2023年2月、EUは2035年以降CO2を排出する乗用車と小型商用車の販売を禁止すると発表した。これを受けて日本のマスコミはEUがエンジン車の販売を禁止するとか、電気自動車(EV)以外の販売を認めないとか、かなり乱暴に報道されている。
しかし、その後、欧州のスポーツカーメーカーのポルシェなどが異議を唱え、合成燃料(e-fuel)を使用するのであれば、CO2を排出する車両であっても2035年以降の販売を認めることが確認された。
なぜ、EUはe-fuelの販売は認めることにしたのか。もちろん、e-fuelの原料はCO2であるから、燃やして排出されるCO2と相殺されてCO2を排出しないとみなせるからであるが、それとはちょっと違った考え方もできる。
それは、e-fuelの”e”はelectric(電気)の”e”。つまり、e-fuelとは電気燃料という意味なのだ。e-fuelは電気を液体の燃料にしたもの。だからe-fuelで走る車は電気で走っているのと同じと考えることもできる。
今、世界が2050年を目標に目指しているのはカーボンニュートラル(以下CNと表記)社会だ。CN社会が到来すると、エネルギーのヒエラルキー(階層)が逆転する。電気の液体化は、このヒエラルキーの逆転と関連しているのだ。どういうことなのか。その理由を少々理屈っぽくなるが解説したい。
CN社会は化石燃料を使わない社会
我が国は2050年までにCNを達成すると宣言しているが、このCN宣言は我が国だけではない。世界141か国が同じ宣言をしており、さらに中国やインドのように目標年を2060年や2070年に設定している国を含めると、世界のほとんどの国々が将来CNを達成するという目標を立てている。
では、CNが達成された世界はどうなるのだろうか。
カーボンニュートラルとは、簡単に言えば化石燃料を使わない世界ということだ。もちろん、化石燃料を使っても排出されるCO2を回収して土の中に埋めてしまえばいいとか、CO2を排出するのは化石燃料だけではないとかいう異論もあるだろうが、全体的にみればCN社会とは化石燃料を使わない社会である。
化石燃料社会では熱から電気へ
化石燃料からエネルギーを取り出すということは、もちろん燃やすということだ。化石燃料が燃焼すると熱エネルギーが発生し、人類はその熱エネルギーを活用してきた。身近なところでは家庭やビルの暖房や調理に使われ、工場では加熱炉を使って様々な材料の加熱などにこの熱がそのまま使われる。
産業革命期に蒸気機関が発明されると、化石燃料の熱を使って高圧スチーム生み出し、この高圧スチームによって蒸気機関車はじめ様々な機械が動かされる。つまり熱エネルギーが機械エネルギーに転換されるようになった。
19世紀になってから発明された内燃機関でも熱エネルギーが機械エネルギーに転換されている。シリンダー内で石油(ガソリンや軽油)を燃焼させて熱を生み出し、その熱膨張でピストンを押してクランクを通じて回転運動にして機械を動かす。
同じく19世紀に始まった火力発電では、化石燃料を燃やしてできる熱で高圧のスチームを作り、その高圧スチームでタービンを回し、発電機で電力に転換する。つまり熱エネルギーがボイラーで高圧スチームに、高圧スチームがタービンで機械エネルギーに、機械エネルギーが発電機で電気エネルギーに転換されるわけである。
このように、化石燃料を燃やして発生する熱エネルギーを様々な形に転換して我々は利用してきたわけである。石油や石炭などから発生する熱エネルギーは一次エネルギー、電力や高圧スチームなどは一次エネルギーが形を変えたエネルギーであるから、これは二次エネルギーとよばれる。
ただし、このようにエネルギーを転換するときには熱が逃げたり、摩擦によって運動が阻害されたりするから必ずエネルギーのロスが生じる。したがって、化石燃料から得られる熱エネルギーは機械や電気に転換せず、できるだけそのまま使うことが望ましい。
例えば暖房、調理、工業用加熱炉などは化石燃料を燃やして、そのままその熱を利用するが、熱効率の点からはこれが最も無駄がない。石油を自動車で使おうとすると、その効率は20%くらいしかない。80%は排熱や摩擦などになっている逃げてしまうのである。また火力発電所で化石燃料から電気を作ろうとすると、その効率は最も良いもので60%くらい。つまり40%は捨てていることになる。
ちなみに、原子力は化石燃料ではないが、これも核分裂に伴う熱エネルギーとして取り出され、高圧スチームを経由して電力に転換される。その効率は意外に低くて30~40%くらいしかない。
このように現代社会では、化石燃料から得られる熱エネルギーが機械エネルギー、機械エネルギーが電気エネルギーにと転換されて、用途に合わせた使い方をされているわけであるが、エネルギー転換をすればするほどロスが増えて、非効率になっていく。当たり前のような話だが、難しく言えば熱力学第二法則、あるいはエントロピー増大の法則といわれる現象である。
CN社会は電気の時代になる
ではCN社会になるとどうなるか。既に述べたように、CN社会においては化石燃料が使えない。化石燃料の代わりに太陽光、風力、水力、バイオマス、地熱、潮汐力などがエネルギー源として使われることになる。これらの再生可能エネルギーの多くは、いきなり電気エネルギーで供給されることに特徴がある。
現在の化石燃料社会では一次エネルギーが熱エネルギーだったのに対して、CN社会では電力が一次エネルギーということになる。そしてCN社会では、この電気エネルギーが使用目的に合わせて熱や機械エネルギーに転換されていくことになる。
例えば、熱エネルギーが必要なときは電力を熱に転換することになる。例えば暖房はヒートポンプエアコン、調理はIHクッキングヒーター、工場で使われる加熱設備には高周波誘導加熱炉といった具合である。
また、電力を機械エネルギーに転換するときは一般的にはモーターが使われるが、そのほかにはリニアモーターや、すこし物騒だがレールガンなどがある。
このように、CN社会では化石燃料社会に対して一次エネルギーと二次エネルギーの関係が逆転することになる。エネルギー界のヒエラルキー(階層)の逆転である。
ただ、エネルギー転換を繰り返すほどエネルギーのロスが発生することは化石燃料時代と同じである。化石燃料時代は一次エネルギーが熱だったから、そのまま熱として使った方が効率的だった。
しかし、CN社会では一次エネルギーが電気だから、電気をそのまま使う方が効率的ということになる。今後、エネルギーの使用についてはできるだけ電気で行うような社会システムになっていくことになるだろう。つまりCN社会は電気の時代になる。
移動体をどうするか
CN社会では電気が主役となるが、電気では使いづらい用途もある。電気は貯蔵ができないし、送電線につながれていなければ使えないからだ。当然ながら自動車、船舶、航空機などの移動体は送電線を引っ張って移動するわけにはいかないから、電気は使いづらい。
このような移動体で電気を使うなら、電気を貯蔵できる形に転換していかなければならない。できれば、電気をガソリンや軽油のような液体に転換できないものだろうか。
電気を貯蔵すると聞いて、まず考えられるのがバッテリーであるが、いまのところまだバッテリーは重く、容量が少なく、その割に値段が高い。
次の方法が水素である。電気エネルギーを使って水を電気分解して水素にする。水素にすれば貯蔵が可能であるし、燃料電池の燃料として使えば、再び電気に転換することができる。そのまま燃やして内燃機関の燃料にすることもできる。
ただし、水素は貯蔵が可能といっても、気体だからエネルギー密度が低く、大量のエネルギーを蓄えるには莫大な容積のタンクが必要となる。冷却して液体にする方法もあるが、この場合は-253℃の極低温まで冷却しなければならない。
そこで検討されているのが水素をさらに様々な形に転換してできれば液体にすることだ。
ひとつの例がアンモニア。アンモニアは水素を窒素にくっつけた形をしている。窒素は空気中に約80%も含まれているから世界中どこでも作れるし、燃やせば水素だけが燃えて水に戻り、窒素分はそのまま空気に戻って行く。という具合でアンモニアというのは水素を貯蔵しやすい形にかえるにはいい考えだ。
といっても残念ながらアンモニアも水素と同じように気体であるから貯蔵するときには-33℃まで冷却して液体にしなければならない。水素ほどの極低温は必要ないが、アンモニアを液体燃料というのにはもう一歩届かない。
e-fuelは電気を液体燃料にしたもの
さて長々と話をしてきたが、ここからがいよいよ「なぜe-fuelは電気を液体燃料にしたものなのか」という解説である。e-fuelの場合、水素をくっつける相手は炭素である。炭素は空気中のCO2から得られる。
この炭素に水素をくっつければ常温常圧で液体のe-fuelとなる。e-fuelは含まれる炭素の数によって液体にも、気体にも、固体にもすることができるし、いままでの自動車用エンジンやジェットエンジン、船舶用エンジンなどの燃料として、ほとんどそのまま使えるという特長がある。
ではなぜe-fuelは電気を液体にしたものといえるのか。e-fuelの原料は水とCO2であり、これを燃やせば熱エネルギーを発生させ、炭素分はCO2になり、水素分は水になるから、e-fuel自体はもとの原料に戻ることになる。では発生した熱エネルギーはどこから来ているのか。それはe-fuelを作るときに使った電力である。
上の図では原料の水とCO2がe-fuelに合成され、e-fuelがエンジンの中で燃えると、また水とCO2に戻ることを示している。物質という面で見ればそうだ。しかし、エネルギーの面からみると、e-fuelを合成するとき、特に水から水素を取り出すときに電気エネルギーが使われており、e-fuelが燃えるとこれが熱エネルギーとなって放出される。つまり、e-fuelは電気エネルギーを蓄えており、使うときに熱エネルギーとして放出していると考えることができる。
つまりe-fuelは化石燃料と同じ形をしているが、炭素と水素という物質を借りて、電気エネルギーを貯蔵しているということだ。つまりe-fuelは使いにくい電気エネルギーを使いやすい液体にしたものと考えることができるというわけである。e-fuelの“e”が電気の“e”であるというのは、そういう意味である。
CN社会ではエネルギーのヒエラルキーが逆転する
化石燃料社会では熱エネルギーが一次エネルギーであり、これが機械エネルギーや電気エネルギーのような二次エネルギーに転換される。しかし、CN社会では電気が一次エネルギーであり、熱や機械エネルギーは二次エネルギーである。
ただし、ここでもエンタルピー増大の法則は成り立つから、エネルギー転換を繰り返すほどエネルギーのロスは大きくなるのは同じである。
使いにくい電気を使いやすい形にするためにe-fuelが開発されたわけであるが、できれば一次エネルギーである電気エネルギーはそのまま電気エネルギーとして使うのが望ましい。今後、エンジンはそのままでe-fuelが定着するのか、それとも移動体の方で電気に対応していくのか。
将来、性能の良いバッテリーが開発されれば、乗用車のような軽い移動体には電気がそのまま使われ、大型トラックや船舶、航空機などはe-fuelやバイオ燃料という住み分けの形になるのかもしれない。
2024年11月25日 *3