日本のヒートポンプ技術が世界を救う

いよいよオイルピーク到来か?

オイルピークというのは人類が石油を掘りつくしてしまい、石油生産量が増産から減産に転じることだ。国際エネルギー機関(IEA)は年次報告書「2023年版世界エネルギー見通し」の中で、化石燃料生産量は10年以内にピークを迎えると予測している。いよいよオイルピークが到来するのだろうか。

しかしながら、今回のピーク予測は従来のオイルピークとは違う。石油資源を掘りつくしたために起こるものではなく、石油の需要が減少することによって、石油の減産が余儀なくされるのだ。つまり資源はまだあるのに、需要が減るため減産となって行くから生産量がピークとなる。

そして、このピークは石油だけではない。石炭も、天然ガスも、化石燃料全体がこれから10年以内に生産量のピークを迎えるとIEAでは予測しているのだ。

IEAは特に欧州の天然ガスの需要減少について言及している。この原因は再生可能エネルギーが増加してくること。ロシアのウクライナ侵攻によって欧州での天然ガス離れが進んでいること。そして、この二つの要因に加えてヒートポンプの台頭が指摘されている。

ヒートポンプの台頭?唐突にヒートポンプという言葉が出てきたが、これはどういうことだろう。ヒートポンプがなぜ、天然ガスの需要減にそれほど貢献するのか。これについて、説明したい。

ヒートポンプとは何か?

ヒートポンプには様々な使い方があるが、身近なところでは家庭やビルの冷暖房用だ。わが国の冷暖房、つまりエアコンはヒートポンプが当たり前になっているが、欧米では日本ほどには普及していない。これは日本が部屋ごとに冷暖房するのに対し、欧米では家ごと冷暖房するセントラル方式が進んでいることが原因だろう。

暖房するとき

ではヒートポンプとは何なのか。
部屋を暖めたいと思ったとき、手っ取り早い方法は何かを燃やすことである。日本ではこたつや火鉢で木炭が燃やされ、欧米では暖炉で薪が燃やされてきた。その後、日本では一部で石炭ストーブが使われ、さらに石油ストーブという形になって行った。

一方、欧米では、セントラルヒーティングが普及していった。セントラルヒーティングはボイラーで温水やスチーム、温風を作り出し、これを各部屋に送って家全体を暖める方法である。ボイラーの燃料は石油(バーニングオイル)や天然ガスだ。

つまり、わが国にしても欧米にしても、結局は物を燃やして暖房にしてきた。これは原始時代に薪を燃やして洞窟の中を温めたのと同じだ。原始時代と基本的に変わらない方法で暖房してきたわけである。

しかし、ヒートポンプはこれとは違う。物を燃やして暖房しているわけではない。物を燃やさないで暖房する?そんな方法があるのだろうか。

一般に気体は圧縮されると熱くなり、逆に膨張すると冷たくなるという性質がある。ヒートポンプはこの性質を利用する。作動流体*という気体をコンプレッサー(圧縮機)で圧縮することによって熱を得るのだ。空気入れで自転車のタイヤに空気を入れるとタイヤは熱くなる。これと同じ原理だ。作動気体を圧縮して得られた熱で空気を暖め、室内機からこの温風を噴き出して室内を暖房する。
*作動流体としてはフロンやアンモニア、CO2などが使われる

しかし、作動流体の圧縮を続ければ、やがて限界が来る。これ以上圧縮できないか、設備がパンクしてしまうかだ。暖房を続けるためには加圧された作動流体の圧力をどこかで抜かなければならない。ところが、既に述べたように、気体は圧が抜かれて膨張すると、今度は逆に温度が下がってしまう。それじゃあ暖房にならない。そこでこれが一工夫。作動流体を圧縮するところは室内で行って熱を発生させ、作動流体を膨張させるところは室外で行って、冷気を排出するのだ。

つまり、ヒートポンプ式エアコンは、室内機と室外機でセットとなっており。作動流体を圧縮するときは室内機で行い、膨張するところは室外で行うのだ。こうすれば、室内は暖かくなり、室外機の方は冷却されていく。しかし、室外が寒くなっても構わない。室内が温かくなれば暖房の目的は達せられるのだ。

このように、作動流体は室外で膨張して温度が下がり、外気温以下になる。そうなると外気の熱を受けて温められる。そして室内では作動気体が圧縮されて温度が上がり、その熱で室内が温められる。

一般に熱は、温度の低い方から高い方には流れない。しかし、ヒートポンプでは、低い温度の外気から熱を奪い、その熱を温度の高い室内に移動させているように見える。これは熱をポンプのように汲み上げているということで、つまりヒートポンプというわけだ。

冷房するとき

では冷房するときはどうするのか。従来、冷房は水を蒸発させることによって行っていた。水は蒸発するときに大量の熱を奪う。打ち水と同じ原理だ。ビルの屋上などに冷却塔(クーリングタワー)という設備が設置されているのを見たことがあるだろう。冷却塔の中を水がシャワーのように流れ落ちている。このとき水の一部が蒸発して蒸発熱を奪うから、残りの水が冷やされ、冷やされた水が送られて室内を冷やしているのだ。

ではヒートポンプはどうするのか。実は暖房に使ったのと同じ装置で冷房もできる。作動流体を逆回ししてやればいいのだ。そうすれば暖房とは逆に室内で冷気が出て、室外で暖気が出る。

従来の方法では、部屋を暖房するときにはボイラーを使い、冷房するときには冷却塔を使うというふたつの設備が必要だったが、ヒートポンプでは一台で冷房と暖房の二役の働きができる。とってもお得な機械なのだ。

なお、この記事では、一般に冷暖房用として普及しているランキンサイクルを使ったヒートポンプについて説明したが、ランキンサイクルは低温時の能力不足や最高温度が120℃程度しかないことなどの問題がある。スターリングサイクルなどを使ったヒートポンプなども研究されており、今後はこれらの問題も解決されるかもしれない。

なぜヒートポンプは世界を救うのか

ではなぜヒートポンプは世界を救うのだろうか。
そのひとつの理由はエネルギー効率の高さである。効率については動作係数あるいはCOPという数値が使われる。COPというのはヒートポンプの暖房または冷房能力を消費電力でわった値だ。例えば部屋を暖めるとき、5kWの暖房能力のあるヒートポンプの消費電力が1kWだったとすれば、COPは 5 ÷ 1 で5となる。

つまりこの例では、1kWの電力で5kW分の熱が室内に供給されるわけである。これを例えば電気コンロで室内を温めようとすると、1kWで0.5kWくらいの熱しか出てこない。COPで言えば0.5ということになる。ヒートポンプのエネルギー効率が如何に高いが分かるだろう。

しかも近年、ヒートポンプのCOPは大幅に改善されつつあり、25年くらい前は3程度であったものが、近年は7近くまで上昇している。COPが7ということは、投入電力の7倍の熱エネルギーが得られるということである。

一方、天然ガスを燃料とする温水ボイラーの熱効率は80%くらい。COPで言えば0.8くらいだから、ヒートポンプの8倍以上のエネルギーを消費することになる。特に欧州はロシアから買ってきた天然ガスをボイラーで燃やして暖房に使っているから、これをヒートポンプに置き換えれば天然ガスの輸入量を大幅に減らすことができる。もちろん天然ガスを燃やして発生するCO2も大幅に減ることになる。

もうひとつ、ヒートポンプが地球を救う理由がある。それは動力源として石油や天然ガスではなく、電気を使うことだ。(一部にはディーゼルエンジンやガスエンジンを使うヒートポンプもあるが、ボイラー方式に比べれば燃料消費量は大幅に少ない)

もちろん、電気も火力発電所で作ったものなら、ヒートポンプでCO2が出なくても、発電所で出ることになる。しかし、近年はCO2を排出しない再生可能エネルギーを使った電力の割合が大きくなっている。将来は再エネの割合はもっと増えるだろうから、CO2の排出量は燃料を直接燃やすより、電気を使った方が少なくなっていくのだ。

EUには8,600万基の家庭用ボイラーがあるといわれるので、その3分の1をヒートポンプに置き換えれば、家庭のエネルギー消費は36%、CO2排出量は28%削減できるとIEAでは試算している。

つまり、欧米のように石油や天然ガスを直接燃やして暖房を行うシステムをヒートポンプに置き換えればCO2排出量が少なくなるうえ、エネルギー効率がよいから光熱費もお得という話なのだ。

日本のメーカーは

ご存じのとおり、日本は昔からエネルギー資源の大半を輸入に頼っている。このため幸か不幸か日本は省エネ技術では世界でもトップレベルになってしまった。エアコンについてもトップランナー方式という促進政策でヒートポンプが浸透してきた。日本でエアコンといえばヒートポンプを指すくらいだ。

下の図は世界のヒートポンプ給湯器とエアコンの年間売上高の伸びであるが、特に欧州の伸びが大きく、給湯器で40~50%、エアコンで20%くらい伸びている。

世界のヒートポンプ年間売上高の伸び

ちなみに世界最大のエアコンメーカーは日本のダイキン工業だ。この会社は日本だけではなく世界に100以上の生産拠点を持つ。このダイキン工業を筆頭に、パナソニックや三菱電機、富士通ゼネラルなどが、いまぞくぞくと海外での現地生産に乗り出している。脱炭素はまさに日本メーカーにとっては大チャンスなのだ。

ヒートポンプは世界を救う

従来の暖房は石油や天然ガスを燃やすことによって熱を得ていた。使われた燃料は燃えてなくなり、その代わりにCO2となって空気中にたまっていき、それが地球温暖化の原因となっている。

冷房は水を蒸発させて行っていたが、その水が蒸発した分だけ地下水をくみ上げるので、これが原因のひとつとなって都市部で地盤沈下が起こり、大きな社会問題になっていた。

一方、ヒートポンプは作動流体を圧縮したり、膨張させたりして冷暖房を行う。作動流体自体は増えも減りもしない。熱を生み出しているのではなく、熱を移動させているだけなのだ。その移動のためにコンプレッサーを使うのだが、その動力には太陽光や風力のような再エネを使えば、なんら物質的に増えたり減ったりするものはないし、運転中に廃棄物が出ることもない。

IEAは、これから世界がヒートポンプを導入していけば、2030年には世界のCO2排出量を少なくとも5億トン削減できると推定している。5億トンといえば、欧州のすべての自動車の年間CO2排出量に匹敵する量だ。

ヒートポンプエアコンは自己完結型だから地球にかける負担は非常に小さい。つまりヒートポンプは(これが大切なところだが)人間の快適な生活を維持しながら、地球を救うのである。さらに、脱炭素は省エネ技術が進んだ日本にとって有利に働くというおまけまでつくのである。

2023年9月27日

日本のヒートポンプ技術が世界を救う」への2件のフィードバック

  1. 宮内 正裕

    この手の説明で毎回思うのだが、ヒートポンプ=ランキンサイクルヒートポンプだ。確かに身近に普及してるのはそれだし、素人相手の説明としては、ランキンサイクルに絞った方が理解してもらいやすい。ヒートポンプの定義からするとどんなサイクルでも低温熱源から高温熱源に熱移動させる装置なら良い。
    なんでそんな事いうかの理由は、ランキンサイクルヒートポンプでどんな温度でも高効率で出せると勘違いされるからだ。ランキンサイクルは冷媒の相変化を利用するから(CO2は一部超臨界)その温度、圧力に限界があり、温度の適用範囲は極めて少ない。小さなポットでお湯を沸かすヒートポンプを作るのさえ、そう簡単ではないし、実際、それは市販、量産されていない。T-fal に対抗出来るポットをヒートポンプでは作れません。現行のランキンサイクルヒートポンプの弱点、適用範囲にもまた少しでも行数を割いてはどうか?? また、この問題を解決する他の熱サイクルを紹介するのも良いと思います。

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    1. takarabe 投稿作成者

      宮内正裕 様 コメントありがとうございます。
      この記事では日本のヒートポンプ技術が近年、欧米で評価されており、気候変動対策として効果的とみなされているという報告を紹介するとともに、日本や欧米で一般に普及しているランキンサイクルを中心に説明しました。というか勉強不足でそれ以外のヒートポンプについてはあまり知識がありません。(汗)
      おっしゃるとおり、ヒートポンプは低温熱源から高温熱源に熱を移動させる装置ですから、ランキンサイクルに限らず、いろいろな方式があると思います。ランキンサイクルは例えば寒冷地では能力不足のことがありますし、最高温度も120℃くらいが限界のようです。
      しかし、例えばスターリングサイクルを使ったヒートポンプなど研究中の技術を使えば、これらの問題点も解決されて、冷暖房だけでなく、産業用にも使えるようになるのではないでしょうか。そうなれば、さらに地球温暖化解消に貢献するようになるかもしれません。ご意見ありがとうございました。
      なお、本記事の一部を修正しております。

      返信

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