成田から飛行機に乗り込むとキムチの匂いがした。
2013年5月に博士と私は再びベトナムに行くことになった。今度行くところはベトナム中部の都市ダナンであるが、ダナンへは日本からの直行便がないので、韓国のアシアナ航空を使って成田から韓国のインチョン経由でダナンへ行く行程である。
博士とは成田のラウンジで待ち合わせて仕事の打ち合わせをしたのだが、そのあと博士はお土産物を買うといってラウンジから出て行った。私は博士が帰ってくるまでしばらく待っていたのだが、搭乗時間近くになっても戻ってこない。これは多分、博士は先に搭乗したのだろう。そう思ってキムチの匂いのする飛行機に乗り込んだのだが、機内に博士の姿はなかった。
もうすぐ搭乗口が閉まる時間である。客室乗務員に博士が乗っていないか聞いてみたが、まだ搭乗していないという。次第に不安が高まってきたころ、ようやく博士が大きな荷物を抱えて機内に入ってきた。
空港でお土産をたっぷり買いこんできたようで、いつもの旅行カバンと博士自身の小太りな体のほかに、大きな荷物がもう一つ増えていた。客室乗務員に助けてもらってカバンやお土産※を狭い荷物入れに押し込むと、ほぼ同時に飛行機のドアが閉じられた。なんとかセーフ。
博士は、席につくと早速ビールを注文。ビールを飲むと、いやうまいという。こちらの心配などまったく意に介されていない。飛行機が飛び立つとすぐに昼食が出たが、韓国の航空会社だけあってメニューはビビンバである。さっきキムチの匂いがしたのはこれかと合点した。私は心配したせいか、あまりおいしいとは思わなかったが、博士はうまいうまいと言って平らげる。たしか、ラウンジでも大量のワインを飲んでチーズを食べていたような。
2時間ほどでインチョンに到着して、ここでダナン便まで3時間ほどの待ち合わせである。インチョンは大空港である。免税店や土産物屋が多数並んでおり、空港内をぶらぶら歩いても3時間くらいは全然飽きない。しかし博士はラウンジへ直行する。ラウンジで博士はカップラーメンを食べ始めた。辛ラーメンという辛いラーメンである。これはうまいから食べてみなさいと私にすすめるので、食べたが、さっき飛行機の中でビビンバを食べたばかりである。
博士はさらにもう一杯辛ラーメンを食べた後、ラウンジに置いてあったトウガラシペーストのチューブを数本ポケットに押し込んで持ってきて、私にも2、3本くれた。こういうところが博士の優しいところである。
夕方、ダナン行きアシアナ機が出発。ここで夕食が出たが、博士はトウガラシペーストをつけて、これもうまいうまいといって平らげる。食事のあと機内は暗くなり、私もしばらく寝ていたが、目が覚めてみると博士がまた客室乗務員にラーメンを頼んで食べていたのには驚いた。よく食べ続けられるものだと思ったが、博士がこれだけ精力的に行動できるのも、この大食のおかげなのだろう。
ダナンに着いたのは夜中だったが、飛行機から外に出るとむっとする熱気が襲ってきた。やはりベトナムは熱帯なのだ。空港からタクシーに乗って、予約していたホテルに行ってチェックイン。チェックインが終わると、博士から近くの食堂に行って一杯飲みながら何か食べないかと誘われたが、これはさすがにお断りした。博士に付き合っていたらとても胃が持たない。
昨年、ふたりでベトナムに行ったとき私はお腹を壊した。このとき同じものを食べた博士にお腹を壊さなかったか尋ね、何ともなかった博士は答えたのだが、しかし、多分私は尋ねる相手を間違えたのだろう。かれの鉄でできた胃袋なら何を食べても大丈夫だ。参考にはならない。
翌朝、私は早めに起きて、散歩に出た。ダナンはベトナム戦争のときに米軍の最前線であったので、私も名前だけは知っていた。しかし、現在のダナンは戦争という悲劇の名残もないように見える。(後年、私たちは米軍によって大量虐殺が行われたソンミ村を訪れて、衝撃を受けることになる)
外は少し暑いが、よい天気である。ホテルは川のそばに建っており、川沿いにはきれいに整備された遊歩道があって、朝の散歩にはうってつけである。遊歩道にはさまざまな彫刻が飾ってある。ダナン近郊には大理石の取れる山があり、この大理石を使った置物や彫刻がダナンの名産品となっているので、遊歩道にも彫刻が置かれているのだろう。ただし、う~ん、あまり感動するような作品は見当たらない。私の審美眼が悪いのかもしれないけどね。
ところで、ダナンは観光地として、国際的な人気が出てきているそうである。ベトナム政府も観光地として積極的に開発しているようで、川沿いの遊歩道も彫刻もその一環だろうか。このとき川には大きな橋が建設中だったが、よく見るとうねった金色の欄干が龍に見えるように細工されている。夜になると口の部分から火を噴くそうな。カジノや超豪華なリゾートホテルも建設されていると聞く。
後日、ある旅行サイトで世界の新しい観光地ベスト10にダナンが入っているのを見かけた。そうだろうなと思う。この日は行けなかったが、海岸沿いには長いビーチがあり、欧米系の豪華なホテルが建設中である。近くにはフエやホイアンといった世界遺産の古都もある。カジノも火を噴く橋もある。いつか仕事ではなく来てみたいと思った。
このような平和な光景とはうらはらに、しかしこの日、博士と私は命の危険さえ感じる経験をすることになる。
※博士が買ってきたお土産は、すべてベトナムのカウンターパート企業の担当者に贈るもので、博士の「日本文化を伝えたい」という情熱によるものです。
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