「6時じゃ間に合わないわよ。もっと早く出なきゃ。」
定宿にしているクワンガイのホテルの女性マネージャーが言った。
クワンガイでの仕事を終えたあと、空港へ向かうため明日のタクシーの予約を博士がホテルに依頼した時のことである。ホテルのマネージャーは、このあたりでは珍しく英語が堪能で、しかも気が利く。マネージャーというより、旅館の腕利き女将と言った方がいいかもしれない。

「明日朝、6時にタクシーを呼んでほしい」と博士はその女将に頼んだ。
「どこに行くの」と女将。
「フーカット空港」
「で、飛行機は何時に出るの」
「朝、8時」
「じゃ、6時じゃ間に合わないわよ。もっと早く出なきゃ」

女将に言わせるとクワンガイからフーカット空港まで3時間はかかる。朝8時の便に乗るためには7時には空港に着きたいから、その3時間前は朝4時。余裕を見て朝3時にはホテルを出発しなければならないという。

「朝3時!そんなに早く?」
さすがの博士もしばらく言葉が出なかった。

博士と私のベトナム出張は、いつも博士がスケジュールを組んでくれるのだが、そのスケジュールはかなり雑である。ある時は殺人的な強行軍のときもあれば、ある時は何も仕事のないこともあって、これだったら、1日早く日本に帰れたよね。という場合があったりする。

もちろん、訪問先の都合もあるから、観光旅行のようにこちらの都合だけでスケジュールを組むわけにもいかないことは分かる。しかし、もう少し合理的なスケジュールを組んでくれればいいと思うのだが、私に話が来た時には大体スケジュールが決まったあとなのだ。

フーカット空港はクワンガイの近くにあって、30分ほどで行けると博士は考えていたようだったが、実際には3時間もかかるということが出発前日になって分かったというわけである。とは言え、時計はもう夜の12時を回っている。とにかく午前3時にタクシーを予約して、博士と私は部屋に戻り、少しでも睡眠をとることにした。

翌朝、午前3時。博士と私は眠い目をこすりながら、予約していたタクシーに乗り込んだ。外はもちろん真っ暗闇である。ほとんどというか、全く人通りがない街路をタクシーは走りだした。やがてクワンガイ市内を抜けて街道を走りだすと、もう街灯はない。真っ暗な道をヘッドライトの明かりだけを頼りにタクシーはひた走る。

しかし、街灯がないということはいいことかもしれない。目が慣れてくると、外の景色が見えるようになってきたからである。雲間から月が顔をだすと、青い光が水田地帯をほのかに照らして幻想的な風景が広がる。

博士がいつものダナン空港ではなく、わざわざフーカット空港を選んだのは訳がある。クワンガイからダナンへの道は幅が狭い割には通行量が多く、そこをタクシーの運転手が反対車線に入って、遅い車を追い抜き追い抜き走るから、危険極まりない。フーカットならクワンガイに近いので、その危険が少ないと博士は踏んだわけである。

ところが、実際はフーカット空港も遠い。ダナン空港と同じくらいかそれよりも遠いということが、現地で判明したわけである。

やがてタクシーは山間部に入っていく。街道の周りは水田地帯から森林地帯に変わり、人家はほとんどない。こんなところでタクシーの運転手が強盗に変わったりしたらどうしようと急に不安になってきた。あるいは山賊に襲われないとも限らない。こんな不案内な外国の地では助けも呼べないのだ。

ある人の話を思い出した。パプアニューギニアでは、道に人が倒れていても止まってはいけない。止まると山賊に取り囲まれて身ぐるみはがされるからだという。実際、車の中には棍棒が置いてあって、窓を割って山賊が入ってきたときに、その棍棒で応戦するのだという。

また、ブラジルでは日本の支店長クラスの人は山賊や誘拐対策として、装甲車に乗って移動するという。見かけは普通のトヨタだが、窓は防弾ガラス、車体には分厚い鉄板が入れられているのだそうだ。

やがて、外が白みだし、明るくなってくると、そんな不安も消し飛んでいった。予定どおり、朝7時ころタクシーはフーカット空港に滑り込んだ。

「いやあ。ホテルから空港までこんなに時間がかかるとは思わなかった。すみません」と博士は素直に謝ってくれる。「おわびに朝ごはんを奢りますよ」と言ってくれるが、空港にはレストランというほどのものもない。ローカル空港もいいところ。日本の田舎の駅舎みたいな風情である。レストランの代わりに屋台があって、出てきたのはインスタントラーメンだった。こんな経験もいいかなと私は思う。

あとで地図で確認すると、フーカット空港はクワンガイから120kmも南にある。ダナン空港まで100kmだから、かえって遠い空港に来てしまったわけである。そのあとフーカット空港からホーチミンに飛んだのだが、クワンガイからホーチミンまで直線で400km。つまり、博士と私はその距離の3分の1弱をタクシーで移動したわけである。

2020年3月3日

次のページ   悪夢の一人旅のはじまり


1時間で完売を繰り返している超貴重な当店最高峰のブレンド米「翁霞」を使用
「離れて暮らす家族を、日本人のこころである“お米”でつなぎたい。」
家族の絆を繋ぐ贈り物にお米はいかがですか。