ちなみにRFAは再生可能燃料協会と銘打っているため、環境保護団体か何かのように思われるかもしれないが、実態はバイオエタノール製造業者やその関連機器メーカーおよびバイオエタノールの原料となるトウモロコシ農家などを支持基盤とする強力な圧力団体である。
アメリカ中西部は広大なトウモロコシ畑が広がっており、コーンベルトとよばれる。そのトウモロコシから作られるのがバイオエタノールである。トウモロコシは、トルティーヤやコーンフレークの原料としておなじみだが、実はそのほとんどが生食用ではなく、家畜の飼料あるいはバイオエタノール原料として消費されている。
近年では、生産されたトウモロコシの4割弱がエタノール製造用に使用されているといわれており、全米のガソリンのだいたい10%にバイオエタノールが添加されている。ここまでいくと、米国のトウモロコシ農業は食料生産だけでなく、エネルギー生産も行っている産業といえるだろう。
このアメリカのバイオエタノール業界と、ガソリンを供給する石油業界は当然ながら仲が悪い。
石油産業とバイオエタノール
19世紀末、意外なことだが自動車王ヘンリー・フォードが作った初期の自動車はガソリンだけでなく、バイオエタノールでも走行可能だった。コーンベルトの一角をなすミシガン州で育ったフォードは、農家のためにバイオエタノールを燃料とすることを考えていたといわれる。
その後、石油産業の発展とともに、自動車はもっぱらガソリンで走ることになったのだが、転機が訪れたのは1970年代に起こった石油ショックだった。中東産油国からの原油輸入が途切れることを恐れたアメリカ政府はバイオエタノールに着目した。
トウモロコシを使って製造されるバイオエタノールはもちろん国産エネルギーである。バイオエタノールを混合したガソリンはガソールとよばれ、米政府は積極的に後押しした。もちろんトウモロコシ農家も色めき立った。当時(今もそうだが)トウモロコシは生産過剰だったからである。
次の転機になったのは2001年に起こった9.11同時多発テロである。約3,000人におよぶ犠牲者を出したこのテロ事件のあと、アメリカではエネルギー源を中東に頼るべきでないという世論が巻き起こった。
2007年には、ブッシュ大統領が一般教書演説のなかで「今後10年間に石油由来ガソリン消費量を20%削減する(いわゆる20 in 10政策)」と宣言し、これに沿って、「エネルギー自立及び安全保障法(EISA)」が制定された。
この法律では、輸送用燃料販売業者(つまり石油業界)は再生可能燃料(つまりバイオエタノール)を基準量に基づいて一定量を使用することが義務付けられ、達成できない場合は、その義務を達成した者から、その権利を買わなければならない。再生可能燃料基準という。
冒頭のRFA会長兼CEOのメッセージにある、「ジョー・バイデンは…再生可能燃料基準への支持を繰り返し強調しました」というのはこのことである。しかし、この基準値を巡って石油業界と政府(環境保護局EPA)は再三対立し、法廷闘争にまで発展している。
シェールオイルの出現
シェールオイルはシェールガスとともに産出される石油資源で、その埋蔵量は無尽蔵とも言われるが、採掘が困難なことから最近まで活用されてこなかった。しかし、水圧破砕法などによってシェールオイルの採掘が可能となったことにより、アメリカのエネルギー事情は大きく変化した。
シェールオイルによってアメリカは中東の石油依存を大幅に減らすことができ、また、安価な国内エネルギー源として活用することによって、海外に流出していた産業がアメリカ国内に戻り始め、国内産業が活気づいてきたのである。
アメリカファーストを掲げるトランプ政権は、当然シェールオイルをはじめとする石油・石炭資源の開発支援を展開した。これは前政権のエネルギー政策の全否定でもあった。
具体的な例としは、再生可能燃料基準で定められたバイオエタノールの混合義務が、一部の小規模石油精製業者には免除されるようになり、その結果、全米204のエタノール工場のうち、150か所以上が操業停止もしくは操業縮小を余儀なくされる事態となっている。
バイオエタノールの環境側面
ここまで、アメリカのエネルギー安全保障の側面からバイオ燃料を見てきたが、バイオ燃料にはもう一つの側面、すなわち環境側面が存在する。
バイオエタノールそのほかのバイオ燃料は植物から作られる。その植物は成長過程で大気中から温室効果ガスであるCO2を吸収している。そのため、そのバイオ燃料を燃焼させて排出されるCO2はそもそも大気から得られたものであるから、結果的に大気中のCO2を増加させない。つまり、化石燃料と違ってバイオ燃料は地球温暖化の原因にはならない。
これに対して、トランプ大統領は、地球温暖化自体がウソ(フェイク)である。あるいはCO2が地球温暖化の原因でない。だからシェールオイルや石油や石炭を使っても何ら問題ないという立場をとってきた。温室効果ガスへの取り組みを決めたパリ協定からも11月に離脱している。
これに対してバイデン次期大統領は2050年までに温室効果ガス排出量をゼロにすることを公約にしており、トランプ現大統領と真っ向から対立する。パリ協定への復帰も明言している。
バイデン政権が誕生すれば、地球温暖化対策として再生可能エネルギーを積極的に導入し、シェールオイルを含めて化石燃料を削減していくことになるだろう。
再生可能エネルギーは太陽光や風力、水力などが挙げられるが、アメリカでは、その広大な国土を利用してバイオ燃料、なかんずくバイオエタノールの活用が期待されることになる。RFA会長兼CEOが早々とバイデン次期大統領に祝福のメッセージを送ったのはこのことである。
一方、これを実行するためには、アメリカの石油業界、石炭業界さらには自動車業界からのかなりの抵抗を覚悟しなければならない。さらには、米国内で産出される安価なシェールオイルやシェールガスの恩恵を受けてきた産業界の活気が再び萎える可能性もある。
しかしながら、バイデン次期大統領は公約に掲げた以上、化石燃料から再生可能エネルギーへ、シェールオイルからバイオエタノールへの流れを作っていくことになるだろう。
2020年12月13日
【関連記事】
バイオ燃料は弱者の食料を奪っているのか? 「食料か燃料か」ではなく「食料も燃料も」
バイオ燃料は人類最古のエネルギー源
バイオエタノールはちょっと変わり者
いまさら聞けないアルコール消毒液のはなし
自動車用バイオ燃料は終わった? そういえばバイオエタノールはどうなった