ターコイズ水素が日本を救う? 製造時にCO2を排出しない第三の水素

脱炭素は今や世界の潮流となっている。脱炭素とは簡単に言えば、石油や石炭、天然ガスなどの化石燃料を使わない社会を実現することと言い換えることができるだろう。 

では、化石燃料に頼らないでどのようにエネルギーを得るのか。その方法のひとつとして、水素の利用が検討されている。水素は燃やしても水になるだけで、CO2を排出しないエネルギー源とされているからである。

しかし、現在一般に製造されている水素は原料として石油や天然ガス、石炭が使われているため、生産時に大量のCO2を排出する。だから現在の技術で作られた水素では脱炭素にはならない。

つまり、単に水素を使いさえすれば脱炭素になるというわけではなく、CO2を発生しない方法で作られた水素を使わなければならないのだ。

CO2を発生しない水素の作り方としては、通常以下の二つの方法が挙げられる。

① 太陽光や風力のような再生可能電力を使って水を電気分解して製造する
② 従来と同じ水素の作り方をするが、発生したCO2を回収して地下に埋めてしまう

①の方法で作られた水素をグリーン水素、②の方法で作られた水素をブルー水素という。
グリーン水素は脱炭素としては理想的であるが、せっかく太陽光や風力で作られた再生可能電力を使って水素を作るより、できればそのまま電力として使った方が効率的であろう。ブルー水素の場合は、CO2を回収する手間がかかる上に、それを埋めることのできる地層が限られるという問題がある。

ここで紹介するのは、CO2を出さない第三の水素製造方法。ターコイズ水素と呼ばれる水素である。ターコイズとはトルコ石のこと。トルコ石のような鮮やかな水色の水素という意味である。(といっても水素に色が着いているわけではないが)

ターコイズ水素の作り方

ターコイズ水素は原料のメタンを熱分解して作る。メタンは炭素原子1個と水素原子4個からできているから、これを分解すれば水素と炭素の混合物ができるので、これから炭素を分離してやればターコイズ水素が得られる。


ではどうやって分解するか。これは原理的には非常に簡単で、だいたい1,000℃程度まで温度をあげてやればいい。ただ、この分解反応は吸熱反応と言って熱を吸収してしまうため、反応中にどんどん温度が下がってしまう。だから分解反応が行われている間、何らかの方法で熱を与え続けなければならない。その熱源をどうするか。

もう一つの問題は、水素と一緒に炭素ができてしまうことである。炭素は製造プラント内に堆積したり、パイプラインに蓄積したりするから、分解反応に伴って発生した炭素を効率的に分離して取り出してやる必要がある。

反応圧力は常圧か少し加圧する程度だから、これはそれほど難しい条件ではない。つまり、天然ガスを1000℃程度に加熱しながら、うまく炭素を分離していけばターコイズ水素ができる。原理的にはすこぶる簡単である。

熱源をどうするか

1000℃という温度はちょっと高い温度だが、作り出せないほど不可能な高温ではない。触媒を使えば、もっと反応温度は下げることができる。方法としては、何らかの燃料を燃やして加熱する方法と電気を使って加熱する方法がある。

燃料を使う場合は、もちろん化石燃料を使うというわけにはいかない。多分、製造したターコイズ水素の一部を使うことになるだろう。水素の製造量がその分だけ減ることになるが、これは仕方がない。

電気を使う場合は、その電気を火力発電から得た場合は発電所でCO2が出てしまうことになるから太陽光や風力などの再生可能電力を使わなければならない。しかし、それなら水を再生可能電力で電気分解して作るグリーン水素と同じじゃないかと思われるかもしれない。しかし、水(液体)の分解エネルギーが285.84kJ/mol、メタンのそれは24.84kJ/molであるからターコイズ水素で使用する電気量は原理的にグリーン水素よりもはるかに小さくて済むことになる。

原料をどうするか

ターコイズ水素の原料となるメタンは天然ガスにたっぷり含まれている。天然ガス中のメタンの含有量は産地によっても違うが普通は90%程度。その他の成分もエタンやプロパンなどメタンに近い成分だから、メタンが分解するときについでに分解されて水素と炭素になってくれるだろう。

日本は東南アジアやオーストラリア、中東などから大量の天然ガスを液化天然ガス(LNG)の形で輸入しているから、このLNGを使ってターコイズ水素を作ることができる。天然ガスの産地でターコイズ水素を作って日本に運んでもいいが、液体にするために-253℃まで冷却しなければならない水素を運ぶより、-162℃ですむLNGの方が輸送が楽だろう。

家畜の糞尿や下水処理場で発生する汚泥を発酵させたメタンを使ってもいい。この場合は、大気中のCO2を増やさないどころか、むしろ大気中のCO2を減らしてしまうカーボンネガティブとなる。

あと日本近海の海底に大量にあると言われるメタンハイドレート。これも成分はメタンだから、もしこれが経済的に採掘できるようになれば※、ターコイズ水素の原料としても使えるだろう。

現在の技術開発状況

海外では、ターコイズ水素の製造方法については、いくつかの技術が提案され、すでに一部は小規模な製造段階に入っている。その概要を以下に簡単に紹介したい。(これらの技術はまだ新規なものが多いため情報量が少なく、記述内容の一部については推定が含まれます。また、開発状況によって技術内容が変更されることがあります)

・Monolith Materials(モノリスマテリアルス)社

高圧電極から発生するアルゴンプラズマによってメタンを1,650℃程度に加熱して分解する。電極に使われるグラファイトは触媒として分解反応を促進する働きもある。2020年にアメリカネブラスカ州で小規模なプラントが完成していて、カーボンブラック14,000トン/年、水素約2,500トン/年の生産能力を有しているが、さらに大型のプラントが建設中である。日本の三菱重工業(株)が出資している。

・BASF社

BASF社は移動床式反応器でのメタン分解プロセスを開発している。メタンは反応器の側面から入り、外部の電源で1,000℃に加熱されて水素と炭素に分解される。水素は反応器の上部から排出され、炭素は反応器の下部に降下流動しながら顆粒状となって排出される。ドイツのルートヴィッシャーフェンに実験室規模の反応器があるが、現在、より規模の大きなパイロットプラントが建設されている。

・Hazer(ハザー)社

Hazer社は酸化鉄触媒を使った流動床反応機によるメタン分解装置を開発している。メタンは反応器下部から導入され、外部加熱によって900℃まで加熱された粒状の触媒内を上昇していく間に分解する。生成した炭素は触媒表面に付着した状態で水素と一緒に反応器から排出される。2016年から西オーストラリアでパイロットプラントが運転されており、商業規模のプラントへの移行が開始されている。

・C-Zero(シーゼロ)社

カリフォルニアのC-Zero社は溶融塩触媒中でメタンを650℃に過熱することによって分解するプロセスを開発している。このプロセスでは外部加熱によって加熱溶融された塩(塩化マンガンなど)の下部からメタンが挿入され、溶融塩の中をバブル状になって上昇していく間に分解されて水素と炭素になる。C-Zero社についても三菱重工業(株)が出資している。

・Ekona Power(エコナパワー)社

カナダのエコナパワー社が開発しているプロセスは、加熱されて高温になった細いチューブにメタンを通過させて無触媒で熱分解する。作られた水素の一部を燃料として用い、パルス燃焼技術を用いて分解反応に必要な高温を得る。生成した水素と炭素は一緒に排出され、反応器の外で分離される。日本の三井物産が出資している。

・日本国内

国内では、住友化学がマイクロ波化学と連携してマイクロ波でメタンを分解するプロセスを、戸田工業とエア・ウォーターが鉄系触媒とDMR連続式回転炉を使ってメタンを分解するプロセスを開発中である。後者は副生する炭素がカーボンナノチューブの形で排出されるのが特徴である。

副生炭素をどうするか

賢明な読者の皆さんは既にお分かりであろうが、ターコイズ水素の一番の問題は、水素と同時に炭素ができてしまうことである。単純に計算すると1トンの水素を作るために3トンの炭素が発生する。むしろこの炭素の処分量によって、ターコイズ水素の生産量が決まってしまうことになるだろう。

・炭素は地下に廃棄する

ひとつの方法は、生成した炭素を廃棄してしまうことである。そんな乱暴なと思われるかもしれない。しかし、例えば、カナダのような非常に広大な面積を持つ国では、森林地帯の樹木を取り除き、表土をはぎ取って、ここに副生した炭素を捨てるという方法もあるだろう。廃棄された炭素の上を土で覆い、その上に植林すれば、今までと変わらない環境に戻るはずである。

既に述べたブルー水素は、製造時に生成したCO2を地下に貯蔵する(実際には廃棄する)という方法である。ただし、気体であるCO2を地下に廃棄するには、かなり高度な技術が必要となるし、適地が限られると言う問題がある。

ターコイズ水素の場合は、廃棄するのが気体のCO2ではなくて固体の炭素である。固体炭素であれば、気体のCO2より廃棄が簡単であろう。例えば石炭はほぼ炭素でできているが、数億年に渡って地下に眠っていたわけであるから、石炭と同じような成分を持つ副生炭素を地下に廃棄しても、それほど問題にはならないのではないだろうか。

しかしながら、副生炭素をそのまま廃棄してしまうのはいかにももったいない。
メタン1モルで1モルの炭素と2モルの水素ができるが、メタンの発熱量は889kJ/モル。水素の発熱量は2モルでは572kJである。つまり、ターコイズ水素を作るとメタンの持つエネルギーの3分の1ほどを失ってしまうことになる。もったいないだけでなく不経済である。

そこで、副生した炭素を捨てるのではなく、できるだけ有効利用すべきである。それには以下のような方法がある。

・カーボンブラック

炭素は現在でも活性炭や電極として使われるほか、粉状の炭素はカーボンブラックと称して、タイヤなどゴム製品の補強材や活性炭やインク、顔料、トナーなどさまざまな用途に使われている。

世界のカーボンブラック生産量は1,000万トン以上あるが、これをすべてターコイズ水素で副生される炭素に置き換えた場合、330万トンのターコイズ水素を製造できることになる。ただし、日本のLNG輸入量が年間7,500万トンであることを考えると、ターコイズ水素の生産量はかなり限られてしまうことになる。

・炭素繊維、カーボンナノチューブ

炭素繊維はその名のとおり炭素で作られた繊維である。軽いけどもとても強いという特徴があるため、構造材料として様々な用途で使用されている。PAN系とピッチ系があるが、副生炭素を使うならピッチ系だろう。

炭素繊維はPAN系、ピッチ系とも日本が強い分野であるが、ピッチ系のメーカーとしては三菱ケミカル、クレハ、大阪ガスケミカル、日本グラファイトファイバーがある。

カーボンナノチューブは炭素が筒状に丸まったような化学構造をしている特殊な化学構造を持った物質である。これも軽くて強いので様々な用途への応用が期待されているが、これも日本が強い分野である(ちなみにこの化学構造を解析したのは日本の科学者である)。

ターコイズ水素は日本を救えるか

現在、我が国で最も発電量の多いの発電方式が天然ガス火力発電で、全発電量の4割弱を占める。しかし、天然ガスを使って発電すれば、石炭火力ほどではないけれどCO2が出てくる。

そこで、既存の発電設備でターコイズ水素を使ったらどうだろうか。例えば既存の天然ガス火力発電所内に、ターコイズ水素を製造するプラントを作っておき、輸入してきたLNGを原料として水素を取り出し、その水素を燃やして発電する。そうすれば、CO2を発生させずに火力発電を行うことができる。

ボイラーの燃焼バーナーを天然ガス用から水素燃焼用に改造する必要があるが、LNGの受け入れ設備や貯蔵設備、発電設備や復水設備その他、ほとんどの設備は既存の設備をそのまま使うことができる。

問題は副生する炭素だが、これはできれば炭素材料として使うことが望ましい。幸い炭素繊維やカーボンナノチューブは日本が得意とする分野である。石油から石油化学工業が勃興したように、ターコイズ水素から炭素化学産業が発展するかもしれない。

日本には多数の天然ガス火力発電所がある。炭素を使った製品についても日本は豊かな技術力を持っている。もし、メタンハイドレートの経済的な採掘が可能となったとしたら原料を国内で調達できる※。これらのことを考え合わせると、ターコイズ水素は、日本に向いたエネルギー源ではないか。日本を救う技術になるかもしれない。

※この記事を書いてすぐに、読者の方からメタンハイドレートの開発は困難だという指摘を受けました。確かに開発は様々な問題があり、現在進んでいないようです。メタンハイドレートについては、このような状況にあることを注記しておきます。ご指摘いただきました読者の方には感謝いたします。

2022年2月19日

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