こども園での園児置き去り事故  日本には事故を防ぐ方法がある

5日、静岡県牧之原市の認定こども園で3歳の園児が送迎バスに5時間にわたり置き去りにされ、熱中症で亡くなるという痛ましい事故が起こりました。その約1年前にも福岡県中間市の保育園で5歳の園児が送迎バスに9時間置き去りにされて、亡くなるという事故も起こっています。なぜ、過去に起こったことの教訓が生かされずに事故が繰り返されるのでしょう。

新聞によると、死亡事故には至らなかったけれど、園児が送迎バスに閉じ込められるという事例が繰り返し起こっていると言います。このような話を聞くと、思い出されるのがハインリッヒの法則です。1件の大きな事故の背後には29件の中規模な事故があり、さらにその背後に300件の小さな事故が起こっているという法則です。これは小さな事故が起こったときに有効な対策を講じておけば、大きな事故は防げるという教訓です。

物を作る工場や化学工場、工事現場などでは、重機械や危険物を使い、高所作業などもあるため、ちょっとしたミスが大きな事故につながります。そのような事故を防ぐために、様々な手法が、特に日本で開発されているので紹介したいと思います。

これらの手法は、決してスマートなものではなく、ハイテクを使ったものでもありません。むしろ泥臭いものですが、非常に有効です。下の図で示されるように、我が国は世界的にも労働災害が非常に少ない国であることが分かります。これらの手法が事故防止に大きな貢献をしていると思います。

せっかく、このような手法があるのですから、今回の園児の死亡事故についても、これらの手法を使ったらどうかという提案をしたいと思います。以下に、その手法について紹介します。

なぜなぜ分析

これは自動車メーカーのトヨタが作り出した手法です。
事故が起こったときには、その事故が再発しないように原因を究明して、適切な対策を取る必要があります。なぜなぜ分析は事故の直接的な原因だけでなく、その原因がなぜ発生したのか、その原因の原因がなぜ発生したのかと、「なぜ、なぜ」と何度も繰り返すことによって事故の本当の原因を探り出し、有効な対策を取る手法です。

例えば、牧之原の認定こども園の事故の場合、次のようになぜなぜ分析を行っていきます。

なぜ園児が死亡したのか→熱中症になった
なぜ熱中症になったのか→送迎バスから出られなかった
なぜ送迎バスから出られなかったのか→保母が園児を連れ出さなかった
なぜ園児を連れ出さなかったのか→全員を連れ出したと思った
なぜ全員を連れ出したと思ったのか→リストに載っていなかった
なぜリストに載っていなかったのか→‥‥

実際には、一つのなぜにいくつもの原因があることもあります。これらの原因をすべて洗い出し、そのうち、最も有効な対策を講じることのできる原因を特定して、対策を取って行きます。

ヒヤリハット

事故にはならなかったが、事故につながりかねない体験をヒヤリハットといいます。つまり、もう少しで事故になるところでヒヤリとしたとか、事故になる直前に気が付いてハットしたとかいう体験です。これはハインリッヒの法則でいうところの小規模な事故に相当します。

このヒヤリハットを経験すれば、ああびっくりしたで終わらせずに、それを報告して(顕在化)、関係者で議論して有効な対策を取っておくことによって大きな事故につながるのを防ぐことができます。

例えば、出席リストにない園児が登園していたという場合、それ自体は事故ではありません。しかし、園児の点呼をするときに、その園児がいなくても見落とす可能性があるため、今回のような大きな事故につながりかねません。なぜ、リストにないのか、きちんと原因を調べて対策を取っておく必要があります。

指差呼称

チェックを行うときに、チェックの対象を指差し、「よし」と呼称することを指差呼称といいます。同じチェックを行う場合でも、目視だけでは見落としてしまうことを確実に行うことができます。

送迎バスから園児を降ろしたあと、園児が取り残されていないか確認するために、職員がバスの一番後ろまで行き、各座席を点検しながら戻ってきます。このとき、各座席で一旦立ち止まり、座席を指差して、「よし」と呼称します。こうすれば、座席の陰になって見えない園児がいないかも確認することができるでしょう。

問題は、指差呼称するのが恥ずかしいと感じる人がいることです。しかし、これは慣れの問題で、指差呼称に慣れてしまえば、かえって指差呼称しないと気持ちが悪いと感じるよう様になります。

危険予知訓練

写真や図を見て、その中にどのような危険が潜んでいるかを探し出す訓練です。この訓練を繰り返すことによって危険を見つけ出す能力が高まり、事前に事故を予知することができるようになります。

例えば、下のような写真を見て、普通の写真と考えるか、これって危ないんじゃないかと感じるかということです。

危ないと思えば、自然に体が動いて危険を避けようとするでしょう。問題は、危険なのに危険だと認識できないということです。

水平展開

水平展開とは、事故の事例やその原因、対策をその事故が起こった部署だけでなく、他の部署でも共有することです。

他の部署で起こった事故を知ることによって、自分の部署でも起こる可能性があるなら、その対策をとっておく。これによって事故が起こった部署と同じ事故を起こさずに済みます。

今回の牧之原こども園の事件でも、その約1年前に福岡県でほとんど同じ事故が発生しています。その情報も入っていたはずなのに、同じ事故が起こってしまいました。事例の水平展開ができていなかったと言わざるを得ません。

日本全国のこども園、保育園での事故については、例えば認定こども園協会のような組織が事故事例を集計して、全国のこども園に事例を紹介、定期的に講習会を開くような仕組みが必要ではないでしょうか。

事故はなぜおこるのか:スイスチーズモデル

事故はなぜ起こるのでしょうか。多くの場合、いくつもの要因が重なって起こります。この関係はよくスイスチーズモデルで説明されます。

スイスチーズモデル

スイスチーズにはランダムに穴が開いています。これを何枚も重ねると、穴の部分と、穴でない部分が重なって、向こうが見えません。しかし、たまたま穴と穴の位置が同じになると、向こうまで見えることになります。

この穴が事故の原因です。事故の原因があっても、他の原因と一致しなければ事故にはなりません。何事もなかったように過ぎていきます。しかし、たまたま穴と穴が一致すると、事故が起きてしまうのです。

牧之原の事故の場合は、いくつかの原因が指摘されています。

  • 送迎バスの乗り込みチェックリストに被害園児の名前が漏れていた
  • 被害園児が園内にいないにも拘わらず登園したことになっていた
  • 本来の運転手が休みのため代わりに園長が運転していた
  • 職員が園児降車後の車内確認をしなかった
  • 送迎バスの窓がラッピングされていて外部から確認できなかった

などが事故の原因として挙げられています。

これらの事故の原因がスイスチーズの穴の部分になります。そして、その穴がたまたま重なってしまったために事故が起こったのです。逆に言えば、これらの原因のひとつでも塞がっていれば、(例えば、窓がふさがれておらず、園児が窓をたたいて助けを求めたとか)園児が死亡することもなかったかもしれません。

今回のこども園の事故では、この穴(事故の原因)がいくつもあって、それが重なってしまったということです。実は、ほかのこども園でも、穴はたくさんあるのに、たまたま穴と穴が重ならずに、重大な事故を回避できていただけなのかもしれません。

事故の原因となる要因(穴)と要因(穴)が重ならないようにするには、できるだけ穴の数を減らし、できるだけ穴を小さくする必要があります。そのために上に挙げた手法が使われるのです。

大切な命を救うためには日ごろから事故が起こる可能性をできるだけ早く見つけて、塞いでおく地道な努力が欠かせません。そのためのいろいろな手法が特に日本で開発されているのです。

2022年9月14日

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