失敗した米国の第二世代バイオエタノールプロジェクト 木や草から自動車燃料を作るはずだったが…

草や木から自動車の燃料を作ることができるというと驚かれるだろうか。実は世界中、特に米国でその研究が行われて、実際に商業プラントまで建設されたのだ。

第二世代バイオエタノールが現実味を帯びてきた

バイオエタノールがガソリン代替の自動車用燃料として使われていることはご存知だろうか。特に米国やブラジルでは普通にガソリンに混ぜて使われているし、ガソリンに混ぜずに100%のバイオエタノールを燃料とする自動車も市販されている。意外に知られていないが、近年、中国や東南アジアでも生産量が増加してきている燃料、それがバイオエタノールだ。

バイオエタノールの原料は米国ではトウモロコシデンプン、ブラジルではサトウキビを絞って作られる糖蜜だ。しかし、これを農作物ではなく、木や草あるいは、今まで捨てられてきた農作物の実ではなく葉っぱや茎などから作るという技術が開発されている。木や草あるいは農業廃棄物で自動車が走る。そんな夢のようなことが本当にできるのだろうか。

まず、この二つの化学構造式を見てほしい。

同じじゃないかって?まるで間違い探しのようだが、よく見ていただくと化学構造式がわずかに違っていることが分かるだろう。Aがデンプン。つまりトウモロコシの成分だ。Bはセルロース。草や木の体を作っている成分のひとつだ。どちらもブドウ糖(グルコース)がいくつも繋がってできているのは同じだが、繋がり方が微妙に違っている。

従来のバイオエタノールの作り方は、まず原料のデンプンをアミラーゼという酵素を使って分解する。分解するとブドウ糖ができてくるから、これを酵母菌に食べさせると、酵母菌はエタノールを排出してくる。つまりは発酵だ。これを濃縮してバイオエタノールを作る。これは酒の作り方と同じ。

では、セルロースからバイオエタノールは作れないのだろうか。セルロースもブドウ糖がつながってできているのだから、これを分解すればブドウ糖ができ、ブドウ糖ができれば、これを発酵させてバイオエタノールができるはずである。

ただし、デンプンを分解するアミラーというゼ酵素は、不思議なことにセルロースにはまったく役に立たないのだ。セルロースを分解するにはアミラーゼではなくて、セルラーゼという酵素が必要となる。ただし、この酵素は値段が非常に高い。というか高かった。

ところが、このセルラーゼ酵素だが、遺伝子工学やその他のいろいろな研究開発が行われ、最近になって大量生産が可能となり、その値段も大幅に低下してきた。その結果、セルロースからバイオエタノールを製造することが現実味を帯びてきたというわけである。

つまり、今まではアミラーゼ酵素で分解することができるデンプン、つまりトウモロコシの実の部分がバイオエタノールの原料だったが、セルラーゼ酵素を使えばトウモロコシの実ではなくセルロースを原料とすることができるということだ。

セルロースというのは、植物の茎や葉っぱを形作っている物質で、植物体全体の3分の1くらいを占める。(残りはヘミセルロースとリグニンという物質)だから木材や雑草や農業廃棄物もバイオエタノールの原料になりうる。あるいは古紙や使い古しの木綿の下着だってセルロースだ。だから、これから自動車用燃料を作ることだってできるのだ。

しかも化石燃料と違って植物が原料だから燃やしても空気中のCO2の量を増やさない。地球に優しい燃料となる。

このようにセルロースを原料として作られるバイオエタノールが第二世代バイオエタノールあるいはセルロースエタノールと呼ばれるものだ。

第二世代バイオエタノールの実用化が始まった

米国は2000年代から莫大な国家予算をつぎ込んで、この第二世代バイオエタノールを実用化しようとしてきた。大企業あるいは中小、ベンチャー企業を問わず、潤沢な国の補助金を頼りに第二世代バイオエタノールの開発に乗り出していった。

ただし、国から補助金をもらって開発を進めた企業は、国から厳しい評価が行われる。そして、開発が進んでいないと判断された企業は容赦なく補助金の支給が止められ、開発は中断する。補助金を止められた企業のうち、資金力の乏しい中小、ベンチャー企業は次々に倒産していった。

そのような厳しい淘汰の末、最終的には3つのプロジェクトが生き残ることになった。ポエト-DSM、アベンゴア・バイオエナジーおよびデュポンのビッグ3とよばれる3社のプロジェクトである。これら3社は、さらに国の手厚い支援を受けて、2014年から2015年にかけて次々と商業規模の第二世代バイオエタノール製造プラントを立ち上げていった。

そして、プラントが完成すると、かれらは第二世代バイオエタノールの未来は明るいと、大声で展望を語った。そこまではうまく行った。ように見えた。

ただし、その後の運転状況については、どういうことだろう。彼らの声は途端に小さくなって、ほとんど聞取れなくなってしまったのである。この草や木から自動車燃料を作るという夢のプロジェクトはどうなってしまったのだろうか。

ポエト-DSM

ポエト社は米国のトウモロコシ農家だったブロイン一家が小さなエタノール工場を買い取ったことから始まる。その後、かれらはバイオエタノール工場を次々と傘下に収め、現在はコーンベルトと呼ばれる大穀倉地帯に33のエタノール工場を持つ、全米一のエタノール製造企業となっている。

このポエト社とオランダの酵素メーカーDSM社が組んで、第二世代バイオエタノール技術を開発していった。このプロジェクトはプロジェクトリバティと名付けられている。

プロジェクトリバティの商業プラントはオハイオ州エメッツバーグ市。ポエト社がもともと持っていたバイオエタノール工場に隣接する形で建設された。このプラントでは、主にコーンコブ(トウモロコシの芯の部分)を原料として年間7万6,000KLの第二世代バイオエタノールを製造する計画だった。

完成したの2014年9月。その完成式には広大なトウモロコシ畑が広がる田園地帯に忽然と姿を現した巨大な第二世代バイオエタノールプラントに、オランダ国王はじめ米国の農務長官まで出席。そのほか、多数の政治家や関連企業の幹部が出席して祝辞を述べるなど盛大に執り行われた。
ここまでは順調だった。

しかし、その後ポエト-DSMからのアナウンスは極端に減ってしまった。2017年には前処理装置が不調となり、その装置を納入したアンドリッツ社を告訴したとか、2018年にはプラント内で生産する予定だったセルラーゼ酵素がまだできてないとか、後ろ向きな報道があっただけである。

しかし、それでもプロジェクトリバティは第二世代バイオエタノールの生産を継続し、曲がりなりにも製品を出荷し続けていた。
ところが、2019年、ポエト-DSM社はプロジェクトリバティの操業を停止すると突然発表した。停止の理由は米国政府の政策の変更によって採算が取れなくなったためとしている。

アベンゴア・バイオエナジー

アベンゴア・バイオエナジー社は、スペインのセビリアに本拠を置くアベンゴアグループの子会社である。アベンゴアグループの事業はエンジニアリング、通信、輸送、水処理、環境、サービスなど多岐に渡っている。第二世代バイオエタノールの商業プラント建設を始めたころには、海外70か国で操業し、従業員数23,000人を抱える世界的な大企業であった。

そのアベンゴアグループのバイオエネルギー分野の事業を担っていたのがアベンゴア・バイオエナジー社で、欧州、米国およびブラジルに14のバイオエタノール工場を所有していた。

かれらの第二世代バイオエタノールプラントはカンザス州南西部のヒューゴトン市に位置する既存のバイオエタノール工場に隣接して建設された。このプラントでは第二世代のバイオエタノールを年間5万7,000kℓ製造するとともに、20MWの発電も行う設計となっていた。

このプラントは2014年10月に完成して操業を開始したが、約1年後の2015年11月に閉鎖し、従業員は全員解雇されている。ヒューゴトンのプラントを閉鎖した理由は、親会社アベンゴアグループの財政難である。

スペインにおける再生可能エネルギー補助金が削減されたことが原因といわれるが、アベンゴア社は90億ユーロの負債を抱えて破産寸前に追い込まれることになった。同社は破産を回避するため、多くの資産を売却したが、ヒューゴトンのプラントもその売却資産に含まれていたというわけである。

売却先は最初、シナタバイオという会社であったが、2019年にシーボードエナジー社に再売却されている。シーボードエナジー社は動物性油脂を原料として再生可能ディーゼルを製造する予定といわれており、もはや第二世代バイオエタノール製造プラントの面影はない。

デュポン

デュポン社は第二世代バイオエタノールプラントの建設を始めた当時、年間売上高380億ドル、世界90か国以上で活動する世界有数の化学会社であった。世界最初の合成繊維であるナイロンを開発したことでも知られる。あるいはメロン財閥、ロックフェラー財閥と並ぶアメリカの三大財閥と称されることもある押しも押されもしない大企業である。(ちなみに、ライターなどを製造販売しているS.Tデュポン社とは無関係)

デュポン社は2008年にデンマークに本拠を持つダニスコ社と対等出資してデュポン・ダニスコセルロースエタノール(DDCE)社を設立し、DDCEが中心となって第二世代バイオエタノールの開発、商業化に取り組んでいた。ダニスコ社はもともと食品会社であるが、2005年に酵素メーカー、ジェネンコア社を買収して酵素ビジネスに乗り出していた。

しかし、2011年5月にそのダニスコ社もデュポン社に買収されてしまったため、DDCE社ではなくデュポン社自体が第二世代バイオエタノールの開発を行う形となっていた。

2012年11月、デュポン社はアイオワ州ネバダに第二世代バイオエタノール商業プラントの建設を開始し、2015年10月に完工している。

このプラントでは、コーンストーバー(トウモロコシの茎)を原料として、年間11万4000kℓの第二世代バイオエタノールを生産する予定であった。政府高官らも出席して大々的に行われた開所式において、デュポン社はこのプラントが世界最大の第二世代バイオエタノール工場であると高らかに宣言した。

しかし、それから半年後、このプラントがまだ稼働していないことが明らかとなった。デュポン社の発表によると、その時点ではスケジュールから少し遅れているが、近い将来生産に移ることができるだろうということであった。

ところがプラント完成から約2年後の2017年11月、突如このプラントは閉鎖され売却されると発表されたのである。どうしてこのようなことになったのか。

実はその半年前の2017年8月、デュポン社はダウケミカル社と合併してダウデュポン社となっていた。その合併に伴うリストラの一環としてネバダプラントの売却が決まったということのようである。

なお、ダウデュポン社は第二世代バイオエタノール用に開発された酵素と遺伝子組み換え菌の製造と販売は続けるとしているが、同社自身がバイオ燃料を生産することには興味を失ってしまったようである。

ネバダプラントは2018年にベルビオ社に売却され、ベルビオ社は2021年からこの工場で、コーンストーバーを原料とした再生可能天然ガス(RNG)の生産を開始している。

なお、ネバダプラントでは第二世代バイオエタノールは1滴も生産されていなかったことがその後、ダウデュポン社によって明らかにされている。このプロジェクトの失敗の原因についても明らかにされていない。

結局、第二世代バイオエタノールのビッグ3といわれた3社、3つのプラントは、現在どれも稼働していない。どうしてこのような事になってしまったのだろうか。次回には、それについて、考えてみたい。

第二世代バイオエタノール ビッグ3のプロジェクトはなぜ失敗したのか

2022年9月3日

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