食料危機は起こらない むしろ人口爆減社会が訪れる?

かなり以前から、世界的な食料危機が起こると言われ続けている。その理由は世界の人口が人口爆発と言われるほど急激に増加しているからである。これに対して食料生産には限界がある。だからやがて食料が不足し、世界的な食料危機が訪れるというわけだ。食料が足りなくなれば食料の奪い合いになり、世界大戦になるという恐れを抱く人もいる。

世界の人口は国連が集計して「世界人口予測」として発表している。この統計を見て、ある年には50億人を超えた、もう限界だといわれた。ある年には、もう60億人を突破した、いやもう70億人だ、もうすぐ食料危機が訪れる。と、もう何十年も前から言われ続けている。

ちなみに昨年発表された世界人口予測では、2022年11月15日に世界人口は80億人に達したと述べられている。このままでいけば、2050年には97億人、2100年には104億人に達すると予想している。

このように世界の人口は増えつつあるが、一部地域の食料不足を除けば、実際にはこの人口爆発による世界的な食料危機も食料の奪い合いも起こっていない。本当に将来食料危機は訪れるのだろうか。

人口論

イギリスの経済学者トマス・ロバート・マルサスは、彼の著書「人口論」の中で以下のように述べている。

人口は幾何級数的に増加するが、食料の供給は算術級数的にしか増加しない

つまり、人間の異性間の情欲という物は必ず存在するから、人口は幾何級数的に増加していく。例えば、ネズミが次々に子供を生み、その子供がまた次々に子供を生み、またその子供が…とつづけるとネズミは膨大な数になってしまう。これがネズミ算、つまり幾何級数だ。

これに対して、食料の生産はそんなに急激に増やすことはできない。この結果、必ず食料生産は人口増加を上回るから、人間は常に飢えていることになる。

もし、逆に食料が豊富にあったとすればどうだろう。その場合は、食料が足りなくなるまで人口が増えていき、食料が足りなくなると人口の増加が止まる。つまり、食料の生産増加に合わせる形でしか人口は増えていかないということだ。

例えば都会のカラスをみればわかる。栄養豊富な生ごみを道端に捨てておくと、カラスがこれを食べるから、カラスの個体数が増えてしまう。ゴミをきちんと片付ける地域ではカラスは増えない。人間の人口もこれと同じだというのがマルサスである。ちょっと乱暴な例で恐縮だが、そんなところだ。

どうして人口爆発が起こったのか

原始時代、人間は森林や草原で狩猟や採取によって食料を得てきた。人間が食料とできるものはそれほど多くはなく、広い地域に散らばって存在する。だから人間が活動できる範囲で得られる食料はそれほど多くはなかっただろう。そして人口はその限られた食料に見合った数になる。

それ以上に人口が増えたなら、一部の人間が飢えて死ぬか、あるいは集落が分離して別のところに新たな食料採取フィールドを開拓することになる。ただし、その歩みは何世代もかかる、遅々としたものだったであろう。

人間が農業技術を手に入れると、単位面積あたりの食料生産量が飛躍的に増加した。人間が管理できる範囲の面積で、原始時代よりもずっと多くの人口を養えるようになり、人口が増加してきた。しかし、その増加も農地の拡大速度の影響を受けるから人口爆発と言われるほどのものではなかった。
マルサスの人口論は正に、この農地面積が人口を決めるという農耕時代のことを言っているのだろう。

人口爆発と呼ばれるほど人口が急増したのは産業革命以降である。日本では明治維新以降、人口が急増し始めた。なぜ、産業革命によってあるいは明治維新によって人口が急増したのだろうか。理由は諸説あるようだ。

ある説によると英国では農場の囲い込みという運動が起こったという。この囲い込み運動によって農地を追われた農民が都会に集まり、集まった人たちが産業革命のきっかけとなった。これは高校の教科書に述べられていることである。

でも、これでは人口が急増した理由にはならない。マルサスに言わせれば、人口は食料が増産されなければ増えないのである。土地を奪われた農民が紡績業や製鉄業に携わったからといって、人口が増える説明にはならない。人間は毛織物や鉄製品を食べて生きていくわけにはいかないからだ。

恐らく様々な要因が働いていたのだろう。産業が発達することによって道路が整備されて広い面積を耕作することが可能となった。あるいは灌漑設備が整備されて荒れ地が農地に変わった。鉄鋼業が発達して効率の良い農業機器が安価に入手できるようになった。

あるいは、それまでの農家はほとんど自給自足だったのに対して、産業革命以降は人々が農民と都市生活者に分かれることになった。農民は自家消費分だけではなく、都市生活者に売れる作物を大量に作ることによって、農業生産性が上がってきたという面もあっただろう。

20世紀になるとバーバーボッシュ法によって空気から化学肥料が作られるようになり、農業生産性が飛躍的に伸びた。あるいは農業機械の発達によって食料生産が効率化されていった。

さらに、農作物は国際商品となり、工業製品と同様に貿易品として世界中で取引されるようになっていく。それまで人口密度が低く、農業が発達していなかった土地が農業用地として開拓され、その地域に適した作物が大規模に集中的に栽培され、国際商品として輸出されるようになっていった。

このような土地では、小人数で広大な土地を管理し、機械力を使って大量の農作物、すなわち食料が生産され、世界中に供給されるようになっていったのである。

その結果、食料は大増産され、人口が増えて行った。マルサスのいうとおり、食料生産量が人口を制限するのであれば、食料が増えて行ったため、人口も増えて行った。これが人口爆発であろう。

世界の人口は減り始める

人口爆発によって食料が不足して奪い合いになって戦争が起こるなどといわれるが、マルサス流に考えれば、食料があるから人口が増えるのであって、人口が増えるから食料が不足するということは、そもそもおかしい。原因と結果が逆になっている。

今後、食料生産がどんどん増えて行くのなら、人口もどんどん増えていくだろう。それで食糧危機が訪れるということはない。マルサスがいうように、人口は幾何級数的に増えてきたが、食料も人口に合わせて増産されてきた。それは、農業技術の進歩や灌漑、新たな農地の開発、化学肥料や殺虫剤の使用などによって達成されてきた。

しかし、食料増産はいつまでも続けられるのだろうか。増産ができなくなったときは人口も増加しなくなるわけだが、そのときにはどうなるのだろうか。このときは本当に食料危機が訪れるのだろうか。

ところが、国連の世界人口予測によると、世界の人口に大きな変化が起こっていることが示されている。世界の人口は現在も確かに増え続けているが、その伸びは鈍化しており、2020年には年率1%以下となっている。その後の予想では、世界の人口は2070年代に増加が止まり、以降は横ばいか、あるいは減少に転じる可能性が高いという。

世界の人口推移とこれからの予測

どうして人口がへると予想されているのか。いよいよ食料の増産が人口増加に追い付かなくなって食料危機が訪れるのだろうか。
いやいやそうではない。それは以下のグラフから分かる。

特殊出生率の推移

このグラフは女性1名が生涯に出産する子供の数(特殊出生率)の推移を示している。この数字が大きいほど、人口が増加、小さいほど人口が減少する主な要因となる。そして、人口を維持するためには、この数字がだいたい2.1以上あることが必要とされる。この数値を人口置換水準というが、これより小さいと人口は減少していく可能性が高い。

このグラフによると、欧州と北アメリカおよびオーストラリアとニュージーランド地域が1970年代に2.1を割っている。そして、世界で最も人口の多い東アジアおよび東南アジア地域が1990年代に、ラテンアメリカおよびカリブ海諸国地域が2010年代にそれぞれ2.1つまり人口置換水準を割っている。そして中央および南アジアも2020年代に2.1を割ることが予想されている。つまり、世界の各地域は軒並み人口が減少し始めているのだ。

これはなぜなのだろうか。欧州や北アメリカなど豊かな地域から人口が減少し始めていることから食料不足が原因とは考えられない。これらの地域では食料が不足どころか余剰ですらある。東アジアや東南アジアも近年の経済成長は著しく、ここでも食料が不足しているという話は最近は聞かなくなった。むしろアフリカのように食料が十分ではない地域で特殊出生率が高いのだ。

豊かな国々、つまり食料が潤沢にある国々から順番に人口が減り始めていることになる。これはマルサスの人口論では全く説明がつかない。人類は20万年前にサルから分岐して以来、ずっと食料不足の状態にあり、食料の量によって人口の上限が決められてきた。ところが、ここ50年の間に食料があるにも拘わらず人口が減少するという現象が現れている。これは人類20万年の歴史の上で初めて経験する事態なのである。

では食料問題はどうなるのだろうか。今後、数十年のあいだ世界人口はなだらかではあるが増えて行く。しかし、増えていくのはアフリカやオセアニア(オーストラリアとニュージーランドを除く)のような開発途上国である。

人口が減っているのは先進諸国であるが、これは食料需要にとって影響が大きい。なぜなら、先進諸国は肉食を行うからである。食肉は家畜に穀物を与えて成長させて得られるが、例えば、牛肉1㎏を得るためには11kgの穀物が必要といわれる。

つまり牛肉を食べるということはその10倍以上の食料を消費していることと同じなのだ。だから先進国で人口が減り始めるというのは、穀物消費量が大幅に減少することを意味している。

もちろん、現在多くの地域で飢餓に苦しむ人たちがいるのは事実である。一方、皮肉なことであるが、先進国では肥満が原因の健康問題に苦しんでいる人たちもいる。飢餓の原因は干ばつ、洪水などによるいわゆる気候ショックによるもの、極度の貧困によるもの、需給バランスの崩壊などが挙げられている。

飢えた人たちがいることを理由に、これから世界的な食料不足が起こるかのように主張する人たちもいるが、この飢餓の原因は主に貧困や地域紛争、気候ショックなどが原因であって、人口爆発によって世界中の人たちが食料不足に陥るという話ではない。

人口爆減が起こる?

最後に、わが国の人口の推移を見ていこう。

我が国の人口推移

わが国の人口は鎌倉時代には700万人台であった。その後、少しずつ人口が増え続け、江戸時代には1,000万人に達しており、明治維新のころは3,300万人まで増えていた。そこまでは人口が増えると言ってもそれほど急激ではなかった。しかし、明治維新を迎えると人口は急激に増え始め、2004年には1億2784万人のピークに達している。

鎌倉時代から明治維新までの650年間に人口は2,600万人増えた。これは年率で4万人のペースである。ところが、明治維新から2004年までの136年間に9,500万人も人口が増えたのである。これは年率にすると70万人。明治維新以降の人口増加率はそれ以前の人口増加率のなんと17.5倍。まさに人口爆発といえるだろう。

しかし、問題はこれからだ。現在、日本の人口は減少に転じている。このまま人口が減少し続けると今世紀末には4,771万人まで減ってしまうという。これは明治30年代くらいの水準である。この減少率は年率に換算すると84万人であり、明治維新以降の人口爆発以上の割合で、今度は人口が激減していくことを示している。

このような人口の大幅な減少は、日本だけではない。先ほど紹介した特殊出生率でみてみると、日本が1.34であるのに対してイタリアが1.24、スペインが1.23、韓国に至っては0.84と1.0にも届かない。ちなみに日本ほどではないが、フランス、中国、アメリカ、イギリス、ドイツなどの主要国は軒並み2.1を切っており、これらの国々でも今後人口が減少していくことが見込まれている。

マルサスは人口は幾何級数的に増加すると言ったが、減少するときはどうだろうか。人口増加が幾何級数なら、減少するときも幾何級数と考えるべきであろう。例えば、特殊出生率が1.0だとしよう。これは女性1,000人が生涯生む子供の数が1,000人ということだ。この生まれた子供のうち半数が男、半数が女だから、女性は500人。

この生まれた500人の女性の特殊出生率も1.0なら、この女性達によって生まれてくる女性の数は250人。この250人から生まれる女性は125人。と、やはり人口は幾何級数的に減少していくのである。

人口増加の場合は、食料生産量が制約となって増加率が抑えられてきた。人口減少の場合は、このような制約条件がない。だから、人口は一直線に低下していく可能性が高い。

経済が発展して生活が豊かになるほど特殊出生率は低下していく傾向がある。今後アフリカやオセアニア諸国も経済が発展して豊かになって行けば、人口が減少し始めるだろう。そうすれば、世界の人口が減少に転じる。減少し始めたら、その減少速度は際限がなくなる恐れがある。人口爆発ではなく人口爆減である。

人口が減少したらどうなるのか。この記事ではそこまで言及する余裕はないが、わが国はすでに人口減少社会に突入しており、様々な弊害が起こりつつある。今後、その影響はさらに大きくなる。そしてそれが世界中で起こってくると考えるべきだろう。

2023年4月25日

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