先日、製紙大手の王子ホールディングスが、米子市の工場に木質バイオマスを原料としてバイオエタノールを生産するための設備を導入すると発表した。来年度後半に設備を稼働させ、最大で年間1000キロリットル、順調にいけば2030年には年間10万キロリットルの生産を目指したいとしている。
一方、やはり製紙大手の日本製紙は住友商事およびGEI社と提携して、木質バイオマスを原料とするバイオエタノール製造施設を自社工場内に建設し、年間数万キロリットル生産することを目指していると報道されている。
このように、製紙会社が相次いで木質バイオマスを原料としたバイオエタノールの製造に参入している。バイオエタノールは日本ではあまり使われていないが、世界を見渡せば多くの国々で自動車用燃料として使われている。さらに将来は持続可能ジェット燃料(SAF)やプラスチックの原料としても期待されているものである。
では木質バイオマス、すなわち木材からどうやってバイオエタノールを製造するのか、簡単に説明したい。
木材はリグニン、セルロース、ヘミセルロースという3種類の成分からできてる。このうち、バイオエタノールの原料となるのはセルロースとヘミセルロースだ。木材からバイオエタノールを作るには、まずリグニンを除去してセルロースとヘミセルロースを取り出す。
そのあと、これにセルラーゼという酵素を加えて分解してやるとブドウ糖などの糖類になる。これを糖化という。この糖化で生成した糖類を酵母を使って発酵させてやればバイオエタノールの水溶液ができる。これはお酒の作り方と同じだ。最後に蒸留、水分除去をして純度を上げてやればバイオエタノールとなる。
つまり
木材 → リグニンの除去 → 糖化 → 発酵 → 濃縮 → バイオエタノール
という手順である。
ちなみに、現在のバイオエタノールの原料はトウモロコシや小麦、キャッサバなどの穀物・イモ類のデンプンあるいはサトウキビやビーツなどの糖類である。では、今までなぜ木材からバイオエタノールを作らなかったのか。それは、作り方が複雑になるし、それぞれの工程で新たな技術開発が必要だったからである。
従来のようにデンプンを原料とした場合、まずリグニンを除去する必要がないし、アミラーゼという安価な酵素で簡単に糖化することができる。あとは酵母で発酵させて、濃縮すればいい。
つまり工程は次のように簡単になる。
デンプン → 糖化 → 発酵 → 濃縮 → バイオエタノール
さらに簡単なのはサトウキビやテンサイの絞り汁(糖蜜)を使うことだ。これなら最初から糖分だからリグニン除去も糖化も必要ない。工程は次のとおりだ。
糖蜜 → 発酵 → 濃縮 → バイオエタノール
つまり、原料として木材を使った場合は、まずリグニンの除去という手間がかかるし、デンプンと違って糖化にアミラーゼ酵素が使えず、セルラーゼという高価で特殊な酵素が必要となる。さらに発酵工程でも普通の酵母では一部が発酵しないので、特殊な酵母か、そのほかの発酵微生物を使う必要がある。といろいろと問題がある。
そもそも、セルロースやヘミセルロースは植物の体を構成している物質である。このセルロースやヘミセルロースをリグニンが接着剤になってがっちり固定しているのが木材の構造なのだ。だから、木は硬い。
これが簡単に分解されるようなら、植物は重力に逆らって上に伸びていけないし、あるいは動物や細菌類に簡単に食べられてしまうだろう。つまり木材の成分をバラバラにして酵素で分解しようとしても、なかなか簡単にはそうならないようになっている。
しかし、木材からバイオエタノールが作れるのならその価値は高い。デンプンや糖蜜が占める部位は植物の実や根、樹液など、ごく一部でしかない。これに対して木質部分からバイオエタノールを作れるのなら、幹や枝、葉のような植物体の大部分を原料として活用することができる。つまり資源量が大幅に拡大することになる。
作られたバイオエタノールはもちろんデンプンや糖類から作られたものと何の違いもない。そのままガソリンに混ぜて自動車用燃料として使えるし、ガソリンに混ぜずにバイオエタノールをそのまま使える自動車も海外では市販されている。
また、バイオエタノールの脱水反応によってエチレンという物ができるが、これを数個つなぎ合わせればジェット機用の燃料ができる。これは石油のような、消費すればなくなってしまう資源ではなく、木材のような再生可能な資源から作られているから、持続可能航空燃料(SAF)と呼ばれるものになる。
さらにエチレンは石油化学の基礎原料としてプラスチックや合成繊維に変身することができる、とても用途の広い物質である。
なぜ、石油会社や化学会社ではなく、王子ホールディングスや日本製紙のような製紙会社がこの分野に進出してきたのか、それはもちろん製紙会社が木を扱う会社だからであろう。特に紙パルプを作る技術でリグニンを除去できることが強みだ。
そして、これが大切なことなのだが、製紙会社は単に自然に生えている木を伐採して紙にしているわけではない。製紙原料として世界中で植林をしてきた実績がある。木を育ててそれを資源としているわけだ。
これは石油会社が油田を開発するのと似ているが、違うのは油田は原油を汲み出すとやがて枯れてしまうのに対して、植林であれば伐採したあと、苗を植える。あるいは切り株から新たに生えた芽を育てる(萌芽更新)ことによって、再び資源として取り出すことができる。まさに持続可能な開発というわけである。
このように、木材からバイオエタノールが作れるのなら、今まで石油が担ってきた役割の多くを代替することができることになる。しかも石油のように枯渇することもなく、空気中のCO2も増やさないとなれば、脱石油によって空いた穴を埋める資源として大きな需要が期待されることになるだろう。成功することを期待したい事業である。
2023年6月23日