石油メジャーも脱炭素へ向かう
気候変動問題については、2016年にパリ協定が発効、さらに2021年に開催されたCOP26では産業革命前からの気温上昇を1.5℃以内に抑えるという目標が設定された。これを受けて、世界各国で脱炭素への動きが一段と加速している。
これに対して、石油メジャーはどう考え、これからどう行動していくのだろうか。
かつて(今もそうかもしれないが)、石油メジャーは気候変動対策には消極的と言われてきた。石油メジャーは石油を採掘して精製して販売するビジネスである。石油製品を使えば、温室効果ガスが出るが、その温室効果ガスの排出を抑えようというのが脱炭素政策である。
この政策が進めば、当然ながら石油メジャーの基本的なビジネスモデルが立ち行かなくなる。このため、石油メジャーは気候変動懐疑論を主張する学者や評論家を裏で支援したり、議会のロビー活動で脱炭素政策に対して圧力を掛けたりしてきたと言われている。
しかし、石油メジャーもさすがに脱炭素政策には対抗できなくなりつつある。例えば、エクソンモービルは2021年の株主総会で、いわゆる「物言う株主」から気候変動対策が不十分だと指摘され、その株主が推す人物2名を取締役に選任せざるを得なくなった。
また、ロイヤルダッジシェルが昨年2月に発表した計画では、石油・ガス生産を段階的に縮小し、再生可能および低炭素ビジネスを拡大するこという目標を掲げている。この目標は5月の株主総会で88.74%という圧倒的な賛成を得て可決されている。
このような脱炭素へ向けた動きの中、今年2022年3月に、やはり石油メジャーの一角であるbp(ブリティシュ・ペトロリアム)社からエネルギーアウトルックという報告書(以下「bpアウトルック」)が公開されている。bp社はいわゆるbp統計と言われるレポートを毎年公開していることで知られる。bp統計は主に、現状のエネルギーの動向を網羅したものであるが、これに対してbpアウトルックはエネルギーの将来動向を予測したものである。
今回は、このbpアウトルックから、bp社が今後の石油業界をどのように予想しているかを紹介し、さらに石油メジャーが今後、どのような方向を目指すのかを推定したい。
地球温暖化対策が進めば石油の需要は激減する
このレポートでは、bp社は次の3つのシナリオを想定して将来を予測している。
① ニューモーメント シナリオ
② アクセレレート シナリオ
③ ネットゼロ シナリオ
これらのシナリオの前提については残念ながら、アウトルックには詳細が記されていない。しかし、①については、基本的に2020年版と同じ現状維持だが、これに最近の脱炭素に関係する動きを加味したシナリオ。②は脱炭素の動きがさらに加速したシナリオ。③は世界が2050年の温室効果ガス排出量を実質的にゼロにする方向に突き進んだシナリオ。と推定している。
では、それぞれのシナリオで石油の需要はどうなるのだろうか。
下の図のように、石油需要はコロナパンデミック前(2019年)に比較すると、やや持ち直すものの、そのあとは①、②、③のどのシナリオでも減少していくと予想されている。
2050年時点では、①では20%ほどの減少に過ぎないが、②では約半分に、③では現在の8割ほど減少する。
石油需要が減少する主な理由は輸送用燃料の減少だ。輸送用燃料とは自動車、航空機用および船舶用の燃料である。現在はこれらの輸送用燃料は石油がほぼ100%を占めているが、2050年には大幅に減少して、他のエネルギー源に置き換わっていくことになる。
また、①のシナリオでは、石油需要減少の主な要因はこの輸送用燃料のみと考えられているが、②や③のシナリオでは、暖房用や産業用燃料も石油から他のエネルギー資源に移っていくと考えられている。
石油の需要は新興経済国と石油化学原料へ
このbpアウトルックでは、石油の需要はどのシナリオでも完全にゼロになるとは想定していない。では、石油は何に使われるのか。
ひとつは、新興経済国。すなわち中国やインド、ブラジルなどの国々は経済成長が継続するため、石油を含むエネルギー需要が成長する。それにつれて石油の需要も増加してくる。このため、将来の石油需要は先進国から新興経済国へ重点が移っていくと考えらえる。
もうひとつの石油の用途は石油化学等の原料だ。つまり、石油はエネルギー源ではなく、プラスチックや合成繊維、その他の石化用原料として使われることになる。
今後、石油はエネルギー源として使われることが減り、一方でプラスチックなどの石油化学製品の需要は世界的増えていく。このため、石油需要全体に占める石化原料の割合は増加していくことになる。現在、石油需要のうち、石化原料として使われる割合は20%弱であるが、2050年には、①シナリオで30%弱、②シナリオで35%、③シナリオで50%にまで増加する。
原油の供給
原油の生産についても、コロナ前の水準に戻り、しばらくは増加が続く。この時期には米国のタイトオイル(シェールオイル)の生産が増加し、一方OPECは価格維持のため供給を絞る。このため、OPECのシェアは低下する。
しかし、脱炭素化の進展によって、次第に石油需要が減少していくことになる。すると生産コストの高い米国のタイトオイルの生産量が低下していく。このため、全原油生産量に占めるOPEC諸国の割合が増加してくると予想されている。
現在、世界の原油生産量におけるOPECのシェアは35%から40%程度であるが、2030年頃には30%から35%まで低下し、その後、2050年には43%から47%程度まで増えていくとbpアウトルックでは予想している。
なおbpアウトルックでは以下のような面白いグラフを紹介している。
これは原油生産に伴って発生する温室効果ガスの量(炭素強度)を各国毎に示したもので、カナダやリビア、ナイジェリアなどの国々で炭素強度が高く、サウジアラビア、UAE、クウェートなどの湾岸諸国で低くなっていることが分かる。
今後、原油の採掘についても、できるだけ温室効果ガス発生が少ないことが求められるならば、炭素強度の高い油田よりもより低い油田に開発投資が向かっていくものと予想される。
石油メジャーはこれからどうする
以上がbp社が予想する、今後の石油の未来である。それに対してbp社が今後どのように対応するかについては、今回紹介したbpアウトルックには何の言及もない。
シナリオ①ならまだ石油需要は80%くらいは残るので石油ビジネスは続けていくことが可能であろう。しかし、②や③のシナリオなら、現在の石油ビジネスは非常に苦しくなる。燃料としての用途が非常に少なくなるか、ほとんどなくなってしまうからだ。
「脱炭素化への移行は世界のエネルギー市場を完全にリストラクトしてしまうことになる。多様なエネルギー資源のミックスとなり、競争が激しくなり、採掘業者利益が移行し、消費者の選択が大きくなる」と、この報告書では述べている。
もちろん、エネルギー需要はなくなることはない。石油から他のものに移っていくだけだ。だから、石油メジャーも今後は、石油以外のエネルギー資源をビジネスとしていくことが考えられる。あるいは、石油を使うにしてもプラスチック等の原料分野だ。
では、石油以外のエネルギー源とは何か。もちろんそれは石炭や天然ガスではない。(bpアウトルックでは、①のシナリオでは、天然ガス需要はこれからも少しずつ増えていくが、②や③のシナリオでは石油と同様に減り続けると予想している)
bpアウトルックで取り上げている石油に代わるエネルギー源としては、まず太陽光や風力で作られた電気である。これらの再生可能エネルギーの発電コストは、今後も低下していき、太陽光発電コストは2050年において現在の40%から75%まで、風力も30%程度まで低下するとbpアウトルックではみている。
輸送用燃料については、乗用車は電気自動車に置き換わる。電動化が難しい大型トラックについては電気とともに水素が導入され、走行距離比較で15%から20%を占めると予測している。
航空機については電動化は困難である。①シナリオでは航空機燃料は2050年においても現在とほぼ変わらず石油に依存することになるが、②と③では持続可能航空燃料(SAF)が石油にとって代わると考えられている。
SAFの主体はバイオ燃料であるが、③のシナリオではバイオ燃料と並んで合成ジェット燃料の増加も見込んでいる。
船舶についてはH燃料(CO2発生の少ない製法で作られた水素をメタノール、合成ディーゼル、アンモニアのような液体に加工した燃料)が用いられるだろう。
今後、石油需要が減少すれば、その分、非化石エネルギー源が増加することになる。つまり、脱炭素が進めば進むほど非化石エネルギー源が今後の成長分野となる。具体的に言えば、太陽光、風力、バイオマス、水素といった分野、あるいはCCUSについてもbpアウトルックは言及している。また、石油化学への注力もあるだろう。
今後、世界が①のシナリオで進むなら、石油メジャーもそれほど大きな方向転換を必要としないだろうが、②や③の方向に進んでいくのなら、新たな分野へ進出することが必要となる。
どのシナリオに沿って世界が進んでいくのかを見極めながら、石油メジャーはこれらの非化石エネルギー分野に進出していくのではないだろうか。恐らく、彼らはもうその準備を始めているだろう。
2022年5月5日
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