アンモニアの価格は石炭の3倍? 石炭火力発電の延命に使っても割に合わない

今年4月。イタリアのトリノで開催されたG7気候・エネルギー・環境大臣会合で、「温室効果ガス削減対策のとられていない石炭火力発電所は2030年代前半までに段階的に廃止する」という閣僚声明が取りまとめられた。

しかしながら、わが国は全発電量のうち約30%を石炭火力に依存しているから、これを廃止するのはなかなかハードルの高い目標である。

そこで注目されているのがアンモニアを石炭に混ぜて発電するアンモニア発電である。アンモニアは窒素と水素の化合物であり、炭素が含まれていないので燃えてもCO2を排出しない。窒素と水になるだけだ。

大臣会議でまとめられた声明で段階的に廃止するのは「温室効果ガス削減対策のとられていない」石炭火力発電所とされているから、アンモニアを混ぜることが温室効果ガス削減対策だといえば、石炭火力を継続してもかまわないという理屈である。

アンモニア発電を推進しているJERA (東京電力と中部電力が出資して設立された発電会社)は、アンモニアを使って「CO2が出ない火をつくる」と表現。アンモニア発電がいかに気候変動対策に貢献するかをアピールしている。

しかし、このアンモニア発電。実現しようとするといくつかの障害がある。そのうちいくつかの不都合な事実を挙げてみたい。

1.現在のアンモニアは製造過程で大量のCO2を排出する

確かにアンモニアを燃やしてもCO2は排出されないが、アンモニアを製造するときに大量のCO2を排出する。

アンモニアの原料は窒素と水素だが、水素は現在では天然ガスと水、または石炭から取り出される。天然ガスや石炭から水素を取り出せば、炭素が残り、これが二酸化炭素CO2として排出されることになる。

もう一方の原料である窒素は、空気を-200℃というごく低温まで冷やして取り出しているので、このとき大きなエネルギーを消費する。また窒素と水素からアンモニアを作るときにもエネルギーを消費する。この製造にかかるエネルギーについても化石燃料を使って得るとすれば、大量のCO2が排出されることになる。

これらのアンモニア製造に伴って発生するCO2は、筆者の計算によるとアンモニア1トンを製造するために2.35トンのCO2が排出されることになる(天然ガスを原料とした場合)。この排出量は天然ガスをそのまま燃やして発電した場合に排出されるCO2の2倍以上になる。

ということで、単純に化石燃料を原料として作られたアンモニアを海外から買ってきて石炭に混ぜて発電すれば、日本ではCO2の削減になっても、世界全体でみればかえってCO2の排出量が増えてしまうということになる。

2.グリーン・ブルーアンモニアはコスト高

そこで、アンモニアの原料として天然ガスや石炭のような化石燃料を使うのではなく、太陽光や風力や水力で作られた再生可能電力を使って水を電気分解して水素を作り、その水素を使ってアンモニアを作ることが考えられている。これならアンモニア製造時にCO2は発生しない。

あるいは、今までどおり天然ガスや石炭などを原料として水素を作り、副生したCO2は地中に埋めてしまうというCCSという方法もある。

再生可能電力を使ったアンモニアをグリーンアンモニア、 CO2を地中に埋めた場合はブルーアンモニアという。これに対して化石燃料を使ったアンモニアはグレーアンモニアだ。グリーンやブルーのアンモニアであればJERAがいうように「CO2の出ない火をつくる」と言ってもいいかもしれない。

ただし、このようなグリーンやブルーのアンモニアを作っている工場は現在のところ、世界中どこにもない。これから新たに工場を作るか、現在のアンモニア工場をグリーンかブルーに改造しなければならないのだ。

このため、建設コストと建設時間がかかるし、再生可能電力を手当するか、CO2を地中に埋めるかするための費用もかかるから、かなり高価なアンモニアになってしまう。
この図は資源エネルギー庁の発電コスト検証ワーキンググループで紹介された、グリーンおよびブルーのアンモニアのコストだ。

日本のアンモニア製造コストに関する見通し
(出典)BNEF「Japan’s Costly Ammonia Coal Co-Firing Strategy」(2022)

これによると、グリーンやブルーのアンモニアの製造コストは次第に低減していくが、それでも2050年時点で400ドル/トン程度である。

また、 2022年に取りまとめられた燃料アンモニア・サプライチェーン官民タスクフォースの中間とりまとめによると、ブルーアンモニアの場合、日本着コストで400ドル/トン程度になると試算されている。

ブルーアンモニアのコストを400ドル/トンとして、為替レートを150円/ドル、アンモニアの発熱量を22.5MJ/kgとして計算すると、発熱量1MJ(メガジュール)あたりのアンモニアコストは2.67円/MJとなる。

一方、石炭(一般炭)の日本着価格は2024年8月時点で23,000円/トンであるから、石炭の発熱量を26.1MJ/kgとして計算すると、コストは0.88円/MJとなる。つまり、発熱量当たりで比較すると、アンモニアのコストは石炭の約3倍という計算になる。

まだ、ワーキンググループの結論が出ていないが、アンモニア価格はかなり割高になることは確実であろう。

また、電力中央研究所はアンモニアと石炭を使って発電した場合の発電コストを試算しているが、これによれば石炭火力で8.7円/kWh、アンモニア発電では18.0円/kWhと発電コストでも2倍以上のコスト差となる。ちなみに天然ガス発電の場合は8.6円/kWhで石炭の場合とほとんど変わらない。

JERAは幾つかの企業とブルーあるいはグリーンアンモニアの購入について協議しているが、現在のところ供給契約まで進んだ例はない。契約がまとまらないのは、筆者の推測であるがアンモニアの価格面の問題も大きいのではないだろうか。

3.アンモニアの輸送は空気を運ぶようなもの

次の問題はアンモニアのエネルギー密度が非常に低いことだ。 1トン当たりの発熱量を比較すると以下のようになる。

  • アンモニア                        22.5GJ   (1.0)
  • 水素                                   142GJ    (6.3)
  • 軽油                                   45GJ      (2.0)
  • 重油                                   41.8GJ   (1.9)
  • 石炭                                  26.1GJ   (1.2)
  • 天然ガス(LMG)           54.7GJ   (2.4)

カッコ内の数字はアンモニアの発熱量を1とした場合の倍数だ。これをみると、アンモニアの発熱量は水素の6.3分の1、LNGの2.4分の1、石炭に比べても2割ほど低いことが分かる。

水素を運ぶ場合は-253℃まで温度を下げなければならないが、アンモニアなら-33℃で済むから、アンモニアは運搬しやすいというのがアンモニアを発電に使う「売り」のひとつであるが、水素運搬船なら1往復で済むところ、同じトン数のアンモニア運搬船なら6往復しなればならないことになる。

そもそも、アンモニアは窒素と水素の化合物だが、アンモニア1トンのうち、8割は燃えない窒素なのだ。だからアンモニアの発熱量は当然、低い。アンモニアに含まれる窒素は空気から取り入れたもので、アンモニアを燃やすと窒素はまた空気に戻っていく。つまり、アンモニアを運ぶということは、その8割は空気を運んでいることになるのだ。

4.グリーン・ブルーアンモニアは肥料向けが優先

現在製造されているアンモニアの大半は窒素肥料の原料として使われているが、アンモニア製造時のCO2排出量が多いので、気候変動対策としていずれはブルーかグリーンのアンモニアに切り変えていかなければならない。

実際、世界ではさまざまなグリーン・ブルーアンモニア製造プロジェクトが進められているが、既に述べたように価格は当然、高くなる。窒素肥料の代替手段はアンモニアの他にないので、多少高くなってもアンモニアを採用せざるを得ないが、CO2削減対策として発電用に使うのならわざわざ高価でエネルギー密度の低いアンモニアを使う以外にもいろいろある。

JERAがアンモニア発電にこだわっている理由は、これが石炭火力発電の温室効果ガス対策になる。つまり石炭火力発電の延命になるからだ。しかし、コストアップになったアンモニアを使ってまで石炭を使い続ける必要があるのだろうか。

わが国の石炭火力発電技術は世界一であるが、それでも天然ガス発電の2倍のCO2を排出している。石炭にアンモニアを20%ほど混入してもCO2削減効果は限られる。将来はアンモニア100%の発電も考えているというが、発電コストは非常に高くなるだろう。それなら例えば石炭火力を廃止して、天然ガス火力に力を入れるという選択肢もあるのではないだろうか。

将来、グリーンやブルーのアンモニアプラントが世界で建設されても、肥料用が優先され、燃料用として使用するには価格の問題で、折り合いが着きません。やはりあきらめました。という判断でもいいのではないだろうか。

2024年11月2日 *1

アンモニアの価格は石炭の3倍? 石炭火力発電の延命に使っても割に合わない」への2件のフィードバック

  1. 物理系出身

    言われてるように、石炭発電の混焼にアンモニアを使うのはありえないと思います。

    ただ、
    > 水素運搬船なら1往復で済むところ、同じトン数のアンモニア運搬船なら6往復
    船なら重量より体積で比較した方がよいと思います。
    確か経産省のレポートで液体水素と比較してコストの大差なしとされていたと思うので、そんなに回数が増えることはないような気がします。

    長期的には、自然エネルギー(太陽光)の季節変動を補償するためのアンモニア専焼発電所はありうるかもと思っています。画期的な触媒が発明される必要がありますが。

    返信
    1. takarabe 投稿作成者

      物理系出身 さん貴重なコメントありがとうございます。
      船の積載量については普通、トン数を使います。載貨重量トン数DWTという形です。この記事では慣習に従いました。ちなみに液体アンモニアの比重は674kg/m3、これに対して液体水素の比重は非常に小さく70.8kg/m3ですから、液体アンモニアの重さは液体水素の10倍近くあります。もし、水素輸送船のタンクいっぱいにアンモニアを積載すると、その船は沈没してしまうことになります。経産省の検討が容積で考えているとすれば、なぜ容積で検討したの?という疑問がわいてきます。
      水素を窒素にくっつけてアンモニアにして保存するというのは私も面白いアイデアだと思いますが、エネルギー転換回数が増えるほどエネルギーロスが増えていきます。エネルギーを保存するならもっとロスの少ない方法が他にないのかなと思っています。

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