アメリカ海軍は海水から燃料を取り出す技術を開発した? ウソじゃないけれど…

アメリカ海軍は石油から解放された?

アメリカ海軍は海水から燃料を取り出す技術を開発した。これによって、アメリカ海軍の艦船は海水を燃料として永遠に航行することができるようになる。という話がまことしやかに流れています。本当でしょうか。

2014年4月9日「アメリカ海軍が海水から燃料を取り出す方法を開発した」という、衝撃的な記事がニューズウィーク(日本語版)に掲載されました。この記事によると、「米海軍の科学者たちは数十年の歳月を経て、ついに世界で最も難解な挑戦の1つを解決したかもしれない。それは、海水を燃料に変えることだ。」と言うのです。

さらに、「(アメリカ)海軍が所有する288の艦船は、核燃料で推進するいくつかの航空母艦と72の潜水艦を除き、石油に頼っている。この石油依存を解消できれば、石油不足や価格の変動から軍は解放される」とも書かれています。

これだけを読むと、まるでアメリカ海軍は海水から燃料を取り出し、その燃料を使って原子力空母と潜水艦以外の艦船を航行させることができる技術を開発したように受け取れます。この記事を読んだ方々もそう思うでしょうし、多分、この記事を書いた記者もそう思って書いたのでしょう。
記事には「(海水から取り出して燃料を使って)石油依存を解消できれば、石油不足や価格の変動から軍は解放される」と書いてあるのですから、そうですよね。

アメリカ海軍は海水から燃料を取り出す技術を開発した?

これが事実なら実は大変なことです。なぜなら海水から燃料を作り出して艦船の動力源にできるのなら、海水から作りだした燃料で自動車も動かせるし、発電もできる。これで、世界のエネルギー問題も一挙に解決。CO2排出による地球温暖化も過去のものになってしまいます。

でも、残念ながら違うんです。

何事にも疑り深い筆者はこの記事のあら捜しを始めました。それで、とりあえず「sea water(海水)」「fuel(燃料)」「U.S.Navy(アメリカ海軍)」のようなキーワードで英文の記事を検索してみました。すると、このニューズウィーク(日本語版)の記事と同じような内容の英文の記事がいくつも見つかりました。
しかし、これらの英文の記事を読んでみると、重要なところでニューズウィーク(日本語版)と若干ニュアンスが違うのです。

これらの英文の記事を読んでみてわかったことは、アメリカ海軍で海水から燃料を取り出す技術の開発が進められているのは事実です。しかし、この燃料は航空機に用いられるとは書かれてありますが、船の航行用に使うとはどこにも書いてないのです。なぜ航空機で使用できるのに、艦船航行用には使えないのでしょうか。

結論

  • アメリカ海軍は海水から燃料を取り出す技術の開発に実験室レベルで成功した
  • この燃料を製造するためには、膨大なエネルギーが必要となるが、このエネルギーは空母に搭載された原子力エネルギーで賄われる。
  • このため、一般の船舶で海水から燃料を取り出して船の燃料とすることはできない。
  • 海水から燃料を作る技術は、要するに空母のありあまる原子力エネルギーを艦載機の燃料として使うのが目的である。



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海水から燃料を取り出す方法

海水から燃料を取り出す技術は米国特許として申請されています。その特許に添付されたプロセス図を見てください。

海水から燃料を取り出すプロセス図

この図は、海水から水素と炭酸ガス(二酸化炭素)を取り出すプロセスを示したものです。このプロセスでは、海水はまず、酸性化セルとよばれる設備の中でイオン交換法によってH+をNa+イオンに転換することによってpH6.5以下の酸性にされます。海水が酸性化されると、炭酸ガスの溶解度が減るので、海水はそれまでに溶解していた炭酸ガスを放出します。この炭酸ガスを減圧蒸留法によって取り出します。

また、イオン交換に使われる電極から水素が発生するので、この水素も減圧蒸留によって取り出すことができます。このように、このプロセスでは海水からまず、炭酸ガスと水素を取り出します。

次のステップで炭酸ガスと水素からジェット燃料を製造するわけですが、この方法は金属触媒を使うというだけで詳細は分かりません。しかし、一酸化炭素と水素から液体燃料を作る方法については、フィッシャー・トロプシュ合成反応としてよく知られています。

何らかの方法で炭酸ガスから酸素1個を取り去って一酸化炭素を作りだせば、そのあとはフィッシャー・トロプシュ反応を起こさせて、液体燃料とすることはできます。
このような方法なら、なるほど海水から液体燃料を作り出すことは可能でしょう。

そもそも、ジェット燃料は炭素と水素からできていますから、何らかの方法で炭素と水素を組み合わせればジェット燃料ができます。だから、海水に溶けている炭酸ガス取り出し、これを炭素源とし、また海水に含まれる水素を取り出して、これを水素源とすれば、この二つを組み合わせてジェット燃料を作ることができます。
ジェット燃料だけではなく、原理的には、この方法によってプラスチックでも、合成繊維でも、医薬品でも、大概の有機物は作り出すことができます。それが化学(ばけがく)です。

問題はエネルギー収支

ただし、この反応を行わせるためには大量にエネルギーが必要となります。図にも示されていますが、酸性化セルを作動させるためには電力供給が必要ですし、この図には示されていませんが、炭酸ガスから一酸化炭素を作るときにも大量の熱エネルギーが必要となります。

この海水から燃料をつくるために消費されるエネルギーは、プロセスをどんなに改良しても、どんなに効率化しても一定量が必要となり、その量は必ず製造されたジェット燃料の持つエネルギーよりも大きな量になります。(そうでなければ永久機関になってしまう)

つまり、海水からジェット燃料を作り出すことはできますが、そのためには、その製造されたジェット燃料が持つエネルギーよりも多くのエネルギーを消費してしまわなければならないというのが自然の掟なのです。

海水燃料で艦船を動かせるか

上に述べたアメリカ海軍が開発している技術によって、海水からジェット燃料を製造することができます。では、そのジェット燃料を使って艦船を走らせることは可能でしょうか。それは十分可能だと思います。アメリカ海軍の艦船の燃料は軽油ですが、ジェット燃料は軽油に化学的に近い燃料ですから、艦船で使うことも可能です。

ちょっと余談ですが、以前米軍はジェット燃料で戦車を走らせようとしたことがあります。大量の戦車や戦闘機や戦闘ヘリを使った作戦では、戦車用の軽油と戦闘機用のジェット燃料を、それぞれ別々に補給しなければなりません。ジェット燃料を軽油の代わりに戦車の燃料として使えれば、ジェット燃料だけを補給すれば良いわけですからずいぶん楽になります。

実際には、ジェット燃料には軽油のような潤滑性がないため、戦車に使われているディーゼルエンジンの主要部品が摩耗して壊れてしまい、実験は失敗しました。

しかし、艦船は戦車と違ってディーゼルエンジンではなくタービンエンジンで動いていますから、ジェット燃料でも動かすことは可能だと思われます。(そもそもタービンエンジンは原理的にジェットエンジンと同じもの)

だから、海水からジェット燃料が作れるのなら、そのジェット燃料を使って艦船を動かすことは十分可能になります。ということはアメリカ海軍の艦船は海水から燃料を作って無限に航行することができるということになるのでしょうか。

しかし、そうはなりません。

既に述べたように、海水から液体燃料を作るときには、大量のエネルギーを消費します。このエネルギーを作り出すためには燃料を消費します。そして、すでに述べたように、燃料を作り出すために消費される燃料は、作り出される燃料よりも必ず多くなります。

つまり海水から燃料を作り出すために、それよりも多くの燃料を消費するという「何をやっているのかわからん」状態になるわけです。
ですから、海水から作った燃料で艦船を走らせても意味がないのです。

では、この技術は何の役にも立たないのでしょうか。

この技術は何の役に立つのか

アメリカ海軍では、航空母艦でこの技術を使うということのようです。アメリカの航空母艦は艦内に原子炉を持っていて、非常に大量の電力や熱エネルギーを作りだすことができます。この原子炉からの豊富なエネルギーを使って海水からジェット燃料を作りだせば、作り出された燃料より多くの燃料を消費してしまうという矛盾はなくなります。作り出されたジェット燃料は艦載機用に使えばいいのです。

海水から取り出した燃料は艦載機の燃料として使われる

原子力空母は、ほとんど燃料補給の必要がなく、非常に長期間に渡って航行することができますが、艦載機については原子力で飛ばすというわけには行きません。ですから、艦載機の燃料がなくなれば、原子力空母といえども受け持ち海域を離れてジェット燃料の補給に向かうか、別途補給船からジェット燃料の補給を受けなければならなくなります。

原子炉から供給される豊富な電力と熱を使って海水からジェット燃料を作り出せば、原子力空母がジェット燃料補給のために戦線を離脱する必要がなくなり、空母運用の自由度が増すことになります。このために、海水から燃料を作る技術を使うことができます。

海水から燃料を作るというと、まるで燃料の補給を受けずに艦船が走り続けることができるように思えますが、そうではなく、実際は原子力エネルギーをジェット機のエネルギーとして使えるようにしたということ。その媒体として海水を使っているということなのです。

海水から燃料を製造したとしても、無尽蔵のエネルギー源を手にしたわけではありません。

2019年8月16日

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