日本の化学会社がバイオナフサを輸入
旭化成と出光興産が共同出資するPSジャパンは、2023年1月から千葉県袖ケ浦でバイオプラスチックの一種であるバイオマスポリスチレンの生産を始める。原料はバイオナフサだ。出光興産が台湾の奇美実業や三菱商事と組んでフィンランドに本社があるネステ社から輸入する。
それに先立つ2021年5月には、三井化学が豊田通商を通じて、やはりネステ社からバイオナフサを輸入する契約を結んでいる。三井化学もバイオナフサを使ってバイオプラスチックを製造する。
バイオプラスチックってなに?そしてバイオプラスチックを作り出すバイオナフサとはいったい何物?簡単に解説したい。
バイオプラスチックはCO2フリー
石油の用途は自動車や工場、暖房用などのエネルギー源だけじゃない。石油化学製品の原料としても重要だ。主な物はプラスチック(63%)、合成ゴム(12%)、合成繊維(7%)、塗料(4%)、合成洗剤(3%)などだ(カッコ内の数字は日本で生産される石油化学製品の割合)。いずれも私たちの生活に欠かせないものだ。
特にプラスチックは身の回りに溢れている。プラスチックというと容器や包装材に目がいくが、自動車や電気製品の部品や、医療衛生用品、建材、スポーツ用品など、様々な場面で私たちの生活を支えている。もしこれらの石油化学製品がなければ、私たちの生活は本当に不便なものになってしまうだろう。
しかしながら、近年はプラスチックの弊害も指摘されている。ひとつは海洋汚染の問題だ。廃プラスチックが海に流れ、環境に様々な問題を引き起こしている。この改善には廃プラスチックを徹底的に回収することが大切だろう。その点、わが国の廃プラスチック回収率は85%もある。世界的に見ても優秀だ。
しかしながら、わが国では回収されたプラスチックの大半が焼却処分されている。これはいただけない。なぜならプラスチックの二つ目の問題、地球温暖化の原因となるCO2が発生するからだ。プラスチックも燃やせばCO2が発生する。プラスチックの原料は石油だから、石油を燃やしたのと同じことだ。
そこで今、注目を浴びているのがバイオプラスチック。石油ではなく植物から作り出されるプラスチックだ。もともと、植物は空気中からCO2を吸収して、酸素Oを排出し、残りの炭素Cで自分の体を作っている。植物を燃やせばその炭素Cと空気中の酸素Oが結びついてCO2を発生するが、そのCO2はもともと空気から植物が取り入れたものなので、結果的に空気中のCO2を増加させない。
つまり植物を燃やしてCO2が発生しても、なかったことにしてくれるのだ。このような関係をカーボンニュートラルということはご存知のことだろう。ということで、バイオプラスチックも植物を原料として作られているので、燃やしてもCO2は発生しなかったことになる。
ではどうやって植物からプラスチックを作るのか。これにはいろいろな方法がある。例えば、昔よく使われていたセルロイドは綿から作られる。これも立派なバイオプラスチックだ。最近ではサトウキビやトウモロコシから作られたバイオエタノールや、家畜糞尿などから発生するバイオメタンを原料としたものも検討されているが、ここで取り上げるのはバイオナフサだ。
ナフサからどうやってプラスチックを作るのか
ではバイオナフサとは何か。これを説明する前に、そもそもナフサとは何なのか、から説明しよう。
現在のプラスチックの原料はもちろん石油である。油田から掘り出されたばかりの石油、つまり原油は、まず蒸留して沸点の違いによっていくつかの成分に分けられる。ナフサはそのうち、沸点が30から180℃くらいの比較的沸点の低い部分だ。
このナフサは炭素と水素からできていて、1個のナフサ分子に含まれる炭素の数が4個から8個。この炭素たちが鎖のようにつながった構造をしている。
これをナフサクラッカー(エチレンクラッカー)という装置で、900℃前後の温度で加熱してやると炭素と炭素のつながりが切れて、炭素数2個のエチレンや炭素数3個のプロピレン、4個のブタジエンなどができる。これらが基礎原料となってプラスチックや合成ゴム、合成繊維など多彩な石油化学製品が作られる。
この基礎原料となるナフサを石油ではなく植物、すなわちバイオマスから作ったのがバイオナフサである。
ネステは植物油からディーゼル燃料を作っている
では、いよいよどうやってバイオナフサが作られているのかを説明しよう。
冒頭に掲げた出光興産も三井化学もバイオナフサの購入先はフィンランドの企業ネステ社だ。バイオナフサを作って商業的に販売しているのは、私の知る限りは今のところ、この企業しかない。
バイオナフサの原料は植物油。おなじみの大豆油やナタネ油。東南アジアでよく使われているパーム油。それに調理に使ったあとに廃棄される廃食用油などである。植物油はどれでも化学構造は大体同じで、トリグリセリドとよばれる構造をしている。これは炭素数3個からなるグリセリンに脂肪酸が3つ、酸素を仲立ちとして結合した構造をしている。
ネステ社は、この植物油に水素を混ぜ、5MPa(メガパスカル)程度の圧力を加え、400℃程度の温度でニッケルやコバルト、モリブデンなどを主体とした触媒の粒の間を通すことによって水素化分解という反応を起こさせる。
この反応が起きるとグリセリンと脂肪酸がばらばらに分離する。グリセリンはプロパンになり、脂肪酸は炭素数が15個から18個程度の炭素と水素からできた化合物、すなわち炭化水素というものになる。この炭化水素は石油からつくられた軽油とほぼ同じ化学構造を持つから、そのままディーゼル車用の燃料として使うことができる。
ネステ社はこの製造プロセスをNExBTLと名付け、このプロセスで製造された軽油をMy Renewable Dieselと称している。この燃料は通常の軽油に比べて温室効果ガスの排出量が90%少ないうえに、燃焼品質を示すセタン価が石油から作られた軽油よりも高いという優れた性能を持っている。
NExBTLプロセスでバイオナフサができる
さて、このNExBTLプロセスで植物油を処理すると、脂肪酸部分が軽油とほぼ同じ炭素数を持つ炭化水素になるため、ディーゼル燃料として使えるわけであるが、もう少し過酷な条件、例えば加熱温度を上げるとか、もっと酸性度の高い触媒を使うとかすると、脂肪酸は分解して炭素数の少ない炭化水素ができる。
できてくる炭化水素の炭素数が11個から13個程度のものは灯油やジェット燃料に、炭素数が4個から12個程度のものはガソリンに、そしてガソリンより少し少な目の炭素数4個から8個程度を持つものがナフサとなる。
つまり、NExBTLプロセスは、反応条件を変えることによって、軽油を中心としたものから、灯油、ジェット燃料を多く含むもの、ガソリンやナフサが多い物と構成比率を変えることができるのだ。
そして、原油からナフサ、ガソリン、軽油などが沸点の差を利用して分けられるように、NExBTLでも生成物を蒸留して各種の製品が作られてくる。その一つがバイオナフサというわけである。
農業でプラスチックを作る
こうやって作られたバイオナフサは、石油から作られるナフサと全く同じ化学構造を持つ。だから、今までの石油化学製品と同じプロセス、つまりナフサクラッカーでナフサを分解してエチレンやプロピレンを作り、それを基礎原料としてプラスチックや合成ゴム、合成繊維などの石油化学製品をつくるというプロセスを全くそのまま使うことができる。
しかも、製造される製品の品質はいままでの石油起源のナフサを使ったときとまったく変わらない。石油化学会社にとっては、ただ、石油起源のナフサから植物油起源のナフサに原料が代わるだけということである。
一方、バイオナフサの問題は、生産量が限られるということだろう。それは、原料となる植物油の生産量が限られるからだ。バイオナフサの生産量を増やしたいのなら、大豆、ナタネ、パームなどの栽培面積を増やさなければならないが、これは可能だろうか。
日本に限らず、欧州でも米国でも、実は休耕地や耕作放棄地はかなりの面積がある。また、ブラジルやアルゼンチンなどでは畑地として開発可能な広大な面積の草原(ジャングルではない)が存在する。
これらの土地を活用して、計画的に油糧作物を栽培して植物油を増産し、バイオナフサにして、プラスチックや合成繊維などを増産する。そうなれば、バイオプラスチックが石油にとって代わる日が来るだろう。
つまり、食料を作るのではなく、プラスチックを作る農業というわけである。砂漠の油田に代わって、大豆畑やナタネ畑がプラスチックの故郷ということになる日が来るかもしれない。
2023年4月9日
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