CO2を増やさない合成燃料 e-fuelとは何か × アウディ、ポルシェ、トヨタも参入

e-fuelをめぐる動き

昨年10月、政府は2050年までにCO2のような温室効果ガス排出量を実質ゼロにすると宣言した。そして、CO2の大量発生源である自動車については、現在のガソリン車や軽油車を電気自動車や燃料電池車に変えていこうとする方向で進められているようである。

実際、自動車大手のホンダは、2040年までに販売する新車のすべてを電気自動車と水素で走る燃料電池車のみにすることを、今年4月に発表している。

政府が2050年までに温室効果ガス排出量をゼロとする目標を立てるのは大いに結構。しかし、自動車をすべて電気自動車や燃料電池車だけにしていいのだろうか。そもそも自動車排ガス中のCO2をゼロにする方法は電気や水素だけではない。

温室効果ガスゼロだから自動車はみんな電気自動車、燃料電池車にします、それ以外に考えられませんという発想でいいのだろうか。

と思っていると、同様の意見を表明してくれた人がいた。恐れ多くも日本自動車工業会(自工会)の豊田章男会長すなわちトヨタ自動車社長である。豊田会長は、4月22日の定例会見で、ガソリン車廃止に傾く国の政策に異議を唱え、別の道としてバイオ燃料やe-fuelについて言及している。

e-fuelとは何か。一言でいえば、温暖化の元凶と言われるCO2と水素を使って作られた、自動車用合成燃料である。CO2は空気に含まれる。水素は水から取り出すことができる。つまりe-fuelは空気と水を材料とした燃料ということもできる。(ただし、製造工程で必ず大量エネルギーを消費するので、永久機関ではない。この点は誤解しないでいただきたい。)

当然、e-fuelを使って自動車を走らせても、大気中のCO2を増加させない。もともと大気中のあったCO2を材料とした燃料だからである。
e-fuelはドイツのアウディやポルシェが従来から研究していて、さらにはトヨタや日産、ホンダも研究段階にあると言われる。

このように、e-fuelはまるで夢のような燃料であるが、実現可能なのだろうか。
結論から言うと技術的には十分可能。しかし、実用化にはまだいくつかのハードルがあるというところだろう。

この記事ではe-fuelについて、どのようなものなのかをマスコミ記事より少し詳しく解説するとともに、今後の課題や実用化可能性について論じていきたい。

始まりは第二次世界大戦前から

e-fuelの基礎となる技術は、実はそんなに新しいものではない。物語は1920年代のドイツから始まる。ドイツは石油資源が乏しいため、戦争になって海上を封鎖されると石油の入手が困難になるという弱みがある。そのため、ドイツは比較的豊富な国内資源である石炭から石油を作ろうとした。

その方法のひとつは高温高圧で石炭に水素を添加して液体にするという方法で、ベルギウス法と呼ばれる。これは主に石炭から重油を作る技術で、戦艦など艦船の燃料とすることが目的だった。

もう一つの方法は、石炭を一旦ガスにしてから、そのあとで液状にする方法で、発明者ふたりの名前をとってフィッシャー・トロプシュ合成法(以下FT法)と言われる。重油ではなく、軽油やガソリンが多く取れるので、戦車や飛行機の燃料とすることができる。この記事の主題e-fuelの製法はベルギウス法ではなくて、こちらの方法である。

FT法は、石炭を一旦ガスにして、また液体に戻す方法なので、遠回りで無駄の多い方法に見える。しかし、石炭をガスにする技術は非常に古くからあり、二世代ほど前の都市ガスは石炭をガス化して作っていた。だから、フィッシャーやトロプシュが石炭を液化する技術を開発したころは、ドイツでもガス管の栓をひねれば石炭ガスがでてくる。石炭のガス化は、当時からお馴染みの技術だったのだ。

第二次世界大戦中、ドイツはFT法を使って合成燃料を作り続けた。1944年には25の工場で、年間650万トンの合成燃料を作り出したといわれる。アウディやポルシェのようなドイツメーカーがe-fuelの技術に熱心なのは、このような技術の素地があるからなのだろう。

しかし、世界大戦終結後、中東で大型油田の発見が相次ぎ、石油の採掘が本格化したため、FT法はほとんど忘れ去られていった。

ただし、FT法を使い続けていた国が1つだけある。南アフリカ共和国である。この国はアパルトヘイト政策をとっていたため国際的な制裁を受け、石油の輸入ができなかったのである。だから、戦中のドイツと同様に豊富な国内石炭資源を使って石炭から液体燃料を作っていた。

現在、南アフリカへの石油禁輸は解かれている。しかしFT法が続けられている。それは、南アフリカ国内でFT法が着々と改良され、その技術が洗練されて行ったためで、現在でも石油に対抗して優位な経済性を保っているからである。アパルトヘイトはもちろんよくないが、南アフリカのFT法の技術者の努力はそれとは別に評価されるべきだろう。

その後、南アフリカの洗練されたFT技術は、さらに石炭ではなく天然ガスを使う方法(GTLと言われる)に発展し、この技術は世界に広まって行った。現在GTLは南アフリカの技術だけではなく世界各国で開発が進み、その生産能力は年々増加していくと予想されている。

GTLの製造能力の推移

FT法ではいろいろな原料が使える

このように、FT法は1920年代に開発され、現在は世界に広まり、既に確立した技術である。そしてFT法の大きな利点のひとつは、原料として様々な資源が使えるということである。

既に述べたように、最初は石炭が原料だった。それから天然ガスが使われるようになった。石炭を使う方法をCTL、天然ガスを使う方法をGTLという。そのほか、アスファルトを使う方法(ATL)や木材のようなバイオマスを使う方法(BTL)もある。そして、ここで取り上げるe-fuelは原料としてCO2を使うということである。

どうして、このように多様な原料を使うことができるのか。それは、原料を一旦ガス化して合成ガスというものにするからである。原料が何であれ、何らかしらの方法で合成ガスというものにしてしまえば、あとはFT法で液体燃料にすることができる。

もっと詳しく

合成ガスは一般的には次のような水蒸気改質反応によって作られる。

C+H2O → CO+H2

つまり原料中の炭素(C)が水(H2O)と反応して、一酸化炭素(CO)と水素(H2)になる。出来上がったCOとH2(いずれも気体)を成分とするガスが合成ガスと言われるものだ。

石炭の成分の大半は炭素。天然ガス(CH4)もアスファルトもバイオマスも炭素を含むので、この反応によって合成ガスを作ることができる。

ただし、CO2を原料として用いるe-fuelの場合は特殊で、次の反応で合成ガスを作る。

 CO2+H2 → CO+H2O

これは逆シフト反応と呼ばれる反応で、CO2と水素(H2)を反応させて一酸化炭素(CO)と水(H2O)を作る。このあと水が液体に戻って分離するのでCOだけのガスになる。これにまた水素を混ぜるか、もともと多めの水素を反応器に入れておけば合成ガスができる。

合成ガスができれば、次はFT反応に移る。FT反応は、合成ガスに含まれる炭素をいくつもつなぎ合わせる反応である。この反応は厳密に書くと以下のようなちょっとわかりにくい反応式になる。

 nCO+(2n+1)H2 → CnH2n+2+nH2O

CnH2n+2が合成燃料で、炭素がn個つながっていることを示している。

一般に、繋がっている炭素の数nが少ないと気体(合成ガスは炭素が1個)、多いと液体になり(炭素数が5個以上)、さらに多いと固体になる。この関係は石油と同じである。ガソリンや軽油やジェット燃料も、炭素がいくつもつながって、同じ化学構造CnH2n+2をしているのだから。

FT反応では、触媒として何を使うか、あるいは高温で反応させるか、低温で反応させるかによって、繋がる炭素の数を調整することができる。炭素数を4から12個にすればガソリン、12から20個くらいにすれば軽油になる。それより多くすればワックスや潤滑油を作ることもできる。
e-fuelの作り方をまとめると、以下のようになる。

e-fuelの製造工程

逆シフト反応やFT合成は実際はかなり複雑な工程であるが、一旦装置を作ってしまえば、あとは入口から水素とCO2を入れるだけ。出口からe-fuelが自動的に出てくるようになる。人間はこの装置がちゃんと動いているかどうかを監視するだけでいい。

以上述べたように、水(の中の水素)と空気(の中のCO2)からe-fuelを作ることは技術的には可能でなのである。といっても、あとで述べるように実用化するにはいろいろと問題、特に原料の問題があるのだが…

e-fuelの利点

e-fuelのいいところは、それが現在使われているガソリンや軽油、ジェット燃料と全く同じ化学構造をしており、当然、その性質も同じということである。というか、むしろ硫黄分やその他の不純物が含まれないので石油よりクリーンな燃料である。

e-fuelを燃料とすれば、現在使われているガソリン車やディーゼル車、あるいはジェット機をそのまま使うことができる。このようにエンジン側で改良などの必要がなく、そのまま使える燃料をドロップイン燃料という。

また、e-fuelは現在の流通インフラがそのまま使えるという利点もある。例えば燃料電池車であれば、水素ステーション、電気自動車ならば充電ステーションをこれから建設していかなければならないが、e-fuelであれば、現在全国3万軒あるガソリンスタンドをそのまま使うことができる。そのほか、貯蔵タンク、タンカー、タンクローリー、パイプラインなどの貯蔵、輸送インフラが、追加投資なしにそのまま使えるのである。

さらに、e-fuelは電気や水素と違って貯蔵が容易で、電気よりも航続距離が長くなる。日本のように災害の多い国では、燃料の備蓄が重要である。もし電気だけに頼ると、例えば大災害が起きて長期に渡って停電した場合、緊急用の救急車や消防車も動けなくなってしまう。

筆者が自動車を電気自動車や燃料電池車にすべて置き換えるべきではないと考える主な理由はこのことである。

また、万一の有事の際に、敵が変電所や送電線を攻撃、破壊した場合には、戦車や兵員輸送車などが使えなくなってしまう。このような脆弱性を抱えていると戦争の抑止力にならない。

その点、e-fuelならタンクやドラム缶にでも貯蔵しておけば、災害時や有事の際に活用することができる。

e-fuelの原料問題

もちろん、e-fuelの実用化には問題点もある。大きな課題は原料の水素とCO2をどのように入手するかということである。

水素は水を電気分解して作る。石油や天然ガスから作る方法もあるが、今回、この方法は禁じ手である。なぜなら、石油や天然ガスを使っていいのなら、わざわざe-fuelを作らずにそのまま燃料にすればいい。ただし石油や天然ガスを使うと大気中のCO2を増やしてしまうことになる。

水素は水から電気分解によって取り出すが、この電力は再生可能電力か原子力発電の電力でなければならない。火力発電で作られた電力を使うと、結局、発電所からCO2が発生してしまうからである。

もう一つの原料であるCO2については、例えば火力発電所から排出されるCO2を使うことが研究されているが、この場合は発電所で発生したCO2を二度使いしているだけで、最終的にはCO2を大気中に放出してしまうことになる。CO2の排出量をゼロにすることはできない。

空気からCO2だけを取り出して、これを原料としてe-fuelを作るのが理想であり、これをDAC(Direct Air Capture)という。ただし、空気中のCO2濃度は400ppmと非常に低い。このような低濃度のCO2を回収することはかなり難しい。まだ、開発中の技術である。

もう一つの方法は木材などのバイオマスを燃やしてCO2を得る方法である。植物はもともと大気中のCO2を吸収して、その体を作っているわけであるから、それを燃やしてCO2を発生させても大気中のCO2を増やすことにはならない。DACのように大気中のCO2を直接回収するのではなく、植物を使ってCO2を回収していると考えればいい。

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e-fuelは誰が作るのか

では、e-fuelは実際、だれが作るのだろうか。
アウディやポルシェがe-fuelの開発に乗り出しているが、自動車と燃料では当然、作り方が全く違っている。自動車会社が直接e-fuelを製造販売するとは考えにくい。

アウディが発表したe-fuelはサンファイア社(Sunfire)との共同開発であるが、実際にこの燃料を製造するのはサンファイアのような新興、ベンチャー企業か、あるいは石油企業ということになるだろう。

これから2050年の温室効果ガス排出量ゼロに向けて、石油の使用はどんどん少なくなっていくから、当然、製油所や様々な石油関連施設が遊休化していく。この遊休施設を使ってe-fuelを作っていけば経済的だろう。

技術はベンチャー企業、製造は製油所の遊休設備、販売は石油会社という形になるのではないだろうか。

温室効果ガス排出量ゼロにすることは、すなわち電気自動車や燃料電池車の導入であり、それ以外は考えられないという風潮になっているようである。e-fuelやバイオ燃料のような手段もあることを政府も理解して、支援してほしいと思う。

2021年5月3日

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CO2を増やさない合成燃料 e-fuelとは何か × アウディ、ポルシェ、トヨタも参入」への5件のフィードバック

  1. ランボルギーニ

    二点質問です。
    ①合成燃料は、バイオ燃料のようにガソリンに混ぜて使われるのでしょうか?いずれは合成燃料単体でも使用されるようになるのでしょうか?
    ②合成燃料は既存インフラが使えるとのメリットがありますが、今あるガソリンスタンドのガソリンタンクにそのまま入れられるのでしょうか?それともタンクを新たに用意し、別々に貯蔵しないといけないのでしょうか?(レギュラー・ハイオク・合成燃料という形で管理?)

    返信
    1. takarabe 投稿作成者

      ランボルギーンさん 記事を読んでいただいてありがとうございます。

      ① 合成燃料にはガソリンタイプと軽油タイプがあります。おそらく、最初は高価なので、ガソリンや軽油に少量混ぜて使われることになると思います。次第に生産量が増えてコストが下がってくれば、混合量を増やしていって、最後には100%に持っていくことが理想です。
      ② ガソリンスタンドに新たにタンクを作ると費用がかかるので、①のようにガソリンや軽油に混ぜて、従来のタンクをそのまま使うことになると思います。

      まだ合成燃料は、いろいろなハードルがあって実用化できるかどうかも分かりません。でももし実用化されたら上記のようになるのではないでしょうか。

      返信
    1. takarabe 投稿作成者

      匿名さん コメントありがとうございます。
      この実験の話は、実は他の方からも問い合わせをいただいていますが、信じない方がいいと答えておきました。
      CO2から燃料をつくることはできないことではありません。ただ、CO2という非常にエネルギーの低い物質から石油のようなエネルギーの高い物質をつくるためには、外部から必ず何らかのエネルギーを加えてやらなければなりません。(私の記事でも製造工程で必ず大量エネルギーを消費すると書いています)しかし、この実験ではそのエネルギーをどこから持ってくるのかの言及がありません。種油が増えているかどうか、精密な実験を行う必要がある(おそらく増えていない)と思います。

      返信
      1. 匿名

        ご返信いただきありがとうございます。
        京大の教授?が自信あり気に語っている動画を見ると、化学にうとい私は盲目的に信じてしまいます。
        アドバイスいただき有難うございました。勉強になります。

        返信

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