ユーグレナだけじゃない日本でSAFを開発しているベンチャー MOILの紹介

今、石油から作られたジェット燃料の代わりとなるSAF(持続可能航空機燃料)が注目されている。
国連の専門機関である国際民間航空機関(ICAO)は航空機からのCO₂排出量について次のような目標を決めている。

① 2050 年まで年平均 2%の燃費効率改善
② 2020年以降、温室効果ガスの排出を増加させないこと。

つまり、2020年以降は、例えフライトの便数が増えようが、飛行距離が延びようが旅客機から排出されるCO₂の量を今以上に増やしてはいけないということだ。

乗用車については、電気自動車(EV)の導入が世界的に進められている。もちろん太陽光や風力などで作られた再生可能な電気を供給することが前提であるが、これでCO₂の排出量をゼロにできる。

ところが、数100人の乗客を乗せて、10,000mの高度を、音速近くの速度で飛び、無着陸で太平洋を横断するようなジェット旅客機を自動車のように電気で飛ばすことは事実上不可能である。なぜならとにかく蓄電池は重いし、蓄えられるエネルギーも少ない。だから長距離を飛べないし、必然的にプロペラ機になるから速度も限られる。

そこで考えられているのがSAFと呼ばれる石油代替燃料である。

SAFとは何か

SAFは持続可能な航空燃料(Sustainable Aviation Fuel)という意味。バイオジェットとも言われる。今までのように石油から作ったジェット燃料を燃やせば、CO₂が大気中に排出されてしまう。一方で使った分だけ石油が掘り出されることになる。こういうことをやっていると、地球に埋蔵されている石油の量がどんどん減って、代わりに大気中のCO₂がどんどん増えていく。つまり一方通行なのだ。だからいつか破綻する。

SAFはこの一方通行の流れを断ち切り、地球の地下資源の減少も大気のCO₂増加もない。つまり将来も破綻することがない、持続可能な燃料という意味である。

ではどうすれば持続可能な燃料が作られるのだろうか。SAFの原料として使われるのは、植物油やアルコール類、木材などのような植物資源(バイオマス)である。SAFもジェットエンジンで燃やせばCO₂が出てくるが、一方でSAFの原料となる植物は、大気中からCO₂を吸収することによって成長する。エンジンから排出されるCO₂と、その原料となる植物が吸収したCO₂とは理論上全く同じ量になるので、差し引きで大気中のCO₂を増加させないという理屈である。注)

石油は掘りつくせば、次の油田を探していかなければならないが、植物なら同じ土地で再生産が可能である。つまりSAFは地球に負担をかけずに、大気中のCO₂も増やさないジェット機用の燃料というわけである。

SAFにはもうひとつの特徴がある。それは、今までの石油系のジェット燃料とほとんど同じ品質、性状だということ。このため、機体側の改良は必要なく、現在の機材をそのまま使用することができる。あるいはSAFの輸送や貯蔵についても、現在のインフラをほぼそのまま使うことができる。

だから、EVのように従来のエンジンをモーターに替えたり、新たに充電ステーションを作ったりする必要はない。いままでの燃料と同じように、そのまま航空機の燃料タンクにポチャンと入れれば、そのまま空を飛ぶことができる。SAFは燃料タンクにそのまま落とし込めるという意味で、ドロップイン燃料と言われる。

SAFにはどんな種類があるのか

米国の試験材料協会ASTM(日本のJISに相当する)はSAFをD7566と言う規格で規定している。この規格に合格した物が、実際に航空機の燃料として使用できる。ASTM D7566は事実上の世界基準となっている。

ただし、SAFはまだ黎明期にあり、現在はいろいろな作り方が提案され、まだ確立した製造方法というものはない。原料となるバイオマスにもいろいろな種類がある。
そこで、ASTM D7566はSAFをAnnex1からAnnex7までの7つのカテゴリーに分けている。

ASTM D7566 の分類

例えば、Annex1はバイオマスを加熱して一旦ガスに転換したあと、再び合成してジェット機の燃料に適した性状に調整したもの。Annex2は植物油脂を原料として、これを水素化処理したもの。Annex5はバイオマスから得られた糖を発酵させてアルコールにし、これを合成してジェット燃料としたもの。という具合である。

だれが作っているのか

では、SAFは誰が作っているのだろうか。実は世界中には実に多くの企業が、このSAFを作ろうと懸命に開発を進めている。その中には、まだ構想段階のものから、すでに航空会社に販売して商業フライトまで行った企業まである。

2021年現在、商業フライト段階に進んだ企業は、ワールドエナジー、ハネウェルUOP、ジーボ、ネステ、トタールであるが、残念ながらすべて外国企業である。日本の大手企業では、三菱パワー、IHI、電源開発、デンソー、三菱ケミカルなどがNEDOのような政府の支援を受けて開発を行っている。

しかし、この記事で紹介したいのは、このような大企業ではない。この分野で面白いのは、大企業だけでなく、いわゆるベンチャー企業と呼ばれる中小企業がそれぞれ独自の技術を引っ提げてユニークなSAFの開発を行っているということである。

なかでもよく知られているのはユーグレナ社であろう。東証一部上場を果たしているから、もうベンチャーではないかもしれない。もともとミドリムシを使った健康食品の会社であるが、ミドリムシ油や廃食用油を原料としてSAFの開発を行っている。

しかし、SAFの開発を目指すベンチャーはユーグレナだけではない。例えば、Green Earth Institute(セルロース系)、レボインターナショナル(廃食用油)、Bits(廃棄物)、CO₂資源化研(CO₂)などがある。

ここではSAFの開発を行っているベンチャー企業の例として、MOIL(モイル)ホールディングス(東京都千代田区)という、有名ではないが、しかし活発な開発を続けている企業の活動を紹介したい。

MOILのビジネスモデル

MOILはカメリナという植物から採取された油脂を原料として、Annex2に相当するSAFを製造し、販売するのがそのビジネスモデルである。

① 原料
カメリナはナタネの仲間であり、ナタネと同様に種子から植物油を採ることができる。我が国ではSAFの原料として廃食用油やセルロース、微細藻類などを使うことを提案している企業が多いが、世界的にみると植物油を原料としたものが先行している。今までにSAFを使った商用フライトは40件あるが、そのうち実に28件、7割が植物油(廃食用油を含む)を使ったものである。

MOILは群馬県や北海道の契約農家に休耕田、休耕地を利用してカメリナを栽培してもらい、種子を搾油して植物油を得て、これを水素化、異性化、蒸留して、ASTM D7566 Annex2に該当するSAFを製造する段階に達している。

カメリナの栽培風景(2020年6月 群馬県東吾妻町)

従来、我が国でもナタネ栽培が盛んであり、筆者が子供のころはコメの裏作としてナタネが作られていた。春になると田んぼが黄色いナタネの花で埋め尽くされていたことを覚えている。カメリナやナタネは我が国の気候に適した作物なのだ。だから国内でカメリナ油を生産しても無理はない。

しかし、MOILの強みは単にカメリナという国産資源を使うことだけではない。実は、カメリナの栽培に当たって、MOILは特許取得済みの特殊な堆肥を使っているのだ。この堆肥栽培技術によって、2020年に群馬県東吾妻町で行った試験栽培では、12.4t/haのカメリナ油の収穫に成功しているが、これは一般的なカメリナ収率(約2.4t/ha)の約5倍であるという。

② 燃料化技術
このカメリナ油からSAFを作るのがASTM D7566 Annex2の方法であり、カメリナ油以外に廃食用油やジャトロファ油、アビシニアガラシを原料としたときもおおむね同じ方法が使われる。

一般に植物油は以下のような、グリセリンとよばれる部分に3個の脂肪酸と呼ばれる部分が―O-CO-で結合された形をしている。このうち、脂肪酸部分がSAFの原料となる。

植物油の分子構造

植物油は高温、高圧で水素と反応させる水素化処理と言う方法を行ってグリセリン部分と脂肪酸部分を分離する。脂肪酸部分は二重結合という不安定な部分があるが、これも水素によって不安定性がなくなる。

グリセリン部分はプロパンに変わるが、このプロパンはこの反応で使われる水素の原料として使うことができる。また、油脂に含まれる酸素は水素と反応して水になる。
つまり、植物油を水素と反応させて、SAFとプロパンと水を作るのである。

実は、このような水素化処理は石油精製では主に脱硫という硫黄分を除去するための方法として非常によく使われている馴染みのある方法である。ただし、ちょっと厄介なのは、こうやって作られたSAFは低温で固まりやすいという性質がある。実はマーガリンも植物油を水素化して作られており、ご存知のように固体である。(ただし、マーガリンの場合は水素化の程度が大分違う)

そのため、植物油を水素化しただけではマーガリンができてしまうので、植物油から分離されたSAFは、異性化という方法によって、分子の形を少し変えてやる。これによって低温でも固まらない優れた燃料となる。

SAFは競争の時代に入る

既に述べたように、SAFの事実上の世界標準であるASTM D7566にはAnnex1から7まで、いろいろな原料と作り方が示されているが、やがてこれらのうち2~3の種類にしぼられてくるだろう。今後、どの企業、どの製法が勝ち残って行くのだろうか。

商品化の要件は、うまい(品質)、早い(納期、供給能力)、安い(価格)である。このうち、製品としての品質についてはASTMで決められているので各社とも大きな違いはない(あったら困る)。ちなみに、ユーグレナ社がASTM D7566規格をクリアしたと発表して話題になったが、実はMOILもこの規格を既にクリアしている。

となると、あとは供給能力と値段の勝負ということになるだろう。

① 供給能力
たとえ安価でも、供給量が限られるのでは意味がない。例えば、SAFの原料として盛んに使われている廃食用油は市中から集めてくるものため量的に限りがある。

MOILの場合は、カメリナ油が原料であるから今後、栽培面積を増やしていくことで増産が可能となる。強みである堆肥技術は、カメリナだけに有効なものではないから、今後はカメリナ以外の作物にも適用していくことも考えられる。

② 価格
現在、SAFは石油系ジェット燃料の4~5倍と言う価格で取引されているというが、将来的には100円/ℓ以下と現在の石油系ジェット燃料と同等の価格まで引き下げることが理想だろう。航空会社はSAFでなくてもカーボンクレジットを買うという方法も選択肢としてあるから、少なくともこれ以下の価格まで下げる必要がある。

③ 他社との提携
原料から製品を精製する技術についても様々な方法が提案されている。MOILについて言えば、精製技術は基本的には石油精製の延長であり、技術的な不確定性、つまり製造段階で躓くという可能性はあまりない。

しかしながら、今後SAFの需要が増えて行けば、大規模化が避けられないし、規模が大きくなるほどリットル当たりの製造単価は小さくなるから、コスト面で勝つためにも大規模化が必須となる。

大規模化のためには、いずれ例えば石油会社のような大企業との連携が必要となるだろう。実際、レボインターナショナル社はコスモ石油と、CO₂資源化研は太陽石油と協業化を図っている。

石油会社と協業すれば、製油所の遊休設備を使うことができる。水素化処理装置は石油会社が持っている水素化脱硫装置の改造によって対応できるし、水素製造装置や貯蔵タンク類、出荷設備、さらには変電設備、用水、スチームといった意外に金のかかる設備もそのまま使うことができる。

④ 派生商品の開発
MOIL社はカメリナ油を使ったSAFの開発を行っているが、SAFだけでなく、バイオナフサ、バイオ灯軽油、バイオガス、健康食品分野としての用途も考えらえる。

SAFを開発しているベンチャー企業としてユーグレナ社が有名であるが、開発ベンチャーは同社だけではない。ここでは、MOIL社を取り上げたが、様々な企業が活発に開発を進めている。このような元気な企業が今後の日本に活力を与えていくのだろう。今後の成功を期待したい。
なお、最後に、参考までにMOIL社のSWOT分析を行ってみた。

MOIL社事業のSWOT分析

注)実際には、製品の輸送や加熱など原料以外で石油や天然ガスを使えば、この分はカーボンニュートラルではないが、SAFを燃やした時にでるCO₂に限ればカーボンニュートラルが成り立つ。

2021年12月11日

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