ナフサが不足する?
プラスチックはもちろん石油から作られていることはご存知だろう。プラスチックに限らず、合成繊維や合成ゴム、塗料や洗剤など私たちの生活に欠かすことのできない様々な製品が石油を原料として作られている。(アメリカや中東では天然ガスが原料として使われているが)
石油が原料とは言っても、油田から汲み出したばかりの原油がそのまま使われているわけではない。まず原油を蒸発させて沸点の差によっていくつかの成分に分けていく。
沸点の低い物から順にLPG、ナフサ、ガソリン、灯油、軽油、重油が取り出される。このうち、ナフサとガソリンの一部がプラスチックやその他の石油化学製品の原料となる。この部分は原油の中の10%くらいで、残りはほとんど燃料として使われることになる。
ところが、このプラスチック原料のナフサ、実はぜんぜん足りないのだ。だから日本では、このナフサを大量に輸入している。(輸入ナフサは国内生産ナフサの1.5倍に達している)
さらに、このナフサ不足は、今後もさらにひっ迫することが予想される。なぜなら、プラスチックの需要が発展途上国を中心に、今後増加してくと予想されている。その反面、脱炭素化によって、燃料用の石油需要が減って行き、それに伴ってナフサの生産量も減ってくる。
つまり、脱炭素化によってガソリンや軽油の需要が減ってくると、原油の処理量を減らすことになり、原油の処理が減れば、製油所で生産される石油化学用のナフサやガソリンの量も減ってくるというわけである。
それなら、ナフサではなく需要が減ってくる燃料油からプラスチックなどの石油化学品を作ればいいじゃないかと思われるだろう。そのとおりだ。このことをCrude Oil to Chemicals(原油から化学品製造)、略してCOTCと呼んでいる。
そして現在、COTCが最も進んでいるのが中国なのだ。
なぜCOTCが難しいのか
では、なぜ今まで原油からわざわざナフサやガソリンを取り出して石油化学品を作り、原油全体から作らなかったのだろうか。
それは、原油の中の沸点の高い部分(重質分)が石油化学原料を作る装置の障害となるからである。
プラスチックなどの石油化学品の原料にはオレフィン系と芳香族系がある。ポリエチレンやポリプロピレン、合成ゴムなどはオレフィン系。ナイロンなどは芳香族系、PET樹脂、ポリスチレンはオレフィン系と芳香族系の両方がそれぞれ原料として使われている。
オレフィン系の原料はナフサで、スチームクラッカーという装置を使って800~900℃まで加熱、分解されてエチレンやプロピレンなどになる。これがオレフィン系原料。一方、芳香族系の原料はガソリン。ガソリンは自動車の燃料だが、それだけじゃない。リフォーマーという装置を使って、ガソリンの成分の一部をベンゼン、トルエン、キシレンという芳香族に転換する。そのあと抽出装置でこの芳香族分だけを取りだす。これが芳香族系原料。
原油をそのままスチームクラッカーやリフォーマーの原料としたらどうなるのか。原油の中に含まれる重質分が高温で反応して炭になってしまう。この炭はスチームクラッカーの中のチューブを汚したり、詰まらせたりする。あるいは何億円もする触媒に付着して、触媒をお釈迦にしてしまう。
だから、原油の中から炭になりにくいナフサやガソリンだけを取り出して、プラスチック原料として使われるのである。よくナフサは石油の余り物だと言われることがあるが、ナフサは高温にさらされても炭にならないという特性があるからプラスチック原料として使われてきたのである。余ったから仕方なく使っているわけではない。
それでは、原油の中の重質部分を取り除いて石油化学の原料にすればいいのではないか。実際それをやっているのがエクソンモービルのシンガポール製油所だ。この製油所では原油を一旦蒸発させて、蒸発しにくい重質分を取り除き、軽質分だけをスチームクラッカーに送ってオレフィン系原料を作っている。これがCOTCの先駆けである。
ただし、この場合は取り除いた重質分をどうするかが問題となる。だからこの方法で使用されるのはなるべく重質分を含まない原油、例えばアラビアンエクストラライト原油とかナチュラルガスリキッドとかに限定されることになる。しかし、このような原油は他の原油に比べてかなり高額である。
COTCでは中国が先行
現在計画中あるいは既に完成したCOTC案件について、以下の表に示す。
この表からわかるとおり、1件がサウジアラビア、残りの5件がすべて中国である。COTCは世界的に注目を浴びているが、この中でも特に中国が抜きんでていることが分かる。
中国は経済成長が著しいから、様々な原料が足りなくなっている。特にPET樹脂の原料となる芳香族系原料のパラキシレンが不足しており、今まで韓国や日本、台湾、インドなどから大量に輸入していた。このことがCOTC導入の背景にある。
ここでは、恒力(ホンリーHengli)石化の大連製油所プロジェクトについて少し詳しく見てみたい。使用する原油はアラビアンヘビー原油、アラビアンライト原油およびマリム原油をブレンドして使用する設計になっている。必ずしも軽質原油だけを選んで使うわけではない。
この製油所では、まず原油を常圧および減圧蒸留装置によって、ナフサやガソリンや灯油、軽油、重油に分留される。そして、ナフサやガソリンはスチームクラッカーやリフォーマーによって石油化学原料となる。灯油は水素化処理を行って暖房用燃料やジェット燃料となる。ここまでは従来通りである。
問題は炭の原因となる軽油よりも沸点の高い留分(重質分)をどうするか。
恒力石化では、これを水素化分解という技術によって分解して、炭になりにくい軽質分に転換する。そのあとでスチームクラッカーやリフォーマーにかけて石油化学原料とする。
さらに、水素化分解装置で分解されなかった成分については、溶剤抽出によって軽質分を絞り出して(脱瀝という)、これもプラスチック原料や潤滑油の原料とする。さらにさらに、この溶剤抽出によっても抽出できなかったどうしようもない残留物は、ガス化装置でガスに転換する。
このように恒力石化では徹底して重質分を取り除いている。このため、従来は軽油や重油になっていた部分からもプラスチック原料が取り出されることになる。
この製油所では、年間2000万トンの原油を処理して、パラキシレンやナフサ、ベンゼン、プロピレンなどの石油化学原料(潤滑油含む)を840万トン生産する設計になっている。つまり、処理した原油の約42%が石油化学原料となるわけであり、これは従来の製油所の4倍以上である。
さらに、現在この製油所はガソリンや灯油などの燃料も製造しているが、これはこれで需要があるからであろう。将来脱炭素化によって燃料の需要が減ってくれば、これも石油化学原料にすることは可能で、転換率はもっと上がることになるだろう。
COTCの技術
今まで、加熱しても炭になりにくいナフサやガソリンのような軽質留分がプラスチックのような石油化学製品の原料として使われてきた。しかし、プラスチックの需要が旺盛で、かつ原油処理量が減ってくるとなると、軽質留分だけでなく、炭になりやすい重質成分からもプラスチック原料を作ろうという話になる。これがCOTCである。
石油成分は主に炭素と水素からできているが、軽質留分は炭素の比率が少なく、水素分が多い。逆に重質分は炭素の比率が大きい。だから、重質分から軽質分を作るには水素を添加するか、炭素を取り除くかの方法がある。
恒力石化など中国のプロジェクトは主に水素化分解装置という水素を添加する方法が使われている。一方、ここでは詳しくは述べなかったが、サウジアラビアのプロジェクトでは、炭素を取り除く方法も合わせて検討されている。ちなみに炭素を取り除く方法は流動接触分解装置(HSFCC)と言い、日本のENEOSと共同開発している技術である。
COTCは、このように、水素化分解装置や流動接触分解装置、溶剤抽出装置のような様々な装置が組み合わされるが、これらの装置の多くは一から開発されたものではなく、既に開発済み、あるいは若干の改良を行った技術が多い。このため、技術的な失敗の可能性はあまり心配する必要はないだろう。
COTCの問題点
今後、COTC技術は世界的に取り入れられていくと考えられる。しかし、いくつかの問題点が挙げられる。
建設費と操業コストの問題
COTCを導入するには従来の製油所設備に加えて水素化分解装置や抽出装置などの大型の設備の導入が必要になるし、この設備を運転するために、大量の水素や電力や燃料などを投入する必要がある。また当然ながら人件費もかかることになる。
水素消費とCO2発生の問題
水素化分解装置は大量の水素を消費する。このため、脱瀝残渣をガス化してそのガスから水素を取り出す。あるいはリフォーマーから副生する水素を使うことになる。しかし、それでも不足する。その不足分は恒力石化では石炭から作ることにしているが、このとき大量のCO2が発生することになる。
製品余剰の問題
原油から40%の石油化学品を製造できるとすると、従来の4倍の生産量になる。このため、1か所の製油所で大量の石油化学原料が製造されることになり、この結果、製品が余剰となる可能性がある。すでに日本から中国へのパラキシレン輸出が縮小しているという情報もある。
脱炭素に向けたプラスチック規制の問題
COTCで生産された石油化学原料の多くがプラスチックの製造に使われる。プラスチックは使用されたあと回収されるが、その大半が燃やされている。燃やすことによってCO2が発生するため、今後カーボンニュートラルを達成するためにはプラスチック生産に何らかの制限が加えられる可能性がある
2021年11月16日